あきらめ
東側ツエルside
ツエルたちのほうではツエル、イン、アーカイドとカーライによる激しい戦闘が繰り広げられていた。
『黒刃・連撃』
ツエルの剣から斬撃のような黒い塊が、複数カーライに向かって飛んでいく。
『樹木操作』
その斬撃からカーライを守るように、地面から横幅が1m以上ある太さの木が現れる。
斬撃は木に当たり、半分以上をえぐりながらも消える。
インはその反対側に回り込み、持っていた四本のナイフを同時にカーライへ投げる。
すると今度はツタのようなものが複数地面から伸び、ナイフをからめとってしまう。
「ほんと、やっかいな魔法ね」
インは恨み言を言うように吐き捨てる。
カーライのメインは植物を操作する魔法。
植物を自分の手足のように自由自在に操る操作系。
植物の動き、成長を思うがままに操ることができる。
「次はこちらから行くぞ」
カーライはそういうと近くの木に触れ魔力を流し込む。
『雹針葉』
カーライの触れている樹木の葉が魔力を帯び、雹のように大量にツエルに降り注ぐ。
ツエルは身構え、防御魔法を使おうとするが、
『炎舞・進火』
アーカイドの放った魔法が、魔力を帯びた葉をツエルに当たる前に焼き尽くす。
アーカイドの放った魔法を見たカーライは、その魔法が自分の天敵であることを理解し、標的をアーカイドに変える。
感知魔法により、それをいち早く察知したツエルが叫ぶ。
「アーカイド様!後ろです!!」
アーカイドのすぐ後ろから二本の枝が伸び、アーカイドへと向かう。
完全に無防備だったアーカイドはまったく反応できなかった。が――
『炎舞・火柱』
アーカイドの背に火柱が立ち、枝が火の中に飛び込み燃え尽きる。
(あれが精霊魔法、そして炎の精霊か……さすがだな)
ツエルは感心したようにアーカイドを見る。
アーカイドの傍には、人間の姿形に似た精霊と呼ばれる存在が空中に浮かんでいた。
顔の輪郭は薄く、かろうじてパーツの場所がわかる程度で、全身の色は薄い赤色一色でほぼ覆われている。
精霊
人間と契約し、一定の魔力を契約者から受け取る。
その見返りとして契約者は、高度な魔法を容易に使うことができるようになる。
またある程度の自立行動が可能であり、先ほどのアーカイドのように自動で契約者を守ってくれる。
ただし精霊と契約するには、二つの条件のどちらかを満たしている必要がある。
一つは王位継承者の子供であること。
もう一つは王位につくこと、これは王位継承者に後継ぎがおらず、遠い親戚などが王位についた場合におこる。
シール王国初代国王が約千年前に精霊王と契約を交わして以来、一切の例外はない。
(あれならばそこまで気にかけておく必要はなさそうだ)
そう考えたツエルは、意識を敵であるカーライに対して集中させる。
『黒影乱舞』
ツエルの足元の影が、まるで意志を持つ生物のように動き始める。
「イン、本気でいくぞ!」
「了解!!」
ツエルはカーライへと小細工なしに突っ込む。
カーライは四方から枝を伸ばし、ツエルを攻撃する。
それをツエルは魔力を帯びた影を使い、すべてはじいていく。
ツエルの操る影は、寸分の狂いもなく完璧にカーライの攻撃をとらえていた。
「なるほど、まだ若いにも関わらずやるな」
カーライは感心するようにつぶやくと、今度はツエルの足元からツタを伸ばし、足をからめとろうとする。
しかし、感知魔法を常に自分の周りに発動しているツエルは、その攻撃を察知し空中へと飛ぶ。
空中へ飛び、身動きがとれないはずのツエルを追撃するように、ツタはツエルに向かって伸び続ける。
ツエルは近くの木へと影を伸ばし、木に影を巻き付け、自分の体を引っ張るように攻撃を避ける。
「さっすが影のエース、よくもあれだけ複雑な魔法制御を簡単にやってのけるわ」
インは感心するように言いながら、遠距離からカーライへの攻撃を絶えず続ける。
東側の戦いはますます激しさを増す。
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西側トーヤside
ラシェルの魔法の正体、それはおそらく精霊魔法。
精霊魔法ならばどれだけ複雑な魔法も簡単に使うことができる、魔力さえあれば。
そして自立行動が可能な精霊であれば、契約者であるラシェルが耳をやられた状態でもラシェルを守るため、精霊自らが魔法を使い続けていてもおかしくない。
精霊の姿は見えないが、幻術を扱う精霊だ。
魔法でどうとでもなる。
ただこの仮説が当たっていた場合、このラシェルという少女は王族ということになってしまう。
それも年齢的に考えると、現国王の血のつながった子供、つまり王女だ。
だが国の公式発表では、第一王子であるアーカイドが末っ子ということになっている。
しかしラシェルは間違いなくアーカイドよりも幼い。
もしかすると愛人の子か?
それはそれで大問題だけどな。
まあラシェルが何者なのかは後で考えるか。
さて、精霊魔法に対する対策だが……正直どうしようもない。
精霊魔法を破る手段を俺は持っていない。
ならば精霊魔法を破らずに勝てばいい。
そろそろラシェルの聴力も戻ってきただろう。
鼓膜が破けている可能性もあるが、念のため一つ罠を張っておくか。
「くそが……だんだん毒が回ってきやがった」
ラシェルは、俺には毒が効いていないと思っている。
ならばこの発言はラシェルにとって、予期せぬ好都合のはずだ。
言葉だけでなく、体でも毒が効いてることをアピールする。
なにも辛そうな演技をする必要はない。
実際、毒は効いている。
ならば我慢することをやめればいいだけだ。
俺は体が求めるままに腕をだらんとたらし、空を仰ぐように顔を上に向けて脱力する。
わかりやすい誘いだが、決着を急ぎたいラシェル相手には効果的なはずだ。
さあこい、そろそろ決着をつけようぜ。
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西側トーヤside
【ラシェル視点】
耳の激しい痛みがだんだんとひいてくる。
まさかあんな魔法を使われるとは思わなかった。
複雑な魔法ではないから、メインかどうかも判断しづらい。
鼓膜が破けているかもしれないが、なんとか周りの音は拾える。
精霊が自動で魔法を継続させていてくれなかったら、私はとっくにやられていた。
『真実と虚偽の精霊よ、我が魔力を糧とし、嘘と誠の境界を打ち破れ』
精霊による自動的な魔法の継続は、単純に精霊魔法を使うよりも魔力を消費するため、心の中で詠唱を行い、自発的な発動に変える。
さてどうするべきか。
このまま攻撃を続けても、なかなか倒れそうにない。
事実トーヤ・ヘルトはここまでグランに与えられたダメージや、二か所の決して浅くない刺傷があるにもかかわらず今だまともに動いている。
動きを止めるために足を刺した、それなのに何事もないかのように動き続けている。
相当血も失っているはずだ。
本当に人間なのかも怪しくなってくる。
まさかカーライと同じように――いや、それはないか。
とにかくこのままじゃ時間がかかりすぎる。
そんなことを考えていると、いきなりトーヤがぐったりしたような状態になる。
「くそが……だんだん毒が回ってきやがった」
毒……確かにトーヤに毒針を一度刺した。
しかし、その後もピンピンしていたからてっきり効いていないものだと思っていた。
けれど私だからわかるが、トーヤの発言に嘘はない――けれど、だまそうとする意思がある。
私の使っている毒は危険度A級の魔獣から分泌される毒。
少し量を間違えれば即死するほどの。
むしろ今まで平気だったのがおかしい気がする。
ならばあと少し打ち込めば気絶するかもしれない。
だまそうとする意思がある以上、私を誘い出すための罠だと考えるのが濃厚。
けれどこれ以上時間をかければ、確実に学園の優秀な教師陣が体勢を立て直してくる。
もう攻めるしかない。
もし隙があれば行く。
そう覚悟を決めた直後、トーヤ・ヘルトは脱力するように腕をたらす。
これについ反応し、一気に駆け出してしまう。
冷静な状態ならば思いとどまれたはずだ。
だが時間がないことや耳の痛みもあり、焦りや不安が先走ってしまう。
とはいえもう止まることはできない。
袖口に仕込んでいた毒針を取り出し、トーヤの首元に打ち込む。
針の先がトーヤの首に触れたほんとにその瞬間、ありえないような速度で、毒針を持っていた方の腕が一瞬でつかまれる。
それこそ人間の持つ反応速度の限界を、超えているのでないかと思うほどに。
「どうやら触覚はだませないらしいな。相変わらず見えねえけど、やっとつかまえたぞ」
トーヤの言葉から、私はまんまと罠にはまったのだと理解するのにそう時間はかからなかった。
「うおらっ!」
「ッ!」
私は抵抗する隙も与えられず、背負われるように肩越しに投げられる。
そして地面にたたきつけられた私は、受け身をとってしまった。
「なまじ訓練とかしてるととっちまうよな、受け身。心臓やら首やらノーガードにして。ここが首だな」
そういったトーヤは、いつのまにか私の手から奪った毒針を私の首元にあてていた。
「しまっ!!」
言い切る前に針を首に刺される。
「だめ、ここで気を失うわけには……」
しかしその願いとはうらはらに、どんどん意識が遠くなっていく。
「末恐ろしい魔法だな。視覚と聴覚を同時に偽るか。精霊のおかげかもしれないが、才能あるやつには嫉妬してしまう。年下ともなればなおさら、な。まあ少し眠ってろ」
その言葉を耳にしたのを最後に、私の意識は途絶えた。
ヘルト家次男 トーヤ・ヘルト vs ラシェル 王族?の少女
勝者 トーヤ・ヘルト
王族の公式発表では現国王の子供は、
第三王女リリアーナ、リリアーナの上に二人の姉(嫁ぎ済み)、第一王子アーカイドの四人となっている。




