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偽りの英雄  作者: 考える人
第六章 シール王国統括支部攻防戦
147/158

崩壊の始まり



 その人は、寂しい目をしていた。


 世界的組織であるコクマに所属し、さらにはシール王国統括支部の支部長という肩書きまで手にしている人物。

 そんな人物が浮かべる表情からは、負の感情しか読み取ることしか出来ない。


 セーヤ様も時折、孤独を感じさせるような表情をすることはあったが、その人はそれ以上だった。

 だからこそ、私は彼に惹かれたのだと、自分を客観的に見れるようになった今ならわかる。


 私は、彼の支えになれているのだろうか。

 彼の光になれているのだろうか。


 想いが通じ合い、結ばれ、子宝まで授かった今でも、その瞳の奥にどこか孤独を宿す彼を見て、そんなことばかり考えてしまう。


 法を破り、正義に背いて、過去を捨て、友人を切り捨てた私に、まだ捧げられるものがあるとしたら、それはきっと――――








ーーーーーー







「っ……」


 ナディアが目を覚ますと、視界に映るのは曇り気味の夜空。

 そして視界の端には、本気で殺し合った親友の姿があった。


「あ、起きたのね」


「エルナ……」


 自身の隣で腰を下ろしていたエルナに対し、ナディアはその名を呼ぶことしかできない。

 話したいこと、話すべきことはいくらでもある。

 しかし、ナディアの立場がそれを許すはずもなく、言葉が喉からこぼれかけては、音になる前に飲み込む。


 一方で、勝者であるエルナも、口を閉ざした状態でどこか遠くを見つめており、ナディアから何かを聞き出そうとする素振りは見られない。


 戦闘によって満身創痍のナディアに、自分から何かしらのアクションを起こす余力はなく、ただエルナが口を開くのを待つばかり。

 しかし待てども待てども、エルナが言葉を発することはなく、ナディアと目を合わせることすらしない。

 ただ時間が過ぎていくだけの状態が続く。


「……」


「……」


 学生時代はお互い無言であっても、二人でいるだけで心地がよかった。

 なのに今は、その静寂が辛い。


 後ろめたい思いに押され、先に()を上げたのはナディアだった。


「なにも、聞かないの……?」


「聞かないわ。だって興味ないもの」


 相変わらずエルナはナディアと目を合わせず、されどハッキリと言い切る。


「言ったでしょ。あんたを殴りにきたんだって。私の目的はそれだけよ。あんたの馴れ初めを暴くのはダルクに任せるわ。惚気話なんて聞きたくないし」


「……そう」


 どこか突き放すようなエルナの言葉。

 人の恋愛がうまくいっていない時は、嬉々として首を突っ込んでくるくせに、上手くいっている時はわかりやすく興味を無くす。

 昔から変わらない割と最低なその性格に、学生時代を思い出しイラつきを覚えると共に、わずかばかりの嬉しさも浮かび上がる。

 ほんの少しだけ、昔の関係に戻れたような気がしたから。


「おいおい、ダルクまできてんのかよ。まじで同期勢揃いだな」


「お前は帰れ」


 戦闘が終わったことで、近くに隠れていたスカーが二人のもとに姿を見せると、エルナは間髪入れず火の玉ストレートの罵倒をぶつける。

 しかしそれをスカーが気にした様子は無い。


「今日は本部からイマも来てるし、こんな状況じゃなけりゃあ、みんなでメシでも食いに行きたかったんだがなぁ」


「どの口が言ってるのよ」


 そう言ってコクマを裏切ったスカーに怒りをぶつけるナディア。

 しかしやはりスカーに気にした様子はない。


「本気だぜ俺は。本気で今の立場を忘れて、学生時代みたいにみんなでメシでも食って楽しく過ごしてぇなって……、俺は思ってるよ」


 少し寂しげな表情を浮かべながら告げるスカー。

 その表情は、自身の口にする言葉が叶わないと知っていからこそ。


「なあエルナ、お前もそう思うだろ?」


「……」


「……エルナ?」


 エルナはスカーからの問いかけを無視――したというわけではなく、何か考え込むような仕草をとっており、そもそも声が届いていないようだった。


「おいおい、どうしたんだよ」


「……イマがきてるの?」


 ようやく反応を見せたかと思うと、エルナが尋ねたのはこの場にいない元クラスメイトについて。


「ああ、俺たちも久しぶりに会ったよ。あいつ今は本部所属だから。まさかあのいつもおどおどしてたイマが、コクマ組で出世頭になるとは思いもしなかったけどなぁ」


 スカーやナディアにとって、イマという少女は『目立つ』という言葉から対局の位置にいる存在だった。

 もちろんスカーたちと同じ少数精鋭のクラスに所属できるだけの実力があったことは確かだが、その中で飛び抜けるほどの何があったかと問われれば否だ。

 いつも誰か――特にセーヤ・ヘルト―――の陰に隠れていたという印象が強い。


「けどセーヤ様からはやたらと信頼されてたし、やっぱあいつにはなんかあるのかもな。セーヤ様からイマが副会長に任命された時、ナディアが嫉妬してたのはいい思い出だ」


「スカー、魔力と体力が回復したらあんたは絶対にぶん殴るから」


 ナディアが満足に動けないのをいいことに、スカーはからかうようにして煽る。

 そんな二人の間に、エルナが現れる以前の殺伐とした空気はすでにない。


「結局ナディアも役職もらえてたじゃない。愛人職だったっけ?」


「会計職よ。あんたたち本気で覚えてなさいよ。こんな時だけ仲良くなりやがって」


「あはは、ごめんごめん。ちゃんとナディアは認められてたってことよ。それにイマは信頼されてたんじゃなくて―――」


 そこまで言いかけて、エルナはしまったという表情を浮かべて口を閉ざす。


「おいなんだよ。気になる言い方して」


「あー、いや……その……」


 どこか煮え切らない態度をとるエルナだったが、少し悩んだ後、再びその口を開く。


「まあいっか。セーヤ様から他の人には言うなって言われてたけど、もう卒業したし問題ないわよね」


 そう言って発言に保険をかけながら、先ほど止めた言葉の続きを語り出す。


「セーヤ様はイマを信頼してたんじゃなくて、誰よりも警戒(・・)してたからこそ、常に傍に置いてたのよ。監視目的でね」


「「は―――?」」


 思わず二人のマヌケな声が重なる。

 それほどまでに、エルナの発言は予想外のものだった。


「いや、そんなわけないじゃない。だって、あのイマよ?」


「ナディアの言う通りだ。というか、なんでセーヤ様が警戒してたなんて分かるんだよ。そんな話聞いたことねぇぞ」


「そのセーヤ様に直接確認しんだから間違いないわよ。他の人に言うなって口止めされたのもその時だし」


「……」


 学生時代から飛び抜けた存在であり、今では王国一の力を持つセーヤ・ヘルト。

 エルナの話が真実だとするならば、そんなセーヤが警戒するほどの理由がイマにはあるということになる。

 しかしスカーとナディアの記憶にあるイマからは、その理由を見出すことが全くできない。

 いくら学生時代を振り返っても、思い出せるのは常に周りに流される気弱な姿のみ。


 しかし二人とは違い、エルナには全く違うイマの姿が見えていた。


「まあ実際、私もイマが何かしたとこを見たわけじゃないけど、あの子たまにすごい眼をしてたわよ」


「眼……?」


「ええ、まるでこの世の全てを憎んで、己の悪意を余すことなく込めてるようなそんな眼で、よく睨みつけてたのを覚えてるわ。教師も、クラスメイトも、街の人たちも、セーヤ様や私だって例外じゃなかった。それこそ、誰彼構わず……ね」


 そう話しながら、エルナはかつてのイマの姿を思い出す。

 冷たい眼ではなく、燃え盛るような怒りの熱がやどる眼。

 初めてその恐ろしい眼を見たその日から、エルナにはイマが弱者の皮を被る異質な存在にしか見えなかった。









ーーーーーー








 指令部地下 謎の部屋――



 イースは困惑していた。

 それは地下に用途不明の部屋が存在していたことが理由ではない。

 部屋の床に謎の魔法陣が描かれていたことでもなければ、部屋の隅に損傷の激しい死体(・・)が転がっていたからでもない。


「大丈夫ですか!?」


 部屋に足を踏み入れたその瞬間、目の前でトーヤが頭を抱えながら膝をついたからだ。


「がっ、ぐぅ――!」


 仮面で表情は見えないが、それでもかなりの苦痛を伴っているのが伝わるほどで、異常事態であることは明白だった。

 とはいえ、トーヤがこうなった原因がわからない以上、イースにとれる行動は少ない。

 それも敵を前にした敵地のど真ん中であればなおさら。


 このままではマズい――


 そう考えたイースは、トーヤに寄り添うような形で移動し、その状態でイマへと視線を向ける。

 イースにとってイマという女は、コクマ本部からきたという情報しかない未知数の存在。

 そんなイマがこの状況でどう動くかのか、まず相手の出方を確認しようとするが故のものだった。


 だが、イースの視線がイマのそれと重なったその瞬間、イースは思考が吹き飛ぶほどの衝撃を受ける。


「こんな地下深くにまで虫が湧くか」


 冷たい声、罵倒の言葉、無表情、嫌悪の眼――それらが、イマという女によってイースに向けられたもの。


 指令室でイースが初めて見たイマの姿は、物腰柔らかくどこか気弱そうな印象を感じさせる存在だった。

 この部屋に入った直後も、抱いたのは同じ印象。

 しかし、倒れるトーヤの方へと目を逸らしたほんのわずかな間で、イマは別人と思えるような豹変を果たしていた。

 見た目は何一つ変わらない。ただそれは裏を返せば、まとう雰囲気だけで印象を反転させたということ。


 イマの異常さにイースが思わず後ずさりしてしまったその時、部屋の中で何かが(・・・)光り出す。


 その発光体はイマのすぐ隣におかれていた物あり、同時にイースもよく見知った物だった。


「『遠隔魔導書』――!」


 見た目は何の変哲もない一冊の本だが、それはコクマが独自に開発した魔具の一種。

 遠く離れた位置にいる相手と会話できる魔具であり、イースも学園に通う際、『遠隔魔導書』を用いて任務の報告等を行っていたため、一目でそれが魔具であることを看破する。


 イマはその『遠隔魔導書』を手に取り、イースを前にしながらも気にすることなくページをめくっていく。

 ページをめくるその手を止めたのは、記された魔法陣が光りを放つページ。

 イマがその魔法陣に手を触れると、この場にいない人間の声が流れだす。


『聞こえているか? まずいことになったぞ、イマ』


 それは男の声であり、イースにとって馴染みはないが、覚えのある声だった。


「ええ、聞こえていますよヒューマ(・・・・)さん」


 ヒューマと呼ばれたその男の声に呼応して平然と会話を続けるイマは、まるでトーヤとイースの存在が見えていないかのように振る舞う。


「まずいことというと?」


『囲まれている。おそらく王国の正規軍だ』


「……なるほど、それはまずいですね」


『軍の一部は既に支部内だ。これだけ被害が大きければ、さらに奥深くまで入り込む口実にもなる』


「証拠隠蔽――も、通常の方法では間に合いませんね。時間も人手も足りない。つまり、ナディアは敵の手のひらの上で踊らされたというわけですか」


『となると、コクマの悪事はシール王国から公式に発信され、この国だけでなく世界各国から非難されることになってしまうな』


「それはいけません。コクマとは、世界をより良くするための組織なのですから」


 会話の内容はコクマにとって深刻なもので、トーヤたちミスフィットの狙い通りのもの。

 しかしイマとヒューマの会話はどこか芝居がかっており、焦りの感情は微塵もみてとれない。

 それどころかその様子を見ていたイースには、どこか楽し気にすら感じるほどだった。


『ではどうする?』


「廃棄しましょう」


 一切の迷いも戸惑いもなく、無慈悲に統括支部の未来を決定する言葉が告げられる。


「ですので、ヒューマさんも早めの帰還をお願いします。ああ、あとそれと――犬を一匹、ついでに処分しておいて下さい」


『いいのか? あれは貴重な獣人製造実験の成功作だったはずだが』


「また作ればいいんですよ。時間はいくらでもありますから。それに、ナディアのせいで余計な機能がついてしまったようですし、これもいい機会でしょう」


『たしかにそれもそうか。委細承知した』


 ヒューマが最後にそう告げると、魔法陣は光りを失い、それ以降ヒューマの声が部屋の中に流れることはなくなった。

 

「さて――」


 イマは本を閉じ、改めてイースの方へと顔を向ける。


「こちらも虫の駆除をしておくか」


 先ほどのヒューマとの会話で見せていた丁寧な口調は一変し、明確な殺意を口にするイマ。


 それを受けたイースも慌てて戦闘態勢をとる。しかし――


「っ――!」


 向かい合った、ただそれだけでイースは理解する。

 己とイマの格の違いを。


「フーッ、フーッ、フーッ!」


 イマから発せられるその圧に、イースの呼吸が荒くなっていく。

 イースが人生で最も恐怖した相手であるツエル。

 そんなツエルですらマシに思えるほど、目の前の相手は存在そのものが別次元だった。


「お前は、一体――」


 ほとんど無意識に、イマの正体を問う疑問をイースは口に出す。

 しかしイマはその問いかけに一切反応することなく、イースとの距離を一瞬で詰める。その命を刈り取るために。


 まだトーヤが倒れたままである以上、自身の力のみで切り抜けるしか道はない。

 猛然と迫るイマを相手に、イースは初手から出し惜しみなしで魔法を発動させる。


「その意識は無窮へと囚われる――」


『減速・囚束心(しゅうそくしん)


 相手の動きに加え、意識・思考すら減速させてしまうイースの奥の手ともいえる魔法。

 相手に触れる必要すらなく発動するその魔法により、効果範囲に入ったイマはその動きを止める。


 だが、それはほんの刹那。


 イースは自身の魔法が侵食されるような違和感を感じ取ると、動けないはずのイマが再び動き出す。


「なっ――!?」


 イースは自身の魔法が破られたことに動揺しながらも、一瞬の硬直があったため、イマの攻撃をなんとか避ける。

 攻撃と言っても、イマが行ったのはただその手を伸ばすだけ。

 しかしその攻撃を避けていなければ、伸ばしただけの手によって心臓を貫かれていたことは明白だった。

 イースが避けたことにより、イースの背後にある鋼鉄製の部屋の壁が、イマの手によって貫かれていたのだから。


 動きの速さも、攻撃の威力も、イースが初めて経験する領域のもの。

 そして何によりもイースが恐ろしいと感じたのは、自身の奥の手――『囚束心』が破られたことだった。


 『囚束心』が効果を発揮しなかったのは初めてのことではない。

 学園でトーヤと対峙したときも、理由は不明だが『囚束心』は通用しなかった。

 ただその時とはまったく状況が違うことを、イースは本能で理解する。


 イマには魔法が通用しなかったのではなく、通用したうえで破られたのだと。


 そんなイースの魔法を破ったイマは、少し考え込むような表情で壁に刺さった腕を引き抜くと、すぐに腑に落ちたという表情に変化する。


「ああ、思い出したわ。そういえば何年か前に、あなたみたいなのを作ったんだった(・・・・・・・)


「――――」


 一瞬、イースの時が止まる。


 イマの発したその言葉から、イースは察したのだ。

 この女は己の過去を知っており、なおかつ深く関わっている存在であることを。


「お前が――!」


 この時イースは初めて、コクマと完全に決別することを心に決める。


 信じていた過去は偽物だったのだと、コクマの深部にいるであろう女がその口から告げた。

 であるのならば、ずっと引っかかっていた『恩義』という名のストッパーはもうない。

 コクマの敵として、自身の過去を知るために、偽りを暴いてくれた人達のために。


「知ってることを吐いてもらう」


「できるわけないじゃない。劣化コピーの分際で」


 敵がどれだけ強大であろうと、もはやイースには関係ない。

 命を賭けるだけの理由を見つけたのだから。












 統括支部の攻防は終結へと近づき、ここにきてようやく役者がそろう。


 コクマシール王国統括支部崩壊まで、残り1時間――――



各地の状況


東門 使用人姿の女と剣聖ダルク 戦闘中

西門 王国軍の介入により魔獣の侵攻は沈静化

指令部指令室 インたちミスフィットのメンバーが魔力および体力を回復中

指令部地下廊下 リリーと支部長ウルシュ 戦闘中

指令部地下謎の部屋 トーヤおよびイース 本部からの使者イマと対峙 


ミスフィットおよびコクマの一部メンバーが、指令部へと移動中


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