虚偽
西側カリナ&グランside
カリナの転移魔法により、カリナとグランはトーヤ達から少し離れた場所へと移動する。
地面から少し浮いた位置に現れ、その足が地に着いた瞬間、二人は一定の距離をとった。
「…………」
お互い何も話すことなく、ただにらみ合う。
同じ貧しい村で生まれ、同じ学び舎で学び、共に成長してきた二人。
世間一般で言う幼なじみという関係性。
それがいきなり敵として向かい合うことになり、当然思うところはある。
お互い、まるで悪い夢を見ているような気分だった。
そんな中、グランが先にその沈黙を破る。
「しかし、まさかいきなり攻撃されるとは思わなかったよ。あの状況だけを見て攻撃対象が僕になるなんてね……。10年近い付き合いなのに、そんなに信頼なかったのかな?」
「あの状況だけじゃないわ。森の中で心臓を一突きされ、殺されていた教師がいたのよ。死体を見るのは初めてだった――けど、死体の傷を見て真っ先に思い浮かんだのがあなただった。……おかしいわよね、あなたが人を刺した傷なんて見たこともなかったのに」
カリナの声はどんどん弱々しいものになっていく。
確信をもって話しながらも、間違いであってほしいと思う気持ちが表れている。
「実のところを言えば、私はかなり最初からあの場にいたの。トーヤ様にはバレていたみたいだけど」
「…………」
「当然、魔力遮断の魔法を使ってね。だからあなたが教師を殺したという話も聞いていたし、あなたからトーヤ様に危害を加えようとしたところも見ていた。それでも……グラン、あなたが敵になるなんて考えられなかった、あなたの敵になろうとは思わなかった。『殺す』――その言葉が出てくるまでは。
それほどまでに、あなたとの10年は重い」
「……ほんと、変わったねカリナ。僕の知っているカリナは、集団で何かをやったりすることに無頓着で、自分の成績のことしか気にしないこともあって、よく周りとはもめ事を起こすような人間だった。以前までの君なら、間違ってもこんな争いに自分から参加したりしなかったはずだ」
変えたきっかけはトーヤ・ヘルトの言葉。
敵対することを決めたのもトーヤ・ヘルトを守るため。
あの貴族嫌いだったカリナが。
グランはそれらの事実を鑑み、やはり面倒な存在だとトーヤへの警戒感を強める。
「言っておくけど、10年の付き合いだ。当然君のメインはよく知っている。空間転移の魔法、飛べるのは目に見えている範囲、他の物質を押しのけることはできない。物や他人の移動は手で触れた状態のときだけ、その他の条件は自分の飛ぶときと一緒」
「私もあなたの剣術は小さい頃から見てる。よく知ってるのはお互い様、有利不利には働かないわ」
条件は同じ――そう告げるカリナだが、グランの見解は異なっていた。
(いいや違う、君はまだ僕の敵になりきれていない。さっき僕に触れたとき、あのまま谷のど真ん中に転移させていれば、僕には成すすべがなかった。けれど君はそれをしなかった。つまり、結局のところ君はまだ僕を幼なじみとして見ている。けれど僕は違う! 例え地獄に落ちてでも、成し遂げなければならないことがある。それが……父さんの願いだから)
グランは覚悟を決める。友を切る覚悟を。
これはまさに、二人にとっての決別の戦いだった。
ーーーーーー
西側トーヤside
『ヘルト家戦術指南書』
~強い魔法使いを相手にするときの基本~
その① メインを見極めろ
相手の得意魔法であるメインをまず確かめる。
これを怠ったものは死ぬ!
その② 状況がどうであれ冷静に対処
例えどてっぱらに穴をあけられても、あと三秒で世界が滅ぶ状況であっても冷静に。
冷静になれなければどうせ死ぬ!
その③ あとは頑張れ
まあ後は魔法を使ってなんとかしろ。
それができないやつは死ぬ、てか死ね。
著.サイガ・ヘルト
なぜか昔見た本を思い出す。
初めて見たときはおもいっきり投げ飛ばした。
その後、たき火の材料にしようとしたら、貴重な本だからと使用人総出で止められた。
どう考えても有害図書だろアレ。
ただ敵と対峙する上で、メインを見極める必要があるのは確かだ。
目の前にいるラシェルとか呼ばれていた少女。
おそらく幻術系統のメインだろう。
俺が把握しているのは、
自分の姿を他人の者に変えること。
自分の姿を消すこと。
この二つだ。
自分の姿を変える魔法はもう使ってこないだろう。
警戒されれば意味がない。
だとすれば、警戒するのは自分の姿を消す魔法だ。
毒針かなにかを刺されたときは、グランに集中していて気づけなかった。
しかし今は一対一、不意を突かれるようなことはない。
感知魔法が使えればもっと楽なんだろうけど。
グランに戦闘を任せていたことや、メインから推察するに、おそらくサポートタイプである可能性が高い。
ならば手負いとはいえ、俺のほうが圧倒的に有利だ。
「……魔力消費が激しいけど、しかたないか」
俺が今ある情報で戦闘の算段を立てていたその時、ラシェルが何かをボソリとつぶやく。
おっと、とてつもなく嫌な予感がする。
『虚偽世界』
次の瞬間、ラシェルの姿が消える。
今まで見えていたのがまるで嘘のように忽然と。
さっそくきたな。
相変わらずえげつない精度だ。
けど視覚だけに頼らず、五感全体を使って集中すれば――
――あれ?
たとえ姿が見えずとも、これだけ静かな環境ならば、動く時に発する音は聞こえるはずだ。
足音、呼吸音、衣擦れの音。
聞こえるはずの音はいくらでもある。
しかし何も聞こえない。
音だけではなく、気配すらも感じない。
この場にいるのは本当に俺だけだと錯覚しそうになる。
おいおいおい、視覚以外も効果対象なのかよ――!
「ッ!!」
ラシェルの魔法の異常さに動揺してしまう中、急に激痛が走ったかと思えば、足に刃物で刺されたような傷――だけができていた。
ラシェルの姿だけでなく、刺さっているはずの刃物すらも見えない。
「クソッ!」
俺は手を払うように振るが、空振りに終わる。
するとラシェルが刃物から手を放したためか、少し小さめの刃物が刺された傷から姿を現した。
ラシェルはどうやら一旦距離をとったらしい。
俺は刺さっている刃物を抜いて遠くへ投げ捨てる。
「まずいな、ゼロ距離まで近づかれてもダメか」
相手の視覚だけでなく、聴覚や気配すらも同時に欺く高度な魔法。
考えるまでもなく、こいつの魔法は操作系だ。
操作系の魔法は単純放出系の魔法とは違い、魔法がより複雑なものになるうえ、消費魔力も少ない。
それだけだと無敵に思えるが、もちろん操作系の魔法にもデメリットは存在する。
それは、魔法が複雑になればなるほど、精密な魔力操作が必要になるということ。
ならばとるべき方法は決まっている――相手の集中力を乱してやればいい。
それで魔法は途切れすはずだ。
俺は魔法陣を取り出し、魔力を込めて空中へ放り投げ、急いで耳をふさぐ。
『ただの爆音』
耳を塞いだその直後、脳を直接たたくような甲高い音が辺りに鳴り響く。
俺の叔父のメインである音魔法の一種だ。
人によっては気絶するほどのその爆音は、周囲の木々すらも揺らしているのではないかと錯覚するほど。
爆音が鳴り響いたのはほんの数秒。
しかしその数秒で、俺の聴覚はしばらく使い物にならないほどのダメージを受ける。
事前に把握し、耳を塞いでいたにもかかわらず、だ。
だからこそ、爆音を予想できないラシェルの場合、受けるダメージは俺のものとは比べ物にならない。
その状態で集中力が必要な魔法を使い続けることは不可能だ。
聴覚が回復し、冷静さを取り戻すその前にラシェルを無力化させる。
そのため俺は急いで辺りを見回す――
――が、ラシェルの姿は見つからない。
「……おい嘘だろ?」
位置を変えながら探しても見つからないため、木々の間に隠れている可能性も消える。
ありえない、あの音をまともに聞いて魔力操作が途切れないはずがない。
そもそも五感のうちの複数に訴えかけるような複雑な魔法を、俺とそう年齢の変わらない少女が使用できていること自体おかしいというのに。
俺の兄妹ならそういったことも可能かもしれない、というよりまず間違いなく可能だろうが、とにかく普通なら絶対にありえない。
あの音から攻撃が止んでるということは、しっかりと耳をやられた証拠だ。
ならなぜラシェルの魔力操作が途切れない?
俺はあらゆる可能性を模索する。
逃げた――違う、この状況で逃げる意味が分からない。
そもそも操作系の魔法じゃない――違う、あれだけ複雑な魔法が操作系でないはずがない。
俺と同じように魔法陣を使っている――それも違う、魔法陣では操作系の魔法は使えない。
……そうだ、普通ならありえないんだ、普通なら。
思い浮かぶいくつもの可能性を排除し、俺の頭に残ったのはたった一つの普通じゃない可能性。
それは常識的に考えれば、真っ先に排除される可能性だ。
しかし、論理的に考えるならば、どうしてもありえないとは断言できない。
でも、もし俺の考えが正しいのだとしたら、このラシェルという少女は――
ちなみにラシェルの魔法は、魔力すらも隠ぺいするため感知魔法も意味を成しません。
感知魔法を使えないトーヤはまったく気づいていませんが。




