手向け
少し短め
統括支部上空――
統括支部の全てが燃え、思い出深い施設や街並みは灰へと変わる。
壁より内側のほぼ全域が炎で赤く染まり、特に中心部はとても生物が生存できる環境ではない。
その光景を、スカーは灰竜の背に乗りながら見つめていた。
「わかってたはずなのにな……、いつかこんな日がくることは……」
『バード』のメンバーを乗せた灰竜は、一度統括支部の外でメンバーのほとんどを降ろし、再び空へと舞いあがっていた。
灰竜を操るツエル――『影』の後輩に死ぬほど嫌そうな顔をされながら、それでもスカーが無理を言って頼み込んだのは、もちろん理由があってのこと。
スカーの脳裏に浮かぶのは、統括支部に残ることを選んだかつての学友の姿。
幼いころから『影』として生きてきたスカーが、その立場を隠して学園に入学したのは、もちろんヘルト家のサポートのため。
だからこそ、入学当初は一歩控えた位置からセーヤを支えていくつもりだった。
しかし、現実とはそう上手く行かないもので――
『あんた、セーヤ様の部下かなんか?』
エルナに招待を見破られ、
『生徒会の仕事、手伝ってくれるわよね』
ナディアに巻き込まれ、
『ごめんスカー! 設備壊しちゃったからなんとか誤魔化して!』
シェルナに振り回され、
『――というわけでして、理解できましたかスカー氏』
ピーグルーにはよくわからない話を一方的にまくし立てられ、
『この前できた彼女がなかなか嫉妬深くてね……、ちゃんと聞いてるかい?』
ダルクには惚気られ――
気がつけばセーヤを中心としたグループの中にいて、純粋に学園生活を楽しんでいる自分がいた。
だからこそ、スカーは辛かった。
ヘルト家とコクマの対立が避けられない以上、いつかこの日がくるのはわかっていたから。
『私がコクマで出世して、ヘルト家との関係を改善するの。そうすれば、この国をもっとより良くしていけるはずだから』
そう言って強い決意を口にしていたあの日の彼女を、スカーは今でも思い出す。
止めるべきだったのか、むしろ背中を押してやるべきだったのか。
彼女を失った今でも、その答えはわからない。
「なあ、エルナ、ダルク……、今度メシでも行かねぇか? そこで大泣きしてるシェルナも含めてよ」
そう言ってスカーは統括支部から目を離し、同じ灰竜の背に乗っているエルナたちの方を振り返る。
「学園を卒業してからのこと、学園にいたころのこと、ナディアのこと……話したいことがたくさんあるんだわ」
「……僕もだ」
「……私も」
「うぇ、ん、うぐぅ、ぐすっ……わだ、じ、も……う~、ナディア~……」
スカーの提案にダルクは同意し、エルナも珍しく憎まれ口をきくことなく同意する。
シェルナは大泣きしているうえ鼻声でまったく聞き取れなかったが、おそらく同意したのだろうと判断する。
そうしてしばらく無言の時間が続く。
ダルクやエルナが自然と思い出すのは、やはり学生時代の記憶。
そんな二人とは違い、同じコクマとして卒業後も関わりがあったシェルナとダルクも、いざ思い出すのは学生時代の記憶ばかり。
友の死――その事実を飲み込めず、いつまでも楽しかった時の記憶に浸ってしまう。
しかし彼らはもう子供でいられない。
最初に現実へと戻る覚悟を決めたのはダルクだった。
「……そろそろ僕は軍に戻るよ。部下に指揮を丸投げにしたままだからね。エルナ、君はどうする? ケガしてるみたいだし、軍の方で治療を受けられるけど」
軍に戻るついでに、治療もかねてエルナも共に戻ることをすすめるダルクだが、エルナは首を振ってそれを拒否する。
「軽傷だから大丈夫。それに、早く帰らないと今日の授業の準備が間に合わないから。まあどうせ半分も出席しないだろうけど」
なんならそこに一人いるし――そう吐き捨てながら、目にたまった涙をぬぐい、エルナは立ち上がる。
「わだじも……、ぐすっ、もどらなきゃ。わだじは、みんなの……、うぇ、だいちょうだがら……」
シェルナは一向に泣き止む気配を見せないものの、それでも部隊のメンバーのもとへと戻ることを決める。
そんな彼らの姿を見て、スカーはポツリとつぶやく。
「そう……か、そうだよな」
もう昔とは違い、かつての学友たちにはそれぞれ自分たちの暮らしがある。
もちろんスカー自身も含めて。
その暮らしを守るために、たとえ気持ちの整理がついていなくとも、前へと進まなければいけない。
そんな当たり前のことに気づき、少しスカーは寂しさを覚えた。
最後に三人は別れる前にもう一度、燃える統括支部に目を向ける。
大切な友人の、安らかな眠りを祈って。
ーーーーーー
統括支部中心部――
生きとし生けるもの、全てが死に絶える灼熱地獄と化した統括支部のその中心地。
そこに、当たり前のように佇む一人の青年がいた。
黄金の髪を炎の光に反射させ、碧い瞳の容姿の整った青年は、切れ長の目をさらに細めて厳しい表情を浮かべている。
そんな物理的にも心理的にも近寄り難い青年に、平然と近づく影が一つ。
「しかしまあ、派手にやりましたね。セーヤ様」
それはこの場にはあまりにも不釣り合いな使用人服に身を包んだ女性――トーヤの専属使用人であるマヤだった。
マヤは炎の熱などまるで感じていないかのごとく、涼しい顔でセーヤの隣に移動する。
セーヤもそれに対して一切の驚きを見せることなく、当然のようにマヤの存在を受け入れる。
「様々なリスクを考慮した上で、黒竜はここで確実に殲滅すべきだと判断した。その結果だ」
「おかげで物的証拠の類は全て消えてしまいましたけど」
「もともと期待できるものではなかったはずだ。それに、判断は間違っていなかった」
「ええ、そうですね。間違っていなかったどころか、少しなめすぎていたかと」
マヤがそう呟いた瞬間、二人の立っていた地面が割れる。
すぐに二人はその場から飛び退くと、割れた地面から化け物――黒竜が顔を出す。
『グルオァァァァァ!!!』
さらに一頭だけでなく、次々と岩盤をぶち抜いて黒竜が地上へと現れる。その数、計5頭。
現れた黒竜は、セーヤとマヤの二人を囲むように位置取る。
まるで絶対逃がしてなるものかとばかりに。
それは普通の人間ならば、人生を諦めるのに十分すぎる脅威。
しかし生まれも育ちも、普通とはかけ離れた存在である二人は、黒竜に睨まれながらも、冷静に状況を分析する。
「トーヤ様によると、地下で飼われていた黒竜の数は全10頭。そのうち3頭は地上での討伐が確認。さらに1頭が先ほどの『皇豪燐』で消滅。……おや、1頭足りませんね」
「こちらに全戦力を向けていると見せかけて、確実に1頭だけ逃がすつもりか」
「地下にいたとはいえ、セーヤ様の魔法を防ぎ、なおかつこちらの脅威を理解して逃亡を図るとは……」
「危険度Sクラスか……確かに、それに恥じぬ生物であることは認めよう」
黒竜の脅威を正しく認め、賞賛するような言葉を告げるセーヤ。
しかしそれは、あくまで魔獣という枠の中での話。
「――だが、神の名を持つには足りんな」
『炎獄監』
黒竜の逃亡を防ぐため、セーヤは魔法を発動させる。
それは偶然にも、デクルト山で黒竜の逃亡を防ぐために使われたものと同じもの。
セーヤの足元から、地を這うようにして全方位に炎が伸びていく。
その炎は統括支部全域に広がり、さらに空へと向かって伸びる。
最終的に炎は空高くで繋がり、一切の隙間なく統括支部を覆った。
『炎獄監』――それは、あらゆるものの進入を拒み、あらゆるものを幽閉する炎の結界。
黒竜たちは自分たちの計画が崩れ去ったことを理解するが、どうすることもできない。魔法の発動者を殺さない限り。
しかし黒竜は本能で理解していた。
目の前にいる二匹の人間は、次元の違う遥か高みにいることを。
「さて、こうなればあとは倒すだけ。しかし今回ばかりはトーヤ様のファインプレーではないですか? セーヤ様という戦力を最後まで温存していたからこそ、こうして万全の状態で黒竜との戦いを迎えられるのですから」
「このような状況に陥っている時点で、取り返しようのない不手際だ。もっと上手く立ち回っていれば、黒竜が開放される事態にはならなかった」
「相変わらず、トーヤ様に厳しいですね」
セーヤとトーヤ、その二人の兄弟関係を昔から見てきたからこそ、変わらないその態度にマヤは思わずため息をつく。
「だから『カタブツのくせにメイド好き』なんて噂をトーヤ様に流されるんですよ。使用人の間ではセーヤ様、『メイド服をゆっくり脱がすのが癖』と有名ですから。もう少し優しく接してあげないと」
「……通りで最近使用人からの視線を強く感じるわけだ。帰ったらトーヤからはじっくり話を聞こう」
「手加減してあげてくださいね。それよりどうします? ちょうど偶数なんで半分ずつにしますか?」
「いや、全て私がやる」
「……?」
セーヤの発言に、らしくないなとマヤは思う。
全て自分でやるというその方針は、セーヤにその力がある以上間違いではなくとも、合理的な選択ではなかったからだ。
「もしかして、学友だった副支部長さんのこと、思った以上に気にしてます?」
「……そうだな、あまり気分が良くないのは確かだ。だから、これは八つ当たりだ」
「フフ、久しぶりにあなたの感情的な部分が見えましたね。なら、私はサポートに徹するとしましょう」
そう告げると、セーヤとマヤは今まで隠していた魔力をむき出しにし、極限まで上昇させる。
人の身でありながら、人の身を超えたその魔力量は、英雄としてあり続けたヘルトの歴史そのもの。
人類の完成形ともいえる存在が、神の名を冠する竜に牙を剥く。
「人によって生み出され、人によって利用されてきた竜よ、いくらでも恨んでくれて構わない。全てを受け入れてなお、私は人類のためにお前たちを殺す。そして――」
この時、セーヤの頭に思い浮かんだのは、かつて学園で過ごした美しい日々。
その日々の中で、己を精力的に支えてくれた少女の顔。
「――お前たちの死を持って、彼女への手向けとしよう」
ヘルトとしての責務に加え、友の死を背負い、シール王国最強が動く。
ーーーーーー
次の日、シール王国中に『コクマ統括支部の壊滅』という衝撃的なニュースが流れる。
関係者の証言から、今回もミスフィットによる犯行が高いとされるが、詳細は不明。
また、軍が出動していたとの報道や、壊滅した統括支部の跡地に、複数の黒竜の死体が発見されたとの目撃情報もあり、情報は混迷を極めていた。
そのニュースを見た者たちは当然続報を期待するが、全ての詳細が語られることはないだろう。
なかには意図的に葬り去られる情報も存在する。
しかし、多くの事情が絡み合い、引き起こされた様々な出来事は、当事者の記憶から消えることはない。
日が沈み、日が昇るまでのたった一晩の間に、数多の運命をねじ曲げた『コクマ シール王国統括支部襲撃事件』。
そこでねじ曲がり、新たに紡がれた運命は、後にヘルトとコクマ、この二つを中心に世界中を巻き込む大事件へと発展していく。
ちなみにこの数日後、シール王国の人間にとっては慣れ親しんだニュースが流れた。
『トーヤ・ヘルト、また行方不明』と。
これにて、第六章の完結です。
六章は『敵の姿を明確にすること』をテーマとして執筆していきました。
そのうえで裏テーマとして、『セーヤ世代にスポットを当てる』というつもりだったんですが、むしろこっちがメインになってしまった感は否めません。
物語の性質上、三人称視点で物語が進むことが多かったですが、七章はトーヤ視点多めに進んでいくと思います。
六章を終わらせるのに1年半以上かかってしまいましたが、ここまで読んでいただいて本当にありがとうございました。
最後に、よければ評価や感想をお願いします!




