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偽りの英雄  作者: 考える人
第六章 シール王国統括支部攻防戦
145/158

転んだら――



 統括支部指令室――


 ミスフィット vs 支部長ウルシュ



 あとはお前だけだ――そう言わんばかりに睨みつけてくるウルシュを見ながら、インは自身の置かれた状況を正確に把握しようと努める。


 壁に叩きつけられたソフィーは意識こそあるものの、肉体的に限界で戦力として数えるのは難しい。

 投石攻撃を受けたラシェルは相変わらず姿が見えず、気絶してもしばらくの間は自動(オート)で精霊魔法が発動するため、意識の有無は不明。

 蹴り飛ばされたフーバーはうつぶせで倒れたまま動かない。


 一方で目の前には、いくら攻撃を受けても倒れない狼人間。

 援軍の可能性がないわけではないが、目の前の敵がそれを悠長に待ってくれるはずもない。


「考えれば考えるほど絶望的ね。はあ……、帰ってナイフを磨きたい」


 インは愚痴るようにそうこぼすと、隠していた3本のナイフを取り出し、そのうち2本を予備動作なしでウルシュへと投げつける。

 それに対してウルシュは一瞬身構えるも、わざわざ避けるまでもなく、ナイフは1本ずつウルシュの左右にズレ、後方の床へと突き刺さった。


「もはや狙いを付ける力も残っていないか」


 ウルシュのその言葉通り、指令室への侵入当初に見せたインの正確な投擲は見る影もなく、それどころか投擲後の勢いを踏ん張ることすらできず、前のめりに倒れてしまう。

 手に持っていたナイフを床に突き刺し、それを支えになんとか立ち上がろうとするインの姿は、誰がどう見ても限界だった。


「お前たちの負けだ。もう抗うな。そうすれば楽に殺してやる」


 インたちに対して勝利宣言と死刑宣告を同時につげるウルシュ。

 しかしそれを聞いたインは絶望するのではなく、むしろバカにするような笑みを浮かべる。


「はっ、なによそれ、まさか優しさのつもり? 地獄ですら生温(なまぬる)い獣に慈悲をかけられるとか、殺される前に笑い死にするんですけど」


「……知っているとも。俺がどれだけ滑稽か、それは俺が一番よく知っている。多くの人間の訪れるはずだった未来を奪い、歪めながら、自分はその幸せな未来を望んでいるのだから」


 一歩、ウルシュがインへと近づく。


「自覚があってそれとか、なおさら救えないわね。現状を変えようともせず、かといって振り切ることもできない。全部が中途半端な私の一番嫌いなタイプだわ」


「救われたいと思ったはない。もちろん、不特定多数の人間に好かれたいとも思わない」


 さらに一歩、ウルシュがインへと近づく。


「アハハ、何言っても響かないなんてもはや無敵じゃん。体だけじゃなくて心臓まで剛毛性とか」


「……もういいだろう。おしゃべりはここまでだ」


 さらにもう一歩、ウルシュがインへと近づいた――――その時、インは挑発するような笑みではなく、心からの本気の笑みを浮かべる。


「ええそうね。もう十分よ。だって、おしゃべりの目的は達成したもの。ああそれと、さっきまでの内容は忘れていいわ。全部適当に脳みそ使わず話した言葉だから」


「なに――?」


「私、常に楽しいことだけ考えて生きていきたいタイプの人間なのよね。どうやってお金を手に入れようとか、そのお金でどんなナイフを買おうとか。だから、腹立つ奴とか相容れない奴、嫌いな奴のこと考えて、なおかつそれをわざわざ相手に伝えるとか、人生にとって時間の無駄でしかないわけよ」


 ウルシュは歩みを進めていた足を止め、インの発言の真意について思考する。 

 しかしどれだけ考えてみても、ここからインたちの打てる逆転の手は存在しない。

 絶体絶命の状況にもかかわらず、インのその態度はどこか余裕すら感じられるものだった。


「え? じゃあなんでこんな話したのかって? そんなの決まってるじゃない。もちろん――」


「時間稼ぎ、だよね~」


「――!?」


 自身のすぐ背後から聞こえてきたその声に、ウルシュは驚きを隠すことなく振り返る。

 そこには、額から少なくない量の血を流した(ソフィー)がいた。距離は既に拳が届く間合い。


 なぜこれほど接近されるまで気づけなかった――?


 一瞬ウルシュの頭にそんな疑問が浮かぶが、考えるまでもなく答えはハッキリしている。

 ソフィーの背後、その背に触れるようにしてラシェルがいた。

 ラシェルもまた、ソフィーほどではないが、体の複数個所から血を流している。


「クソっ――!!」


 ウルシュは幻術魔法を使うラシェルを最も警戒していた。

 臭いで常にその位置を把握し、定期的に視線も送ることで、己の認識に間違いがないことを確認していた。

 にもかかわらず欺かれたことに、ウルシュは思わず苛立ちを覚える。


 原因は明らか――インから告げられた言葉に、平気なフリをしながらも、ウルシュは確かに動揺していたのだ。

 そのわずかに生まれた隙を、ラシェルは見逃さなかった。

 相手の嘘を見抜けるラシェルには、自分を騙そうとする嘘すら通用しない。


 接近を許してしまったウルシュはソフィーへと拳を向けるが、ソフィーは今までのように殴り返してくることはなく、ウルシュの拳を避けてその懐に入り込む。

 するとそのまま伸びきったウルシュの腕を、体で抱え込むようにして掴んだ。絶対に離さないと言わんばかりに。


 まるで足止めしようとするかのようなソフィーの行動に、意図がわからず疑問を覚えるウルシュだったが、その瞬間インが叫ぶ。


「今よ!!!」


 それは明らかな攻撃の合図。

 しかしウルシュにはわからなかった。

 それが誰に向けられた合図なのか。


 ソフィーは自身の腕を掴んでいる。

 ラシェルはソフィーの少し背後にいて、視覚的にも嗅覚的にもそこにいるのは間違いない。

 フーバーは相変わらず倒れたまま動かず、インは少し離れた位置。

 ここから決定的な攻撃を自身に加えられるものがいるとは到底思えなかった。

 新しく援護に入ってきた人間がいるのならば、部屋に入った時点でわかる。

 臭いは確かに5人分だけ――


「5人――?」


 そこまで考えて、ウルシュは違和感に気づく。

 そしてその違和感に気づいたと同時に、自身の足にくるくるとしたくせ毛が特徴的な少女――それこそ年齢がまだ二桁にも達していなさそうな少女が、しがみついていることに気づいた。


「やっと私の出番! 『死んだフリするのあきたよー!』」


 おかしな話し方をする少女。

 仲間からシルエと呼ばれていた少女。

 それはウルシュが腹部を貫き、殺したはずの少女。

 そんな少女が、動いて、話して、傷は何事もなかったかのように塞がっている。


 しかしウルシュが何よりも驚いたのは、今までシルエの存在を完全に忘れていたことだ。

 殺したと確信し、意識の外に置いていたわけではない。

 そもそも殺したこと自体を、ウルシュは忘れていたのだ。

 まるでシルエに関連する部分のみ、記憶に穴が開いたように。


「な――」


 様々な疑問が混ざり合って漏れる『なぜ』の二文字。

 ウルシュがその二文字を言い切るよりも速く、ソフィーはウルシュの腕を離してラシェルと共に距離を取り、足にしがみついていたシルエの体が白く光り出す。

 それを見たウルシュはこれから何が起こるのか瞬時に理解しつつも、そこからとれる策は何一つとしてなかった。


『空破』


 けたたましい音と共に、シルエの体を中心として爆発が起こる。


「ぐうっ!!」


 刃物で切られるようなするどい痛みと、火であぶられるような熱さが、断続的にウルシュの足を襲う。

 爆発がおさまり視界が晴れると、シルエの姿はなく、ウルシュの足はえぐられるように傷ついていた。

 片足がやられたことで、ウルシュの機動力はほぼゼロにまで下がる。


 しかしウルシュが想像していたよりも、その爆発の被害は小さかった。

 裏を返せば、空破をまともに受けたにもかかわらず、片足で済んだともいえるのだから。


「仲間を巻き込まぬよう威力を抑えたか……」


 そう判断したウルシュは、実際にシルエの仲間の様子を確認しようと辺りを見渡す。

 ソフィー、ラシェル、フーバーの三人がその視界に入る中、インの姿だけがどこにもなかった。


「どこだ!?」


 今さら逃げたとは思えない。

 ウルシュは嗅覚を働かせてインの位置を探ると、臭いの発生源はすぐ近くであることに気づく。


「上か!!」


 勢いよくウルシュが天井を見上げると、そこにインはいた。


「残りの魔力、全部くれてやるわ。私、実はけっこう重い女なのよね」


 インは力強く天井を蹴り、ウルシュに向かって落下する。


加加(かか)加重蹴斗(かじゅうしゅうと)


 尽きかけている魔力を全て使い、自身の体に加重効果と身体強化を施したイン。

 足をやられたウルシュにそれを避ける余裕はない。

 全ての勢いを余すことなく足に集約させたインの蹴りを、ウルシュは腕でガードするように受ける。


「らあああああ!!!」


「つぅ――!」


 最初の攻防の時とは違い、お互い万全な状態ではないものの、残りの力を振り絞るようにぶつかり合う。

 

 耐えきれる――――


 ぶつかり合う中で、そう確信したのはウルシュだった。

 踏ん張るための片足が使い物にならないとはいえ、インの蹴りも最初ほどの威力はない。


 このまま耐えきり、攻撃の勢いを完全に殺したところでとどめを刺す――


 そう次の攻撃の算段を立てていたウルシュ。

 しかしそんなウルシュを、突如として謎の浮遊感(・・・)が襲う。


「は――?」


 ウルシュは最初、何が起きているのかわからなかった。

 まるで足元がなくなったかのような感覚に襲われ、思わず自身が足を付けているはずの床を見る。

 するとその視線の先には、地下深く伸びる穴があった。


 なくなったように感じたのではない。

 本当に、ウルシュが先ほどまで足を付けていた床がなくなっていたのだ。


「バカな!?」


 地下と直接つながる指令室の床は、多少の攻撃を受けたところで抜けるような強度ではない。

 だとすれば、この現象を引き起こした人間がいるはず。

 そう考えたウルシュの視線は、唯一ずっと動きを見せていなかったフーバーへと向けられる。

 すると案の定、フーバーは倒れて床に手をついたままの状態ながらも、落ちていくウルシュを見て嘲笑うような表情を浮かべていた。



 フーバーのメイン――『分解』。

 手のひらで触れた物を粒子レベルにまで分解するという、非常に強力で攻撃性の高い魔法だが、その使用にはかなり制限が多い。

 それは、『分解』が人体のみを対象に特化しているということである。

 分解対象が人の肉体であれば、触れた瞬間に分解できるほど素早く効果を発揮するのだが、人体以外の場合、その魔法は分解能力および分解する速さ共に格段と性能が下がってしまう。

 そんなピーキーな特徴を持つ理由として、裏社会で育ったフーバーの生い立ちが大きく影響していること。さらには、フーバーが魔法を論理的にではなく、なんとなく(・・・・・)で使用しているということがあげられる。

 それら二つの理由により、『人体=脆く崩れやすいもの』というフーバーの強い思い込みが、使用する魔法に『人体特化』という大きな影響を与えていた。


 しかし時間さえかければ今回のように、少し離れた位置の床をピンポイントで、粒子レベルとまではいかずとも、物体を崩れやすい状態にできる力を持つ。


 もちろんそんなことをウルシュが知るはずもないのだが、ウルシュはほくそ笑むフーバーを見て、床崩壊の原因がフーバーにあることを察する。

 そうして崩壊の原因そのものは把握することができたウルシュだが、ただそれだけではまだ、ウルシュが抱いた疑問の全てに答えを得たわけではない。


 この崩壊におけるウルシュの一番の疑問――それは、なぜミスフィットの構成員全員が、自身を落下させる正確な位置を細かく共有できたのかということだ。

 床が崩壊しているのは、ウルシュが足を付けていた地点のみ。

 つまり、インたちは初めから崩壊させるポイントを決めており、なおかつそれを全員が把握していたということになる。


 なぜだ――?


 ウルシュは自身の体が沈んでいくのをスローモーションのように感じながら、疑問の答えにたどり着くための考えをめぐらせる。

 なにか、合図のようなものがなかったか。

 なにか、不自然な行動がなかったか。

 一連の流れを思い出しながら、自分でも信じられないほど思考を加速させ、そして答えに至る。


「――ナイフか」


「ご明察」


 たどり着いた答えに、笑いながら肯定するイン。

 先ほどインが懐から取り出した三本のナイフ。

 そのうち二本はウルシュに向かって投擲され、残りの一本はその足元に刺された。

 しかし、その行動の両方がインによるブラフ。


 床に刺された三本のナイフ。

 その三点を繋げてできる三角形の中点――それこそが、ウルシュの立っていた場所だった。


 それに気づいたウルシュは、インたちミスフィットが絶望的な状況に陥ったその直後から、誰一人として諦めることなく反撃の準備に入っていたことを理解する。


 自身を支えられないほどの疲労も、攻撃を受けて倒れたまま動かなかったことも、罵るような言葉も、その全てがウルシュを欺くための演技だったのだ。


「どいつもこいつも――!」


「『転んだら起き上がる前に相手の足を引っ張れ』――どう? 最低でしょ? それがうちのリーダーのモットーよ。ほら、組織ってリーダーによって色が変わるって言うじゃない?」


 勝ち誇ったような笑みを浮かべながら、落下していくウルシュを見下すようにして告げるイン。

 落下に抗うことのできないウルシュには、その憎たらしい表情が少しずつ遠くなっていくのを、浮遊感に身を任せながら、ただ睨みつけることしかできなかった。










 ウルシュを強制退場させることで、戦闘を終わらせることに成功したインたち。

 まだ敵地のど真ん中ではあるものの、目の前の危機が去ったことに重圧から解放され、全員が同じタイミングで崩れるように腰を下ろす。


「あ~~~~~、しんどっ!!! もう魔力も体力もすっからかんだわ」


「私も~、疲れたよ~~~」


「やべえって、これぜってぇ折れてるって」


「まさか支部長一人にここまで消耗させられるなんて、完全に想定外ね。少し回復してからじゃないと動けそうもないし」


 イン、ソフィー、フーバー、ラシェルが思い思いに愚痴をこぼす中、一人の少女が不満気な表情で四人に近づく。


「ちょっと! 『空破』は使わないって話だったじゃん! 『あれすごく痛いんだから!』」


 それはウルシュに腹部を貫かれ、さらには『空破』で自爆したはずのシルエだった。

 怒鳴るようにしてインたちに文句を言うシルエの体には、かすり傷一つ存在していない。


「仕方ないじゃない。相手が相手だったんだし。不死の命(・・・・)なんてリンゴ三個分の私の体重より軽いんだから、使い捨ててなんぼよ」


「倫理観壊れすぎでしょ。というかあんたさっき自分で重い女だとか言ってたじゃない」


「うるさい恋愛激重女」


「殺すぞ」


「もう~~! インもラシェルも喧嘩してないで私の話を聞いてよー! 『私のこと無視しないでよー!』」


「わかったわかった。後でなんでも好きな物買ってあげるから………………トーヤ様が」


「ほんと!? 『やったー!』」


「知らねぇぞ。そんな勝手なこと言ってトーヤ様にキレられても」


「大丈夫。このラインならまだトーヤ様はキレないわ。精々私が参加しない飲み会の幹事をさせられるくらいよ」


「さすが、頻繁に怒らせてる人間は言葉の重みが違うわね」


 体力と魔力の回復に努めつつ、会話に興じるインたちだったが、ソフィーだけはその会話に混ざらず、ウルシュが落ちていった穴をジッと見つめていた。

 それに気づいたインがソフィーに声をかける。


「何見てるのよソフィー」


「ん~~、今さらだけど、地下に落としちゃってよかったのかな~って思って~。トーヤくんたちも今は地下にいるだろうし~、鉢合わせたりしたらまずいんじゃないかな~」


「大丈夫、その心配はないわ。手に入れた設計図通りなら、指令室の下は何もない(・・・・)はずだから」


「むしろ心配すべきは狼人間(支部長)が這い上がってこないかだよなぁ。一応かなり地下深くまで落としたつもりだけどよお」


「もし万が一にもトーヤ様と鉢合わせるようなことがあったら、『自分の不手際で上司に尻拭いさせるとか、俺なら恥ずかしくて腹切るか給料全額返納するけどな~。いや、別に強制してるわけじゃないけど、反省する気持ちがあるなら取るべき行動は決まってくるよな~』ってとか言っていびられそうだわ」


 そう言って少し大げさなトーヤのモノマネをインが披露し、どこか楽観的な空気が流れる一方――――

















 ――指令部地下 トーヤside



「あらあら、急に天井が崩れたかと思えば、大きなワンちゃんが落ちてきましたね」


「この崩れ方、間違いなくフーバー(あいつ)の魔法だな。ったく、尻拭いを報告連絡相談もなしに上司に押し付けるとか、不敬すぎてドン引きだわ。あいつら後でいびり倒してやる」


 ウルシュが落下したその場所は、地下を進むトーヤたちの行く手をちょうど遮る位置。

 インたちの予想は大きく外れ、トーヤたちはウルシュと正面から対峙していた。



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