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偽りの英雄  作者: 考える人
第六章 シール王国統括支部攻防戦
155/158

統括支部の崩壊




 統括支部 指令部前広場――




 魔力と体力、そして気力のすべてを使い果たし、黒竜討伐を成し遂げた(英雄)たち。

 そんな彼らの前に現れた新たな黒竜。

 それを見た彼らは当然すぐに立ち上がる。

 しかしできたのはそれだけ。


 この場にいる者たちのほとんどが魔力切れ。

 なかには疲労の蓄積により、意識を失っている者までいる。

 そのため誰かが告げるまでもなく、この場にいる全員がわかっていた。


 もう自分たちに戦える力はない、と。


 むしろこの距離からでは、逃げることすら難しい。

 比喩ではなく、黒竜が一息吹けば命が散る状況に、何人かは死の覚悟を決めたその時、黒竜の動きがピタリと止まる。


「…………え?」


 不可解な黒竜の動きに、誰かが疑問の声を漏らすなか、さらに黒竜は目の前の人間たちから目を逸らし、空を見上げるように顔を上へと向ける。

 その様子は何かを警戒するようで、戦う力のない者たちには、もはや興味が無いといった様子だった。


 なぜ黒竜の動きが止まったのか、何を見ているのか。

 それはこの場にいる誰にもわからない。

 しかしそれが絶好のチャンスであることは間違いなく、各々がそれぞれの行動を開始する。




 まず最初に動いたのはスカーだった。


「イースっ!」


 トーヤがイースと共に行動していたことを知っていたスカーは、走ってきたイースへと誰よりも先に近づく。

 そのトーヤが傍にいないことに対し、一抹の不安を抱きながら。


「はぁ、はぁ……、スカー、さん」


 成人男性を背負い、黒竜から全力で逃げてきたイースの息は酷く荒れているが、息が整うのを待つだけの時間もないほど、事態は切迫していた。


「イース、あの方は……」


「トーヤ様なら、はぁ、無事です。今は、トーヤ様の意思で、別行動をしています」


「そうか……」


 トーヤの無事を知り、少し安堵の表情を浮かべたスカーだが、イースが背負っている人物の正体に気づくと、すぐにその表情が曇る。


「イース、そいつは……」


「この人は、自分たちが見つけた時にはもう……」


 イースのその悲痛な表情と、ピクリとも動かない背負われた人物を見て、スカーは全てを察してしまう。


「……そいつを渡してくれるか?」


「もちろんです」


 イースはすぐに背負っていた遺体をスカーへと預ける。


「こいつは……、危険を承知で俺の調査に協力してくれたやつなんだ。名をバイド・カーグ。もし良ければ覚えていてやってくれ」


「……はい、絶対に忘れません」


「ありがとな、イース」


 スカーはバイドの遺体を背負うと、ある方向を指さす。


「お前はあっちだ」


 スカーが指さしたのは、集まって何かを話しこんでいるツエルやインをはじめとしたミスフィットの面々。


「トーヤ様やあいつらと一緒に、自分の真実を追い求め続けろ。これは、バード副隊長としてお前に与える最後の指示だ」


「……はい!」


 イースがバードの一員として過ごしたのは、期間にしてたったの1ヶ月。されど1ヶ月。

 決別のその瞬間に、後ろ髪を引かれる思いを感じるほど、イースにとって濃密で楽しいと思えた1ヶ月だった。

 イースはスカーに背を向けて、ミスフィットのもとへと向かう。


 しかしその途中、あること(・・・・)を思い出し、イースは立ち止まってその場で振り返る。


「あ、すみません。スカーさんにトーヤ様からの伝言があったのを忘れてました」


「トーヤ様から?」


「はい、自分には意味がわからなかったんですが、『紫の5』とだけ……」


「っ!?」


『紫の5』――その言葉を聞いた瞬間、スカーの表情に焦りが生まれる。


「イース! さっきの言葉、急いでミスフィット(あいつら)にも伝えてこい!」


「は、はい、わかりました」


「くっそ、このままシレッと消えるつもりだったのによぉ、まだ『バード』としての最後の仕事が残ってやがった……!」


 愚痴るようにつぶやきながら、スカーは隊長のシェルナをはじめとした『バード』のメンバーのもとへと走っていく。








 そんなスカーを見送った後、イースも『ミスフィット』のメンバーと合流する。


「こっちに着くってことで、いいのよね?」


 合流したイースに声をかけたのは、地下でイースがトーヤと行動を共にしていたのを知っているラシェルだった。

 そんなラシェルの言葉に、イースは力強く頷く。


「そう、ならあなたも話に参加して。今、トーヤとの合流をどうするか考えているだから」


 ラシェルがそう言って指さすのは、何やら大声で揉めている様子の集団。


「トーヤ様と合流すべきだ。リリアーナ様も一緒ならなおさら。組織としての利益を一番に考えた時、あのお二人が健在であることこそが最低条件のはずだ」


「だからぁ! ツエル、あんたの言いたいことはわかるけど、現実問題この崩壊しかけてる統括支部で、しかも設計図にも載ってなかった地下にいるトーヤ様を探し出すのは不可能なんだって! あの人、魔力感知にも引っかからないし!」


「でも~、私はトーヤくんを探したいな~」


「とっとと逃げるに一票ですかねぇ。こういっちゃあなんだが、トーヤ様は目を離した隙に、地球の裏側まで行っちゃうような人ですし、心配する必要なんてないでしょうよ」


「私は探すに一票かな。確かにフーバーの言う通り、あまり心配はしてないが、それでも万が一ということもある。ミスフィットは良くも悪くもトーヤを中心に集まり、動いている組織だ。トーヤを失えば目標も果たせず、いずれ瓦解する」


「私は合流したい! 『私は逃げた方がいいと思う!』」


「あんたは意見を統一してから発言しろ!」


 話の内容はトーヤたちと合流するかしないか。

 その二つでミスフィット内の意見は完全に割れており、まとまる気配を見せない。

 真っ向から意見が対立しているツエルとインは、もはや手が出そうなほど険悪な雰囲気をかもし出している。

 つい先程、黒竜を討伐した際の完璧な連携は見る影もない。


 そんな仲間たちの様子にため息をつきながら、ラシェルはイースに問いかける。


「ま、こういうこと。本来なら今すぐ動くべきなんだけど……、イース、もしトーヤがどこにいるか心当たりがあれば――」


「実は……、そのトーヤ様たちから伝言があって……」


 イースがそう告げた瞬間、今まで一切イースに目を向けなかった人物も含め、全員が議論を止めて勢いよく振り返る。

 圧を感じるほどの勢いにイースは少したじろぐも、すぐに持ち直し、トーヤから預かった言葉を告げる。


「『紫の5』――それだけ伝えれば意味が分かる、と」


 内容は先ほどスカーに告げた言葉と同じもの。

 そして告げられた側の反応も、スカーと同じものだった。

 明らかにその場をまとっていた空気が変わり、迷いや不安の類が消える。

 代わりに生まれたのは焦り(・・)


「イン!!!」


 ツエルが名を呼ぶのと同時に、インは指笛(・・)を吹く。

 燃える炎の音や、崩壊する建物の音が支配する中で、一際透き通るように響く高音。


 それは合図だった。人ではなく、ある生物を呼ぶための。


 空高く、雲の中から、二頭のそれ(・・)は現れる。

 速度を上げ、翼をはためかせてイースたちのもとへと近づくそれは()だった。

 その接近に気づいたイースは思わず警戒し、戦闘態勢に入ってしまう。


「大丈夫よ、安心して。あれは黒じゃないわ」


「えっ……?」


 ラシェルの言葉に疑問を覚えたイースだったが、その竜の姿がハッキリと見える距離まで近づくと、その言葉の意味を理解することができた。


「灰竜……」


 竜の体を覆う鱗。その色が黒ではなく灰色だったのだ。


 数多くいる竜種の中でも、最速とうたわれる飛行性能を持つ灰竜。

 そんな灰竜には、飛行性能の他にもう一つ有名な特徴がある。

 それは、人との共生が可能であるということ。


「もしかして……」


「ええ、あの竜は味方よ」


 ついに地に足をつける二頭の灰竜。

 そのうちの一頭の背には人が乗っており、灰竜の角や首に繋げられた手綱を握っている。


「みなさん! 状況は!?」


「『紫の5』よダヴィ! すぐに出せるようにして!」


 手綱を握る人物――ダヴィが操る竜の背に、ミスフィットの面々が一斉に乗り込んでいく。

 そんな状況に、自分も乗っていいのかとためらうイースだったが――


「ほら、乗って」


 竜の背から、掴まれと言わんばかりにラシェルが手を伸ばす。

 それを見たイースは勢いよく飛び上がり、伸ばされた手を掴んだ。


「ありがとう……、えっと――」


「ラシェルよ」


「ありがとう、ラシェル」


 イースはラシェルに感謝の言葉を告げながら、合流した時、初めに声をかけてくれたのも彼女だったことを思い出す。

 このとき初めてイースは、たった一人からとはいえ、ミスフィットの一員として受け入れられたように感じた。


「気にしないで。それよりも振り落とされないようにね」


「わかった」


 イースを含め、みなが灰竜の背にしがみつく中、ツエルだけは誰も載っていないもう一頭の黒竜の背に移動する。


「じゃあツエル、あっち(・・・)は頼んだわよ」


「ああ、外まで運んだら指定の場所で合流する」


 ツエルとダヴィがそれぞれ手綱を握り、二頭の灰竜が同時に空へと飛び上がり、そして別々の方向へと動く。


「えっ!?」


 ツエルだけが仲間のもとから離れていくことに、思わず声をあげて驚くイース。

 しかしそんなイースに事の説明を行ったのは、またもやラシェルだった。


「気にしなくていいわ。あなたの元お仲間に、ちょっとお節介焼きに行っただけだから」


 元お仲間――その言葉から連想されるのは、もちろん『バード』の面々の顔。

 灰竜の速度は凄まじく、既に元いた位置からは遠く離れている。

 そんななかイースは、あっという間に見えなくなった彼らに思いを馳せた。


 どうか無事でいて欲しい、と。









 イースがバードの安全を祈るなか、バードのメンバー+2人は、絶賛大ピンチだった。


「今すぐ逃げるぞ! わりぃけどダルク、隊長を――シェルナを運んでやってくれねえか?」


「ああ、それは構わないが……」


「スカー、あんた一体どうしたのよ? 急に慌てて」


 これ以上となく焦り、必死に退却を促すスカーに対し、ダルクやエルナだけでなく、バードのメンバーも困惑の表情を浮かべる。

 もちろん、統括支部全体が崩壊しかかっており、さらに黒竜が闊歩しているとなれば、急いで逃げようとすることは何も不思議なことでは無い。

 しかし彼らは建物の崩壊に巻き込まれて動けなくなるほどヤワではなく、黒竜は今だ空を凝視していて、地を歩く人間には興味を示していない。


 そのため、スカーが通常の焦りを超え、必要以上に焦る理由をみなは理解できないでいた。


 しかし理解できないのも無理はなかった。

 スカーが恐れているのは、建物の崩壊でもなければ、黒竜の脅威でもない。

 恐れているのは、シール王国でもっとも危険な生物の戦闘に巻き込まれることなのだから。

 スカーの推測では、少なくとも統括支部の敷地外までは逃げなければ、確実に巻き込まれると考えている。


「全員急げ! このままだと――」


 少しでも早く支部の外へと出たいスカー。

 しかしそれを嘲笑うかのごとく、スカーたちの行く手を遮るように、竜が目の前に降り立つ。


「くっそ、こんな時に……!」


 当然身構えるスカーたちだったが、竜は先ほどの黒竜より一回りほど小さく、その体表は黒ではなく灰色だった。

 しかもその竜の背には、スカーにとって『影』の後輩であるツエルが乗っている。


 そこからの判断は早かった。


「全員竜の背に乗れ!!!」


 スカーが叫ぶと、バードの面々は躊躇うことなく竜の背に乗り込んでいく。

 この状況でスカーの指示に疑問を持たないのは、副隊長として築き上げてきたこれまでの信頼の証明。

 ダルクとエルナは一瞬だけ躊躇うも、すぐに竜の背へと飛び乗る。


 そんななか、サクキだけはその場にとどまり、手綱を握るツエルのことを睨んでいた。


「お、おいサクキ! 早く乗れ!」


「サクキさん!?」


 サクキが動かない理由――それは竜の背に乗っているのがツエルであるということだ。

 ツエルは既に黒竜との戦いの時から仮面を外しているが、直接戦ったからこそサクキにはわかる。

 この少女(ツエル)こそが、西門壁上で敬愛する隊長を切りつけた仮面の少女なのだと。


「っ…………!」


 ツエルを視認し、すぐに飛びかからなかったのはギリギリで理性が働いたから。

 それでもやはり、サクキの中では本能と理性がせめぎ合う。


 そんなサクキを、動く『影』が縛り上げた。


「なっ!?」


 その影はツエルから伸びたものであり、暴れるサクキを完全に封じ込め、そのまま黒竜の背まで運ぶ。


「おいっ! なんのつも――」


「まるで獣だな」


「っ、貴様ァ……!」


 拘束をはずそうともがくサクキに対し、挑発するようにツエルが返す。

 その声はとても冷たいものだったが、次に発した言葉には、わずかではあるが熱がこもっていた。


「安心しろ。私もあれで勝ったとは思わない。時が来れば、リベンジは受けてやる」


「…………」


 それを聞いたサクキは何も言えなくなってしまう。

 隊長を倒した敵は、戦った相手に少なからず敬意を持っていた。

 ならこれ以上自分が喚けば、本当にただの獣に成り下がってしまうと考えたからだ。


 その場にいた全員を乗せた灰竜は勢いよく飛び上がり、猛スピードで羽ばたいていく。

 そうしてすぐに、統括支部の敷地外まで移動する。








 四人(・・)を除き、職員や戦闘員、そして襲撃者も含め、全ての者が統括支部からの脱出を完了した瞬間、人々は見た(・・・・・)

 避難していた職員が、集まっていた王国兵士が、灰竜の背に乗っている者たちが、さらには遠く離れた町の人々が。



 まだ薄暗い空の中、神々しく輝き、統括支部を覆い尽くすほどの巨大な火球(・・)を。



 雲の隙間から顔を出すそれ(・・)を見たものは、呼吸を忘れ、目が離せなくなる。

 魔力感知など使わずとも、ヒリヒリと肌で感じる膨大な魔力。

 思わず祈りを捧げてしまいたくなるような、人智を超えた所業。

 あまりにも現実離れしたその光景は、夢を見ていると言われた方が納得してしまうほど。

 それがたった一人の手によって生み出された魔法であるということなど、信じられる者の方が少ないであろう。


 太陽と見間違うほどのその巨大な火球が、統括支部へと降下する。

 正確には指令部のあたり。

 さらに正確には、黒竜のちょうど頭上に。



皇豪燐(こうごうりん)



 火球が統括支部のほぼ全域を飲み込む。

 黒竜も、統括支部も、周囲の建物も、地面も、燃え盛る炎も、そこにあるもの全てを。

 後に残るものは何も無い。


 古くから人類の歴史と共にあり、魔法が生み出され始めたその初期から体系に組み込まれ、世界中で磨き上げられてきた『火』という技術の結晶。

 それを操る現代の魔法使いの中でも、最強に位置する魔法使いが生み出す炎は、ありとあらゆる全てを灰へと変え、無に帰す。

 魔法を極めた先にあるのは、何も生み出すことのない破壊のみ。




 トーヤが指示した『紫の5』――それが意味するのは、『総員なにをおいても即時撤退、および最終戦力の投下』。




 日の出まで1時間ほどに迫ったその時――長い歴史を持つシール王国のコクマ統括支部は、跡形もなく消滅した。



ラシェルがイースにちょっと優しいのは、イースの過去を知っており、どことなくシンパシーを感じているからです。あとイースが学園にいた際、わりと高頻度でイースのストーカーをしていたので、イースの人となりをある程度理解しているからというのもあります。

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