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偽りの英雄  作者: 考える人
第六章 シール王国統括支部攻防戦
151/158

導かれる者たち




  指令部建物前広場――





 少し時はさかのぼり、リリーたち地下組が揺れを観測したのと同時刻、建物の外にいたナディアやスカーたちも同じように揺れを感じていた。


「……今、かなり揺れたな」


「しかも結構長かったわよ」


 何も知らないスカーとエルナは戸惑いと驚きを浮かべるが、見渡す限り周囲に大きな被害はなく、それほど深刻には捉えていない。

 一方で、ナディアはその顔を真っ青に染める。


「ウソ……、いやでも、どうして…………!?」


「ちょっと、どうしたのよナディア」


 親友が分かりやすくうろたえる様子を心配するエルナだが、動揺するナディアに声が届いた様子は無い。

 どうしたものかと、エルナとスカーが顔を見合せたその時、思わず耳を塞ぐほどの甲高い音が支部内に鳴り響く。


「ツぅ!」


「うおっ!?」


 自然発生したものではなく、人工的に加工されており、人を本能的に不愉快にさせる音。

 その爆音によって耳を痛めたエルナが怒りのままに叫ぶ。


「何よこれ!? もしかしてさっきの地震の避難警報か何か!?」


 その疑問の答えを求めるため、エルナはスカーとナディアに顔を向ける。

 しかしスカーはコクマ所属ではあるものの、普段から統括支部に滞在しているわけではないため、疑問に答えるすべを持っていない。

 明確な答えを持つものは、統括支部の副支部長であるナディアのみ。


「この警報は、職員に対する退避勧告。それも……、レベル3(・・・・)――支部全体が倒壊の危機にある状況にのみ使われる警報よ」


 震えながら告げるナディアの言葉は、ひどく現実離れしていたものの、焦りを浮かべる表情は真剣そのもの。


「はあ……? いやいや、確かにわりと揺れは大きかったけど、そこまでヤバい地震ではなかったでしょ」


「さすがにあの程度じゃ、比較的新しい建物が多い統括支部が崩壊するこたぁねぇだろ。築何百年とかならまだしもよぉ」


 エルナもスカーも、常識的に物事を考えることでナディアの言葉を否定する。

 しかしコクマという組織のその根幹は、常識とは程遠いところにあり、この世の悪意全てを凝縮したようなものだということを二人は知らない。

 エルナはともかく、コクマに所属し、その裏の一部を知るスカーでさえも、コクマの闇の深さを完全に理解してはいなかった――








 ――――それが(・・・)姿を見せるまでは。








 突如として、エルナたちの立っていた地面が先程よりも大きな揺れと共にひび割れる。


「えっ!?」


「なんだ!?」


 三人がなんとか地に足をつけ、体制を整えようとする中、すぐ傍の地面そのもの(・・・・)が吹き飛んでいく。

 それは怪物が、地下から岩盤を突き破って現れたことの(あかし)


「「っ――」」


 エルナとスカーのその驚きは、もはや声すら出ないほど。

 体躯を混じり気のない黒で染めた怪物――黒竜が、エルナたちを睨みつけると同時に口を開く。



『ガアァァァァァ!!!』



 魔力の内包されていないただの咆哮。

 しかしそれは、三人に絶望を与えるには十分すぎるものだった。









ーーーーーー









  指令部地下 謎の部屋





 そこではナディアたちを襲った絶望を取り払うために、トーヤたちミスフィット(+イース)と統括支部長であるウルシュの共同作業が行われようとしていた。


「で、具体的には今何が起こってる?」


「おそらく、だが……、統括支部の自壊機能が作動している」


 トーヤの疑問の言葉に、息も絶え絶えの状態でウルシュは答えていく。


「自壊機能は三段階あって、まずそれがどこまで作動されているか、調べる必要がある。二段階目までなら、まだ希望はあるが……」


「……あっ」


 三段階――その単語を聞いたイースはあることを思い出す。

 それは既にこの場を去ったイマが口にしていた、ある(・・)言葉だった。


「あの、さっきイマという女が床の魔法陣に魔力を流しながら、『最終段階――』と口にしていたんですが、もしかして関係あったりしますか……?」


「なるほど……、それは、最悪だな」


 ウルシュは諦めたような表情を浮かべ、ヨロヨロと歩いていき、部屋の壁に触れて魔力を流す。

 すると、壁に複数の魔法陣が浮かび上がる。


「自壊機能の第一段階は違法研究が行われている場所……主に地下施設の破壊だ。そして第二段階はその対象が主要施設の全てになる」


「第一段階は証拠隠滅。第二段階は施設ごと放棄して隠滅ってとこか。手段は?」


「部屋から火の手が上がる。だがこれには職員たちが避難するための猶予がある。問題は第三段階だ」


「それが黒竜の解放ですか。なるほど、確かに施設どころか全てを無にする最悪の方法ですね。合理を超えた悪意の塊が透けて見えますよ」


「ああ、その通りだ」


 怒りをにじませるリリーに対し、ウルシュの返事は自嘲気味な肯定だった。


第三段階(これ)があるのを知っていて、俺は見て見ぬふりをしてきた。それはもう、疑いようのない悪だ」


「反省なら地獄でいくらでもやりゃあいい。今はとにかく黒竜の解放に関してだ。止める手段はあるのか?」


「残念ながら、第三段階だけは即時発動。現時点で黒竜は解放済みのうえ、既に地上に出ていてもおかしくない」


「万が一の対応策は? さすがにそれ無しで黒竜を飼ってるわけじゃないだろ」


「もちろんだ。今それを、試している」


 そう言ってウルシュは魔法陣の操作を始めるが、すぐにその表情は厳しいものへと変化する。


「バカな……!? 対策システムを操るための権限がロックされている……!」


 本来、支部長であるウルシュに、この統括支部において権限のないシステムは存在しない。

 全てのデータを閲覧可能であり、全てのシステムにアクセスできる唯一の人物であるはずが、より上位の権限によってウルシュのアクセスする資格が剥奪されていた。


「……そういうことか。あの女、自壊機能を発動させた後もいやに魔法陣を操作してると思ったら……」


「そんなはずがない……。いくら本部所属とはいえ、幹部でもない一職員のイマにそこまでの権限はないはずだ。いやそもそも、自壊機能を発動させることだって――」


「一職員だぁ? んなわけあるかよ。あの女こそ、コクマの全てだ」


「なんだと……?」


 イマをコクマの全てだと語るトーヤはどこか遠い目をしていたが、すぐに思い直して頭を切替える。


「ああいや、今はそんなことどうでもいいんだ。とにかく今は権限を復帰させることが先だ」


「復帰だと……? そんなことどうやって――」


「安心しろ。統括支部で使われている魔法陣システムに関しては予習済みだ」


 そう言ってトーヤは指先に血液を付着させ、人差し指で魔法陣に触れていく。まるで道標を作るように。


「ここで防御を突破して……、いや、まだダメか、これだと最後のシステム制御にエラーが出るな。となると、こっちの分岐点であらかじめ――」


 ブツブツとつぶやきながら、少しずつ魔法陣に血の跡を付けていくトーヤ。

 隣でそれを見ていたウルシュは、その凄まじい集中力と、脅威的なスピードで魔法陣を紐解いていく姿に驚愕する。


「最後にここで魔力を交差させて……よし、これでいけるはずだ。ウルシュ、今から俺の指示通りに寸分たがわず魔法陣を操作しろ」


「……わかった。やってみよう」


 ウルシュは一瞬判断を迷うも、すぐにトーヤの言葉に頷く。

 トーヤの絶対に上手くいくことを信じて疑わないその表情を見て、信じてみようという気持ちにさせられてしまったからだ。

 隣いるその少年がつい先程まで敵であったことなど、ウルシュの頭からすっかり消えていた。


「ここからは少しだけ魔力を多めに。そこで一周させたら次は二つ隣の魔法陣だ。魔力が干渉し始めたら少しスピードを落として――」


 位置、魔力量、速度。事細かに送られるトーヤの指示を通り、ウルシュは複数の魔法陣を操作していく。

 そしてついに―――


「権限が戻った……!」


「完全に制御を上書きしたわけじゃない。あくまで一時的にジャックしただけだ。急げよ、時間が経てばまた権限が剥奪されるぞ」


「わかっている」


 そこからウルシュは一心不乱に作業を続け、トーヤもところどころ助言しながらサポートする。

 そんな二人の様子を、リリーはあからさまにソワソワしながら見つめていた。

 私も混ぜろと言わんばかりに。


「私も混ぜてくださいよ」


 言った。


「邪魔だから引っ込んでろ」


 トーヤは容赦なく拒否した。


「…………」


「イテテテテテテ! 無言で傷口つねるんじゃねぇよ!」


「あなたたちだけズルいです! 私も混ぜてください!」


「ガキかこのクソボケ! 遊びじゃねえんだぞ! ……それに、お前には別の役目(・・・・)があるだろ」


 そう言いながらトーヤが指さしたのは、少し離れた位置にある魔法陣。


「本部へと繋がる可能性を秘めた、何より価値のある魔法陣だ。この時のために覚えた転移魔法だろうが」


「……間違いないですか?」


「もちろんだ。死んだフリしながら、あの女(イマ)の動きは事細かに観察してたからな。『門』を開く直前、あの周辺の魔法陣を操作してたのは間違いない。まさにお前にしかできない役割だ。好きだろ? そういうの」


 トーヤのその問いかけに対し、言葉での返事はなかった。

 リリーの起こした行動は、ただとびっきりの笑顔を浮かべること。

 しかしそれだけで十分だった。

 

 リリーが己の役割を果たすべく動き始めたのを確認すると、トーヤは手持ち無沙汰になっているもう一人の人物に目を向ける。


「そんな申し訳なさそうな顔すんなよ、イース」


「……でも、この状況で自分は何もできなくて――」


「お前は既に十分働いてくれたさ。両腕を失ってまでな」


「失ってはないです……」


「正直途中ちょっと焦ったんだぜ。死んだフリしながら様子見てたら、無謀な特攻かまそうとするんだからよ」


 その言葉を受けてイースは、自身の服が引っ張られた時のことを思い出す。


「あの時の、やっぱりトーヤ様だったんですね」


 もしあの時、トーヤが服を引っ張ることで止めてくれていなければ、間違いなく己の命は失われていただろうとイースは確信する。


「すみません。なんの勝算もないくせに、突っ走ろうとしてしまって……」


「いいじゃねえか。俺は好きだぜそういうの。無茶無謀無策、それを貫き通してこそだ。本当にやべぇ時は周りが止めてやればいい。お前は英雄になる素質があるぜ」


「……」


 本当に人たらしだなと、思わずイースは呆れるような笑みを浮かべてしまう。


「とにかく、どうせ脱出する際にまた体力を使うから、今は可能な限り体を休めてろ」


「はい……」


 そうしてイースとの会話を終えたトーヤは、改めて黒竜対策の作業に戻る。
















 黒竜の解放と共に避難勧告が発令された統括支部。

 ほとんどの職員が支部の外へと避難し、建物の警備にあたっていた者たちも、その任を放棄して避難を開始する。

 次々と支部の中心部から人が離れていく中、あえて火中へと飛び込んでいくものも、少数ながら存在していた。







ーーーーーー







  統括支部 東門side




「ご無事ですか!? ダルクさん!」


 使用人服を着た仮面の女との戦闘を終え、息を整えていた剣聖ダルク。

 そんなダルクに、弟子であり部下でもあるシータが心配するように声をかける。


「ああ、僕は大丈夫だ。シータたちの方はどうだい?」


「こちらも人的被害はありません。全員無事です」


「そうか……」


 自身の部下が無事であるとの報告を受けたダルクだが、それを喜ぶどころか、その表情は険しい。


「どうかされましたか……?」


「いや、凄まじい女性だったなと、思ってね」


 そう言ってダルクが目を向けたのは、激しい破壊痕が残る付近の光景。

 それら全て、使用人服の女とダルクの戦闘によって刻まれたもの。


 二人の戦闘は熾烈を極めた。

 剣を交えるたびに、周囲の人間がよろめくほどの衝撃と余波を生み、その一振一振が地面を割って建物を切り裂く。

 人を超越した者同士による、災害同然の戦いが終わりを迎えたのは、使用人服の女が『時間切れですね』と口にし、急遽戦闘から離脱したためであった。


「追いかけなくてよかったんですか?」


「今はよそう。それに、あのまま彼女と戦っていれば、僕が負けていた可能性もある」


「そんなことは――!」


 自身が信を置き、敬愛する師が口にする弱気とも呼べる言葉に、叫びながら否定しようとするシータ。

 しかしそんなシータの言葉を遮り、ダルクは『負けていたかもしれない』と話す理由を続ける。


「彼女は、まだ全力じゃなかった。それこそ、力の半分すら出していなかったかもしれない。あれだけ激しい戦いだったにもかかわらず、近くにいた部下やコクマの人たちが、誰一人として負傷していないのがいい証拠だよ」


「っ……!」


 そう言われてシータは気づく。

 建物等の建造物が全壊するほどの戦いで、軽傷を負った者すらいないことの不自然さに。


「じゃあまさか……、あの女はダルクさんと戦いながら、ケガ人が一切出ないように立ち振る舞っていたということですか?」


「おそらくね」


「一体、あの女は何者なんですか……?」


 使用人服を着た女の恐ろしさを、改めて実感したシータは震えるように尋ねる。

 それに対してダルクは、己との戦いで手を抜かれていたことへの悔しさを感じながら、どこか遠い目をしながら告げた。


「さあ、少なくとも僕の人生において、あれほど強い女性には会ったことがない。でも、おかしいな……」


「……?」


「なぜだか彼女と戦っていると、()のことを思い出したよ」


 力強く剣を握りしめながらダルクが頭に浮かべるのは、自身が一度も勝つことができなかった人物の姿。

 何度も何度も戦いを挑んでは、その度に這いつくばることになった敗北と挫折の記憶であり、学生時代の苦い思い出。


 それと同時に、学生時代の思い出がダルクの脳内を駆け巡る。

 イマやナディアたちと精を出した生徒会業務。

 エルナとスカーの喧嘩の仲裁や、彼らと交わしたバカ話。

 全く理解できなかったピーグルーの魔術理論と、シェルナの感覚全振り剣技。


 そんな今となっては別々の道へと進んだかつての学友たちが、統括支部の中心部にいる。

 なんとなく、ダルクにはわかっていた。

 全ての事情を知っているわけではないが、この統括支部という舞台で、想像を大きく超えた何かが起こっており、それに学友たちが深く関わっていることを。


「……軍人として、失格だろうな」


 この時ダルクは、シール王国の軍人としてではなく、武の象徴である剣聖としてでもなく、ただの元学生のダルク・アーサリーとして動くことを決める。


「シータ」


「はい、どうしました?」


「とりあえず当面の危険はない。だからと言うわけではないが……、君に指揮権を任せてもいいかな?」


「……!?」


 それは言わば、軍人としての職務を放棄することに他ならない。

 しかしそんな非常識な発言にも関わらず、シータは一瞬驚いたものの、すぐに笑顔を浮かべる。


「不肖シータ・メルイ、謹んでお受けします」


「……ありがとう」


 部下に恵まれていることを改めて実感したダルクは小さく感謝の言葉を告げ、統括支部の中心部――指令部のある建物へと向かう。








ーーーーーー









  統括支部 西門side




「まだ動いてはダメです隊長! 傷がまだ――!」


 西門では全ての魔獣が討伐され、戦闘が終了してそれなりに時間が経過していた。

 そんな中、負傷者として治療を受けていた戦闘部隊『バード』隊長のシェルナは、最低限の処置だけ受けると再び剣を手に取り、横になっていた体を起こす。

 そしてその行為は当然、部下によって止められることになる。


「指令部にはスカーたちもいます! シューやヴェラも、それにイースだって――」


「違うよサクキちゃん、違うんだよ。誰かがいるからとか、ケガしてるからとか、そんなのは関係ないんだよ。私はみんなの隊長だから、私は私だから、私は動かなきゃいけないんだよ」


「っ――!」


 サクキの心配する言葉も、シェルナの強い決意と覚悟には響かない。

 それにサクキもわかっていた。

 こうすると決めたシェルナが、力ずく以外の方法で止まるわけが無いと。


 かくして、『バード』の隊長であるシェルナも指令部へと向かう。













 様々な思いを持ちながら、偶然にも統括支部に存在する全戦力が指令部へと集結していく。

 決して大袈裟な表現ではなく、人類の明暗を分ける戦いが、指令部で始まろうとしていた。






 トーヤとリリー 二人は穴友(腹部に穴あけられた友達)

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