森の両側にて
少し時間を遡り
西側???side
「やはり落とされているか。完全に分断されたな」
「本部へ連絡しましょう。生徒の安否確認を急がなければ」
何者かの手によって橋が落とされていることを確認した教師二人。
森の見回りを任されていた二人は、異常事態が起きていることを認識する。
このことを本部に連絡するため、急いでその場を離れようとする二人だったが、
「うっ!」
突如、教師の一人が首筋に鋭い痛みを感じ、思わず声をあげる。
「どうしました?」
「……いや、首をなにかに刺されたような気、が――」
その教師は最後まで言葉を発することができず、力が抜けていくようにその場で倒れ、意識を失う。
「……え? どうしたんですか!? 一体なにが――」
もう一人の教師が、倒れた教師のもとへと近づいたその時だった。
その教師も、首筋に鋭い痛みを覚える。
それは体内からくる痛みではなく、誰かによって加えられた体外からの痛み。
「誰だ!?」
痛みを感じた教師は勢いよく辺りを見回すも、近くに人影らしき姿はない。
感知魔法による索敵も行うが、自身と倒れた同僚以外の存在は感知できない。
「……気のせいか?」
疑問に感じつつも、本部への報告が先だと考え、また走り出そうとする教師だったが、踏み出した足で踏ん張ることが叶わず、その場で前のめりに倒れてしまう。
まるで全身の力が消えるような感覚だった。
「なんだ……? なにが、起こっているんだ?」
力だけではなく、だんだんと意識すら失っていく。
「急いで……連絡を、しなけれ……ば」
ついに意識を保つことができなくなり、ゆっくりとまぶたが閉じられる。
その場には意識のない人間の姿が二つだけ。
しかし、それだけだったはずの空間に一人の少女が現れる。
どこからか歩いてきたわけではなく、文字通りその場に突然姿を現した少女。
少女は学園指定の制服を身に着けておらず、あきらかに教師と呼べる年齢でもない。
それは、暗に少女が部外者であることを示していた。
シール王国で最も美しい髪を持つと言われている第三王女リリアーナ。
そんなリリアーナに勝るとも劣らない輝く金色の髪の少女は、その髪だけではなく、見た目もどことなくリリアーナに似ており、違う所といえば短髪であることと、少し目つきが鋭いといった点のみ。
「事が終わるまで少し寝てて」
少女の声が倒れた二人の教師に向けられる。
「お見事、いつみても鮮やかな手口だ」
そんな少女のもとに、今度は学園指定の制服を身に着けた少年が姿を現す。
先ほどの少女のように突然現れたりはせず、ゆっくりと歩きながら近づいていく。
しかし、少女は一切焦りをみせない。
「手口っていわないでくれる? グラン」
少女の前に姿を現した少年は、学園の生徒であるグラン。
グランは教師が倒れていることに慌てる様子を見せることなく、親し気に少女と会話を交わす。
「まあまあ、それだけ見事だったということだよ。ラシェル」
「いらないわよそんな誉め言葉。それより、ちゃんと役割はこなしたんでしょうね」
ラシェルと呼ばれた少女はその鋭い瞳を向け、厳しい声でグランに問う。
「ああもちろん、ちゃんと無力化させたよ」
事もなげに告げるグランだが、『無力化させた』というその言葉に、ラシェルの目つきがさらに鋭いものへと変わる。
「グラン、あなた噓をついたわね。私に嘘が通用しないことは知ってるでしょ。……殺したのね」
ラシェルからの追及により、グランの表情から笑みが消える。
「……大義のためだよラシェル。あの教師たちには悪いことをしたと思うけど、大義のためには必要な犠牲だ。僕たちの掲げる英雄家廃絶は、誰も殺さずになしえるような簡単なことじゃない」
「そうかもしれないけど……」
自身の意に反しながらも、言い返す言葉が出てこなかったラシェルは悔しそうにうつむく。
(ほんと、あまいお嬢さんだ)
グランは内心でそう毒づきながらも、ラシェルには切実な表情を見せる。
「とりあえず今は作戦遂行が第一だ。反論は終わってからいくらでも聞くよ。といっても、僕たちはもう撤退するだけなんだけど」
「そうね。予定通り橋も落としたし、後はカーライがトーヤ・ヘルトの身柄を抑えればそれで終わる。私たちは学園側が混乱しているうちにこの森から離脱すれば――」
「なるほど、目的は俺か」
「「っ!?」」
それはグランでもラシェルでもない第三者による発言。
即座に声のした方へと顔を向け、声の主を確認した二人は、驚きのあまり思考が一瞬停止する。
「……は?」
なぜならその人物は、この場には絶対いないはずの存在であったからだ。
「なんで、あんたがここにいるのよ……!?
トーヤ・ヘルト!!」
「どこにいようが俺の勝手だろ。なにものにも縛られずに生きるってのが俺のポリシーだからな。ちなみに、ポリシーは3時間に1回くらい変わる。ひとつ前のポリシーは、個人情報の扱いは慎重に、だ」
ラシェルたちの所属する組織が掴んでいた情報は、トーヤ・ヘルトはアーカイド王子と同じ班の所属というもの。
つまり現在は東側の森にいるはずのトーヤが、西側のこの場に現れるはずがなく、作戦を根本から揺るがす想定外の事態に、ラシェルとグランは動揺を隠せない。
「あらら、やっぱり橋壊されてんじゃん。俺の勘は当たりだったな」
ラシェルとグランの二人とは対照的に、トーヤの態度には緊張感のかけらもなく、ニヤつくような笑みを浮かべている。
そんな中で先に落ち着きを取り戻したグランが、口を開きながら剣を抜き、誰よりも早く臨戦態勢をとった。
「どうして君がここいいるのかはわからないけど、君の言う通り僕たちの目的は君だ。悪いけど身柄をとらえさせてもらうよ」
「たしかグランだったか? 怪しいとは思ってたんだよ。俺に向ける感情が複雑で気持ち悪かったから。……ちょっと待てよ、今の俺すげえかっこ悪いな。推理小説で犯人が分かってから、まあ俺はわかってたけどねとか言い出すやつ並みにかっこ悪いな」
「おしゃべりに付き合うつもりはない」
「そう慌てるなよ。とりあえずお前らに耳寄りな情報があるんだ」
「なに?」
予想していなかったトーヤの言葉に、グランは戸惑うと同時に隙ができる。
「これなんだけどな」
「だめ! 止めてグラン!!」
トーヤが懐から一枚の紙を取り出したのと、ラシェルが叫んだのはほぼ同時だった。
「もう遅い」
次の瞬間、トーヤの取り出した紙――魔法陣から二本の煙が空高く上がる。
二人はいきなりのことに訳が分からないといった様子だったが、ラシェルがその行動の意味にいち早く気づく。
「まずい……! 仲間を呼ばれたわ!」
「しまった、そういうことか」
ラシェル達にとって急がなければならないトーヤの誘拐が、さらに急を要するものに変わる。
「ハハハ、敵を目の前にして悠長なもんだ。ありがとな、おしゃべりに付き合ってくれて。聞き上手ってよく言われるだろ」
『身体強化』&『剣身強化』
もはや一刻の猶予もないとばかりに、トーヤの言葉に今度は反応することなく、グランは魔法で自身の身体能力と、自身の使う剣の剣身を強化する。
そして力強く地面をけり、トーヤとの距離を一気に詰め剣を振るうが、トーヤはそれを難なくよける。
しかしグランも攻撃の手を緩めることなく、二手三手と追撃していく。
何度避けられても、グランは止めることなく剣を振り続ける。
トーヤのほうは防戦一方で、攻撃を繰り出そうとしない。
攻撃を続けているうちに、徐々にグランの剣がトーヤの服や髪にあたりだす。
いける!――そうグランが確信し、ほんの少し大振りになったのをトーヤは見逃さなかった。
大振りになった瞬間にトーヤはグランとの距離をつめ、グランの腹部に拳を突き刺す。
「クッ!」
グランは痛みに耐えながら、持っていた剣を逆手に持ち替え、剣の柄頭をトーヤの頭に当て、振りきる。
トーヤはそのまま倒れるように後ろに体を逸らすと、地面に手をつき足を振り上げた。
その振り上げた足はグランの顎に直撃し、態勢を崩されたグランは一旦トーヤとの距離をとる。
蹴り上げたトーヤはその勢いを利用して宙返りし、またグランと正面から向き合う。
両者とも多少の攻撃を受けたが、まだお互い倒れる気配はない。
(いける。僕の魔法と技術は英雄家に通用する!)
トーヤと互角の攻防を繰り広げ、自信を持ったグランとは対照的に、少し離れてその戦いを見ていたラシェルは恐怖ともいえる感情を抱いていた。
「……気を付けてグラン」
「わかってる。このまま休ませずに攻め続けて――」
「違う、それじゃだめ」
「どうしてだい? さっきまでの攻防は互角だった。二人がかりで行けば――」
「グラン、感知魔法を使えばわかるはずよ。あいつ……まだいっさい魔力を使っていない。素の身体能力だけであなたと互角だったのよ」
「なっ!?」
ラシェルから指摘されたことで、初めてグランはトーヤからまったく魔力を感じないことに気づく。
「……完全になめられてるってことか」
「でしょうね」
「ラシェル、君は離れていてくれ。さらに強化する」
「わかったわ。無茶はしないように」
そういってラシェルは傍を離れる。
「なんだ、二人がかりでこないのか?」
相も変わらず、挑発するように話しかけるトーヤ。
「ああ、僕一人で君の相手をさせてもらうよ」
『身体強化』
グランはさらに身体強化の魔法を重ねていく。
身体強化
この魔法はただ身体能力を向上させるだけではなく、その強化に体が耐えられるようにするための骨の強化などを必要とし、非常に繊細な魔力の操作が求められる魔法でもある。
そのため、何も考えずに身体能力をあげるようなマネをすれば、体の方が先に壊れてしまう。
強化すればするほど魔力操作が難しくなるため、非常に高難度な技だと言える。
身体強化の二重掛けは、グランが魔力操作に苦労しながらも、なんとか制御できるギリギリのライン。
グランは体に少し痛みを感じながらトーヤと向き合う。
「さあ、第二ラウンドだ」
ーーーーーー
東側ツエルside
高々と上がったトーヤからの戦闘開始合図、その合図にツエルは動揺を隠せない。
「落ち着いてツエル。気持ちはわかるけど、こいつをトーヤ様のもとへ行かせないことが最優先よ。それに、あっちにはデイルもいる」
「……ああ、わかっている。取り乱して悪かった」
インの言葉に、ツエルはなんとか落ち着きを取り戻す。
そして再び、カーライを含めた3人はお互い向き合う。
そこにさらにもう一人。
「私も一緒に戦いたい」
「アーカイド様!?」
まさかの言葉に、その場にいた王子の取り巻きが声を上げる。
「やつの先ほどの魔法を見る限り、メインはおそらく植物関係だろう。ならば私の炎の精霊は役に立つはずだ」
王子のその言葉に、ツエルは判断を迷う。
確かにアーカイドを戦力として数えられるのならば、戦闘は有利になるだろう。
しかし当然ながら王子であるアーカイドを、危険な目に合わせることには抵抗があった。
その上、先ほどまで魔獣狩りを行っていたアーカイドを観察していたことで、ツエルはあることを確信していた。
それは実践慣れしていないということ。
実力は確かだが、王子であるが故に当然、本物の殺し合いを知らない。
生きるか死ぬかの戦いなど、慣れているはずがない。
だがこれから行われるのは、間違いなく命の取り合い。
ツエルが横目でアーカイドへと目を向けると、その姿は完全にやる気を出しており、断っても勝手に戦いそうな勢いでツエルを見つめていた。
敵前のため深く考える時間もなければ、アーカイドに逃げるよう説得する時間もないと悟ったツエルは、一瞬で考えをまとめ結論を出す。
「わかりました。ただし前で戦うのは私で、アーカイド様は後方でサポートをお願いします。そして万が一私たちがやられたり、やられそうになれば逃げてください。それが共に戦う条件です」
「わかった。それでいい」
アーカイドが素直に提案を受け入れてくれたことに、ツエルはほんの少し安堵する。
「では行きます。インは側面から頼む」
「了解」
『『身体強化』』
ツエルとインは身体強化をほどこし、カーライとの距離をつめる。
こうして東側の森でも、戦いが幕を開ける。
トーヤの出した紙は魔法陣です。