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偽りの英雄  作者: 考える人
第六章 シール王国統括支部攻防戦
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目を逸らせない

トーヤ視点


 仮面越しで見るそれは、巨大な体躯、鋭く伸びる爪と牙、全身を覆う分厚い獣皮。

 一般的な人類とはかけ離れた特徴を持つ、突如として天井から降ってきた超大型犬。

 おそらく獣人の類か何かだろう。初めて見た。

 さすが違法研究の根城であるコクマ統括支部。

 なんでもありというわけだ。


「まさか……、こんなところまで侵入を許しているとはな」


 あら、しゃべった。


 相当高所から落下したであろうにもかかわらず、平気そうに立ち上がり、俺たちを睨みつける獣人。

 位置的にちょうど指令室の真下であること。

 インたちが支部長と交戦していたことなどから、獣人の正体は支部長である可能性が高いわけだが、


「どうだイース、この話す大型犬に覚えはあるか?」


 イースは俺やリリーと違い、獣人を見てわかりやすく驚愕の表情を浮かべているため、正体を知っている可能性は低いが、念のため心当たりがないかを尋ねる。


「いえ……、統括支部で獣人の話は聞いたことがありません。……ただ、獣人の身に着けている服が、自分が最後に見たウルシュさん――支部長の服装とまったく同じものです」


 となると、この獣人が支部長であることはほぼ確定だな。

 支部長――ウルシュ・サーチスの情報が徹底的に秘匿されていた理由の一つはこれか。


「……どういうことだイース、なぜお前がミスフィットと共に行動している。まさか裏切ったのか?」


 ウルシュ(推定獣人の正体)はイースの姿を目に入れると、唸るような低い声と共に睨みつける。

 慌てて何かを言い返そうとするイースだが、俺はそれを遮って代わりに言葉を返す。


「ああその通りだ。ニセモノの記憶をうえつけた上、非道な行為に手を染めるボスにはもうついていけないってよ」


「っ――」


 軽い挑発のつもりで発した言葉――だったのだが、思いのほかウルシュの動揺が見て取れる。

 あれだけの犯罪行為に手を染めておいて、人並の罪悪感を持ってるのか?


 想像していたウルシュの人物像とかなり隔たりがあることに疑問を覚えるが、とりあえず今は頭の片隅においやる。

 そんなことよりも、今は早急に対処しなければいけないことができたからだ。


「おい、もう少し殺気を抑えろ――リリー」


 ウルシュに目を向けたまま、隣で見なくともわかるほどの圧を放つリリー。

 獣人の正体が支部長のウルシュである可能性が高いとわかった瞬間から、隠しきれないほどの殺気が漏れ出している。


 意外にも、リリーは普段あまり強い嫌悪の感情を持つことはない。

 もちろん、些細なことで声を荒らげることもあれば、不快感を示すこともある。

 ただ、己の快・不快すら享楽の対象となるリリーにとって、何かに対して心の底から嫌悪するということは滅多にない。

 だからこそ、いざ嫌悪を抱いた時の振り切れ方は凄まじく、その嫌悪はすぐさま本気の殺意へと直結する。


 自分の(・・・)国で、好き勝手暴れた黒竜。

 その黒竜が暴れた事件の裏で、糸を引いていたコクマ。

 そしてそのコクマ統括支部の支部長に、リリーの嫌悪が向けられている。


「トーヤ、あなたはイースくんと先に進んでください。このワンちゃんの相手は私一人でやります。次会ったら思う存分やり合いましょうと、約束もしましたから」


 そう言ってリリーは殺気を抑えるどころか、さらに強くして1人でウルシュと戦うことを提案する。

 いや、提案というよりも確定事項を告げただけか。

 話し方こそいつもと変わらないが、その言葉には間違いなく怒りの感情がのっており、冷静さをかなぐり捨てているのがわかる。

 しれっと敵の前で人の名前呼びやがって。


 個人的には、全員で確実に袋叩きにしてから進むのが得策だとは思うのだが――

 そんな俺の考えを察したのか、リリーはこちらを振り向き、仮面を外して(・・・・・・)告げる。


「トーヤ、これは私の戦いです。もし邪魔すると言うのであれば……たとえあなたであろうとも容赦はしませんよ」


 そう言って眼を細めて俺を睨みつけるリリーの表情は、とても味方に向けるものではなかった。

 イースもその表情を見て、ひどく驚愕している。

 敵を前にして仮面を外したということは、その敵を生かすつもりはないという絶対的な意思の表れ。

 わかっちゃいたが、とても説得できそうにない。まあもとより、説得するつもりなんて微塵もないのだが。

 こいつが一度言い出したら、普段の状態であろうと聞いたためしがないわけで。


「あんまり時間かけんなよ。ただでさえ時間押してんだから」


 俺はそれだけ告げて、イースを伴って動き出す。

 イースは困惑しながらも、ちゃんと俺の後をついてきていた。


「みすみす見逃すと思っているのか?」


 ウルシュの隣を抜けようとする俺とイースに対し、当然ながらウルシュは妨害を試みる。

 しかし――


「いいのか? あいつを相手によそ見して」


「なにを――ガッ!?」


 ウルシュがこちらに向けていたその顔に、リリーの蹴りが直撃する。

 宙に浮きながら放たれたその蹴りは、体全身を使った重い一撃。


「浮気はいけませんよ。あなたの相手は私です。私から目を離すことは許しません」


 表情だけを見るならば、高ぶったような笑顔でリリーはそう告げる。


 一方で、蹴りを受けたウルシュは困惑するように目を見開いていた。

 よそ見――とはいうものの、ウルシュは油断してリリーから目を離した訳では無い。

 己とリリーの距離を把握し、リリーが動いたところでどうとでも対処できる――といったように、そこまで計算して俺たちを妨害しようとしたはずだ。

 だが結果として、ウルシュはリリーの接近に反応することすらできず、ノーガードで蹴りを受けた。


 そのためウルシュはリリーに対する警戒度を上げ、リリーの姿を視界から外すことができない。

 その隙に、俺とイースはありがたくウルシュの隣を抜け、奥へと進ませてもらう。





 そうしてウルシュの対処をリリーにまかせ、しばらく進むと――


「あの……、本当にリリーさん一人に任せてよかったんでしょうか?」


 イースが心配そうな声と表情で俺に尋ねてくる。


「大丈夫だろ。さすがのあいつでも、勝算の無い状態で1人で戦うなんて言い出したりは……」


 いやするな、あのリリー(バカ姫)なら。


「……まあ、今回に関しては問題ないはずだ」


 もし仮に、ウルシュが万全の状態でリリーとサシで対峙していたら、正直結果はどうなるか予想がつかない。

 しかし今回ウルシュは天井から落ちてきた時点で、すでにかなりのダメージを負っていた。

 特に酷かったのは足。

 肉が一部えぐれているほどであり、あれでは機動力のほとんどが失われているはずだ。

 そんな状態で、まだ奥の手を残しているリリーに勝てるとは到底思えない。


 それに――


「世の中にはな、心配するだけ損するやつってのがいるもんなんだよ、イース」


「……ああ、なるほど」


 俺の言葉に納得するようにつぶやいたイースだが、なぜかその視線は俺に向けられていた。

 どういうことだコノヤロウ。




















 不意に、身体が凍るような感覚を味わうことがある。


 学園の入学初日、理事長室で理事長のシードックと会った時。

 灰竜に乗って学園にやってきた鬼族のメリダを初めて見た時。

 建国祭の日、シルエに声をかけられた時。

 とある場所で、あの男と出会った時。


 自分のことであるにもかかわらず、まるで自分ではない誰かが酷く動揺しているような、そんな感覚。

 様々なタイミングで襲いかかるそれだが、共通しているのは特定の相手と対峙したときに、それが襲い掛かるということ。

 そしてその特定の相手というのは、種族も性別も様々だが、みな五百年近く生きているという特殊な共通点を持っている。

 それこそ、初代ヘルト家の当主であるオーヤ・ヘルトが生きていたその時代から。


 その事実を偶然と片付けられるほど、楽観的になることはできない。


 初めてそれを感じたのは、幼いころにヘルト家本邸の客間に忍び込んだ時。

 それなりに地位のある家の客間というのは、絵画や宝物といった相手に見栄を張るための品が飾られている。

 もちろんヘルト家も例外ではない。

 多くの絵画が飾られる中で、俺はある一枚の絵から目が離せなかった。


 それはオーヤ・ヘルトの肖像画――ではなく、その隣に飾られた肖像画。

 オーヤ・ヘルトの肖像画と対になるようにして並べられたその絵は、ヘルト家のもう一人の祖を描いたもの。

 オーヤと共に数多の冒険をくりひろげ、共に国を救い、英雄を支えた伴侶として歴史にも名を残す偉大な人物――





「――トーヤ様?」


 不思議そうに尋ねるイースの声。

 その声によって俺は我に返った。


「どうかされたんですか? 扉を前にして急に固まったように見えたんですが……」


 あれからしばらく進み、血の跡をたどって1つの扉の前にたどり着いた俺とイース。

 その扉は魔術的な防御が施された扉ではなかったため、そのまま開けようとしてドアノブに手をかけた時、俺はなぜか昔のことを思い出してしまっていた。


「ああ……、いや、なんでもない。大丈夫だ」


 そう、大丈夫だ。大丈夫なはずなんだ。

 扉を開けることに、なんの躊躇いもあるはずがない。

 なのに、俺の心は警告を発していた。


 開けるな、見るな、引き返せ――と。


 ここまで来ておきながら、このまま中を確認せずに引き返す理由などあるはずがない。

 にもかかわらず、俺の心の奥底で誰かが囁いている。

 常に理詰めで動く俺らしくもないと思いながらも、勘のようなその警告が鳴りやむことはない。


 俺はその警告を抑え込むようにして、ドアノブにかけた手に力を入れた。


 扉が開くと、部屋にともる明かりがまず目に入る。

 ここまで薄暗い地下の廊下を進んできたため、突然の光に目がくらむが、徐々に慣れて視界が鮮明になっていく。

 部屋はそれほど大きくはなく、構造としては指令室と似たような作りで、部屋の中央の床には魔法陣が描かれている。


 しかしそんな部屋の特徴や魔法陣よりも、俺の目はあるものに奪われていた。

 それは部屋の奥で背を向けて立つ一人の女。


 ――カラダガアツイ


 女は扉を開ける音に反応したのか、ゆっくりと振り返り、こちらに目を向ける。


 ――ノドガカワク


 俺は仮面を付けているため、女が俺の顔を確認することは叶わないが、俺はハッキリとその女の顔を見た。


 ――アタマガイタイ


 年は20代くらいだろう。

 見るからにサイズの合わない野暮ったいメガネをかけており、そのメガネに長い前髪がかかっていることからも、どこか気弱そうな印象を抱く……いや、そうじゃない。

 こいつは自身を気弱そうに見せる振る舞いをしているんだ。


 ――テガフルエル


 初めて見る相手。

 知らないはずの相手。


 ――シンゾウガウルサイ


 なのに、俺はこの女を知っている。




「つぅ――――!!!」




 この時、俺の頭に知らないはずの映像が流れ込む。

 知らない光景、知らない人物、知らない知識。

 まるで誰かの一生分の記憶を無理やり詰め込まれるような、そんな感覚。

 脳が焼けるように痛い。


「がっ、ぐぅ――!」



『お前はやっぱ天才だよ』『私の名はメリダ! いずれ世界最強になる鬼だ!』『ここがその教会か?』『またドワーフと勘違いされたのかシードック』『私と一緒に溺れましょう』『君と生きたいと思ったんだ』『救うだなんて傲慢なのよ』『僕たちの力じゃ、あの魔人は倒せない』『お前が貴族になるだなんて、変な感じだな』『ポルーツェ……お前だけは絶対に許さない』『さよなら、メリダ』『もうこれ以上は擁護できないぞ』『貴族となって、あなたは変わってしまった』『それでも僕は、君を助けたい』『勝手なことを言っているのはわかってる。でも、どうか生きていて欲しいんだシルエ。カーグが大罪人になってまで命を繋いだ君には』『私は……変われなかった』


 ――――『どうしてだ、イマ』



 止めることのできない記憶の奔流に耐えきれず、俺は頭を抑えて膝をつく。

 この覚えのない記憶の正体は一体何なのか……、きっと、もうわかっている。

 

 ずっと前から予兆はあった。

 身体が凍るような感覚もその一つだ。

 幼いころから容姿が大きく変わったこと。

 メリダが俺をかつての友と間違えたこと。

 魔人のカーライが、俺をその名(・・・)で呼んだこと。


 見えないフリをしていた。

 しかし、もう目を逸らせない。

 認めるしかない。




 これは――――オーヤ・ヘルトの記憶だ。



















 オーヤ・ヘルトと共に数多の冒険をくりひろげ、国を救い、英雄を支えた伴侶として歴史にも名を残す偉大な人物――



 ――その名は『イマ・ヘルト』。英雄家と名高いヘルト家の礎を築いた、初代当主オーヤ・ヘルトの妻である。


『英雄家物語より抜粋』


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