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偽りの英雄  作者: 考える人
第六章 シール王国統括支部攻防戦
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伸ばす手



  ミスフィットによる統括支部襲撃から遡ることおよそ1ヶ月前――




 王都にあるサラスティナ魔法学園には、魔法の鍛錬を行うための訓練施設が数多く存在する。

 主に学生が使用するための施設ではあるが、サラスティナ魔法学園の生徒は将来国を背負う活躍を期待されているため、設備の充実さで言えば軍の施設とも遜色ない。

 そんな訓練施設のうちの一室で、二人の少女が向かい合っていた。


「おさらいになりますが、転移魔法には大きくわけて二つの種類があります。ここまでは大丈夫ですか? リリアーナ様」


「ええ、もちろんです。あと何度も言っていますが、こうして二人っきりの時は『リリー』と呼んでくれてもいいんですよ。カリナ」


「勘弁してください……」


 王女である相手を愛称で、なおかつ敬称すら付けずに呼ぶことを本人から提案され、生粋の庶民であるカリナはただ困り顔を浮かべる。


 リリアーナとカリナ――二人がこうして向かい合っているのは、もちろん理由があってのこと。

 そしてその理由とは、カリナのメインである『転移魔法』を、リリアーナが教わることだった。


「いいじゃないですか。今の私は王女ではなく、先生から教わるただの一生徒なんですから。………………教師プレイもありですね」


「……?」


 ちなみに、教わる相手に学生であるカリナが選ばれたのは、実力もそうだが、情報漏洩防止の観点も含めてのこと。

 トーヤとリリアーナに恩のあるカリナは、頼みを受けて快く魔法の教師役を引き受けた。


「とりあえず話を戻しますね。では1つ目の転移魔法ですが――」


 カリナが説明を始めると、話の途中でその姿が消える。

 それに対し、リリアーナは驚くことなくその場で振り返ると、そこにカリナの姿があった。


「あら、さすがは私の弟を抑えての学年首席。魔法の発動がとてもスムーズですね」


「あ、ありがとうございます。えっと、これが1つ目の転移魔法――目に見える範囲の短距離転移です。特徴としてはあげられるのは、魔力消費が少なくて済むことと、発動に時間がかからないことですね」


 実際に魔法を見せながら説明していくカリナに対し、リリアーナは拍手をしつつ耳を傾ける。


「そして2つ目の転移魔法ですが、これがいわゆる『門』を使用する転移になります。この転移の一番の特徴は、先ほどの転移よりも長距離の移動が可能になることです。それこそ、極めれば地球の裏側に行くことすら可能だと言われています」


「言われている……ということは、実際には不可能ということですか」


「はい、そしてそれがこの魔法のデメリットの話にも繋がります」


「……まあ、普通に考えれば魔力がネックになりますよね」


 カリナからの答えを聞くまでもなく、常識と照らし合わせてリリアーナは正解にたどり着く。


「その通りです。『門』を使用する転移魔法は、転移する距離が伸びれば伸びるほど、使用する魔力も、発動までにかかる時間も膨大になります。少なくとも、戦闘中のように集中が乱される状況で使えるような魔法ではありません」


「……逆に言えば、時間と膨大な魔力さえあれば、地球の裏側に転移することも可能だ、と」


「そうですね。さすがに現実的ではありませんが……」


「……」


 そこまでの説明を受けて、リリアーナは少し考える。

 現実的ではないと答えたカリナとは裏腹に、以前トーヤと話したコクマ本部に関する仮説が、現実味を帯びてきたなと。


「ではカリナ、さっそく教えてください。その『門』を使う転移魔法を」


「はい、ただ始める前に意識してもらいたいことが2つあります」


「ほぉ」


「先ほど転移魔法は二種類と言いましたが、根幹の部分は共通しているので、短距離の転移も同時に修得していくことが必要です」


「なるほど、転移魔法があればいろんなプレイ――ごほん、戦闘の幅も広がりますし悪くないですね」


「あともう1つ、『門』を作る魔法の本質は、『門』ではなく『道』です」


「…………?」


 ここにきて初めてカリナの説明に対し、リリアーナはすぐに理解できない疑問を覚える。


「世間的なイメージもあって、転移魔法は『門』が意識されがちですが、実のところ『門』は補助的な役割が大きく、『門』と『門』をつなぐ『道』の存在こそが、長距離転移魔法の本質なんです」


「『道』……ですか」


「感覚的なものも大きいので簡単に説明しますと、目には見えない魔力の通り道――といった感じでしょうか。すぐには理解できないと思いますが――」


「いえ、大丈夫です。理解できました」


 力強く、自信満々に答えるリリアーナだが、それを聞いたカリナは渋い表情を浮かべる。


「その、リリアーナ様……、転移魔法の使い手にとって、『道』の概念を理解するのがもっとも難しいことだと言われています。そう簡単に理解出来るものでは――」


「こうですか?」


 そう言ってリリアーナは手のひらを数センチほど離して向かい合わせる。


 次の瞬間、カリナは思わず絶句した。


 ほんの数センチとはいえ、向かい合う手のひらの間には、確かに『道』が存在していたからだ。

 それはリリアーナが一瞬にして『道』の概念を理解し、なおかつ生み出してみせた疑いようのない証拠。

 天才――その言葉がカリナの頭によぎる。


「ごく短い期間ではありますが、似たような魔法をつかさどる精霊と契約したことがありますから、その恩恵でしょうね。しかし……」


 リリアーナは自身で作り出した『道』を見つめながら――目には見えないので正確には感じながら――考え込む。


「どうかされましたか?」


「この『道』なんですが、自分以外が作り出した(・・・・・・・・・・)ものであっても、それに便乗して転移することは可能ですか?」


「……えっと、それは……」


 リリアーナの質問に対し、カリナはすぐに回答することができない。

 わからないのではなく、そもそもそんなことを考えたことすらなかったからだ。

 しかし考えるよりも先に、転移魔法の使い手としての勘がカリナに答えを告げる。


 できるかもしれない、と。


「他者の作り出した『道』に従って飛ぶだけなら、魔力消費をかなり抑えられるんじゃないでしょうか? 例えばそれが――地球の裏側であっても」


「っ……!」


 この時、リリアーナをまとう雰囲気が変わる。

 返答を待ちながら向けられるその瞳に、カリナは飲み込まれそうになっていた。


「そう、ですね。少なくとも本来消費する魔力の半分以下には抑えられると思います。……私も、ひとつお尋ねしてもよろしいですか?」


「ええ、もちろんです。私ばかり質問していてはフェアじゃありませんから」


「ありがとうございます。その、リリアーナ様が転移魔法を学ぶのは、一体なんのためですか? リリアーナ様は、一体どこへ行こうとしているのですか?」


 その質問は、本来するつもりのない質問だった。

 王国に仕える優秀な転移魔法の使い手たちではなく、ただの一学生である自分に教えを乞うことの意味を、カリナは正しく理解していたから。

 それでも、リリアーナの姿を見て尋ねずにはいられなかった。

 彼女が歩む先を知りたいという気持ちが、抑えられなかった。


「どこへ……ですか。さぁ、一体どこなんでしょう」


「……」


 はぐらかされた――カリナはそう考えたが、それは違ったのだと、続く言葉を聞いて理解する。


「わからないから、私は目指すんです。わからないから、追い求めるんです。わからないことを暴くのは、人間が持つ強い本能なのですから」


 その言葉を受け、カリナは気づく。

 わからないから知ろうとする――それはまさに今の自分の姿なのだと。


「あなたも、これからの行く先を私たち(・・)と共に暴いてみますか?」


 そう言って伸ばされた手を、掴む以外の道はカリナにはなかった。





 それが1ヶ月前の出来事――










ーーーーーー








  統括支部地下――




 統括支部に火球が落とされるわずか数分前。


「繋がりました。魔力が体外で同期しているのを感じます」


「なら――」


「ええ、これでいつでも飛べますよ――統括支部本部に(・・・・・・・)


 トーヤが思いつき、リリーが賛同したその案は、統括支部本部へと転移するというもの。

 どこへ転移するのかわからないなら、実際に転移してみればいいじゃないか、ということだ。


 ちなみにこの二人は、つい先ほどウルシュから忠告を受けたばかりである。

 本部に行くならば、もっと戦力を整えろと。


「さて、ここから進むための片道切符は用意できました。つまり、ここが引き返せる最後の分岐点なわけですが……どうしますか?」


「…………あ?」


 挑発的な意味を浮かべるリリーに対し、トーヤが浮かべるのは意味がわからないといった表情。


「進むか、退くか。あなたが決めてください」


「どういう心境だ? お前は全部自分で決めてしまいたい側の人間だろ」


「そういう気分の時もあるんですよ。誰かに手を引っ張って欲しい、行くべき道を示して欲しい、そんな乙女な気分になる時が」


「ほざけ」


 らしからぬ発言に対し、トーヤは思わず笑ってしまう。

 そうしてほんのわずかな間、二人は無言で見つめ合い、再びリリアーナが口を開く。


「さあ、もう時間がありません。退けば私たちの命は助かる。進めば目的は達成できても高確率で命がない。いや、それ以上のひどい目にあうかもしれません。不確定要素が多すぎて、運によるところがあまりにも大きい最悪の賭け。そんな賭けに…………あなたは、私の命ごとベットすることができますか? トーヤ」


 言葉こそ疑問形だが、リリーはもはや確信を持っていた。

 聞くまでもなく、自らの望む言葉が帰ってくることを。


「わざわざ決めるまでもないだろ。ここに残ったのが偶然にも俺とお前だった……なら、元から選択肢なんてないようなもんだ」


 そう言いながら笑うトーヤに対して、リリーも待ってましたと言わんばかりに笑みを深める。

 この時、二人の思いは完全に一致していた。


 部屋には既に火の手が上がり、次々と燃え広がっていく。

 この時点で二人の退路は途絶え、いよいよ前にしか道はなくなった時、リリーがトーヤに対して手を伸ばした。


「……なんだこの手?」


「あら、危険が迫っている中で女が男に手を伸ばす理由なんて、ひとつしかないでしょう?」


「お前、さっきからほんとどうしたよ。そんなキャラじゃねえだろ」


「自覚はしてますよ。ただ、なぜかそうしたいと思ってしまうんです。もしかしたら……これが私の本音なのかもしれませんね。ひとりで突き進むのではなく、対等な誰かと共に歩みたいという思いこそが」


 そう言ってリリーが浮かべる不安気な表情は、トーヤが今まで一度も見たことのないもの。

 それは年相応の、どこにでもいる少女のようにも思えた。


「…………わかったよ、ほら」


 差し出された手に対し、トーヤも手を差し出し、伸ばされた二人の手がギュッと結ばれる。


「そういえば、初めて会った時もこうして手を繋ぎましたね」


「そういやそうだったな。繋いだというか、一方的に引っ張っただけの気もするが」


「ふふ、あんな強引なのは初めて……いえ、よく考えれば二回目だったかもしれませんね」


「いーや、初めてだ。間違いない」


 リリーのことであるにも関わらず、なぜか断言するトーヤ。

 しかしリリーもそれに対し笑って返すだけ。


「そうですか。なら、そういうことにしておきましょう。どちらにせよ(・・・・・・)、美しい思い出であることには変わりありませんから」


「あの出会いがなけりゃ、もっといい未来が待ってたかもしれないとは考えないのか? 少なくとも、こうして火に囲まれることは無かったはずだ」


「ありえませんよ。それは断言します。たとえ火に囲まれていようとも、死の目の前に立っていたとしても、今の私が一番です。過去よりも、未来よりも、別の可能性の今よりも、この場にいる自分こそがいつだって一番なんです。だって……、そうじゃなければつまらないじゃないですか」


「ちがいねぇ」


 二人は笑い、通じ合う。

 その繋ぐ手が、二人の温度が同じであることを伝える。


「っと、さすがにそろそろ時間がなくなってきたな。はやいところ『門』を開いて――」


「ところで話は変わりますが」


 その時、それまでしんみりと落ち着いたトーンだったリリーの声が、普段トーヤと言い争いをしている時の声に変わる。

 理由は不明だが、トーヤは過去一で嫌な予感がした。


「実は、作られていた本部への『道』なんですが……、それなりに時間が経過していたこともあって、少し崩れ始めていたんです。そのため修復にそこそこな魔力を使い――」


「おい待て、何の話だ」


「それに地下までくるのに、わりと魔力を消費していて――」


「おい聞け! 何の話をしてる!?」


「まあ要するに、わりと魔力が足りないので、移動距離を考えると『門』を開く魔力の余裕がありません」


「…………嘘だろおい」


 転移魔法における『門』の役割は、魔法をサポートする形で複数存在する。

 『道』の固定、転移できる人数の増加、移動の簡易化などなど。

 なかでも一番の大きな役割は、転移先が安全であるかどうかを確かめるというもの。

 『門』は転移先の景色を写すことが出来るため、移動する前に移動先を確認することができる。

 転移先の選定が上手くいかなかった場合、落下死確定の上空に転移先が固定されることもあるため、『門』の作成は安全に魔法を行使するためには必須と言える。


「ちょっと待て、それだと話が変わって――」


「たどり着ければましですが、魔力が足りず転移途中でなんやかんや起こって体が木っ端微塵になる可能性もあります」


「なんだその曖昧な上に最悪な可能性!?」


「では行きましょうか」


「待て待て待て、作戦を考え直そう。魔力が足りないなら……そうだ、俺をおいてお前一人で転移するのはどうだ? そうすれば俺の転移に回す魔力を移動距離の延長に使える。それがいい、いやむしろそれしかない。というわけで俺は――」


 そう言いながら振りほどこうとしたトーヤの手を、リリーはがっしりと力強く握る。

 骨がミシミシと嫌な音を立てるほどに。


「……おいリリー」


「あらトーヤ、言ってくれたじゃないですか。私の命ごとベットしてくれると。死ぬ時はあなたも道連れです」


 リリーはこれまでにない最高の笑顔をトーヤに向ける。


「先ほどみたいに乙女チックに言い直しましょうか? ごほん……、トーヤ、私と一緒に死んでください♡」


「このクソあまぁ…………!」


 トーヤはこれまでにない怒りの感情をリリーに向ける。


 もう二度と、リリー(この女)のことは信用しないとトーヤは心に誓った。


「楽しい旅にしましょうね、トーヤ」


「ああそうだな、常に命の危機がつきまとうドッキドキの旅にしてやるよ、リリー」




 次の瞬間、誰にも知られることなく、二人の人物がコクマ統括支部から姿を消す。

 もちろん、その行き先を知るものは誰もいない。



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