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偽りの英雄  作者: 考える人
第六章 シール王国統括支部攻防戦
144/158

190戦目



「ねえ、あんたってさ、セーヤ様のこと好きでしょ」


「ぶふっ!? な、なにを――!?」


「いやいや、入学式であれだけガン見しといて誤魔化すのは無理でしょ。セーヤ様もちょっと気まずそうにしてたし」


「え、嘘……」


 確かに何度か目をやった記憶はある。

 しかしガン見と言われるほど見つめていた自覚は少女にはなかった。それも本人に気づかれてしまうほど。

 故に少女は焦る。このことが原因で、入学早々嫌われてしまってはどうしようかと。


 しかしそんな少女の不安を消し飛ばすように、まだ名も知らぬクラスメイトが笑いながら言葉を投げかけた。


「安心しなさい。私がちゃんとフォローしておいてあげたから。『あの子はセーヤ様の鼻毛が出ていたのが気になってガン見してたんですよ』ってね」


「……」


 このとき少女は、人生で初めて殺意という感情に目覚めることになる。


「あ、私はエルナって言うの。4年間よろしくね」


 少女は顔が引きつりそうになるのをなんとか耐えながら、エルナと名乗ったクラスメイトに笑顔を向ける。


「私はナディアよ。よろしく」


 笑顔と笑顔の自己紹介にもかかわらず、人生で最悪と言っていい部類の出会い。


 しかしそんな出会いも、時が過ぎれば忘れられない青春の1ページとなり、かけがえのない思い出に変わる。

 もう二度と戻れないからこそ、色あせることなく輝く学園での日々が彼女たちにはあった。








ーーーーーー








 指令部 入り口前広場――



 コクマの所属でなければ、ミスフィットのメンバーでもなく、王国軍の人間でもない。

 この場において異質な存在であるエルナが、どこか悲し気な表情でナディアと向かい合う。


 そんなエルナに対し、最初に問いかけを投げたのは、傍で膝をついて倒れていたスカーだった。


「エルナ! お前どうしてここに!?」


 スカーの言葉を受けたエルナは、ナディアに向けていた視線をスカーへと向ける。

 しかしその表情に先ほどまでの真剣さは微塵もなく、半目状態で嫌悪の感情を隠すことなくスカーにぶつけていた。


「あー、えー、どこのどなたかは存じませんが、ナディア相手に手も足も出ないクソザコは離れて隠れていた方が身のためではなくて?」


「…………学生時代から気づいちゃいたが、お前ほんとに俺のこと嫌いだよな」


 異様な状況かつ久しぶりの再会にもかかわらず、学生時代となんら変わることのない態度を己に向けるエルナに対し、スカーは思わず苦笑いを浮かべる。


「みんながみんな本気で高め合う中で、一人だけ達観しながら一歩引くような態度のやつを好きになるわけないでしょ。いやどなたかは存じませんけど」


「ほんと、よく見てるなぁ人のこと」


「いいからさっさと尻尾巻いて逃げなさい。言っとくけどこれは貸しだから。そこは逃げずにちゃんと返しなさいよ」


「へいへい、ならお言葉に甘えさせてもらいましょうかね」


 そう言ってスカーは立ち上がり、体を引きずるようにしてその場から離れていく。


「さてと、待たせたわね」


「ほんとにね」


 スカーが離れていくのを見送ったエルナは、改めてナディアと正面から向き合う。

 一方のナディアも、苦し気な笑顔を浮かべながら、それでも逸らすことなくエルナに目を向ける。

 もとはスカーを追っていたナディアだったが、もはやナディアの目にはエルナしか映っておらず、逃げるスカーを追う素振りすら見せない。

 この時のナディアはスカーへの怒りを忘れ、その複雑な感情が全てエルナに向けられていたからだ。


「……この際、どうやってここに来たのかは聞かないわ。だから、私が聞くのは1つだけ。ねえエルナ、あなたは何をしにここに来たの?」


 『どのように』ではなく、『なぜ』を問うナディア。

 その問いに対し、エルナは笑いながら答える。


「何しにって、友人に会いに来ることに理由が必要?」


「ええ、必要よ。だってあなたは学園の教師で、私は統括支部の副支部長。お互い立場がある身だもの。いつまでも学生時代と同じじゃいられないでしょ」


「……そうかもね。でも、その友人が犯罪に加担していると知ったら、立場なんて無視してぶん殴ってやるのが友人じゃない?」


「っ――!」


 犯罪に加担している――その言葉により、ナディアはエルナが全てを知ってここにいることを理解する。


「やっぱり、知ってたのね」


「じゃなきゃ来ないし、スカー(あいつ)を助けたりしないわよ」


「わざわざ来てもらって悪いけど、素直に殴られるつもりはないし、止まるつもりもないから。あの人と約束したもの、一緒に地獄へ落ちるって」


「あの人って、前に話してくれた内縁の夫ってやつ? 友情より愛をとるってことか。寂しい話ね。いいわ、なら久しぶりにケンカしましょう。前に飲みに行く約束をすっぽかされたこと、まだ根に持ってるから」


 エルナのその言葉を最後に、二人の魔力が急激に上昇していく。

 かつて学園で何度も模擬戦を重ねた二人。

 しかしその模擬戦はあくまで訓練として、お互いを高め合うためのもの。

 こうして命すらかけた戦いに挑む未来を、二人が想像できたはずもなかった。

 変わってしまった二人の立場と関係を改めて思いながら、エルナとナディアはぶつかり合う。


『禍水瀑布――向』


 先制したのはナディア。

 小手調べというにはあまりにも威力の高い魔法を放つ。


 そんなナディアの魔法を、エルナは左右に分かれて(・・・・・・・)避ける。


現身(うつしみ)


 新たに現れたのはエルナとまったく同じ顔、同じ体、同じ姿をした存在。

 もちろんそれはエルナの魔法によるもの。

 エルナの魔法をよく知っているナディアは、目の前で親友が二人になったのを見ても、慌てることはなく冷静さを保つ。


「さっそく出してきたわね、分身を(・・・)


 ナディアは左右に分かれた二人のエルナを見据える。


「さて、どっちが本物かしら」


『禍水瀑布――向』


 ナディアは両手をそれぞれ左右のエルナに向け、魔法を放つ。

 距離もあったため、それは当然のように避けられたのだが、その避け方を見てナディアは瞬時に判断を下す。


「左ね」


「――やっぱりバレるか」


 ナディアから見て左側に逃げたエルナが、悔しそうに笑みを浮かべる。



 エルナのメインは、大量の魔力によって自分の分身を生み出すというもの。

 見た目はまったく同じで、感知魔法でも本物を見分けるのは困難であるため、相手を撹乱(かくらん)させながら戦うのが、エルナの基本的な戦闘スタイル。

 しかしこの魔法には問題点があり、それは分身が自動(オート)で動くわけではなく、エルナによる手動(マニュアル)で動くということ。

 つまり相手を撹乱させるためには、エルナ自身も動き回りつつ、分身が本物に見えるよう操作しなければならない。


 実際エルナは分身に自然な動きをさせることに苦労し、学生時代に行った猛特訓によって、本物と見分けがつかない精度で操ることが可能となったという過去がある。

 そのため、本物と分身を見分けるのは容易なことではないのだが、今回の相手はエルナの猛特訓に誰よりも協力した人間だった。


「動きの癖や、わかりやすい仕草を一緒に見て考えて、誰よりも相談に乗ったのは私なのよ。わからないわけがないじゃない」


「じゃあこれはどうかしら?」


 挑発するようにエルナが言うと、右に逃げていた分身が消え、残った左のエルナがまた二人になり、左右に分かれて動く。


「……左は動き出しにわずかな違和感があった。右は視線をわずかにもう一人の自分に向けながら移動している。つまり本物は右――と思わせてこれはブラフ。本物は左よ」


『禍水瀑布――渦巻(うずまき)


 ナディアは本物だと断定した左のエルナに対し魔法を放つ。

 渦巻き状に回転しながら敵に迫るその魔法は、ナディアが使用する魔法の中でもっとも避けにくく、切断効果も伴う魔法。

 広範囲に不規則な回転で迫る軌道は読みにくく、簡単に避けられるものではないのだが、エルナは冷静に最小限の動きだけでその魔法を避けてみせる。


「相手の魔法のことを知っているのはお互い様でしょ」


「そうだったわね」


 お互いのことをよく知るからこそ、お互い相手への攻撃が決まらない。

 そんな中でエルナが次の手を打つ。


 既にナディアから偽物だと看破された分身――それが一気にナディアとの距離を詰めるように走り出す。


「っ!!」


 ただしこれもまた、ナディアは経験からエルナの狙いを理解したため、魔法を用いた防御態勢に入る。


『禍水瀑布――水円壁(すいえんへき)


 それは相手へ放つ魔法ではなく、自分を守るための魔法。

 膨大な質量の水がナディアを中心に円状となって広がり、その姿を覆い隠す。


 一方でエルナの分身はかまわず距離を詰め、ナディアを守る水壁に触れた瞬間、分身体は白く光り出し、けたたましい音と共に爆ぜた(・・・)


『偽・空破』


 分身が起こした爆発は、ナディアを囲んでいた水を全て吹き飛ばし、その姿をあらわにする。

 勢いはそれだけにとどまらず、ナディアが発動していた防御魔法すら破壊し、ナディアを数歩分だけ後ずさりさせたところで、やっとその勢いが相殺される。



 『空破』――それは自身の命を引き換えとする自爆技であり、魔人のような不死でもない限り、一生に一度だけ使うことのできる魔法。

 威力は高いがその性質上、禁忌とされている魔法の一種でもある。

 しかしエルナは限りなく本物に近い分身を生み出せるため、その分身を犠牲にすることで、疑似的な『空破』を発動することができる。

 もちろん発動者本人であるエルナに、爆破による肉体的フィードバックはなく、デメリットととしては魔力消費が大きいというもの。

 そのため、エルナが『空破』を発動できるのは、短時間では三度のみ。


 スカーを助ける際に一度発動しているため、エルナの切り札ともいえる疑似的な『空破』を使えるのはあと一度だけ。


 だからこそナディアは考える。

 虎の子の1回――エルナはここぞという場面で使ってくるはずだと。


 しかしそんなナディアの読みは、大きく外れることになる。


『現身』


 空破を発動した直後に、エルナはまた分身を生み出し、あろうことかその分身をナディアのもとへと走り出させた。


「嘘でしょ!?」


 二度続けての『空破』。

 完全に頭になかったエルナの手に、ナディアの対応が一瞬遅れる。


『水壁十字』


 先ほどと同じ魔法では防げないと判断したナディアが選択したのは、自身を全方向から守る魔法ではなく、エルナの分身が近づいてくる一点のみを守る魔法。

 水の壁を縦と横に重ね掛けるようにして、『空破』を防ごうとするナディアだが、発動が間に合わなかったことにより、得意の大質量を伴う『禍水瀑布』は発動できない。

 当然ながらそれで完全に防げるほど、『空破』の威力は半端なものではなかった。


『偽・空破』


 エルナの分身が水壁に触れると白く光り出し、爆音と共に爆ぜる。

 先ほどと同じような二度目の爆発に、ナディアの水壁は簡単に吹き飛ばされ、勢いを殺しきれずナディア自身も爆風で転がるように吹き飛んでいく。


「ぐぅ――!」


 数メートルほど後方で止まり、意識が飛びそうになる中で、なんとか立ち上がるナディア。

 立ち上がると同時に、本物のエルナがいた場所に目を向けるが、そこにエルナはいない。


「どこに――」


 ナディアが勢いよく背後を振り返ると、自身の懐に入り込むようにしてエルナがそこにいた。

 『空破』によってナディアがエルナから目を離した一瞬の隙をついて、手を伸ばせば触れられる距離まで肉薄していたエルナ。

 そんなナディアは拳を握り締め、身体強化魔法を発動する。


 それを受けてナディアも拳に握りしめ、同じように身体強化魔法を発動する。

 この距離であれば水魔法を使うよりも、自身で殴り掛かる方が早いという考えからの選択。

 その上、ナディアには一つの確信があった。


(このタイミングで同時に拳を打ち合うなら、確実に私のほうが速い!)


 これもまた、エルナと何度も模擬戦を行ったことによる経験からの確信。


「ナディア!!!」


「エルナ!!!」


 気持ちが昂ることで、お互いの名を叫ぶ二人。

 今だ二人には、どうして自分たちが戦うことになっているのかという迷いが存在している。

 もっといい方法はなかったのか、どこかでお互い別の道を選べなかったのか。

 簡単に割り切れてしまうほど、二人の仲は軽いものではない。


 だからこそ、二人はそんな迷いや葛藤も全て拳にのせ、その手を伸ばす。まるで全てを振り払うとするかのように。



「かっ……は――!」



 二人の拳が同時に繰り出された結果、先にその拳が相手の体へと到達したのはエルナだった。


「っつ、う――」


 肩に当たって振り切られたその拳は、ナディアの体を揺らし、脳を揺らす。


「……Sクラス(バカども)の相手をしてるせいで、(なま)るどころか学生時代より体がキレてるのよ。普段アホみたいに苦しめられながら、それが土壇場で私を救うんだから……皮肉な話よね」


 そんな独り言のようなエルナのつぶやきが、遠くなる意識の中でナディアの頭に残る。


「私の17敗目かぁ……」


 最後にそうつぶやくと、ナディアは意識を失い、あおむけの状態で地面に倒れる。

 エルナは倒れたナディアの隣に腰を下ろし、優しい笑顔を浮かべて告げた。


「たいしたことないでしょその程度。私はあんたに173敗してるんだから」


 既に意識はなく、ナディアにエルナの声はもう届いていない。

 しかしエルナには、ナディアがわずかに笑っているように見えた――



 もちろんそれは気のせいで、気絶しているナディアが笑うはずがない。

 それでも確かにエルナにはそう見えたのだ。

 いつでも、どこにいても、なにがあっても、無邪気に笑えたかつてのあの頃と同じように。


「……たいがい私も未練がましいわね」




 指令部 入り口前広場の戦い


 ――エルナ・キュフナーの勝利



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