グラン・オーディル
西側グランside
【グラン視点】
足の痛みに耐えながら森を進み、ラシェルのもとへ向かう。
カリナとの戦いには勝った。
最後の最後でカリナが僕への攻撃をためらった。
それが勝敗を分けることになった。
だが左足に大きなダメージをもらってしまったうえ、武器も失ってしまった。
本当ならばとっくに森から撤退している時間だ。
なのにトーヤ・ヘルトのおかげで今も森にとどまり、ぼろぼろになっている。
トーヤ・ヘルトにはずっと計画をくるわされ続けている。
計画では当初、この森でトーヤ・ヘルトの身柄を捕らえる予定だった。
だが彼が学園に入学したとき、計画の変更を余儀なくされた。
Sクラスの人間は遠征実習に参加しないからだ。
そこで急遽、遠征で手薄になる学園を襲撃する作戦に変更した。
なのになぜかSクラスも遠征実習に参加することになる、それも一週間前というときに。
そのためまた当初の計画に戻すことになるが、当然準備不足に陥るのを回避できず、このような結果をまねいてしまっている。
予想外の場所にトーヤ・ヘルトが現れたこと。
カリナの戦闘への参戦。
ラシェルのほかにも、複数人いるはずである西側の仲間の安否が一切わからない。
トーヤを捕らえる役目だったはずのカーライが、いつまでたっても西側に来ない。
すべてが計画とは違う。
トーヤを人質に取り、ヘルト家に対して、シール王国における貴族としての権限をすべて放棄することを要求する。
その要求をのむことは間違いなくないだろうが、英雄家と呼ばれ国民に慕われているヘルト家の評価は多少なりとも失墜する。
そこからさらに第二第三の計画へと移行していき、最終的にヘルト家を滅亡させる。
これが僕たちの立てた計画、悲願だった。
つまり今日の作戦は計画のかなり初期にあたるにもかかわらず、まったく思い通りにすすんでいない。
父さんがいれば結果はまた変わったかもしれないというのに。
僕の父であるケルト・オーディルは、一か月ほど前にいきなり行方をくらませてしまった。
裏切ったとは仲間の誰一人考えなかった。
父さんは人一倍ヘルト家に対する憎しみが強かったから。
『いいか、ヘルト家の人間を許してはいけない』
『やつらはクレア様をもてあそんだんだ』
『ヘルト家の人間には死をもって償わせる』
『グラン、お前も強くなってヘルト家の者を打ち滅ぼすんだ』
物心ついたころから父は、僕に対しヘルト家を恨むように言い続けた。
正直、自分が実際にヘルト家に何かをされたわけじゃなかったためか、ヘルト家を恨む気持ちはそこまでもてなかった。
ただ、剣術が上達すれば父は褒めてくれた。
周りのどのような称賛よりも、剣術大会優勝の名誉よりも、それがなによりも嬉しかった。
ラシェルのもとへ急ぐが、たどり着いたとしてもまともに戦えるような状態ではない。
ラシェルがトーヤを倒してくれていることを祈る。
だんだんと元いた場所へと近づいていく。
そしてラシェルのもとへたどり着き、飛び込んできた光景は――
ラシェルの姿はなく、トーヤ・ヘルトただ一人立っている、そんな光景。
トーヤ・ヘルトの様子を見るに、戦闘中ではない。
やられたのか……
どうやら祈りは通じなかったらしい。
トーヤもこちらの姿に気づいたようで、僕のほうへと向きなおる。
「遅かったな、お友達のびちゃったぞ」
あくまで挑発的な態度をとってくるトーヤ。
まだまだ余裕があるとでも言いたげだ。
きっと戦闘が長引けば、不利になるのは僕のほうだろう。
覚悟を決めるしかないか……。
『身体強化』
武器もなく、体も満身創痍。
ありったけの一撃で決めるしかない。
体が耐えられるぎりぎりまで、身体強化の魔法を重ね掛けする。
「これが最後だ」
決意表明のように口に出し、トーヤへと一気に走り出す。
トーヤのほうも僕のほうへと走り出す。
お互い拳が届く距離までもう少しというところで、攻撃の態勢にはいる。
僕もそうだが、トーヤも避けることなど一切考えていない。
そう直感した。
ついに攻撃の射程圏内に入ったとき、お互い拳を振るう。
だがここで予想外の事態が起こる。
拳を振るために踏ん張った左足が、負傷していたこともあり負荷に耐えられず、力が抜けて体が前のめりに崩れてしまう。
しかしまったく予想できなかった動きのためか、トーヤの拳が空をきる結果となる。
そのうえ、僕自身は低い姿勢のままトーヤの懐に入りこめた。
このチャンス、ものにしない手はない。
倒れかかった体をなんとか、痛みがやまない左足で支える。
腕にさらに身体強化の魔法を重ね、トーヤのみぞおちに拳を叩き込む。
「ぐっ!!」
苦しむ声は僕かトーヤ、どちらのものかもわからない。
腕や足の骨がきしむ音が聞こえる。
体中が悲鳴を上げる。
でもこの一撃だけでいい、これだけだ。
振り切れ!!
「ああああああああ!」
残る力をすべて振り絞り、拳を振り切る。
トーヤは数メートル飛び、木の幹におもいっきりたたきつけられる。
僕は拳を振り切った勢いにより、体を半回転して仰向けに倒れこむ。
手応えは十分すぎるほどにあった。
「頼むよ、もう立ち上がらないでくれ……」
半ば、すがるようにつぶやく。
が、そんな願いをあざ笑うかのようにトーヤが倒れている僕の前に立つ。
トーヤの表情はバカにするでもなく、あざ笑うでもなく、真剣にこちらを見下ろしていた。
俺の勝ちだ、まるでそう宣言するかのように。
もう僕の体はまったく動く気がしない。
トーヤ・ヘルトのその堂々とした立ちっぷりに、僕は負けを認める以外の選択肢がなかった。
ーーーーーー
西側トーヤside
【トーヤ視点】
絶対折れてる、確実に何か所か肋骨折れてる。
大丈夫かこれ、他の器官に刺さったりしてないだろうな。
あんな上手いタイミングで力が抜けるとかある?
俺の拳のほうが速かったはずなのに、あれのせいで俺だけが殴られる形になったじゃねえか。
この空ぶった拳はどこにぶつければいいんだ。
でもまあとりあえず、グランはもう立ち上がってきそうにはない。
なんとか一難去ったってところか。
「トーヤ……ヘル、ト」
倒れているグランが絞り出すように声を出し、俺の名を呼ぶ。
「どうした?」
「ケルト、オーディルは……どうなったか、知っているか?」
すがるように、でもどこかあきらめたように尋ねるグラン。
その姿は見てて少し痛々しかった。
「傷にひびくからもうしゃべるな。あとケルトなら……」
俺はなんと答えるか少し考えてしまう。
だが結局正直に話すことを選択することにした。
「死んだよ。まだ俺が学園に入学する前に襲撃してきて、追い詰められて最後は自害した」
俺やマヤを巻き込もうとして、が自害の前につくが特にいう必要はないだろう。
「……そうか」
やはり少し覚悟していたみたいだ。
それでもグランの落胆の色は大きい。
それほどまでにグランにとって、ケルト・オーディルは大切な存在だったのかもしれない。
「もう一度、父さんに褒められたかった……」
父さん?もしかして親子だったのか?
だとすれば、俺が名前を出した時の動揺も納得できる。
そんなことを考えているとグランが突然苦しみだす。
「がっ、ぐっ……」
「おい、どうした!?」
いきなりのことに、あわててなんとかしようと試みるが、グランは何かをする時間をまったく与えてくれなかった。
急に落ち着いたかと思えば、すでにその目は生気を失っていた。
「お前もしかして――!」
俺はまさかと思い、グランの口の中を覗き込む。
口の奥に、かみ砕かれたような小さいカプセルが一つ見えた。
毒を仕込んでいたのか……
失敗し、捕らえられたときに作戦などを間違ってもしゃべらないようにするためのものだろう。
……仮に、もし俺がケルトは生きていると嘘をついていた場合、グランは毒を飲まなかったのだろうか。
“もう一度、父さんに褒められたかった……”
お前にとって父親に褒められることは、自分の生死も左右させてしまうことなのか。
……わかんねえな、俺には。
そういや生まれてから一度も、親父に褒められたこととかないな俺。
ヘルト家次男 トーヤ・ヘルト vs グラン・オーディル 剣術大会少年の部優勝者
勝者 トーヤ・ヘルト
グラン・オーディル 服毒により死亡
トーヤの勝ちが、いいとこどり感すごい。




