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偽りの英雄  作者: 考える人
第一章 学園の問題児
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化けの皮




 西側トーヤside


【トーヤ視点】


 非常にまずい。

 どのくらいまずいかっていうと、このままじゃ普通に負けるくらいまずい。

 いや、これ例えでもなんでもねえな。落ち着け俺。


 ここまでは『俺の底力はこんなもんじゃないぜ』的なハッタリで誤魔化してきたが、それももう限界に近い。

 むしろ初手から地を這うような底力だ。

 ここ最近の戦闘訓練全部サボってたツケがこんな形で回ってくるとは。

 

 おかげで実践感覚を取り戻すのにかなり時間がかかってしまった。

 感覚を取り戻した分、劇的にとはいかないが、多少動きはマシになってきたと思う。

 ただ、こちらが感覚を取り戻していくのに比例するかのごとく、グランの速度も上がっていっているため、あまり恩恵は感じられていない。


「っ……、僕が『身体強化』を重ね掛けするたびに、そうやって合わせるように速度を上げて……、一体どれだけ僕をバカにすれば気が済むんだい? いい加減本気を出したらどうなんだ」


 そう言って表情こそ変わらないものの、語気を強めてグランは怒りをにじませる。


 そんなつもり微塵もないんだわ。もういっぱいいっぱいだっての。

 ただでさえ不利なんだ。ここはあまり刺激しないように――


「本気? お前まさかこれが対等な戦闘だとでも思ってんのか? 誰がじゃれついてくる犬相手にムキになるんだよ。ほら、エサ欲しさに覚えた芸をもっと見せてみろ」


 しまった、デフォルト搭載の自動悪口変換機能を解除するの忘れてた。


「ほんと、いちいち頭にくる……!」


 ごめんて。


 しかしまあ、さっきからずっと待ってたんだが、、、こないなツエル。

 さっき俺が送った合図を確認したのなら、もうとっくにここに到着していなければおかしい。

 単純に合図を見逃したか、それともすぐに駆け付けられない理由が発生したか。おそらく後者だろうな。

 最悪ツエルがくるまで時間稼ぎできれば――なんて考えは甘かったか。

 

「ふん!」


「おっと」


 グランの振るう剣が俺の制服を切り裂き、皮膚のぎりぎりを通る。

 あっぶねえな、というか俺の制服もうボッロボロ。

 勘弁してくれよ。入学して一ヶ月ちょいだってのに、この制服もう十五着目なんだぞ。

 半分以上が自業自得? ……知らない話ですね。


「はあ!」


 グランはさらに追撃をしかけてくるが、俺は足で土を蹴り上げグランの目にかける。


「うっ!」


 視界に支障をきたしたグランは慌てて後ろに下がり、俺からの距離をかなり離す。

 

 ここまでの戦闘でわかったことの一つとして、グランは少しでも不利や危険を感じると、すぐに距離をとる傾向にある。

 俺にとって正直これはありがたい。

 なりふり構わず突っ込んでこられたほうが厄介だ。


「ぎりぎりで当たらない――というより、わざとぎりぎりでよけているのか」


 なんというありがたい解釈。


 しかし剣術大会優勝の実績は伊達じゃないな。

 リーチの差があるのはかなりでかいし、まずあの剣をなんとかしねえと――


 そんなふうに、敵の武器を奪う算段を立てていたそのとき、うなじのあたりに針を刺されたような痛みが走る。


「誰だ!?」


 俺は勢いよく振り返るが、そこには誰もいない。


 ……気のせいか?

 いや、確かに何かで刺されたような感覚はあった。

 てっきりあの女の攻撃かと思ったんだが――まあ警戒はしておくか。


「よそ見とは余裕だね!」


 当然グランは俺が目を離した隙を見逃すはずもなく、勢いよく距離を詰めにかかる。


「実際余裕だからな。それに、むしろ目を逸らした方がいい結果を生むときだってあるんだぜ」


 そう言って俺は懐から魔法陣を取り出し、魔力を込めた。


『一閃』


「なっ!?」


 魔法陣が発動すると、辺りは強烈な光に包まれる。

 何の捻りもない単純な閃光魔法だ。


 俺は当然目を閉じていたため無事だが、魔法陣に記された術式が『閃光魔法』だと知らないグランに防ぐ術などない。

 確実に光を直視し、視力はしばらく使い物にならないはずだ。


 目を開けると、予想通りグランは苦しみながら目を抑えている。

 そのすきを狙い、俺は剣を持つグランの手に蹴りを入れた。


「ぐっ!?」


 その痛みに耐えられなかったグランは剣を落とすが、それでもしっかりと俺との距離はとる。しかしそれは、やはり俺にとって好都合。

 俺はグランが落とした剣をすかさず拾い、谷の方向へ向かって投げ飛ばす。

 

「うおらっ!」


 剣は木々の間を通り抜け、谷底へと落ちていく。

 自分で使ってもよかったが、取り返されるリスクがある以上、こうする方がいいだろう。

 剣なんて長いことあつかった覚えがないし。

 

 さて、まだ視力が回復していない今のうちに――


「トーヤ様!!」


 それは俺でもグランでもない第三者の声であり、聞き覚えのある従者の声だった。


「ツエル?」


 後ろを振り返ると、慌てた様子を隠すことなく近づいてくるツエルの姿が目に入る。

 ツエルは俺のもとまでたどり着くと、謝罪の言葉を口にしながら頭を下げた。


「駆けつけるのが遅くなり申し訳ありません」


「わりと遅かったな。何があった?」


「あちらでも敵の勢力が多数存在しており、何度か交戦したことによって時間をとられてしまいました」


「なるほど、まあ合流できてなによりだ」


 ツエルに頭を上げるよう指示し、改めて俺はグランの方に向き直る。

 だんだん視力は回復してきたみたいだが、おそらくまだはっきりとは見えていないだろう。

 たたみかけるなら今だな。ツエルがきたことで、女の動向は気にせずにすむ。


「気をつけろよツエル。目の前の男と、あとどっかに金髪の女が隠れてるからな」


「違います。トーヤ様」


「は? 違うってなに、が――」


 疑問の言葉を口にしているさなか、いきなり背中に激痛が走る。

 首だけで振り返ると、ツエルが俺の背中を短刀で刺していた。


「…………は?」


 は? なんで? ツエルが? いやそんなはず、でも、は?


 そこにいるのは間違いなく俺の従者。

 しかしその従者が俺を刺したという事実に、頭の中が軽いパニックにおちいる。


「違いますよトーヤ様。どこにも隠れてなんかいません。だって、ちゃんとここにいるんだから」


 次の瞬間、ツエルだったはずの姿が蜃気楼のように歪みながらその形を変えていく。

 そうして現れたのは、ラシェルと呼ばれていた少女だった。


 しまった! 幻術系統のメインだったか!


「急所は外している。おとなしくしていれば死にはしないわ」


 そう言いながら、ラシェルは俺に刺していた短刀を引き抜く。


 いって!!……くそ、俺が素直に言うこと聞くと思うなよ。


「うらっ!」


 俺は背後にいるラシェルに回し蹴りをくらわす――が、それは簡単に避けられ空振りに終わる。


「その傷で激しく動けるなんて……、大の大人が一瞬で気絶する毒も効いてないみたいだし、あなたほんとに人間?」


 失礼な、純度100%の人間だわ。


 しかしなるほど、うなじに感じた痛みは毒を入れられた時のものだったのか。

 その時点で幻術魔法を視野に入れるべきだったな。

 まあある程度の毒なら俺には効果がないから、心配する必要はない……なんて考えていたが、意識すると急に気分悪くなってきた。あれ、なんでだ? 自覚したからか?


 しかも毒だけじゃなくて、少し動くたびに刺された部分に激痛が走る。相当深く刺しやがったな。

 蹴りのキレも最悪だったし、こりゃ本当にピンチかもしれない。


 そんな俺のキレイな体に穴をあけたラシェルはというと、いつの間にかグランの隣に移動していた。


「視力の方はどう? 回復してきた?」


「ああ、もう問題ない」


「じゃあはいこれ、武器はあったほうがいいでしょ」


 そういってラシェルは持っていた短刀をグランに渡す。


「想定外ではあるけど、このまま私たちがトーヤ・ヘルトを捕えることができれば、作戦に支障はないわ」


「ああ、その通りだ」


 仕切り直し、改めて俺と向かい合う二人。

 そんなまだまだ余裕のある二人に比べ、俺は毒と傷の影響でもう立っているのもきつい。

 このまま二人を相手にして勝てる可能性が低い以上、やはり時間を稼いで助けがくるのを待つのがベストだろう。

 ただ時間を稼ごうにも、事を急ぐ相手がじっくりおしゃべりしてくれるとも思えない――

 

 ――それこそ、相手が思わず食いつくような話でもない限り。


 でもやるしかない。口から先に生まれた男とマヤから罵られる俺ならできる。

 思考を痛みに邪魔されながらも、二人が興味を持ちそうな話のネタを探す。


 思い出せ、時間は掛けられない。

 こいつらの目的、似通った行動、俺を狙った理由、遠征実習。グラン。ラシェル。

 何か、何かが引っかかっている。

 ほんの少し前だ、あれはたしか――


『落ちこぼれというのは本当みたいだな』


 ――あった、共通点。

 

 もしそう(・・)だとするならば、俺を狙った理由もわかる。

 とはいえ、なんの確証もない。

 このカード(・・・)だけで勝負するなら、勝算は五分五分といったところ。

 悪い勝負ではないはずだ。


「なあおまえら――







 ケルト・オーディルって知ってるか」


 

  ケルト・オーディル

 ヘルト家の領地で俺を襲撃してきた人物。

 襲撃の時期的にも、この二人と何らかの関係があってもおかしくない。

 俺を狙った理由も、俺が落ちこぼれかもしれないという情報が、ケルトと同じルートで漏れていたと考えれば説明がつく。



 ――どうやら俺は賭けに勝ったらしい。


「なんで君がその名を……!?」


 二人はわかりやすくケルトの名に反応し、とりわけグランは反応が顕著だった。


「やっぱあいつの関係者か、となると狙いは親父だな?」


「…………」


「俺の身柄を確保するとか言ってたな。俺を人質にしてヘルト家に何かを要求するためか?」


「……ケルトをどうした」


 グランは俺の問いには答えず、こちらを睨みつけながら小さくつぶやく。

 その言葉はしっかりと耳に届いたが、俺はあえて聞き返した。


「なにか言ったか?」


「ケルトをどうしたと言っている!!」


 あふれ出る怒りを隠さず、今にも飛び掛かってきそうなグランだったが、隣にいたラシェルがそれをなだめる。


「落ち着いて! 確かにケルトのことは気になるけど、今は冷静に。こいつを捕らえれば、後からいくらでも聞き出せるから」


「っ……すまない、取り乱した」


「落ち着いたならいいわ。けれど、あなたさっきから相手の言葉に反応し過ぎよ」


「わかってる。もうそんなミスは犯さない。ただ、落ち着いたとはいえ機嫌が悪いのは確かだ。手を抜いて勝てる相手じゃないし、最悪……殺すことになるよ」


「作戦上それは避けたいけど、そのくらいの方がちょうどいいのかもね。下手に油断するとこっちがやられるから」


 あれ、人質の話どこいった?

 結局数十秒しか稼げなかったうえに、むしろ殺意が高まった気がする。

 けどまあ――


「時間稼ぎに意味はなくとも、問答自体(・・・・)に効果はあったらしい。()じゃなくて助かった」

 

 俺の言葉とほぼ同時に一人の少女が乱入し、グランへと殴り掛かる。

 グランは不意打ちだったにもかかわらず、その攻撃を難なく受け止めてみせた。


「ひどいじゃないか、カリナ(・・・)。幼馴染に向かっていきなり殴りかかるなんて」


 カリナ……たしかAクラスの主席入学者だったか。


 カリナは攻撃が受け止められると、すぐにグランたちから距離をとり、俺のもとへと近寄る。


「ご無事ですか? トーヤ様」


「生きてはいるが、無事かって言われると諸説あるな」


 背中に穴空いてるし。


「煙を見て来てくれたのか?」


「はい、もしかしたら何かの合図かと思いましたので」


 なんて優秀な、うちの人間はまだ来ていないというのに。

 もし将来働き口がなければうちで雇ってやろう。


「他に増援は?」


「私だけメインの魔法を使って移動してきたため、今しばらくは望めないかと……」


 となると二対二か。

 数的にイーブンとはいえ、まだこちらが不利には変わりない。


「このまま協力しながら戦いますか?」


 そう言って、カリナはこのまま俺も戦うことを前提で尋ねてくる。


 …………あれ? 『ここは私が時間を稼ぐので、トーヤ様はお逃げください!』みたいなのは無し?

 もしかして、俺がヘルト家の人間だから戦うのは当然だと思われてる?


 いやまあ、自分から顔を突っ込んだところもあるし、今さら引く気はないけど。


「俺たちのほうはお互いのメインも知らないわけだし。相手のほうが連携は一枚も二枚も上手なはずだ。できたら一対一ずつにもちこみたいな」


 ついさっきまで顔も知らなかった相手同士、うまく連携がとれるとも思えない。

 それにこんな時になんだが、俺のへぼさがばれても困る。


「では私が一対一の状況に持ち込みます。そのかわりと言ってはなんですが、グランの相手は私にお願いできませんか?」


 そう懇願してくるカリナの表情は真剣なもので、何か覚悟を決めたような目だった。

 俺としては、その願いを断る理由はない。


「ああ、かまわねえよ」


「ありがとうございます。では健闘を祈ります」


 そう告げると同時に、カリナの姿が消えたかと思うと、突如としてグランの背後に現れる。

 さらにカリナは手を伸ばし、グランに触れると、今度はグランごとその姿を消した。


「グラン!?」


 ほとんど何の前触れもなく仲間が消えたことで、ラシェルは声を荒げる。

 カリナが使ったのは、おそらく空間転移系の魔法だろう。


「なるほど、これで一対一になったわけだ」


 俺はラシェルを見据え、またラシェルも仲間を心配する気持を抑え、俺へと向き直る。


「こっから第三ラウンドってか? 嫌になるなほんと」




二度目の時間稼ぎ。


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