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偽りの英雄  作者: 考える人
第六章 シール王国統括支部攻防戦
142/158

危険度Sクラス



 統括支部指令部地下――




「囚人を使った人体実験、禁術の使用実験、違法薬物の投与に売買」


「禁止されている魔獣の飼育に繁殖、魔具の違法流通、窃盗組織から窃盗品の買取もしてますね。これらがあれば今まで不明だった犯罪ルートが一気に解明されそうです」


 そう言ってドサドサと、机の上に犯罪の証拠となる分厚いファイルを次々と落としていくトーヤとリリー。

 その光景をイースは驚いて見つめることしかできない。


「まさに犯罪の見本市といったところでしょうか。軽く調べただけでこれですし、やってない犯罪を探す方が難しそうですね」


猥褻(わいせつ)物陳列罪とか?」


「それもありましたよ」


「まじでか、今日一で気になる情報だわそれ」


 あらかじめ情報を仕入れ、ある程度予想していたトーヤとリリーに動揺はない。

 しかしイースは違った。

 自身の所属していた組織が、ありとあらゆる犯罪に関わっていたことを知り、動揺を隠しきれない。

 目の前にはその犯罪の証拠となる記録が積まれている。

 イースの中で揺らいでいたコクマへの忠誠心は、もはや完全に崩れかけていた。


「とりあえずこんだけありゃあ十分だろ。これが明るみに出ればシール王国中のコクマの解体、果ては海外のコクマも間違いなく弱体化できる」


「むしろ多すぎてドン引きですよ。よく隠蔽できたものです」


 当然のように世間へとこのことを公表する旨の発言をする二人。

 もちろんイースもそれに反対するつもりはなく、むしろ絶対に公表するべきだと考えている。

 しかしそれに関してイースは1つの疑問を覚え、まるで独り言のようにぼそりとつぶやく。


「……仮に公表したとして、コクマはそれを事実だと認めるでしょうか」


 それは公表した事実を、コクマが虚偽だと主張して認めないのではないかという疑問。

 そして実際に、世界中に支部を持ち、あらゆる国と強く繋がりを持つコクマには、黒を白にしてしまえるだけの力がある。

 もしこの犯罪の証拠を、王国直属機関のような力ある組織が公表できれば話は別かもしれないが、トーヤたちが正体を明かせない以上、実際はミスフィットという名の一犯罪組織が不当に入手したものでしかない。


「おそらく世間も信じようとしないはずです。むしろミスフィットへの悪評が強まるだけの可能性が――」


「その通りだイース。だからこそ……しっかりとした組織に調査してもらわないとな」


 そう言って笑いながら告げるトーヤの姿は、当然イースの疑問も想定済みであることを示していた。

 そのことに、もはやイースも驚きはしない。

 むしろ気になるのは、トーヤの言う『しっかりとした組織に調査』してもらうその方法。


「しかし一体どうやって……今回の証拠を持ち帰って調査に踏みこませるにしても、時間をかければ隠蔽されて終わりです。そもそもそんな出どころの怪しい証拠では、調査を断られる可能性だってあります」


「つまり、だ。コクマに証拠を隠蔽させる時間を与えないほど迅速に、かつ巨大組織相手に調査に踏み切れるだけの大義名分があればいいわけだ」


「それは……そうですけど」


 自信満々に話すトーヤだが、具体的な策が見えてこないイースには、トーヤの持つ自信の根拠が理解できない。

 そんなイースにヒントを与えたのは、こちらもまた余裕の笑みを浮かべるリリーだった。


「あるじゃないですかイースくん。シール王国の軍が今すぐに、この地下へと踏み込むことのできる大義名分が」


 そう言いながらリリーは、自身が付けていた仮面を人差し指にのせて回す。

 まるでその仮面が大義名分だと言わんばかりに。


「まさか……!」


「そう、エサは私たちなんですよ。イースくん」


「ちょうど今ごろ、予定通りなら統括支部についてるころだ。まあ率いるのは女関係以外カッチカチのあの剣聖様だから、その辺りの心配はしてねえけどな。…………ぺっ!」


「名前を出すのも嫌ですか」


「あいつは俺が嫌いな人間トップ5に入るからな」


「ちなみに1位は?」


「色欲に溺れる上にメインすら持たない銀髪の両刀敬語モンスターだ」


「へえ、世の中にはおかしな人間がいるもんですね」


「自分を客観視することって大事だと思うわけよ」


「なんで今それ言いました?」


 少し油断すればすぐに睨み合いを始める二人をなだめながら、イースは話を聞いてきた中で、一番気になったことをトーヤに尋ねた。


「コクマとシール王国がミスフィットに関する協力条約を結んだのは、それこそ一ヶ月以上前です。その条約を裏で操っていたのがトーヤ様たちなのだとしたら……いつからこの手を考えていたんですか?」


「おいおいイース、さすがにそのころから今のことを考えてたわけじゃねえよ。そのころ俺がやってたのは、選べる手札を増やしてただけだ。どれだけ優れたな策を思いついたところで、それを実行できる手段がなけりゃあどうしようもないからな」


 そう言って不敵に笑うトーヤの表情は、イースが学園で初めて見たあの日から何一つ変わらない。

 トーヤが何をどこまで考えているのかわからずとも、その表情を見ただけで信頼してしまい、なぜか大丈夫だという気持ちが湧く。

 そのようなところも含め、この世の全てがトーヤの手のひらの上なのではないかと、イースはどこか本気でそう考えていた。








ーーーーーー








 西門壁上――――



 ミスフィットの仮面の少女と、コクマ本部(・・)からの使者であるヒューマ・エクス。

 この二人による戦いは、時間が経つにつれてその激しさが増していく。

 それはお互いが相手の実力を探るように戦う中で、少しずつ相手を仕留(しと)める方向へとシフトしている証拠であった。


「むぅ、素晴らしい才能だ。この世に生を受けて十数年といったところか。にもかかわらずこの剣さばき、そして魔力操作の精度……生まれ持ったものの違いを感じさせられる」


 その言葉はどこか自身を卑下するものだったが、ヒューマの表情に憂いのようなものは微塵もなく、ただただ楽しそうに笑う。


「強者との戦いはいい。本来なら(・・・・)到底手の届くはずのなかった相手と、こうして刀を交える喜びを骨の髄まで感じることができるのだから」


 剣と刀が何度も激しくぶつかりながら、ヒューマは一方的に仮面の少女へと言葉を投げ続けるが、仮面の少女は何の反応も示さない。

 ただひたすら殺意を込めて刃をヒューマへと向け、その剣を振り下ろす。



 どちらとも決定打がないまま、もう何度目かもわからない衝突の後、お互いが同じタイミングで後ろに引いたことで、二人の間に距離が生まれる。

 ちょうどその時だった。


 距離ができたことで視野が広くなった二人の視界の端に、無視できないあるものが映る。


「「――――ッ!」」


 それは戦闘中にもかかわらず、目の前の敵から目を離し、そちらへと顔を向けてしまうほど。

 二人が勢いよく振り返ったのは、統括支部の()

 壁上から見下ろすその先には、ゆうに千を超える数の人間が視界を埋め尽くす。

 みな等しく軍服を身にまとうその姿は、シール王国正規軍である証。

 アリ一匹通さぬとばかりに、シール王国の兵士は西門の前に集結し、前方では付近の魔獣を討伐し、後方では一糸乱れぬ隊列をなしている。


 順当に考えるのならば、ミスフィットから襲撃を受けたコクマへの援軍と考えるのが普通だろう。

 たかが数人の犯罪集団を相手に、国が旅団規模の軍隊を派遣するという異常事態に目を背ければ。


 そしてその異常に気付いたからこそ、仮面の少女とヒューマのとった反応は、本来取るべきものとは逆のものになっていた。


「ふむ、これはまずいな」


 ヒューマは笑いつつも、味方であるはずの軍を見て、焦るようなセリフを吐く。

 一方で仮面の少女は、敵であるはずの軍を見て、仮面の奥でわずかに笑みを浮かべる。


 さらに仮面の少女は、ヒューマとの戦いに決着をつけるべく、隠していた力を解放する。

 王国軍が統括支部を囲む――それはミスフィットにとって、作戦が最終段階へと移行したことを示していたからだ。

 仮面の少女には、もはや西門付近に留まる理由はない。


「真意を解放する。来い、生死を司る悪魔――『アンスラー・タトリクス』」


 仮面の少女がとある名を告げたその瞬間、少女から魔力があふれ出し、闇としか表現できない何かが、意志を持つかの如く蠢きながら仮面の少女を覆う。

 それ見たヒューマは初めてその表情から笑みが消える。


「魔力が増えた? ……いや、違う」


 ヒューマが感知魔法で捉えた魔力は、それまでに感知していたものとは違うもう一つの魔力(・・・・・・・)

 それは仮面の少女のものとは、根本から別物の魔力だった。


「お主……、その体におぞましい何かを飼っているな?」


 そう言ってまた笑みを浮かべるヒューマだったが、その額には一筋の汗が流れる。

 仮面の少女はやはりヒューマの言葉に反応することはなく、剣身にその闇をまとわせ、ヒューマとの距離を一気につめた。


死純(しじゅん)冥流(めいる)()き』


 ゆらゆらと揺らめく闇をまとわせた剣を、仮面の少女は横一線に薙ぎ払う。

 当然今までと同じようにヒューマは刀でそれを防ごうとする――が、


「っ!?」


 仮面の少女の剣は一切止まることなく、刀ごとヒューマの体を真っ二つに切断した。


「…………見事!」


 最後の力を振り絞るようにそう告げると、上半身と下半身に分かれたヒューマの体は、切られた勢いのまま壁上の外へと飛び出し、重力に従って地面へと吸い込まれていく。

 その命を散らしたヒューマだったが、最後に仮面の少女が見たヒューマの表情は、やはり笑みを浮かべていた。


「よかったの? 殺していいのは特定の相手だけって指示だけど」


 敵を排除し、一人となった仮面の少女のもとに、ヴィエナが歩きながら近づいていく。


「自分の命を最優先にとの指示も受けている。手を抜いて勝てるような相手ではなかった」


「へえ、君にそこまで言わせるほどの相手だったんだ」


「それにあの男……上手く言葉にはできないが、嫌な気配を常に漂わせていた。おそらくまだ何か隠していたはずだ。今となっては確かめようもないが」


 それだけつぶやくと、すぐに仮面の少女はその意識を指令部の方向――トーヤたちの方へと向ける。


「そっちはどうだ、ヴィエナ」


「姉さんが倒れたことと、援軍が来てくれたってことで、戦意喪失って感じかな。少なくとも、バードに私たちを追ってくる気力はもう残ってないよ」


「なら指令部に急ぐぞ。今すぐトーヤ様のもとへ向かう」


「わかったわかった」


 はやる気持ちを隠そうともしない仮面の少女――ツエルに対し、ヴィエナは苦笑せざるを得ない。


 ツエルとヴィエナ――西門での役割を終えた二人の姿は、ツエルの足元に広がった影の中へと消えていく。








ーーーーーー







 場は戻り、再び統括支部指令部地下――



「ここ、だな」


「ここ、ですね」


 研究室でやるべきことを終えたトーヤたちは部屋を出て、また統括支部を支える魔力源の探索へと戻っていた。

 そうして地下通路をしばらく歩いていたその時、トーヤとリリーが目的地についた旨の発言をする。


「ここが……」


 トーヤたちの目の前には、当然のように魔術的に強化された扉。

 その扉の先に、統括支部の根幹に関わる何かがある。

 多くの準備と労力と魔力をかけ、ようやくここまでたどり着いたトーヤたち。


 しかし、イースも含めトーヤたち三人は別のものに意識を奪われていた。


「血、だな」


「血、ですね」


 それは床に広がる赤い液体。

 扉の少し前あたりで大きく広がり、扉の奥へと向かって伸びていた。


「まだ新しいですね」


「今回の襲撃に備えて、『冥凛』以外の職員は全員退避してるはずなんだけどな」


「まあ考えても仕方ないでしょう。ここで時間を食うわけにもいきませんし」


「そうだな。じゃ、パパっと扉の破壊頼むわ」


「しれっと言いますけど、これかなり魔力使うんですからね」


 自身を顎で使うトーヤにブツブツ文句を言いながらも、リリーは詠唱を唱え『精霊の息吹』を発動した。

 それによって扉は破壊され、ついにトーヤたちと部屋を仕切るものがなくなる。


「さあ、ご対面だ」


 トーヤ、リリーの順に部屋へと足を踏み入れ、イースもその後に続くように足を踏み入れる。

 するとそれ(・・)は、イースが部屋に入ると同時に目に映った。

 実際にその目で見たことはなく、絵画や知識でしか知らなかったそれ(・・)を初めて見たイースが抱いた感情は、本能に訴えかけるような恐怖。


 今すぐ逃げろと、イースの体が叫んでいた。


「これ……()ですよね?」


 古来より多くの物語や歴史書にその名を刻む伝説的な存在――――それが竜種。

 そんな全長20メートルを超える竜が所狭しとばかりに並び、その数は全部で10体。

 10体全てが見るからに頑丈そうな拘束具で固定され、その体にはパイプが繋がれていた。


 つまりそれは、目の前の竜がコクマの魔力源である証。


 部屋が暗いせいで、イースには竜の色が黒にしか見えず、正確な竜種の特定はできない。

 しかし竜であることは疑いようもなかったため、同意を求める言葉をトーヤとリリーに投げかけたのだが、その返事は帰ってこない。


「トーヤ様? …………っ!」


 不思議に思い振り返ったイースの目に映ったのは、今まで見たことのない表情を浮かべたトーヤとリリーの姿だった。


「……」


 トーヤは何も口を開くことなく、難しい表情で竜を見つめている。

 イースにはそんなトーヤがどことなくイラついているように見えた。

 一方でもっとわかりやすかったのがリリーだ。


「ちっ……ゴミが」


 信じられないほど低い声に、信じられないほど怒りに歪んだ表情。

 そこに先ほどまでの明るいリリーの面影は微塵もない。

 いつでも丁寧な言葉遣いのリリーが、舌打ちと共に暴言を吐いたという事実を、受け入れるまでにイースはしばらく時間を要したほど。


 二人がそこまで豹変した理由――それは目の前の竜の正体を知っていたから。


 トーヤは死体をその目で直接見た。

 リリーは大切な妹がその竜によって危険な目にあわされた。

 そして何より、その竜はシール王国に災害をもたらし、多くの尊い命を奪った最悪の魔獣だった。



 イースには黒にしか見えなかった竜の体色。

 しかしそれは間違いで、黒にしか見えなかったのではない――実際に竜の体色は黒だったのだ。


 その竜がシール王国に姿を現したのはたったの二度。

 にもかかわらず、その二度の出現の両方で万を超える死者数を出し、一度目は国を半壊させるまでに至る災害を引き起こした。

 多くの人々の心に深い傷跡を残し、かつてのヘルト家当主すら屠ったその魔獣の名は――





 ――竜神キルサイガ、その別名を『黒竜』。




 

 千年という長い歴史を持つシール王国で、危険度Sランクとされた魔獣はたったの三体。

 そのうちの一体であり、神の名を冠する化け物が、トーヤたちの目の前に並んでいる。



 その事実は、トーヤたちが想定していた最悪のシナリオを、軽く超えるものであったのは間違いなかった。


きれいなヒロインが汚い言葉を使うのが好きです。

リリーがきれいかどうかは議論の余地がありますが。

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