りしゅう
「単純放出系の魔法と違い、操作系の魔法は魔力消費量こそ少ないものの、かなりの技術が必要となり――」
今行われているのは魔術についての基本座学。
Sクラスの担当であるエルナが教壇に立ち、懇切丁寧に教えているのだが――
「トーヤ様、取引しませんか? この領地を譲りますから鉱山の支配権はどうか私に……」
「あ、ツエル! お前がそこ陣取ったら僕の人民が通行できなくなるじゃないか!」
「それが狙いに決まっているだろう。そして私が今交渉しているのはトーヤ様だ。貴様は黙っていろ」
「どうするかな、俺としてはどっちでもかまわないからな~、もう少しうまみを提示してもらわないと」
「でしたら――」
「お前ら話を聞けえええええ!!」
エルナの講義をそっちのけで、4人用のボードゲームをやり続けていたトーヤ達一行がついにエルナから大声をあげられる。
「講義中私語するな! 席から動くな! 堂々と遊ぶな! というかツエル! お前までなにを一緒になって遊んでるんだ!?」
「このゲームをできるものが他にいなかったため数合わせで」
「理由を聞いてんじゃねえよ!」
「あの人きれるとすぐ口悪くなるな」
「誰のせいだ! 誰の!!」
「しかたない。席に戻るか」
そうトーヤが言うと、一か所に固まってゲームをしていた集団が近くの席へと腰を下ろす。
席は固定されていないため各々適当に座るが、トーヤの右隣には絶対にツエルが腰かけていた。
席に座り、しばらく大人しく授業を受けていたトーヤに、左隣に座っていたクラスメイトの少女が声をかける。
「そういえばトーヤ様、ほかのクラスの者が話していたのを聞いたのですが、もうすぐ遠征実習というものがあるらしいですよ」
「遠征実習?」
「はい、4年と1年が魔獣発生地におもむき、何日か泊りがけで実践訓練をするという毎年行われている行事だそうです」
「そんなもんあったのか。要は旅行みたいなもんだろ? 楽しそうじゃん」
話を聞いて少しテンションの上がったトーヤだったが、それと同時にある疑問が浮かぶ。
「でももうすぐってわりには、遠征実習の話をまったく聞いた覚えがないな。ツエル、聞いたことあるか?」
トーヤは真面目に講義を受けた回数がごくわずかなため、しっかり毎回受講しているツエルに尋ねた。
「いえ、聞き覚えがありません。そのような行事があるということさえ伝えられてませんね」
「どういうことだ?」
さらに疑問が深まったことで、トーヤは真相を知るであろう人物に直接聞くことを決める。
「先生、ちょっと質問」
「…………なんですか?」
不真面目代表ともいえるトーヤの質問という言葉に、すでに嫌な予感をひしひしと感じるエルナ。
その内心をわかりやすく表情に出しながらも、教師として質問に答えようとする意思を見せる。
「なんでうちのクラス、遠征実習の話が出ないの?」
「…………」
その質問はエルナにとって想定外かつ最悪の質問だったため、エルナは苦虫を噛み潰したような表情で押し黙る。
だがしばらく悩んだのち、意を決するように口を開いた。
「…………うちのクラスは、遠征実習に参加しません」
このエルナの言葉に、教室中から不満の声があがる。
「なんで!?」
「俺たちだけ除け者かよ! ふざけんな!!」
「説明しろ!」
「お見合い13連敗!!」
「『母親としか思えない』ってフラれること3回!」
「静かに!! 理由は今から説明しますから! あと最後の二人は後で職員室こい」
静まり返った講義室で、Sクラスの面々はエルナの次の言葉を待つ。
「……かつては、Sクラスも遠征実習に参加していました。しかし、行った先で現地の人間と問題を起こしては学園へ強制送還。ルールを守らず余計な問題を引き起こしては学園へ強制送還。遠征実習が終わるころにはクラスのほぼ全員が強制送還済み。これを繰り返し4年目にSクラスの遠征実習廃止。遠征実習のほかにも他校との魔法交流、学園内頂上決定戦等々。行事のたびに問題を起こし続けたSクラスは、全ての行事において参加が禁止されています」
「まじかよ…………」
誰かの声がポツンとその場に響いた。
ーーーーーー
休憩時間
トーヤを中心にSクラスの面々が一か所に集まっていた。
「どうします? トーヤ様」
「どうしますって、どうしようもねえよ。教員連中にごねたところで、どうせ規則だからダメだの一点張りで聞いちゃもらえない。だから――“りしゅう”するしかないだろ」
「ですね……」
「それしかありませんか……」
トーヤの“りしゅう”という言葉に同調するように、Sクラスの全員がゆったりと立ち上がり、覚悟と決意を宿した目で講義室を後にして、目的の場所へと向かう。
りしゅう
規定の課程などを習い修めること。
つまり、あきらめておとなしく授業を受けるということ――ではなく、、、
ーーーーーー
サラスティナ魔法学園 理事長室――
学園の理事長であるシードックは当然ながら多忙である。
数多くの書類整理に追われるなか、シードックにとって唯一の楽しみといえるのが、仕事の合間にわずかな時間だけ楽しむティータイム。
そしてこの日楽しむお茶は、隣国のカルニア公国から取り寄せた高級品。
「なかなか手に入らないんだよねコレ。すごく評判もいいし楽しみだ」
ウキウキ気分で待っていましたとばかりに準備を進めるシードック。
お茶をお気に入りのカップに入れ、香りを楽しみ、ついに口に含んだその瞬間――
「りいいぃいじちょおおおおぉぉお!!!」
理事長室の静けさを根こそぎ吹き飛ばすかのごとく、扉を開ける大きな音と、遠慮の消え失せた大声が鳴り響く。
あまりにいきなりのことだったため、シードックは飲んでいたお茶を吹きこぼしてしまう。
「ゲホッゲホッ」
大きな音と共に扉から入ってきたのは、トーヤを中心としたSクラスの面々だった。
りしゅう――――理事長室襲撃
「ど、どうしたのかねトーヤくん。いきなりこんな大勢で」
トーヤはその質問には答えず、シードックのもとへ近づき、机に1枚の紙をたたきつける。
「多くは語らない。だから、とりあえずこの紙に名前を書いてくれ」
シードックがその紙を見ると、とある短い文章が書かれていた。
“この学園の理事長である私シードックは、Sクラスが今年の遠征実習に参加することを認める”
「…………いや、むしろもっと詳しく語ってほしいんだが」
「ペンはこれを使って、ここに名前を――」
「いやだからね……」
「ちなみに逃げようとしても無駄だ」
トーヤがそういうと、指をぱちんと鳴らす。その瞬間、理事長室の窓ガラスがすべて割れた。
ガラスの割れる甲高い音と共に、その窓から5人のSクラス生が理事長室に非正規ルートで侵入する。
「しっかりと逃げ道は封鎖させてもらっているからな」
「別に逃げないけど……窓ガラス、割る意味あった? この前直したばかりなのに……」
「別働隊、任務完了しました! ちなみにマルコが壁を上る途中で落っこちました」
窓ガラスを割って入ってきたうちの一人が、トーヤへ任務完了報告をすませる。
「ご苦労だった」
「マルコは!?」
「ほら理事長、ちゃっちゃとここに名前を」
「いやマルコ……」
「理事長が名前を書いてくれれば救出に向かいましょう。早くしなければ手遅れになりますよ?」
「外道にもほどがある!」
「俺と理事長の仲じゃないか、ほら早く」
「君との仲って……私のこと一度殺しかけたよね?」
なかなか首を縦に振らないシードックに対し、トーヤは仕方ないとばかりに最終手段にでる。
「いいのか? このままだと、大切なコレクションが全てあいつらの腹の中だぞ?」
そう言ってトーヤが指さした先では、隠してあったシードックの大切な茶葉が、Sクラス生たちによって食べられていた。
「私の茶葉コレクション!!」
かなり貴重なものもあるなか、茶葉を次々と口へと放り込んでいくSクラス生たち。
自身の楽しみが次々と失われていく状況に、シードックはこの上なく慌てふためく。
「ほら、早くサイン」
相手を急かすことで余裕を奪い、正常な判断ができない状態でサインを促すトーヤ。
このような交渉および脅迫が三時間近く続き、最終的に理事長が折れる結果となった。
ちなみに茶葉は全てSクラス生の腹の中に消えた。
放課後
Sクラスの担任であるエルナは、窓ガラスがすべて割れた理事長室で、理事長であるシードックと二人っきりで向かい合う。
「……………………」
「……………………」
エルナはひたいから嫌な汗が止まらない。
自分の担当するクラスの生徒たちの暴走。
一体どのような処罰が下されるのか。
停職程度ならば甘んじて受け入れようとすら考えていた。
「あの、その……申し訳ありません」
「なに、かまわんよ。Sクラスとはこういうものだ。君を呼んだのは、Sクラスの遠征実習参加を認めることを伝えるためだ」
シードックのその言葉に、エルナは目を見開いて驚いた。
「Sクラスを連れて行くんですか!?」
「ああ、反対し続けるとさらにやっかいな事態をまねきそうだからね……」
「…………」
無残な姿に変わり果てた理事長室を見ると、エルナはその言葉を否定することができなかった。
こうして、Sクラスの遠征実習参加が決定する。
トーヤ達が遊んでいたボードゲーム
侵略!根こそぎ奪い取れ
4人用のボードゲームで、自分の領地を大きくし、最終的に自分の領地が一番豊かな人の勝利。
一人勝ちのゲームのため、他人をおとしいれる要素が強く、リアルファイトに発展することも多々ある。
(もちろん架空のゲームです)