勝ちは遠く
少し時間を遡り
東側ツエルside
カーライの魔力に物を言わせた激しい攻撃が続く。
ツエルとインはうまい具合に立ち回り、攻撃をくらわないように動く。
さらにお互いカーライを挟む形になる位置を維持し、相手の意識を分散させる。
そんな攻防がしばらく続いたころ、ツエルは違和感を感じ始める。
それは、カーライの動きがどことなく素人のような動きだということ。
ツエルがそう考えるのにはいくつかの根拠がある。
一つは、戦いの前に自分のメインがばれるようなまねをしたこと。
最初こそブラフの可能性も考慮したが、カーライの戦い方を見てそれはないとツエルは判断する。
もう一つは単純に戦い方。
カーライは自分の手足のように自在に植物を操ることができる。
しかし、それは言い換えれば、自分の手足の延長でしかないということ。
カーライほどの魔力があれば、もっと複数の植物を同時に操ることができる。
もちろん、しっかりと訓練を積んでいれば。
ようするに、保有する魔力と魔法技術が見合っていない。
ツエルの違和感の正体はこれだった。
ツエルの今まで生きてきた人生において、もっともその身に宿す魔力量が高かったのは、トーヤの兄であるセーヤ・ヘルト。
そのセーヤほどとはいかないまでも、それに準ずるほどの魔力を持った目の前の相手。
にも関わらず、その相手は稚拙ともいえる戦い方をする。
ツエルにはこのことがどうしても納得いかない。
このテロを起こすために長年実力を隠してきたのか。
おとぎ話のような覚醒でも起こしたのか。
ツエルの疑問はますます深まっていくが、勝つためにひとまず疑問を捨て、その戦い方の拙さを責めることに決める。
ツエルはインに対してアイコンタクトをとると、インは即座にその意図を読み取りうなずく。
ツエルとインの二人は、今までの防御中心の戦い方から一気に攻めへと転じる。
ツエルは影を複雑に操り、四方からカーライを責め立てる。
インは服に仕込んでいた多くの投擲武器を次々投げていく。
二人は左右に動き続けながらも、近づき過ぎず、一定の距離感を保ちながら攻撃を続ける。
「いい連携だ。やっかいだな」
そう言うとカーライは直径2mほどもある木を自分の周りにいくつも生やし、身を守ろうとする。
次の瞬間、影がカーライの足元の地面の中から、一直線に首元をめがけて伸びる。
「っ!?」
それはカーライにとって、まったく予想外の方向からの攻撃だった。
戦いの中、ツエルとインはカーライの魔法や動きを分析し、倒すためのアプローチを見つけ出した。
複雑な動きをするときに操る木は二本ほど。
そして木を三本以上操る場合、魔法がかなり大雑把になるうえに、意識がかなり魔法を発動させることに向く。
つまりその瞬間に隙ができる、と。
ではその隙を作るためにどうすればいいか?
二人の出した答えは、攻撃の手数を増やすこと。
攻撃の手数が増えれば、カーライの技術では一つずつ対処できない。
ならば確実に、魔力に頼った大味な技で防ごうとする。
そして見事にその策はハマった。
隙ができたカーライに対して、意識外からの攻撃。
とはいえ、もちろん地面にはカーライが操る植物の根が無数に広がっている。
その根を細かいところまですべて感知し、複雑な魔力操作ですべて掻い潜るツエルの実力があってこそ成功した策だった。
影は止まることなくカーライの首を通過する。
カーライの首は宙を舞い、胴体は力が抜けたように倒れる。
「ふう、終わった」
インが勝利に気を抜く。
アーカイドは緊張を解き、ツエルも剣をおさめようとした時だった。
三人の背後、それぞれの地面から木が伸びてくる。
ツエルはすんでのところでかわす。
しかしインはまともに木による打撃をくらい、数メートル先の別の木にたたきつけられる。
アーカイド自身は完全に油断していたものの、精霊が自発的に魔法を発動させ木に炎をあびせる。
だが木はその炎をもろともせずに突破し、アーカイドの体を拘束するようにぐねぐね曲がりながら巻き付く。
「イン!!アーカイド様!!」
ツエルは思わず声を荒げる。
「よりにもよって地面からくるとは。油断した……だが、今度油断したのはそちら側だったな」
その声は首を飛ばされ死んだはずの人間の声だった。
あわててツエルはカーライの死体があったはずのほうを見る。
そこには“おぞましい”、そう表現するのがぴったりな光景が映し出されていた。
カーライの、頭のついていない胴体は立ち上がり、首からはどす黒い液状のようなものが伸びており、それが地面に転がった頭とつながっている。
「ばかな……目視できるほどの魔力の塊など……!」
ツエルの顔に驚愕の色が浮かぶ。
カーライの首から伸びていた魔力の塊はどんどん短くなり、頭が胴体にくっつき元通りになる。
傷跡は、まるで何事もなかったかのようにきれいに修復されていた。
カーライは、木が体に巻き付き、身動きの取れないアーカイドのほうに体を向ける。
「王子であるあなたを傷つける気はありません。ですので、少しの間だけ拘束させていただきます。ちなみに、その木は魔法で耐火性をかなり高くしていますので、精霊魔法といえどもそう簡単には燃え尽きませんよ」
「くっ!」
カーライの言葉にアーカイドは歯をくいしばる。
「さて、どうやらお仲間の少女も先ほどの攻撃でのびてしまったようだ」
カーライの言葉通り、インは不意打ちを受けてから立ち上がらない。
「あとは君一人だな」
そう伝えるように話すと、いまだ事態を飲み込めていないツエルのほうに向き直す。
「お前は、一体……」
ツエルは目の前で起きたことを処理しきれない。
それも当然だろう、首を飛ばされ死んだはずの人間が何事もなかったかのように立ち上がったのだ。
例えどんな魔法を使おうと、死者がよみがえることはありえない。
小さい子供ですら知っている世界の常識。
ただツエルには、あり得る可能性が一つだけ頭に浮かんでいた。
それこそが、ツエルが余計に動揺してしまっている理由の一つでもある。
だが当然、ツエルの動揺なぞおかまいなしにカーライは攻撃を畳みかける。
単独での戦闘になってしまったことや動揺から、あからさまにツエルの動きや技のキレがにぶる。
そんな状態の中、ついにカーライの攻撃をさばききれず、左腕を強く木に強打してしまう。
持っていた剣を落とし、さらにカーライの攻撃の手は休むことなく、容赦なく何度も追撃をくらわせる。
「がっ……!!」
まさにめった打ちという表現が適切な攻撃。
身体強化により多少はダメージが軽減されるものの、ツエルの受けた攻撃は常人ならば確実に命を落としているものだった。
容赦なく打ち込まれたダメージは大きく、ついにツエルはその場に倒れてしまう。
「どうやら終わりらしいな」
カーライは辺りを見回した後、その場から去ろうとする。
もう誰もカーライの行く手を遮ることができない。
しっかりと意識のあったアーカイドは、拘束され身動きがとれない自分を恨みながら、どこか諦めのような感情を抱いていた。
しかし、カーライの歩みが唐突に止まる。
「なんだあれは?」
それは、一筋の青い煙が空高く上がる光景だった。
カーライの口からつい疑問の言葉が漏れる。
その言葉に反応したツエルが、薄れゆく意識の中なんとか顔を上げ空を見上げる。
「そういえば、先ほどの煙もあの方向だったな……なにかの合図かもしれん、とりあえず向かってみるか」
そうしてカーライが煙の上がる方へと向かおうとした時――
ザッ
カーライの背後で、誰かの立つ音が聞こえる。
「やめておけ、その傷では意識を保つだけでもやっとのはずだ」
カーライは振り向くことなく、傷だらけになりながらも立ち上がったツエルに対して言う。
「私の生死など関係ない。トーヤ様の無事が分かった今、お前をトーヤ様のもとへは絶対に行かせない」
強い意志を込められた言葉がツエルから発せられる。
体はボロボロになりながらも、その目は力強くカーライを睨んでいた。
「素晴らしい、まさに護衛の鏡ですね」
その言葉はツエルのものでもカーライのものでもなかった。
次の瞬間、声のした方から尋常じゃない速度で魔力弾がカーライめがけて放たれる。
魔力弾
名の通り、魔力を集め弾丸のように打ち出す技。
基本戦闘魔法のうちの一つ。
カーライは防御しようとするも間に合わず、魔力弾は頭に直撃し、カーライの頭がはじけ飛ぶ。
しかし当然のように、ほんの数秒で元通りに再生する。
「魔獣狩りも飽きてきたところではありましたけど……さすがにここまで刺激的なことは望んでいませんでしたよ。体が燃え盛るような刺激の類以外はごめんです」
「リリアーナ様!!」
魔力弾を打った人間の正体は、第三王女リリアーナだった。
本来ならこの場にいるはずのない人物に、ツエルは動揺を隠せない。
「リリアーナ様、どうしてここに!?お付きのかたはどうされたんですか!?」
「遅かったので私一人できちゃいました。かわいいかわいい後輩のピンチに居ても立っても居られず」
リリアーナは舌を出し笑いながら言う。
「これはこれは、リリアーナ様ではないですか。まさか王女であるあなた様まで来られるとは、思いもよりませんでした」
カーライは突如現れたリリアーナに、丁寧な口調で話しかける。
「フフ、いりませんよ。そんな上っ面だけの敬意は」
「いえいえ、心からのものですよ」
「なら地面の下で、私の足元に伸ばしている木の枝を引っ込めてくれませんか?」
「…………」
リリアーナの言葉にカーライは口を閉ざす。
「気づかないとでも思いましたか?こんなわかりやすい攻撃を。通用するとすれば、精霊魔法に頼りきって感知魔法を使おうとしない未熟な弟ぐらいですよ」
「……」
突然現れた姉から、いきなりストレートでバカにされ、アーカイドは複雑な表情になる。
「あまり王族の方に手を出すようなまねはしたくありません。どうかこの場から去ってはいただけませんか?」
「何をいまさらいい人ぶってんですか。まさかこれは国のためだとか言って正義面するつもりですか?なんにせよ、弟や義弟の大切な護衛をここまで痛めつけられて――
――私も黙っていられませんよ」
リリアーナは先ほどまでの笑顔が嘘のように、怒りの感情が体全体からにじみ出る。
その迫力に気おされたカーライは、ほぼ無意識でリリアーナに攻撃を仕掛ける。
一気に迫る魔力を帯びた木に、リリアーナは避けれる攻撃はすべて避け、避けきれない攻撃だけを炎の魔法で焼き払う。
攻撃を避けきると、すぐに攻撃へと転じる。
リリアーナのそばの空中にいくつもの刃が現れ、カーライに向かって一気に迫る。
カーライは目の前に木を生やし攻撃を防ぐ。
その瞬間無防備になったカーライの背後を、ツエルが見逃すはずもなかった。
複数の影がカーライを背中から突き刺す。
「がはッ!」
頭、首、心臓、その他臓器。
致命傷になる部位を確実に貫いたにも関わらず、カーライは魔法を発動しツエルに危害を加えようとする。
ツエルはその攻撃を避けるため影の操作を解く。
距離をとったツエルがカーライを見ると、傷はすでにふさがっている。
「ほんと、とんでもない回復力ですね」
この攻防の間、リリアーナはツエルの隣にまで移動していた。
「さすがでしたよ。あのタイミングでの攻撃は」
「ありがとうございます」
「しかしあの回復速度が厄介ですね。拘束するような時間もない。……下半身の回復も早いんでしょうか?」
「おそらく、どこが損傷しようとも回復速度は変わらないかと思われます」
「……私の汚れた心が痛い」
「大丈夫ですか!?もしや先ほどの攻撃で……」
「ああもうほんといい子!大丈夫です!大丈夫ですから今は敵に集中しましょう!!」
リリアーナは恥ずかしさを誤魔化すように声を張り上げる。
「……あの、リリアーナ様」
ツエルは少し考えこんだのち、リリアーナにある提案をする。
「不敬を承知で申し上げます。共闘するにあたって、私はサポートにまわらせていただけませんか?」
ツエルがサポートに徹する。
それは王族であるリリアーナを前で戦わせ、危険にさらすということ。
「私はかまいませんが……トーヤの話を聞く限り、実力的にはあなたのほうが上です。私がサポートにまわったほうがいいんじゃありませんか?」
リリアーナはツエルの提案に、自分の危険については触れることなく意見を返す。
トーヤという単語にツエルは一瞬反応したが、今はそれどころではないとすぐに思考を戻す。
「こちらのほうが勝率が上がると考えての提案です。どうか私を信用していただけませんか」
力強い目でツエルは、リリアーナと目を逸らすことなく合わせる。
「ふふ、どうやら何の策もないわけじゃないみたいですね」
リリアーナはツエルの顔を見て嬉しそうに笑い、再びカーライと向き合う。
「では私がメインで、あなたがサブ。
背中は任しましたよ、ツエル!」
「はい!!」
トーヤとリリアーナはお互いサボり魔同士、入学式以降もちょくちょく会ってます。
ツエルのこともその時に聞きました。




