面会
カーライたち襲撃者一行を撃退、というより退却させることに成功した。
セーヤからもらった魔法陣、それは発動に五分ほどかかり、発動し終えるまで一分間高火力の炎が出っ放しという、一体どのタイミングで使うんだとでも言いたくなるような魔法。
そんな脅しぐらいにしか使えないような魔法陣が、脅しとして見事効果を発揮した。
あの魔法陣の魔力をためるのにかかった日数を考えると、無駄打ちにならなくてほんとに助かった。
やつらの狙いであった俺の誘拐も失敗に終わった……というのに、
「なぜ俺は身柄を拘束されているんだ」
現在俺はベットに縄でくくり付けられている。
あれ?おかしいな、俺は確かに捕まらなかったはずなんだが。
「トーヤ様が逃げないようにするためです」
あきれたような声で、そうつぶやくのは俺の護衛であるツエル。
俺がくくり付けられているベットの隣で椅子に座っている。
「さすがにここまでしなくても……」
ここまでされると逃げられないじゃないか。
「ここまでしないと逃げるじゃないですか。……いいですか、トーヤ様は下手すれば死に至ってもおかしくないような傷を受けておきながら――それを半日間も隠して動き続けたんですよ!!」
現在の時刻は、襲撃から半日たった朝七時ごろ。
学園側は襲撃者撤退から、多くの後処理に追われた。
けが人の把握や手当。
混乱した生徒たちのとりまとめ。
遺体の回収。
被害状況の把握と王都への報告。
捕らえた捕虜に関する手続き。
他にも多くのやることがあり、夜が明けてやっと少し落ち着いた。
ツエルもやっと目を覚ましたと思ったらこれだ。
動き続けたことについては、遊んでいたわけじゃないんだから大目に見てほしい。
俺も責任感じて後処理を手伝っていたわけで。
ちなみに、ラシェルとかいう襲撃者から受けた毒が思いのほかしっかりと効いていたらしく、襲撃者が去ってから1時間ほどなんかボーっとしてた。
アドレナリンが切れたのも原因かもしれない。
遺伝的なものなのかはわからないが、ヘルト家の人間はある程度の毒なら効きはしない。
ようするに相当強い毒だったらしい。
この毒をくらった他の者は、命に別状はないもののまだ目を覚ましてない。
まあ妹に関して言えば、効く毒がこの世にあるかどうかのレベルになってくるんだけどな。
そんなことを考えていると誰かが扉をノックする。
縄でくくり付けられたままじゃ見てくれが悪いからか、ツエルは一瞬で縄を解いて隠す。
そこまですんなら縛るなよ……
「どーぞ」
俺が返事をして入ってきたのは第一王子のアーカイドだった。
ツエルは慌てて立ち上がる。
俺は……まあ、一応けが人だし、立ち上がらなくていいか。
ああ、イタイイタイ。
しかし、できるだけ会いたくないやつきちゃった。
とはいっても立場的に無視するわけにはいかないからな。
「傷の具合はどうだ?」
「問題ないですよ。ちょっと横になってれば治ります」
「肋骨が数本折れた上に刃物で刺されたと聞いたんだが……」
おい誰だばらしたやつ。
「まあ君が大丈夫だというならば大丈夫なんだろう。それと、今回の件で私は改めて自分の未熟さを思い知った。君や君の護衛にずいぶんと助けられたしまった。申し訳ない、そして感謝する」
そういってアーカイドが頭を下げる。
「そ、そのような行為は――!!」
ツエルがその行動に慌てる。
王子が頭を下げるなんて行為、本来なら絶対してはならないことだ。
「公式の場では間違ってもこのようなことはできない。このような場でしか素直になれないんだ。私のわがままだと思って受け入れてくれ」
そこまで言われたら、こちらとしてもなんも言えねえわな。
これ以上何か言うのは野暮ってもんだ、俺なんも言ってねえけど。
「あと入学式の日のことなんだが……」
きた!
なんとか穏便に済ませなければ。
お金で解決できるならいくらでも払おう。
「どうか水に流してはもらえないだろうか」
……え、まじで?
てっきりまた噛みつかれるのかと思ってた。
水に流すとか、そんなもんこっちからお願いしたいくらいだ。
なんなら今から頭を強くぶつけて忘れてもいい。
「君がヘルト家の人間で、貴族だと知らずにあのような発言をしてしまい申し訳なく思う」
あ、なるほど。
発言の内容について反省したわけじゃなく、発言相手に問題があったという体で終わらすわけか。
あくまで自分の発言内容自体には問題がなかったと。
まあぶっちゃけ俺に迷惑さえかからなければなんでもいいや。
その問題は俺の取り組むべきことじゃない。
「こちらとしてもそうしていただけるならありがたい。お互い背負うものがある者同士、良い関係を築いていきましょう」
「重ね重ねすまないな」
俺との話が一旦区切りづくと、今度はツエルのほうに向き直る。
「そういえばツエル、君もずいぶんと重症だったと聞いたんだが……」
「こちらは問題ありません。重症だったということもあってすぐに治療魔法を受けました」
「そうか、君の戦闘の足を引っ張るようなまねばかりしてしまい、申し訳なく思っていたんだ。お詫びといってはなんだが、なにか君に品物を贈りたいと考えている」
え、ずるい。
俺には?
「いえそんな!こちらもアーカイド様の精霊魔法には助けられました。贈り物など恐れ多いです」
いいじゃねえかよ、王子がくれるって言ってんだから。
国宝級の剣でもねだっとけ。
「そういうわけにはいかない。後日ヘルト家宛に何か送ろう。いらないなら捨ててもらってかまわない」
「そんなことは……!」
あまりの強引さにツエルも大慌てになる。
王子にそこまで強引に言われたらまあそうなるわな。
しかし……俺に向ける顔とツエルに向ける顔が違いすぎる。
アーカイドのツエルに向ける顔が、なんか妙に嬉しそうというか熱っぽいというか……
……おおっと、はんはんはん。
お礼にしてもかなり強引だとは思ったが、これはもしや――
「そういやツエル、お前たしか彼氏いたよな」
俺の発したツエルに対する言葉に、アーカイドの顔が一気に緊張感を増す。
「いえ、いませんよ彼氏なんて。どうしたんですか急に?」
ツエルの返答にアーカイドの顔が一気に緩む。
わっかりやす。
「いや、ちょっと考え事しててな。別の奴だったかな~」
なるほど、ツエルに惚れてるわけか。
もしかして実習を同じ班にしたのもツエルが目的だったりして。
「とにかく君たちが無事そうで安心したよ。じゃあ私はこれで」
そういってアーカイドは部屋を出て行った。
ツエルに彼氏がいなくて安心した、のほうが強そうだけどな。
「よかったなツエル、玉の輿じゃん」
「……?何の話ですか?」
なんだ、気づいてないのか。
まあ見るからに仕事一筋って感じだし、浮ついた話に興味ないんだろうな。
「言葉通りの意味だよ。身分の高い人間がお前のことを好きだってことだ」
「え!?あの、トーヤ様もしかして……」
さすがに気づいたのか、ツエルの顔は真っ赤になる。
護衛にツエルが任命されてから、短い間とはいえ、初めて見る表情だった。
「私は、その……
あくまでトーヤ様の護衛であって、トーヤ様とそのような関係になるつもりは……」
いや俺じゃねえわ。
なんで今の話の流れで俺が入ってくるんだよ。
ツエルは赤い顔のままうつむき、視線を合わせようとしない。
もういいや、めんどくさいしほっとこ。
アーカイドが出て行ってすぐに、また扉を誰かがノックする。
「ど~ぞ~」
入ってきたのはかなり大柄な男だった。
老けてるわけではないがどっしりとした面構えをしており、歴戦の猛者という風格がにじみ出ている感じがする。
教師あたりだろうか?
「第三王女リリアーナ様の護衛の任に就いているダヴィットと申します。こうして話すのは初めてですが、会ったのは建国際の日以来ですね」
……?会ったことあるっけ?
記憶力には自信があるし、そもそもこんながたいのいい奴そうそう忘れそうにないんだが……
まあどっかであったんだろう。
リリーの護衛ということは近くにいたのか。
……あ、いた。
今その時のことを思いだしたが、確かにちょくちょく視界の端に入っていた。
「ああ、その日ぶりだな」
しかし教師まで護衛に潜り込ませているのか。
ヘルト家でも生徒に潜り込ませるだけだというのに。
「学園では会うこともありませんでしたから。あ、ちなみに学園ではリリアーナ様と同じ4年として通っています」
……いや、年齢サバ読みすぎだろ!
あきらかに30はいってるぞ。
教師として潜り込ませたほうが絶対怪しまれないって。
「そうだったのか。で、何の用だ?」
俺が質問すると、ダヴィットは急に頭を下げる。
そしてその姿勢のまま話し出した。
どうでもいいけど、今日はよく頭を下げられるな。
「今回の件ですが、本来ならば姫様を私が護衛として守るべき立場にありながら、傍で守ることができませんでした。そのため姫の身をトーヤ様や、トーヤ様の護衛のかたに――」
あー、そういうことね。
要するにあれだろ?
本来なら自分のすべきことを、俺たちにやってもらっちゃってすんません的な。
どうせあのバカ姫が勝手に一人で突っ走ったんだろ。
想像だけど、こいつは悪くない気がする。
「礼ならツエルに言えよ。俺はほとんどなんもやってねえから」
実際そうだし。
「確かに、トーヤ様の護衛のかたにはお世話になったと聞いております。しかしトーヤ様も王族の方々がてこずった敵を、言葉一つで撃退したらしいじゃないですか。さすがはトーヤ様です」
お、おう。
なんかえらく俺のこと買ってくれてるな。
前会った時なんかしたかな?
その後15分ほどダヴィットは、自分の非や俺たちに対する感謝の気持ちを伝え続けた。
半分ぐらいから長すぎて聞いてなかったけど。
そうしてダヴィットが一通り話すことを終え、扉を開け出て行こうとする時だった。
一つの爆弾を投下する。
「あ、伝え忘れておりました。後でリリアーナ様がこちらにお越しになるとのことです」
……くんのかよあのバカ姫。
ダヴィット?誰だそれ?と思うかもしれませんが、第一章二話目の「不敬」でちらっと出てます




