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偽りの英雄  作者: 考える人
第六章 シール王国統括支部攻防戦
154/158

おかわり



  統括支部指令部 地下




「それで、何に気づいたんですか? 」


 次々と部屋から人が去っていく中、たった二人部屋に残ったトーヤとリリー。

 二人は転移魔法陣の前まで移動し、早速とばかりにリリーが問いかける。


「正直なところ、幾多にも組み込まれている防御術式を突破するのは不可能だと思いますけど」


「それに関しちゃ俺もまったくの同意見だよ」


「…………? わかりませんね。あの時のあなたの表情は、間違いなく何かに気づき、そして確信を持ったものでした」


 魔法陣を解析している最中、それまで世話しなく動いていたトーヤの目線や手の動き。

 それが一瞬、ほんの一瞬ではあったものの、ピタリと固まったのをリリーは見逃さなかった。

 しかもそれを、背後にいたトーヤの従者であるマヤに悟らせないようにしていたことも。


「防御は突破できない――そう確信した瞬間、まったく別の案が思いついてな」


「というと?」


「システムを突破するのではなく、システムそのものになる」


「……? 一体何を……」


 トーヤの言葉の真意を理解できず、疑問の声をあげようとしたリリーだが、その言葉は最後まで紡がれずに終わる。

 なぜなら、その必要がすでになくなったからだ。


「まさか……!?」


 リリーは自力でたどり着く。

 トーヤが頭に思い浮かべた案とまったく同じものに。


「もし……、私自身と私の使う魔法を、転移魔法の一部だと誤認させることができれば……」


 常識的ではなく、命を捨てる行為ともとれる突飛な案。

 ブツブツと小声でつぶやきながら、リリーは必死に頭の中を整理する。

 そうして浮かび上がるのは、確かな勝算。


「……できる、かもしれない」


「ならとりかかるぞ。この部屋も崩れ始めてる。ここからは一分一秒が勝負だ」


 さっそくとばかりに、魔法陣へと手を伸ばすトーヤだが、リリーはトーヤの表情を見つめたまま動かない。

 疑問に思いトーヤが振り返ると、リリーは笑顔を浮かべていた。


「トーヤ、あなた……やはり最高にイカれてますよ」


 楽しくてたまらない、ワクワクしてたまらない、興奮してたまらない――そう言わんばかりの笑顔を。


「はっ、今からやることに対して一切否定の言葉を吐かないお前も、十分にイカれてるよ」


「ええ、間違いありませんとも。だから私たちはここにいる」


 そう言いながら、笑顔のままリリーは魔法陣に手を触れ、魔力を流し込んだ。









ーーーーーー








  指令部入口前広場



 様々な研究棟が立ち並ぶ指令部の中心地。

 世界の10年先を行くと言われている最先端の魔法技術が集まり、その価値は計り知れない。

 しかし現在、指令部入口前広場は火の海と化していた。

 それは黒竜によるものだけではなく、建物自体から火災が発生しており、貴重な研究資料も、高価な魔具も、全てが灰へと変わる。


 そんな地獄の中心で、黒竜との人類存続をかけた戦いは未だ続いており、むしろ激しさを増していた。


「あーあー、これ経済的価値でいえばどれくらいの損失なのかしら」


「あんま気にすんなよ後輩。そもそもどんな優れた技術も、人が豊かに生きるためにあるもんだ。人の命にゃあ変えられねぇよ」


 視界に映る崩れゆく建物を見つめながらぼやくインに、『影』の先輩であるスカーは励ますように声をかける。

 しかし黒竜との戦闘中で切羽詰まっていることもあり、インはスカーを『バード』の副隊長としか認識できていない。

 そのためインは、“なんだこいつ、馴れ馴れしいな”と心の中でスカーに毒を吐く。


「まあとりあえず、あの方(・・・)が来てるとわかった以上、俺たちのやるべきことは明白だ。このまま黒竜の意識を俺たちに向けさせ続けるぞ」


「……めっちゃ指示してくるし」


 まったく通じ合わない二人だが、黒竜との戦いで思い描くプランは全く同じもの。

 二人は同時に黒竜へと駆け出していく。








 何かがおかしい――黒竜の頭にはそんな疑念が浮かんでいた。

 この世に生を授かって以来、初めて得た自由の身。

 しかしいざ地上に出てみれば、視界に入るだけで嫌悪感を抱く生物(人間)が、己の自由を脅かそうとする。

 許してなるものか。生かしてなるものか。

 初めて抱く怒りの感情と共に、足元に群がる人間どもを始末にかかるが、小さく素早い人間共をなかなか捉えることができない。


 しかし黒竜は悲観してはいなかった。

 そもそも攻撃が当たらないのは、人間側(インたち)が基本的に避けることを前提に動いているから。

 ヒットアンドアウェイ戦法をとる以上、必然的に攻撃は軽くなり、黒竜の驚異にはなり得ない。

 唯一警戒するとすれば、最初に黒竜の体に傷をつけた二人(ツエルとダルク)のみ。

 だが受けた傷はすでに再生して完治しており、あらかじめ防御態勢を整えてさえいれば、致命傷になりうることはありえない。

 万が一、己が死んだとしても、地下に控えている仲間たちが仇をとってくれるだろう。

 世界中の竜種を隷属させて操る魔法――『神による絶対命令』を発動させるための魔力もじきにたまる。

 黒竜は冷静に、自分たちが有利であることの根拠を積み上げていく。


 なのに、どうしても嫌な予感が拭えない。

 今すぐその場から逃げろと、強引にでもいいから離脱しろと、野生の本能が警告していた。


 黒竜は考える。

 本能に従って逃げるか、理性に従ってとどまるか。

 そうして黒竜が選んだのは、その場に残って戦い続けること。

 やはりどう考えても、自分たちの脅威になり得るものは何もないと判断した黒竜。


 しかしそれは、結果的に最悪の選択となる。

 黒竜にはもう二つ、考慮いれるべき事情があった。

 それは、なぜ人間たちが勝ち目が薄いにも関わらず、誰一人として折れることなく戦い続けているのかということと、何が目的で時間稼ぎのような戦い方をしているのかということ。

 そしてその答えはどちらも同じものであり、今まさに答えの半分(・・)が示されようとしていた。


「いけるわ!」


 突如、声をはりあげたのは後方に控えていたラシェル。

 そんなラシェルの目の前にはツエルとダルク(剣聖)が立っており、右手と左手それぞれで二人の背中に触れている。

 そしてラシェルがその手を離すと同時に、二つの膨大な魔力があふれ出した。

 もちろんその魔力はツエルとダルクのもの。

 ツエルとダルクは迷いなく黒竜へと向かって駆け出していく。


 一方で二頭の黒竜は困惑していた。

 ツエルとダルクからあふれ出す魔力は、強力な魔法を行使することの証明。

 それも最初のものよりも遥かに強力な魔法を。

 しかしそれをするには、当然ながら魔力をためるための時間が必要であり、魔力が上昇していく過程が存在する。

 にも関わらず、鋭い感知魔法を使用できる黒竜が、その過程を一切感知することができなかったためだ。


 とはいえ、黒竜が困惑したのはほんの一瞬。

 すぐに防御態勢を整えようと動くが、ツエルとダルクの仲間がそれを許さない。


「右足、もらうわよ」


『加重波状領域』



「そこの足場、崩落注意な」


『物質解体』



「決めなさいよ、剣聖様」


『偽・空破』


 黒竜のうちの一体はインの加重魔法によって右足の自由を奪われ、もう一体はフーバーの分解魔法によって崩壊した地面に沈み、さらにエルナの分身を使った派手な爆発によって、二体とも視覚と聴覚が一時的に著しく低下する。

 一気に畳み掛けるこの連続攻撃は、もちろん予定されていたもの。

 ミスフィット、コクマ、王国兵士に加え、ただの一教師まで。

 それぞれ違った組織に所属する者たちが、なぜ打ち合わせもなしに完璧な連携を行うことができるのか――


 それは、彼ら彼女らの中に明確な意識の共有があったから。

 その意識の共有が生まれたのは、最初にツエルとダルクの攻撃が黒竜にダメージを与えた時。

 硬い鱗で覆われる体に、傷が入ったのを見た全員が、自然と一つの勝ち筋に狙いを絞る。


 ツエルとダルクにとどめを刺させる、その一点に。


 意識の共有ができれば後は単純。

 来るべき時まで備え、その瞬間がきたら二人の攻撃が確実に命中するようにもっていく。


 そして今、狙い通り黒竜は動きを封じられ、ツエルとダルクが目前まで迫っていながらも、回避行動に移ることができない。

 そんな黒竜をめがけて、ツエルとダルクは空中へと飛び、ありったけの魔力が込められた剣を大きく振りかぶる。

 可視化できるほどの濃密な魔力が闇夜に輝きを放つ。

 まさに残りの全てを込めた渾身の一撃。


『死純・冥黒刃義(めいこくじんぎ)


破竜(はりゅう)


 しかし黒竜も、動きを封じられたからといって、ただ攻撃を黙ってウケるはずもない。

 二頭の黒竜は防御魔法を、自身の体を覆うような形で展開する。

 円形に防御魔法を形成するのとは比べ物にならないほど高難度な技術だが、黒竜はいとも簡単にやってのける。

 分厚く硬い鱗に防御魔法を重ね、最高硬度で攻撃を防ぎきる体制を整えた黒竜。


 こうなれば、後は至極単純な力と力のぶつかり合い。

 ツエルとダルクは力の全てを絞り出すように叫び、剣を振り下ろす。

 剣が振り切られれば人の勝利。

 剣が半ばで止まれば竜の勝利。


 ツエルとダルクに全てを委ねたものたちがその戦いの結末を見守る中――






 ――二人の剣は見事振り切られた。



「グルゥ……」


 一刀両断とまではいかなかったが、二人の刃は黒竜の体の奥深くまで届き、確かなダメージを与える。

 勢いよく血が吹き出し、心臓を裂かれた二体の黒竜。

 しかしその目からは光が依然として消えず、それどころかまだ動こうとする意志を見せている。

 常識外れの脅威的な生命力なのだが、人類サイドにとっては想定内。

 ツメのさらにツメも抜かりない。


「鬼が泣く 永久(とこしえ)の生 ただ一人になりて その心は我だけにあり」


 それは通常であれば、あまりにも隙が大きく、滅多に使用することのない鬼族固有の魔法である『鬼々怪々』の詠唱。


「想いは過去に 過去を今に 拳に宿すは我の力のみにあらず 黄泉魂送(よみこんそう)の任に至る」


 しかしわずかでも魔法の威力を高めるため、ソフィーは一切の省略をせず唱えきる。


「我は全ての命を送るものなり――『鬼々怪々 七ノ番・泰山』」


 特別製の身体強化が肉体に施されたソフィーは、そのまま黒竜の心臓部を目掛けて宙へ飛ぶ。

 通常なら黒竜も十分対応できたはずのスピードなのだが、傷を負った今の状態ではそうはいかない。

 まんまと手を伸ばせば触れられる距離まで近づくことに成功したソフィーは、空中で攻撃の構えをとると、地に足をつけているかのようにその場にピタリと止まる。


 そのからくりの正体は、空中に展開された防御魔法だった。


「全力の全力で硬くしたから!『全力の全力でやっちゃえソフィー!』」


 足場を作る形で形成されたシルエによる防御魔法。

 ソフィーはその防御魔法に乗り、踏ん張りを効かせ、ためた力を微塵も逃すことなく拳に乗せて繰り出す。


「はあ~~~~~!」


 ミスフィット内で最高硬度を誇るシルエの防御魔法だが、ソフィーの踏みしめる力だけでヒビが入る。

 しかしヒビが入るだけで耐えたため、力のロスはない。

 百パーセントを超える力で放たれた鬼の正拳突き。

 それをまともにくらった黒竜の心臓部付近は見てわかるほど変形し、ぐちゃりという嫌な音ともに、今度こそ二体いるうちの一体の黒竜が絶命した。



 さらに残るもう一体の黒竜にとどめを刺すため、ひとつの影が空をかける。


「我が祖 風の妖精ラーミリアに願い奉る 我が魔力を糧とし 敵を打ち滅ぼす刃を我が手に」


 国宝である『精霊剣』に残りの魔力全てを込め、上空から黒竜へと向かって勢いよく降下するのは、バードの隊長であるシェルナ・ヴァント。

 黒竜を空へと逃がさないために発動していた乱気流を起こす魔法は、すでに解除されている。

 それは黒竜をここで確実に仕留めるという覚悟の表れ。


「とどめだぁぁぁぁぁ!!!」


『妖精賛歌・風進打突(ふうしんだとつ)


 シェルナが発動させた魔法は、西門の壁上でツエルとの戦闘でも使用したもの。

 高い殺傷力を持った風の魔法が、らせん状に突き進む魔法だが、その威力は壁上でのものとは比べ物にならない。

 壁上の時とは違い、周囲にいるものたちは魔法の余波に巻き込まれようとも、平然と対処出来る実力者たちばかり。

 もはや周囲の建物の被害を考える必要も無い。

 そのためシェルナは一切の躊躇なく、宝剣の性能をフルにいかした全力を放つ。


 凄まじい威力の指向性を持った暴風は、激しい余波を撒き散らしながら黒竜の心臓部へと命中し、勢いが全く衰えることなく黒竜の体を貫いた。


「やっ、た……」


 文字通り全ての力を使い果たしたシェルナは、黒竜の絶命を確認すると同時に意識を失う。

 そのまま重力に従い、地面へと落ちていくシェルナだったが、その体が叩きつけられる前に、ある人物によって優しく抱きかかえられる。


「ほんと……、すごいよ姉さんは」


 シェルナを守った人物――ヴィエナ・ヴァントはどこか悔しげな表情で、眠るシェルナの表情を見つめていた。





 そんな中、絶命した二頭の黒竜は大きな音と共に地に伏せる。

 国を滅ぼすほどの力を持った魔獣の討伐。

 状況が状況なら、英雄として生涯たたえられるほどの偉業。

 しかしそれを成し遂げた彼ら彼女らに誇らしげな表情は見られない。


「もう……、無理……」


「ダメだ。マジで魔力がからっぽだ……ゲホッ」


 もはや偉業を成し遂げたことを喜ぶ元気も、誇る余裕もないほど、全員が満身創痍の状態だったからだ。

 シール王国においてトップクラスの実力を持つ猛者たちが、全てをかけてからこそ掴めた最高の結果。


 しかし彼らは知らない。

 まだなにも終わっていないことを。




「――――!」




 どこか遠くから、誰かが叫んでいるのを、その場にいた全員が気づく。

 声のした方を振り向くと、彼らの元へと走りながら近づく影がひとつ。


 その正体はイースだった。

 背中に血まみれになった人物を背負い、何かを叫びながら走っている。

 しかし距離があり、建物の崩落音とも重なって、その声はハッキリと聞き取れない。


「何か言ってるみたいだけど……」


「誰か聴力強化使えない? 私はもう魔力残ってないから」


「あ、私使えるよ『といってもけっこうギリギリだけど』」


 周囲の要望に応え、シルエは聴力強化を行う。


「なんて言ってる?」


「ええっと……、なんかね、すっごく慌ててる『すっごく慌てながら、逃げて(・・・)って叫んでる』」


「はぁ? 逃げろって、一体何から――」


 その時、イースの背後にあった建物が崩れる。

 しかしその崩れ方は火事による自然な崩れ方ではない。

 何か大きな力が加わることで生じる激しい崩壊。


「逃げてください!!!」


 必死の表情で叫ぶイースの声が、聴力強化を使用せずとも全員の耳に届くほどの距離までイースが近づいたその時、崩壊した建物の奥から黒い化け物が顔をのぞかせる。

 それは、近くで横たわる三体の怪物と全く同じ姿をしていた。


『グルゥアアアアアアア!!!』


 ここ数分で、何度も聞いた覚えのある叫び声がこだまする。


「…………嘘だろ」


「獣人からの黒竜ときて、さらに黒竜おかわりとか……」


「……勘弁してよもう」


 誰かが発したその言葉は、そこにいた全員の心情を表すものだった。







 コクマシール王国統括支部崩壊まで、あと5分――




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