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偽りの英雄  作者: 考える人
第一章 学園の問題児
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危険信号

  



 西側トーヤside



 おいおいおいウソだろ!


 倒れた教師の心臓辺りを確認すると、刃物かなにかで一突きされたような傷が確認できた。

 周囲に争ったような形跡や、死体が荒らされていないことから、魔獣にやられたという可能性はかなり低い。

 一応確認はしてみたが、やはり脈はなく即死だった。

 

 周到に計画されたものか?

 

 死体を探ってみるが、持ち物を荒らされた形跡も見当たらない。

 だとしたら一体何の目的が――


『ガアアァァァン!!』


 不可解な状況に頭を悩ませていたその時、すぐそばで何かが爆発したような音が鳴り響く。

 なんだ?――爆発魔法のような周りを巻き込む可能性がある魔法は、基本的に生徒が使うのを禁止していたはずだ。

 だとしたら、教師や生徒が使わざるを得ないような状況に陥っているのか、もしくは誰か別の――


「行くしかないか……」


 このまま死体を放置するのは気がひけたが、嫌な予感がしたため急いで爆発音のした方へと向かう。


 あの方向は確か谷の方向だ。

 今いる場所が谷の近くだったこともあって、それほど時間もかからず目的の場所へとたどり着く。


 そしてその場を一目見ただけで、俺は嫌な予感が的中したことを理解してしまった。


「まじかよ……」


 底が見えないほど深い谷によって、東西に分かれるこの森を繋ぐ頑丈な橋。

 その橋が跡形もなく破壊され、落とされていた。

 明らかに人為的なものだが、周囲に生きている人間は誰もいない。

 そう、生きている人間は――


 橋の周囲には見回りをしていたであろう教師三人が、ものを言わぬ死体となって地面に倒れていた。

 またもや争った形跡はない。


 俺は事態が相当深刻なものであることを認識する。

 優秀な教師陣が抵抗する間もなく殺されていること。

 ほとんどの生徒が森に入り、一番戦力がばらける時間帯であること。

 橋が落とされたことによって、さらに戦力が分断されたこと。

 その全てが誰かの思惑通りならば、かなり組織的で計画的な犯行であることは間違いない。

 

 何が目的だ?

 いろいろ考えられるが、この場には王族2人に加え多くの貴族がいる。

 悪い想像はいくらでもできてしまう。


『緊急事態発生! 緊急事態発生! 全班今すぐ探索を中止し、森の外へ帰還せよ! 繰り返す!――』


 森中に響き渡るような声が鳴り響く。

 音関連の魔法を教師の誰かが使ったのだろう。

 

 どうやら、森の中で起こっている異常事態を学園側が把握したらしい。


 となると、俺はこれからどうするか……


 この森の谷にかかっている橋は二つある。

 こちらの橋が壊されたということは、もう一方の橋も落とされる、もしくは落とされた可能性が高い。


「確認するしかないよな」


 俺は崖沿いを移動し、もう一方の橋がかかる場所へと向かった。




ーーーーーー




 東側ツエルside



 なにかがおかしい――ツエルはそう感じ始めていた。


「なんだよ。さっそから魔獣がまったく出てこねえじゃねえか」


「なに、そういう日だってあるさ。状況によってはそれがラッキーなこともあるんだから」


 班員の1年が不満そうにつぶやくと、4年の生徒がなだめるように説明する。

 確かに魔獣が出てこないだけなら、そこまでおかしなことではない。


 だがツエルは感知魔法を使い、何度か魔獣の群れを確認していた。

 しかしその魔獣の群れすべてが同じ方向から、まるで何かから逃げるように移動していた。


(確かこの森の魔獣レベルは似たりよったりだったはずだが……何かいるのか? それに先ほどから、見回りの教師とまったく遭遇していない)


 ポツポツと存在する不安要素に、ツエルの不信感がどんどん高まっていく。


「ツエル、君はいつからトーヤ・ヘルトの護衛についているんだ? ヘルト家にはいつから?」


「え、あ、トーヤ様の護衛になったのは学園に通い始めてからです。ですがヘルト家には生まれた時から仕えています」


 突然アーカイドから言葉をかけられたツエルは、一度考えるのをやめてその質問に答える。


「生まれた時から?」


「はい、私の父も母もヘルト家にお仕えしていたので」


「そんな決められたような人生で不満とかはないのか?」


「いえ、とくには」


「もしヘルト家に不満があれば王族にでも――」


『緊急事態発生! 緊急事態発生! 全班今すぐ探索を中止し、森の外へ帰還せよ! 繰り返す!――』


 アーカイドの話を遮るように、魔法による音声が響き渡る。


「緊急事態? なにかあったのか?」


「まだまったく魔獣と会ってねーぞ」


 不安や不満の声が次々と上がる。


「はい静かに落ち着いて! とりあえずあの音声が聞こえたら探索は中止することになっている。今すぐこの森から出るよ」


 上級生である4年の生徒が手を鳴らし、1年を落ち着かせる。


「じゃあ来た道を帰るからしっかりとついてくるように」


 そう言って4年の生徒が率先して歩き出す。

 するとその進行方向から一人の少女が、ツエルたちのほうへと走ってくる。


「ツエル!」


 そう叫んだ少女は、ツエルと同じヘルト家の組織『影』の一員であり、入学式の日にトーヤを尾行しようとしていたインという少女だった。


「イン……どうした、一体何が起こっている?」


 インがヘルト家の関係者だということは他の生徒に隠している。

 それにもかかわらず、人目を気にすることなく大慌てでツエルに話しかけたことを考えると、相当まずい事態なのだとツエルは推測する。


「見回りの教師が数人無力化、もしくは殺されていた」


 殺されていた、という言葉に班員たちは騒然となる。


「とにかくツエル! あなたは一刻も早くトーヤ様のところに――っ!」


 そのセリフが最後まで言い切られる寸前だった。

 感知魔法により、ドロリとした濃密な魔力を感じたツエルとインの二人はバッと空を見上げる。


「なにこの魔力……」


「まずいな……」


 その魔力は異質だった。

 若いながらも多くの経験を積んだ二人が、人生で初めて感じた異様な魔力ということもあり、声には緊張の色がこもる。


「なんだ? 一体どうしたんだ?」


 緊張を高める二人に対し、おいてけぼりにされていたアーカイド達がツエルにたずねる。


「申し訳ありませんがアーカイド様、今すぐこの場から離れてください」


 そう言いながらツエルは携えていた剣を抜いて構える。


「おい、誰かいるぞ!」


 班員の一人が上空を指さす。

 皆がその先を見上げると、見上げるほど背の高い木の上に、一人の男が立っていた。


「……誰だあれ?」


 誰かが告げたこの場における満場一致の疑問。

 それに答えたのはインだった。


「さあ、少なくとも教員ではないし、味方でもないでしょうね」


 立っている男のほうには動きはない。


(どうする? ツエル)


(少しゆさぶってみる)


 小声で相談を終えると、ツエルが少し張り上げるように声を出す。


「あなたが何者なのかは知りませんが、ここにいらっしゃるのはこの国の第一王子アーカイド様です! 王族の方を見下ろすのは不敬ではありませんか!?」


 ツエルのその言葉はどこか挑発的だった。


(いいの? ばらして)


(むしろ知らないと考えるのは楽観的すぎる。王子の顔はこの国に住んでいるものならばたいてい知っている)


 これがトーヤ様だったら絶対言わなかったでしょ、とインは考えたが口には出さなかった。


「ふむ、確かにそうだな」


 今まで無言だった男がついに口をわる。


『樹木操作』


 次の瞬間、男の立っていた枝から新たな枝が飛び出し、勢いよくななめに伸びながら地面に突き刺さる。

 男はその枝をゆっくりと歩きながら、ツエルたちのもとへ降りていく。

 そうして地上までたどり着くと、男はアーカイドに向けて深く頭を下げた。


「無礼を働き申し訳ありません、アーカイド王子。カーライ・テグレウと申します」


 予想とは違い、うやうやしく礼をするその下手な態度をみて、その場にいた者のほとんどが困惑する。

 それでもツエルとインは緊張の糸を切ることなく、警戒心を高め続ける。


 カーライと名乗る男は、肉体の全盛期を過ぎた年齢であることが見た目からわかるものの、その体からは禍々しい魔力が溢れ出ており、相対するだけで圧を感じるほどだった。


「おじさん、というよりおじさまってかんじの顔ね」


 インが警戒しながらも無駄口をたたく。


 カーライは顔を上げると、生徒一人一人の顔をじっくりと順番に見つめいていく。

 全員を見終わると、考えるような態度をとりながらつぶやいた。  


「トーヤ・ヘルトという少年はこの班だと聞いていたが……」


 カーライがトーヤの名を出した瞬間、ツエルとインはさらに警戒度を上げる。


「いないのなら仕方ない。他を探すとしよう」


 そう言うとカーライはその場を去ろうとする。

 

黒刃(こくじん)


 去ろうとしたカーライの目の前を、黒い塊のようなものが通り過ぎる。

 その塊が通った後の地面には、刃物でえぐられたような跡が残っていた。


「トーヤ様を探す理由を聞かせてもらおう。理由によっては、貴様をこのまま生かすわけにはいかん」


 剣を振りぬいた態勢のツエルが、カーライへと本気の殺気をとばす。

 そんな殺気を放つツエルを見て、カーライはため息をついた。


「……理由は言わないでおこう。どちらにせよ、たどり着く結果は変わらない」


 この言葉でツエル、イン、カーライの3人が臨戦態勢をとる。

 もういつ誰が動き出してもおかしくなかったそのとき、3人に予想外の事態が起こる。


 西側の森のから、二筋の煙が空高く上がったのだ。

 自然にあがるような煙ではなく、間違いなく人為的なもの。


 想像していなかった出来事だったが、3人は警戒を解くことなくその煙に目を向ける。

 なぜあのような場所で煙が上がるのか、それを瞬時に理解できたのはツエルとインの二人のみ。

 そしてその煙が示す意味も、彼女ら二人にはすぐ理解できた。


「なっ――!!」


 だからこそ驚愕する。


 空高く上がった煙は、ヘルト家で使われる合図の一種で、色と数の組み合わせによって様々なことを伝える意味を持つ。

 そしてヘルト家の関係者で今この場において、それを使う準備があるのはトーヤ・ヘルトただ一人。


 空に上がった煙は二本の赤色の煙。

 それが示す意味は――



「単独での戦闘開始合図…………!」



 ツエルの顔が一気に険しいものに変わる。


 







 それはつまり、トーヤ・ヘルトが単身、敵と対峙していることを示していた。



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