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偽りの英雄  作者: 考える人
第六章 シール王国統括支部攻防戦
143/158

死ねない理由

少しだけトーヤ視点



 たった一体で国を滅ぼせる化け物が、両手で数えられる限界の数まで存在する。

 そんな悪夢のような光景が広がるなか、リリーは今にも怒りを爆発させそうな表情で俺に尋ねた。


「これが、シール王国の統括支部だけ(・・)で見られるものだと考えるのは、楽観的だと思いますか?」


「今の時点ではなんとも言えねえな」


「なら、ここにいる全ての黒竜を今すぐ駆除することは可能だと思いますか?」


「気持ちはわかるがちょっと落ち着け。下手に手をだせば黒竜が解き放たれるリスクだってあるんだぞ」


 魔力を限界まで搾り取られ、ほぼ全身を金属製の拘束具で拘束され、さらに鎮静剤の類だと思われる液体が絶えず体内に注ぎ込まれている。

 黒竜を無力化するために、これほどの対策が施されていることを考えれば、何もわからない状態で黒竜の処分を試みるのは悪手だ。

 現時点での最優先事項は、ここにいる黒竜を解放させないことに変わってしまったのだから。


 ただそんな言葉ではリリーの怒りは収まらないようで、割と見たことのないレベルでキレている。

 しかし、しばらくするとリリーは目を閉じ、大きく一度深呼吸をし終えると、少し冷静さを取り戻したように見えた。

 それを見た俺は、ひとまず爆発する心配はないなと安堵する。

 他のメンバーならある程度コントロールできるが、リリー(こいつ)だけはマジでどう動くか予想できないため、極力目を離すことができない。


「あの、トーヤ様……」


 それは非常に控えめな声だった。

 唯一この場で状況を飲み込めていないイースが、縋るような表情で俺に説明を求めてくる。

 申し訳ないが、ここで黒竜に関して詳しく説明している余裕はない。

 というより、たった今なくなったというのが正しいか。


「悪いイース、説明は後だ。今はとにかく少しでも情報を――」


 黒竜がここに存在していることで、デクルト山での事件の裏にコクマが関わっていたことは決定的だ。

 そのため調べたい情報はいくらでもある。

 転換が必須になったここからの方針を素早く決めるためにも、急いで部屋の中で情報を集めようとしたその時、俺の目にあるものがとまった。


「トーヤ? どうしました?」


 俺の視界の先に映るのは、部屋の奥にある何の変哲もないただの扉。

 魔術的に強化された今までに何度も見た扉だが、問題はそこに(・・・)扉があるということだった。


「なあリリー、この部屋の奥に別の部屋とかってあったか?」


「何言ってるんですか? 事前に入手した設計図で、この部屋はどの部屋にも繋がっていないことは確認済み――」


 俺の問いに答えていたリリーは、俺と同じように扉を視界に入れると、言葉の続きを詰まらせる。


「まだ何かあるぞ」


 現時点でこちらの想定を大きく超えているコクマの秘匿してきた真実。

 しかし設計図にすら記されていないその扉の存在は、まだ隠している何かがあることを示している。

 そしてそれを証明するかの如く、この部屋に入るときにあった血痕が、その扉の奥へと続いていた。


 誰かがいる。


 それも一人ではなく二人。

 一人は当然この血を流している張本人だが、残った血の跡を見るに、誰かに引っ張られたような痕跡が残っている。

 つまりそれは、血を流した誰かをまったく気遣うことなく引きずり回した人物がいるということだ。


「先ほども言いましたが、指令室に侵入したとき、支部長と副支部長の存在は確認しましたよ」


 となると、地下へ入れる権限を考えた時、幹部以上副支部長以下の誰かだと考えられる、が――


「イース、幹部連中は統括支部全体に散らばってて、この建物内にはいないはずだよな?」


「え、あ、はい、そうだと思います。それもあって、指揮を執る人間がいないことでナディアさんが悩んでましたから」


 その言葉を信じるなら、扉の先にはこちらの把握できていない誰かがいることになる。

 少なくとも俺たちは、今日の作戦を決行する2週間以上前から統括支部を監視していた。

 地下に入れるほどの権力者が外部からやってきたのなら、さすがに気づくはずだ。


「じゃあ幹部クラスの権力持った人間が、2週間以上前に統括支部にきたみたいな話は聞いたことあるか?」


「……すいません。少なくとも自分の耳には入ってないです」


 イースは申し訳なさそうに答えるが、俺としてもほとんどダメ元だったため、気にするなとだけ伝えておく。

 しかしそうなると、別の場所にいた幹部が戻ってきた考えるべきか。


「ただ、今日の朝ならコクマ本部から来たという人物が二人、指令部を訪れてましたけど……」




 ――――は?




「待てイース、今日の朝?」


「はい、ナディアさんが紹介していたので間違いないと思います」


 ……本部の人間が来ている。それも今日の朝。


「トーヤ、これはもしかしたらもしかするんじゃないですか?」


 リリーは先ほどまでの怒りなど忘れたかのように、どこか興奮気味に問いかけてくる。

 かくいう俺も、自分の鼓動が早くなったのを感じていた。


 なぜなら、もっと先になると思っていた、それこそ数年がかりになると考えていた目的の一つを、今すぐ達成できる可能性が浮上したからだ。


「もちろん、進みますよね?」


「当たり前だろ」


 笑みを浮かべて挑発気味に同意を求めるリリーに対して、当然俺も肯定の意を示す。

 俺とリリー、二人の同意をもってこれからの方針が決まった瞬間だった。







ーーーーーー







 指令部 入り口前広場――



禍水瀑布(かすいばくふ)――(テン)


 女の低く冷たい声と共に、人を簡単に圧殺できるほどの質量を持つ水の壁が、空から際限なく降り注ぐ。


「ぐっ……!」


 コクマ戦闘部隊『バード』副隊長改め、ヘルト家『影』所属のスカーは、なんとか転がりながらも魔法の効果範囲から離脱する。

 しかしその逃げた先では、別の魔法がスカーを襲った。


水獄修羅(すいごくしゅら)


 スカーの全身を覆うように、水の塊が円形となってまとわりつく。

 その魔法は物理的な攻撃性こそないものの、水中にいるのと変わらない状態を相手に持続させる。

 呼吸すらできない中、スカーは必死に脱出を試みるが、当然のごとく押しのけようとする手から水はすり抜けていく。


「ガッ……ごホッ」


 陸上にその身を置きながら溺れかけているスカーを、魔法をかけている張本人であるコクマ統括司令副支部長のナディアは冷たい眼で見つめる。

 その眼は、ほんのつい先ほどまで仲間だった相手に向けるものではなかった。


 このままスカーが窒息を起こすのは時間の問題だと思われたその時、突然スカーはナディアとの距離を詰めるように走り出す。

 ナディアとの距離をゼロにすることで、水獄修羅の効果範囲にナディアを入れ、魔法を解除させようという考えからの行動だった。

 しかし――


「そうくると思ったわ」


 その行動はナディアの想定通り。

 スカーがナディアまであと数メートルという距離まで迫ったところで、ナディアはあらかじめ準備していた魔法を発動させる。


禍水瀑布(かすいばくふ)――(キョウ)


 圧倒的質量を伴った水の壁が、スカーの左右両サイドから挟み込むように迫り、あっという間にスカーの姿を飲み込む。

 今までナディアからの直接的な攻撃魔法――『禍水瀑布』を紙一重で避け続けていたスカーだが、ついにその攻撃がスカーに直撃した。

 ナディアの魔法はまともにくらえば、体が原型を残さないほどの威力をほこる。


 しかし、しばらくして水が引き、現れたスカーの姿は五体満足だった。


「ゲホッ――!」


「……そうよね、あなたなら耐えるわよね」


 地面に膝を付き、息も絶え絶えといった状態ではあるものの、しっかりと意識を保ってナディアから目を離さない。


「ったく、防御魔法と身体強化を全開で使ってもこれだ。嫌になるぜほんと」


 全身に痛みが走り、水を吸った衣服がより体に負荷をかける。

 それでもスカーは立ち上がり、笑ってみせた。



 スカーとナディアの戦いは、始まってから常にスカーの防戦一方と、力の差が顕著に現れていた。

 その原因として、ナディアが高い実力を持っていることの他に、そもそもスカーが近接戦闘を苦手としていることがあげられる。

 ツエルのような一部の例外を除いて、ヘルト家の『影』に所属するほとんどの人間は、近接戦闘を得意とはしていない。

 それは『影』が戦闘補助や諜報活動をメインとする部隊であり、1対1などの近接戦闘の強さは優先度が低いためである。

 スカーがバードで活動している際も、副隊長として隊長の補佐的業務を行うことがほとんどだった。

 そしてそのことは、スカー自身もよく理解している。自分の実力では、ナディアには到底かなわないことを。

 しかしスカーは立ち向かう。自ら最前線で戦うトーヤのため。そして、かつて従者として共に少年時代を過ごした、己が最も慕う主のために。

 ナディアを言いくるめることができなかった時点で、スカーは命を捨てる覚悟を決めていた。


 そんなスカーを見て、ナディアは呆れるように、しかしどこか羨望するようにつぶやく。


「あなたは、本当に変わらないわね。いつもヘラヘラ笑ってるくせに、絶対に自分を曲げない。そんなあなたが……時々羨ましくなる」


「……やっぱ変わったなぁ。昔は人に弱みを見せるなんてマネしなかっただろ」


「そうね……らしくないわよね。今までの選択を後悔しているつもりはないのに。おかしな話だわ」


 ナディアはまた、その表情に笑顔の仮面を貼り付ける。

 ただその仮面はひどく不細工で、隠しきれない悲しみがにじみ出ていた。


「副支部長としての立場もある私が、こんな弱みを吐いてただなんて知られるわけにはいかないの。だから、このことはきっちりと墓場まで持っていってもらうわ」


 不細工な仮面を取り外し、改めて覚悟を決めたナディアはその手のひらをスカーへと向ける。


『禍水瀑布――(カウ)


 またしても、スカーを飲み込もうとする形で現れる水の壁。

 しかしその魔法の威力と効果範囲は今まで以上であり、これで終わらせるというナディアの強い意思が込められている。


 水の壁を認識したスカーは、その場から動こうとしない。

 避けようと動いたところで、避けきれないのは明白だったからだ。


 かつての学友を本気で(あや)めようとするナディア。

 ただスカーには、そんなナディアを恨むつもりは微塵もない。

 スカーが恨むのは、思うように時間稼ぎができなかった己の不甲斐なさに対してのみ。


 水の壁が容赦なく迫り、死という結果がスカーに歩み寄る。

 『影』として生きている以上、いつでも死ぬ覚悟はできていた――はずだった。


『兄貴が久しぶりに会いたがってたから、墓参りさせるようなマネするなよ』


 それは先ほどかけられたトーヤからの言葉。

 その言葉が、死へと向かおうとしていたスカーの心を、未練という鎖でつなぎとめる。


「……ダメだ。やっぱ死ねねぇわ」


 そこからのスカーの行動は、ほとんど無意識だった。

 わずかに生まれた死にたくないという思いが、スカーの体を動かしていく。


『多重防御魔法』


 スカーの体を覆うようにして、十枚の防御魔法が生成される。

 防御魔法を重ね掛けするという、かなり一般的な防御魔法の応用技であり、スカーが最も得意とする魔法。

 先ほどの攻撃を受けて無事だったのも、この防御魔法で威力を軽減させたのが大きい。



 ――お前は魔力制御が誰よりも繊細だな。特に防御魔法の精度には目を見張るものがある。



 かつて訓練をしていた際に、自身の主であるセーヤ・ヘルトから告げられた言葉。

 自分でも単純だと思いつつ、それからスカーはひたすら多重防御魔法を磨き続けた。

 昔は三枚までが限界だった防御魔法も、今では二桁の枚数に到達した。


 しかしその防御魔法は圧倒的な質量を持つ水の壁に触れた瞬間、次々と紙細工のごとく崩れ、無慈悲にも消滅していく。

 ナディアの魔法は、一瞬で半分以上の防御魔法を粉砕する。


「くっそ……!」


 一枚、また一枚と防御魔法が割られ、残るはあと一枚。

 結局スカーができたのは、いずれくる未来を数秒ほど先延ばしにしただけ。



 しかしその数秒が、訪れるはずだった未来を変える。 


()空破(くうは)


 それはスカーやナディアのものではなく、第三者による魔法だった。

 生じたのは爆発。スカーから少し離れた位置で起きたその爆発は、スカーに迫る水の壁をふき飛ばす。


「…………!?」


「うそ、どうして……?」


 スカーとナディアの両名は目を見開き、まともに言葉が出なくなるほどの驚愕を示した。

 その理由は、爆発に驚いたというわけでもなければ、第三者の介入に驚いたわけでもない。


 その爆発が、かつてその眼に何度も焼き付けたものだったからだ。


「こんな日が来るなんて、夢にも思わなかったわ。ほんと……ひどい悪夢よね、ナディア」


 名を呼ばれたナディアは様々な感情に心を支配され、飲み込まれていく。


 おかしい、こんなところに彼女がいるはずがない。

 なぜなら彼女は、遠く離れた学園の教職として働いており、ここに現れる理由が何一つないのだから。


 ナディアは必死に現実を否定する。

 だがどれだけ理論武装したところで、目の前の光景が全てを塗り替えていく。

 初めからナディアには、それを受け入れるという選択肢しかなかった。


「……ええ、ほんと、ひどい悪夢だわ、エルナ」


 学園で4年間を共に過ごし、ナディアが最も交友を深めた人物――エルナ・キュフナー。

 そんなエルナが、ナディアをどこか悲し気な表情で見つめる。

 ナディアからエルナに向ける目も、同じ悲し気なもの。


 いつでも、どこにいても、なにがあっても、無邪気に笑えたかつての二人(親友)の姿は、今はもうない。



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