最強のはったり
東側ツエルside
リリアーナが敵を翻弄するために、火、水、風等の様々な魔法を使い、カーライを責め立てる。
少し離れたところでツエルが影を操り、リリアーナを援護する。
そんな戦闘が数分ほどたつ。
そのたった数分でリリアーナは、ツエルの動きに驚嘆する。
(すごい……!きてほしいと思ったタイミングで必ず援護が来る。しまったと思うことがあれば絶対にフォローが入る。こんなにも気持ちよく戦えるのは初めてですね)
まともに顔を合わせたのも、話をしたのも先ほどが初めてだというのに、リリアーナにとってツエルはまるで、自分のことを知り尽くしてくれている旧知の存在のようにも感じられた。
命のかかった戦いだというのに、リリアーナは自然と笑みがこぼれるのを止められない。
そのリリアーナの弟であるアーカイドも、ツエルの戦いっぷりに舌を巻いていた。
「さっきとは動きも技のキレもまったく違う……」
「まあ私たちのエースですから、あれくらいはやってもらわないと」
アーカイドのつぶやきに答えたのは、敵の攻撃をもろに受け、倒れていたはずのインだった。
「君は……気絶していたはずじゃ……」
「ええ、ちょっとの間意識がとんでました。少しじっとしていてくださいね」
そう言うとインは持っていたナイフで、アーカイドに絡みついている木を切り落としていく。
「すまない。しかしなぜ先とあれほども変わるんだ?」
「私たちはヘルト家の『影』ですから。アーカイド様なら、影という名を聞いたことがあるんじゃないですか?」
「……ああ、たしか裏の仕事やヘルト家の護衛をする組織だと聞いている」
「護衛をするというのは少し違いますね。そもそもヘルトの血族において、護衛が必要なかたなんて基本いないんですよ。仕えてる身でこういう事言うのもあれですけど、化け物しかいないですから。そのため戦闘面において、私たち影はサポートに特化しているんです」
――トーヤ様のようなイレギュラーもいるけど。
インは思い浮かんだその言葉を飲み込む。
「さきほどトーヤ様の安全が確保されたとの合図もありましたので。迷いがなくなったのも要因の一つでしょう」
ちょうど、言い終えると同時に木もすべて切り落とす。
「すまなかったな。早速だが、私は援護に加わったほうがいいのか?」
リリアーナとツエルの戦いを見て、少し自信なさげにインにたずねる。
「もちろんです。しかし下手に援護すればかえって邪魔になるかもしれません。ツエルの魔法についてよく知っている私が、アーカイド様に魔法の発動タイミングと場所を伝える、というのはどうですか?」
「わかった、それでいこう」
アーカイドはうなずき、いつでも魔法を放てるように準備する。
リリアーナが攻め、ツエルが援護し、隙があれば威力の高い魔法をアーカイドがぶつける。
その戦い方は、圧倒的な魔力を持つカーライを圧倒していた。
何度も攻撃を加え、致命傷を与える。
しかしそのたび一瞬で再生するカーライの回復の速さに、リリアーナたちも気を抜く暇がない。
「ほんとこれ意味あるんですかねえ、倒しても倒してもすぐ復活されて……嫌になっちゃいますよもう」
「しかしこのカーライという男が、例の存在であるならば、確実に効果はあるはずです」
ぼやくリリアーナに対し、励ますようにツエルが応答する。
「なら、もう少し頑張ってみますかね」
相手は何度殺しても復活する。
自分たちは一度でも攻撃をくらえば戦闘続行が厳しくなる。
それが延々と続く極限状態の中、前で戦うリリアーナや、絶対にミスできないツエルも集中を切らすことなく戦い続ける。
長くぎりぎりの戦いが続く。
そうなると有利になってくるのはやはり、魔力の潤沢なカーライのほうだった。
「やばいですねこれは、魔力がもうほとんど残ってませんよ」
先ほどから放出系の魔法をずっとはなってきたアーカイドは、すでに魔力切れをおこしている。
「いやあ、ピンチですねえ」
困ったような笑い顔を浮かべて、汗を流すリリアーナ。
そんなリリアーナにカーライの魔法が襲う。
リリアーナに迫った木を、ツエルの操る影がはじく。
先ほどから何度も繰り返している攻防。
しかしながら今回に関しては、同じといえるようなものではなかった。
木をはじいた魔法で操っていた影が、数秒も持つことなく消滅していく。
まるでなんとか魔力をしぼりとって発動したような弱々しさを、その場にいた全員が感じることができるほどだった。
(しまった!深刻なのはあの子のほうでしたか!)
リリアーナが慌てて振り返ると、目に映ったのは魔力切れによる疲労をもろに感じているツエルの姿。
すでに肩で息をしており、受けたダメージも相まって今すぐにも倒れそうになっている。
剣を地面に突き立て、支えにすることでなんとか立てている状態だった。
カーライもそんなツエルの姿を見て、攻撃対象をツエルに定める。
「ツエル!!」
感知魔法でそれを感じ取ったリリアーナが叫ぶ。
ツエルのもとへ伸びてくる木をツエルは必死に避けるも、つる性の植物が足をからめとる。
「……くそっ」
そのまま近くの木に、振り回されるように勢いを乗せてたたきつけられる。
防御態勢をとることすらできなかったその一撃で、ツエルは今度こそ完全に意識を失う。
「……さあリリアーナ様、あとはあなた一人です」
勝ち誇ったようにカーライが現実を突きつける。
「これは、絶体絶命ってやつですかね」
半ばリリアーナがあきらめかけたときだった。
「いいえ、一人なのはあなたですよ」
その声とともに、四方八方から十数発もの魔力弾がカーライに浴びせられる。
カーライは防御魔法で防ぐも、耐えきれず防御魔法が割れ、生身で受ける。
当然ながら、それも瞬時に回復する。
「なるほど、ただの人間ではないようですね。それならばリリアーナ様やツエルさんがてこずったのもうなずけます」
カーライの再生する姿を見て口を開いたのは、Sクラスの担任教師であるエルナだった。
エルナだけではない、遠征実習についてきていた教師の多くがカーライを囲むように立っていた。
「お待たせして申し訳ありません、リリアーナ様」
その言葉にリリアーナはカーライから距離をとり、足の力が抜けたかのように腰を下ろす。
「ちなみに、あなたのお仲間は皆すでに鎮圧済みです。繰り返しますが残っているのはあなた一人です。
どうしますか?この人数相手に徹底抗戦してみますか?おとなしく身柄を捕らえられたほうが賢いと思いますよ」
降伏するようにエルナがカーライを促す。
カーライは考え込むように押し黙る。
(即答はしない、徹底抗戦することも覚悟の上ってことですかね……)
降伏勧告にうなずかないカーライに、リリアーナは嫌な予感を感じる。
教師陣とカーライ、お互いが膠着状態になったときだった。
「降伏すんのが嫌ってんなら、逃げてもかまわねえんだぜ?」
カーライからは距離のある、木の上の辺りから発せられた声。
その声の主は――
「トーヤ様!?」
想像していなかった人物の登場に、インは声をあらげる。
木の枝に立っていた人物は、カーライの狙いであるトーヤ・ヘルトだった。
左手で気絶している少女を抱えており、全員の視線がトーヤに集まる。
特にカーライに関しては、ありえないものを見たような顔になる。
「え~っと、名前は知らねえけど主犯格のお前」
トーヤはカーライを右手で指さして言う。
カーライはなんとか冷静さを保つように態度を戻す。
「カーライだ」
「そうか、カーライか。じゃあさっそくなんだがカーライ、ここは手打ちにしないか?」
「手打ちだと?」
トーヤの言葉にカーライはいぶかしげな顔をする。
「ああ、こちらとしてもこれ以上戦闘が続くのは望ましくないからな。ぼろぼろになった部下の手当てを一刻も早くしてやりてえし。もちろんこいつも返してやる。お前らにとって重要な人物なんだろ?」
そう言ってトーヤは、腕に抱えていた少女ラシェルをカーライに見せつける。
「……交換条件というわけか。だが、一瞬でお前をラシェルごと捕まえるという選択肢が私にはあるぞ」
「あ~そっか、そう考えちゃうか~」
トーヤはいやに間延びするような話し方をする。
「いやまあ、な、そう考えるならこっちとしても仕方ないわけだ」
言い終わるとトーヤは右腕を掲げ、まるで見せつけるかのように手をパチンと鳴らす。
次の瞬間、トーヤの背後で火柱という言葉がかわいく思えるほどの炎が空を穿つ。
その炎は直径数十メートルほどもあり、すべてを焼き尽くさんがごとく燃え盛る。
魔法に使われている魔力、魔法の威力、範囲、全てが常識から遠く外れた理外の光景。
今までの戦いが児戯に思えるほど。
赤い――世界の全て飲み込むような錯覚を、見るものすべてに与えた炎。
地面から天に向かって燃え盛る炎は、消えるまで一分ほどの時間を要した。
その間、言葉を発したものは一人もいなかった。
カーライはもちろん、教師たち、またそれが魔法陣によるものだということを知っているインでさえも、開いた口が塞がらなかった。
それほどまでに、彼らの目にした魔法は次元が違った。
(うそでしょ!あの魔法……火炎天穿じゃない!!魔法陣を渡したとは聞いていたけど、普段問題児扱いしているトーヤ様にあんなもの渡すなんて……)
セーヤがトーヤに渡した魔法陣に記されていたのは、下手すれば町ひとつ簡単に消し飛ばすことさえ可能である強力な魔法。
そんな危険なものをトーヤに渡したセーヤの考えを、インは理解することができなかった。
トーヤが改めてカーライに向き直る。
「やれるもんならやってみろ。こっちも徹底的にやってやるから覚悟しろよ。言葉通り骨すらも残らねえと思え」
明らかに声のトーンが変わり、戦う雰囲気を醸し出す。
(トーヤ・ヘルトは落ちこぼれなどという情報もあったが……どうやらデマのようだ。これ以上戦うのも魔力に不安が残る。
……しかたない、ここは再起を図るべきか)
カーライはこの場を退くことに決める。
「わかった。要求通りこの場を離れよう。ラシェルを今すぐ放してくれ」
トーヤはその言葉通り、ラシェルを木の上から放り投げるように離す。
そのまま落ちていくかと思われたが、カーライの伸ばしていた木がラシェルを優しく包み込む。
割れ物を扱うかのように慎重に、カーライはラシェルを手元に運ぶ。
手元まで運ぶと横抱きし、再び木の上あたりにいるトーヤを見上げる。
「オーヤ、私たちは諦めんぞ」
そういうときびつを返し去っていく。
それを教師たちのうち数人が追おうとする、が――
「追わなくてかまいません!!」
リリアーナが声を上げ止める。
「これ以上被害を広げる必要はありません。今は負傷者の手当てが先です。殺されて放置されたままのかたも、森の中に残っていますから……」
こうして少なくない犠牲を出して、フタツ森での戦闘が幕を閉じる。
死亡 教師八名 グラン・オーディル 襲撃者六名
重症 トーヤ・ヘルト ツエル カリナ・ホルバイン
軽症 イン その他多数
戦闘に参加した以外の生徒に、けが人はほぼゼロ。
一章もあと数話です




