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偽りの英雄  作者: 考える人
第一章 学園の問題児
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急転



  遠征実習

 魔獣の発生する地におもむき、実践の訓練を行う学園行事。

 参加するのは1年と4年の生徒であり、4年の者は主に指導役や補助役にまわる。

 2泊3日の日程で徹底的な安全管理のもと行われ、魔獣との交戦という内容にもかかわらず、10年以上大きな事故は起こっていない。

 ちなみに自由参加であるため、研究職に就くつもりの者など、将来的に実践技術を必要としないということから、実習を欠席する生徒も一定数存在する。


 行き先はクラスごとに違い、Aクラスが向かうのは主に危険度D~E級の魔獣が出没する『フタツ森』という場所。

 優秀なAクラスの者からすれば、それほどきつい相手ではない。


 なお特別に参加を許されたSクラスは、急遽許可が下りての参加だったため、新しい目的地を開拓することもできず、他クラスとの合同という形をとることになった。

 この際、どのクラスにSクラスをねじ込むかということで、教員内でモメにモメたのだが、最終的に経験豊富で優秀な教師が多いAクラスに帯同するということで落ち着いた。押し付けられたともいう。



 そんな経緯があり、迎えた遠征実習当日――

 初日の予定では朝9時に学園を馬車で出発予定だったのだが、Sクラスの一部を乗せる予定の馬車は10時近くになった現在も出発せずにいた。


「なんですかこれは?」


 Sクラスの担任教師であるエルナはこめかみに青筋を浮かべ、震える声でSクラスの面々に語り掛ける。

 彼女の指さした場所には大量の酒瓶が置かれていた。


「酒以外に見えんのか?」


「なんでこんなもん持ってきてんのか聞いてんだよ!!」


 反省する気ゼロのトーヤたちSクラスに対し、エルナは我慢の限界を迎える。

 もうトーヤが貴族だというのもおかまいなしに大声を上げた。


「どいつもこいつも! 示し合わせたかのように出発時刻の1時間後に現れて――あ、このお酒すごく高いやつ……打ち合わせしたかのように違う銘柄の酒を全員が隠し持ってきて――あ、このワイン最高傑作と言われた一昨年のやつ……」


「煩悩まみれじゃねえか」


「うるさい! 抜き打ち検査してみれば余計なものが出るわ出るわ! 酒、トランプ、酒、ボードゲーム、酒、肉、酒、炭、酒、トング、酒、鉄板、酒、酒、酒、……もう私にはお前らがバーベキューを楽しむつもりにしか見えないが一応聞いといてやる。お前ら、今から何しに行くのか言ってみろ」


「旅行でどんちゃん騒ぎ」


「取り繕う気もなしか!!」


 まともに息継ぎもせず怒鳴り続けたエルナは一度呼吸を整え、打って変わって落ち着いた声と表情でさらに語り掛ける。


「いいですか、すでに出発時間を1時間も過ぎ、そして当然ながら学園側にも把握されているでしょう……これがどういうことを意味するか、わかりますか?」


「…………?」


「今ここで私があなたたちにしている説教以上に、長くてねちっこい説教を学園の上層部から私がされます」


「……」


 その言葉に、Sクラスの面々は何とも言えない表情を浮かべる。


「学園の理事――特に人生守りに入ったジジイババア共は、Sクラスだからという理由では納得せず、それっぽい反省とそれっぽい対応策を含んだ始末書という名の資源ごみを求めてきます」


「……先生?」


「そんなものいくら書いたところで、反省と後悔をへその緒と同時に切り落としたSクラスの反社予備軍には通じないというのに、おかしな話ですよね?」


「ちょ、先生……」


「たまに思うんですよ。しわっしわのその皮膚を引っ張って引きずり回してSクラスがある建物に放り込んでやりたいなって――」


「先生が壊れた……」


 教師の立場で口にしてはいけない言葉を、呪詛のように吐き出し始めたエルナに、Sクラスの者たちでさえ引くものも現れる。

 さらにエルナは、どこか(うつ)ろになった眼を生徒達に向け、驚くほど低い声で宣言した。


「私が上へ提出する報告書の内容をあなたたちが考えてください。それなりのものが完成するまで出発しませんし、あなたたちが持ってきたものは全て私が消費します――――いいですね?」


「…………」


 さすがのトーヤたちSクラス生も、この時ばかりは素直にエルナの指示に従う。

 この後、Sクラスの英知を結集させ、途中で役立たずだと判断したクラスメイトを蹴り飛ばしたトーヤによる、上辺だけは完璧な報告書が完成し、2時間ほど遅れてトーヤ達を乗せた馬車が出発した。






ーーーーーー






「ああー、着いた着いた。やっぱあんま乗り心地よくねえな。ケツいてえわ」


 馬車に乗ること数時間、トーヤたちは目的地近くの宿泊施設に到着した。

 トーヤが馬車から降りると、先についてゆっくりとしているAクラス生がちらほらと見受けられる。


「たしか予定だと、森に入るのは明日からだったっけ?」


「ええ、その通りです」


 トーヤのつぶやきに答えたのは、ツエルやSクラス生のものではない。

 声のしたほうをトーヤが振り返ると、待ってましたと言わんばかりに一人の少年がトーヤに視線を向けていた。


 その少年の顔に覚えのなかったトーヤは、おそらくAクラスの人間だろうと判断する。


「誰だお前?」


 トーヤの質問に、少年はうやうやしく答えた。


「初めましてトーヤ様、グランと申します。以後お見知りおきを」


「グラン?……ああ、確か剣術大会で優勝したとかなんとか」


「トーヤ様の耳にまで届いているとは、光栄です」


「おう、光栄に思えよ。で、何の用だ?」


「いえ、用という用はありません。ただこうして同じ場で実践訓練を行うことができるので、あらかじめ挨拶しておこう思いまして。では僕はこれで」


 そう言うと、本当に挨拶以外は何もすることなく、グランはトーヤの傍から去っていった。


「……うさんくせえやつ」


 ポツリとトーヤの口からそんな言葉が漏れる。


「どこか気になるところがありましたか? 別段おかしなところはなかったように見えましたが……」


 近くにいたツエルがトーヤの発言に疑問を覚える。


「なに、なんとなくだよなんとなく。気にすんな」


「あのグランという男、見覚えがありますね」


「なんだ、面識あったのか?」


「いえ、そういうわけではないですが、入学式でリリアーナ様のとばした殺気にひるまなかった数少ない新入生でしたので」


「へえ」


 トーヤはグランのことよりも、その場で大勢の人間がいるなか、冷静に周りの様子を把握していたツエルに感心する。

 この時のトーヤは、すでにグランに対して覚えた不信感を、頭の片隅へと追いやっていた。







ーーーーーー







【トーヤ視点】


  遠征実習二日目


 昨日は森の周りの下見と、改めて森の地形を復習して一日が終わった。

 夜に酒瓶を開けて大騒ぎしたことで、宿舎の大部屋が悲惨なことになり、エルナの雷が落ちたがまあそれはいいとしよう。

 そして今日はいよいよ、森に入っての実践となる。


 この『フタツ森』はちょうど森を二分割するような深い谷があり、東側の森には集団で行動する魔獣、西側の森には単体で行動する魔獣が多く生息している。

 生徒は二つのグループに別れて、午前と午後で東側と西側を交代する。


「ツエル、俺は最初どっち側だ?」


「トーヤ様は東側ですね」


 東側――となると集団の敵が多いのか。

 その場合、一人だけ何もしないなんて状況ができたらまずいわけだ。

 なんであいつ魔法使わないんだ?――という雰囲気になると非常に困るわけで。


 あと気がかりなのは――


「王子はどっち側だ?」


「同じ東側の――」


 うわ、同じ側かよ。

 まあでも東側の中でもいくつかの班に分かれるし、決められたコースもある。

 そうそう鉢合わせたりは――


「同じ班ですね」


 うそん。


「……まじ?」


「まじです。話によれば、Sクラスの参加が決まるや否や、自らトーヤ様と一緒の班になるよう手をまわしたとか」


 おおい、まじかよあの自尊心の塊王子。

 入学式の日のこと、まだそんな根に持ってんの?


「しかたない、こうなったら――」


「さぼりませんよね?」


 背後から肩を掴まれたため振り向くと、そこには我らがSクラスの担任であるエルナが、それはそれはもう恐ろしい笑顔を浮かべていた。


「あれだけ面倒ごとを起こした上でついてきておいて、まさかさぼるなんて……いいませんよね? まさかねえ? 私がどんな気持ちで理事長に謝罪したかわかります? 貴族の後ろ盾も何もないこの私が」


 眼が全くと言っていいほど笑っていない。

 返答を間違えれば貴族とか関係なく殴られそうだ。


「……参加したいのはやまやまなんだが、持病の突発性精神的下降症候群が――」


「はいダウト! お前が生まれてこの方、風邪すらひいたことないのは実家から漏れてんだよ!!」


 俺の個人情報ガッバガバ。

 なんか最近こんなんばっかなんだけど。

 本気で俺の情報隠す気ある?


「昨日までひかなかったからといって、今日もひかないなんて限らねえだろ。昨日までの常識こそ今日の落とし穴だと人類の歴史が証明している」


「ぴんぴんしてんじゃねえか! お前の存在が私の人生の落とし穴だわ!!」


 言いすぎじゃない?







 ――とまあひと悶着あったが、俺はさぼりを勝ち取った。




ーーーーーー




 東側ツエルside



「ではあと10分で5班は森に入ります。各自準備をしてください。上級生の指示はよく聞くように」


 複数の入り口から複数の班が順番に森の中へと入っていくなか、ついにツエルや第一王子アーカイド達が所属している班の番になる。


 班の構成は4年が3人、1年が5人でひとつの班というもの。

 ただし、この班はトーヤがさぼったため1年が4人しかいない。


 ツエルも本当ならばトーヤの傍にいたかったが、それはトーヤに断られてしまう。


(まあデイルもついているし大丈夫だとは思うが……護衛という割には傍を離れすぎている)


 本音を言えば、護衛として常にトーヤの傍にいたいツエル。

 そんな希望とはかけ離れた現実に悩みつつ、実習の開始に向けて準備を始める。


『来い』


 ツエルがそう唱えると同時に、ツエルの足元の影から鞘に入った剣が、這い出るようにして現れる。

 それを手に取り、腰にくくり付けたツエル。


 その一連の流れを見ていたアーカイドがツエルへと声をかける。


「それは君の“メイン”かい?」


「はい、私のメインである闇魔法――その一種です」


 いきなり王子から話しかけられたものの、ツエルは戸惑うことなく淡々と受け答えを行う。


「知っているとは思うがアーカイドだ。今日はよろしく」


 そう言ってアーカイドは、さも当然のように手を差し出す。


「……ツエルと申します。こちらこそ今日はよろしくお願いします」


 アーカイドの言葉や態度はかなりフランクなものであり、一護衛のツエルに対して握手すら求める。

 これにはさすがのツエルも内心動揺したが、なんとか態度には出さなかった。

 差し出された手に関しては一瞬躊躇するも、返さない方が失礼だと考え握手を返す。


 実はアーカイドがトーヤと同じ班を希望したのは、ツエルが目的だった。

 トーヤと同じ班になれば、護衛であるツエルも十中八九同じになる。

 その目論見がうまくいったうえトーヤも不在。

 これでツエルがトーヤの護衛にかかりっきりということもなく、アーカイドにとってはまさに願ったりかなったりの状況だった。


 落ち着いた表情を浮かべるアーカイドだが、その内心は好意を持った相手と同じ班に慣れて浮かれる年相応なもの。


 もちろんトーヤもツエルも、アーカイドはがそんな考えをしているとは夢にも思わない。

 おかしなすれ違いを起こしたまま、遠征実習が始まろうとしていた。




ーーーーーー




【トーヤ視点】

 

西側トーヤside




 体調不良を訴えて宿泊施設に戻っていた俺だが、現在森の西側で元気に散策している。

 まあこの俺がおとなしくしてるわけないだろって話だ。

 宿泊施設から抜け出し、ついていた護衛をまき、一人で森の中を探索中。


 え、危険じゃないかって?

 幼いころヘルト家から訓練と称して、基本危険度Aランクの魔獣発生地帯に放置された経験のある俺からすれば、こんな森に出てくる魔獣などなんということもない。

 あの時は出るとこ出て訴えてやろうかと思ったわ。


 というわけで絶賛お一人様状態だが、このままずっと一人というのも寂しいので、どこか適当な班を見つけて合流させてもらおうと考えている。

 班の人達とはぐれてしまいました――とか言っておけば受け入れてもらえるだろう。


 辺りを見回すと、木にもたれかかっている見回りらしき教師の姿があった。

 ちょうどいい、あいつに近くに班がいるか聞いてみるか――そう考えた俺は傍まで駆け寄り、声をかける。


「どっかこの近くで――」


 俺が言い終わるよりも早く、その教師はバランスを崩しその場に倒れた。


「おい!」


 俺は倒れた教師の体を力づくで起こし、その状態を確認する。

 しかし詳しく調べるまでもなく、すでに息をしていないことは明白だった。

 心臓には刃物により開けられた穴――魔獣によるものではなく、人為的なもの。








 人間による悪意が、このフタツ森で動いている証拠だった。

エルナの口がどんどん悪くなる……


ちなみに貴族や王族の人間は宿泊部屋が個室です。

なんだかんだいっても特別扱い。


トーヤはSクラスのやつらと雑魚寝しました。

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