説教
二話目のタイトルが説教とかいうのもどうかと思ったけどまあいいか。
呼び出しに素直に応じた俺は、親父がいる執務室の扉の前に立つ。
なんだかなあ……心なしか、近づいてはいけない雰囲気がひしひしと感じるんだよなあこの部屋って。
変なオーラが出ているというか、親父の堅苦しい性格がそのまま部屋に伝わっているような。
使用人内で『近づきたくない場所ランキング』堂々の1位になるのもうなずける。
ちなみに第2位が親父の私室で、第3位が親父が良く出没する資料室。嫌われ過ぎでは?
だからといって、当然いつまでも突っ立っているわけにはいかない。
覚悟を決めてドアをたたく。
「来たぞ、親父」
「入れ」
なんの飾り気もない言葉を聞き、なんの飾り気もない部屋に入る――前に、そっと耳栓をつけて扉を開ける。
執務室のなかは豪華な品の類が何もなく、仕事をするのに必要最低限のものしかない。
几帳面に整えられた資料としての本が、数多く本棚に並べられており、親父は書類に囲まれた机で作業をしている。
俺が部屋に足を踏み入れると、親父はパチンと指を鳴らす。
すると、つけていた耳栓が勝手に外れ飛んで行ってしまう。
くそ、ばれてたか。
「なにが『来たぞ、親父』だ。もう少しまともな言葉遣いができんのか」
「なんだよ。今さらいい子ちゃんぶって『御父上!』とでも呼べってか? そういうのは兄貴で十分だろ」
「……まあいい、そのことは後だ」
…………え? これもしかして説教の予定に組み込まれた?
「さて、なぜ呼び出されたか、理由はわかるな」
いやぁ、正直心当たりが多すぎてよくわからんのよ。
まあいい、それっぽいのから言っていくか。
「魔法が不発だったこと」
「違う」
違った。
「B級の魔獣ごとき倒せなかったこと」
「違う」
違った。
「20メートル吹っ飛ばされたうえに気絶したこと」
「違う」
違った。
あれ? ここらへんが違ったら他に思いつかないんだけど。
呼び出された理由って今回のことじゃないのか?
もしかしてワインの件、まだ根に持ってんのかな。
「あ、あれか! 親父の部屋にマニアックな性癖のエロ本を大量投下したことか?」
部屋を掃除しにきた使用人にエロ本が見つかって、親父が特殊性癖を持っていると、使用人の間でしばらく噂になったのは傑作だった。
「……それについては後で詳しく聞かせてもらう」
あ、やぶ蛇。
「お前の魔力量が少ないのも、魔法の才能がないのも、お前が生まれた時から知っている」
いや才能は生まれたときにわかんねえだろ。
しかし、実際俺は英雄家に生まれながら、体内で保有する魔力量が圧倒的に少ない。
生まれたときに魔力量を計測し、間違いじゃないかと何度も測り直したほどらしい。
それこそ、一般家庭で生まれていたとしても圧倒的に少ないと思われるほどに。
それでも才能だけはあった――ということもなく。
人が一週間かけてできるようになることを、俺は一年かけて努力した末、できるまでやらせるスパルタ指導者に気を遣われるレベル。
つまり、まったくできるようにならないということだ。
じゃあ一般的な才能がない代わりに、何かオンリーワンとも言える才能が眠っていた――ということもなく…………いや、それに関してはまだわからないな。
ほら、ピンチになったら眠れる力が覚醒するてきな……
自分で言ってて泣きそう。
「え~っと、じゃあなんで俺呼ばれたわけ?」
「……部下の諫言を無視したそうだな」
諫言?……あぁ、そういえば前に出るのを止められたな。
なんか変なテンションになってたせいで無視しちゃったけど。
「今回お前に部下を連れて魔獣討伐を命じたのは、なにもお前に直接討伐させるためではない。これから人を導く立場に着くお前の、指揮官としての経験を積ませるためだ。それをお前ときたら、部下にまともに指示も出さん。部下の忠告を無視。将がまっさきにやられる。その上けが人はお前だけときた。報告を聞いたときは心底あきれたぞ」
おいおい、言いたい放題いってくれんじゃんクソッ
……………………ぐうの音も出ない。
言い方はアレだけど。言ってることは全部正論なんだよな。言い方はアレだけど。
いや、やろうと思えばできたんだけどね?
なんかこう……めんどくさくて。
できるとわかってることに対して本気になれないんだよ俺。
だから今回のことはしょうがない、うん。
その後も、それはそれはありがたい小言を受け続ける。
親父の何がめんどくさいって、説教中に別のこと考えて時間を潰そうとしたら、一瞬でそれを見抜いて指摘してくるのよ。
そんでもってさらに小言のアディショナルタイム発生。
本格的に説教スイッチが入ってしまえば、遺憾ながらもう真面目に耳を傾けるしかない。
「――――というわけだ。なにか言いたいことはあるか?」
だいたい1時間くらいたったところで、体感時間的に永遠にも感じられた小言が終わりを迎える。
「ない」
「ならばしっかりと反省することだ。それと、治療魔法でお前の傷を治すことを禁止しておいた。今回のことを忘れることなく、痛みを感じながら自戒していろ。しばらくは外出も禁止だ」
まじかよ。
なかなか治療魔法の術者が来ねえな~って思ってたら親父が手をまわしてたのか。鬼だな。
けどまあ説教が終わったならこんなところにもう用はない。とっとと帰ろう。
「ああ、あとそれと――」
まだあんのかよ。
「わかっていると思うがお前も来年は16だ。来月から王都の学園に通ってもらう」
ヘルト家の謎ルール
15までは領地で学び、16になる年からは本家を離れ、王都の学園に通わなければならない。
多くの者たちと触れ合い、見聞を広めるどうたらこうたら~みたいな理由で、先祖代々守ってきたルールらしい。
「いいか、ヘルト家の名を貶めるようなマネは絶対に許されん。ヘルト家の次男であるお前が、全く魔法を使えないという事実は絶対に隠さなければならない」
じゃあいままで通りここで学ばせろよ。
この領地にだって学び舎はあるんだからさあ。
「とは言え、通うのは魔法学園。普通に生活を続けても、お前の魔法使いとしての才能の無さはすぐ暴かれる」
だろな。基本の『き』すらまともにこなせないやつが、魔法を主とする学園で悪目立ちしないはずがない。
「そのため、教師陣にはほぼ全員に握らせておいた」
……何を? 金か、金をか?
ほんと、普段は真面目が服着て歩いているような性格のくせして、ヘルト家の名誉を守るためならこすいことでも平気でするなこの親父。
別に家の名誉が大事だというのを否定する気はないが、建前でもいいから『お前のためだ~』的なこと言えないもんかね。
「私ができるのはここまでだ。他の生徒達に関してはなんとかしろ」
なんとかしろってなんだよ、丸投げかよ。
絶対すぐにばれるわ。
一般人より魔法の才能ないんだぜ俺。
「話は終わりだ。行っていいぞ」
そう言って親父は俺から視線を外し、手元の資料に目を通し始める。
まるでもうこちらには関心がないとばかりに。
……どうでもいいけど、最後に親父から名前をちゃんと呼ばれたのっていつだったっけ? まあどうでもいいけど。
ーーーーーー
執務室から出た俺は部屋に戻り、ベッドで横になる。
「実力を隠せ……ねえ」
ほんとまあ、勝手な上に無茶なこと言ってくれる。
どうやってごまかしていくか…………
まあなるようになるか。
人生なんだかんだで上手くいくもんだ。
クソ長い説教で気がめいってるし、外に出て気分転換でもしてくるか。
親父「外出禁止……」