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偽りの英雄  作者: 考える人
第六章 シール王国統括支部攻防戦
141/158

地下の秘密 ①


 指令部地下――



 地下への侵入を果たし、コクマ統括支部の最深部へと進んでいくトーヤたち。

 しかしそこには当然待ち構えている敵の部隊が存在する。

 統括支部内において、唯一地下への立ち入りを許されている部隊。その名も『冥凛(めいりん)』。

 『バード』と同じように少数精鋭で組織された黒づくめの戦闘部隊が、これ以上先には進ませないとばかりにトーヤたちへと牙をむく。


 『冥凛』の特徴として上げられるのは、構成メンバーの全員が元軍人であること。

 かつて数多の戦場を駆け抜けたことによる豊富な実戦経験に加え、彼らは敵を殺すことを躊躇しない。

 ひたすら機械的に任務を実行する『冥凛』は、統括支部内でもトップクラスの実力を持ち、仲間内からも恐れられている。



 そんな『冥凛』がトーヤたちに襲い掛かり――――






 ――――なすすべもなく蹂躙された。



 シューたちとの戦いでやられた足の調子を確かめるトーヤ。

 疲れたとばかりに肩を回すリリー。

 そんな二人の足元には、気を失い倒れている『冥凛』の構成員。


「すごい……」


 戦いの一部始終を見ていたイースは思わず声を漏らす。

 敵からの攻撃をいとも簡単にいなし、的確に相手の意識を刈り取ったトーヤとリリー。

 その速さは手を貸そうとしたイースが何もできなかったほど。


「ま、トップクラスっつってもそれは統括支部内での話だ。戦力こそ揃えていても、所詮は研究機関だからな」


「先ほどの二人と比べてしまうと物足りませんね」


 二人の様子と会話からは余裕すら感じられる。


「それよりさっきから足を気にしてますけど、そんなに痛むんですか?」


「あー、いや痛むというかこれ折れてるわ」


「あらー」


「お前治療魔法とか使えなかったっけ?」


「使えますけど、私の治療魔法は自分の簡単な傷しか治せないんですよね」


「使えねえやつだなぁ」


「ほんと尊敬しますよ。その棚上げ根性。何段あるんですか?」


「……」


 時折交わされる不穏な会話にイースは戸惑いを覚えるも、きっと冗談の類なのだろうと自分を納得させる。

 『冥凛』を倒し、そのまま進むこと数分。トーヤたちはついに目的の場所(・・・・・)へとたどり着く。


「間違いない、ここだ」


 それは異様な空間だった。

 今まで通ってきた薄暗い地下通路とは違い、人工的な光によって覆われたその部屋は、床も壁も天井もその全てが白く染め上げられている。

 そんな部屋の中ではいくつもの巨大な機械がうねるような音を立てて稼働していた。

 機械から出る熱対策のためか部屋全体が冷却されており、温かい時期にも関わらず身震いするほど。

 そして何より注目すべきは、その巨大な機械の全てにパイプのようなものが取り付けられており、天井へと繋がっていることだった。


 事情を何も知らないイースでさえ、この部屋が統括支部の根幹に関わるものだと確信を得る。


「……トーヤ様、これは一体、、、」


「大容量魔力輸送装置――通称MTD。その名の通り、膨大な魔力を遠く離れた場所へロスなく運ぶためのものだ。意味わかんねえだろ」


 笑いながら告げるトーヤのその言葉通り、イースは意味が分からなかった。

 地下にそのような装置が置かれていることもそうだが、その装置が存在する意味すら理解できない。

 しかしその時、イースはふとあることを思い出す。

 それは今朝、技術者チームから話を聞いた後のシューが口にしたある疑問。


『このシステム、消費魔力をどうまかなってると思う?』


 それを思い出した時、イースの頭の中で点と点が繋がる。


「……Pシステムを稼働するための魔力補充」


「正解」


 トーヤはイースに人差し指を向けながら、その推測に肯定の意を示す。


「厳密にはいろんな所で送られた魔力が使われてるが、主としてはPシステムのためのものだ。俺たちが統括支部に侵入するための事前調査で調べ上げたこのPシステムは、少なくとも一個人では到底まかなえないほどの魔力を消費する。当然そこで疑問が生まれるわけだ。どうやってその魔力を生み出しているのかと。考えられるものとしてまず一つは、魔力消費を劇的に抑える未知の技術が使用されているというもの」


 トーヤが口にするその疑問は、仮説まで含めてまさにシューが口にしていた疑問と全く同じものだった。

 シューから話を聞いていた時は、タイミングが悪くそれ以上の話を聞くことができなかったイースだが、トーヤはさらにその先の話を口にする。


「ただその仮説はこの部屋に並ぶ大量のMTDを見てハズレだと確信した。それと同時に、もう一つの仮定が当たりだと確信した。そのもう一つの仮定とは――――」




「人間以外の生物から魔力を引っ張っているというものです!!!」




 トーヤがまさに一番重要な部分を口にしようとした瞬間、リリーが叫ぶようにしてその説明を奪い取る。


「一つの魔法術式に対して複数人では発動できない、というのは小さい子でも知ってる常識です」


「あ、あの、リリーさん」


「ならば人間よりも膨大な魔力を持ち、単体でPシステムを発動できるような生物の魔力を利用すればいい」


「リ、リリーさん」


 気持ちよさそうに説明を続けるリリーだが、その隣ではトーヤが『殺してやろうか』と聞こえてきそうなほど殺意のこもった眼でリリーを睨みつけており、イースは気が気でなかった。


「これを見てください」


 そう言ってリリーが指さすのは、天井に繋がるものとは別に、壁に沿うようにして伸びるパイプ。


「天井に繋がるパイプが魔力を送るものだとすれば、壁を沿うパイプは魔力を引っ張ってくるものでしょう。つまり、壁を沿うパイプを辿ればその先に魔力げほぉ――!!」


 まるで噴き出すようにしてリリーのセリフは途中でキャンセルされる。

 その原因の一部始終を見ていたイースは目を疑った。

 トーヤがリリーを蹴り飛ばしたのだ。しかも自身で折れていると語ったその足で。

 そのままトーヤは何事もなかったかのようにリリーの説明を奪い取る。


「つまり、この先に魔力源があるってことだ。人間以上の魔力を持ち、なおかつPシステムを稼働できるほどの魔獣となると選択肢は絞られる。少なくとも危険後A-クラス以上は――」


「『集え精霊よ 我がもとへ 神秘を――』」


「待ってくださいリリーさん! それはマズいです!!!」


 殺意マシマシの表情でトーヤに対し、『精霊の息吹』を撃とうとするリリー。

 さすがに冗談では済まないそれを見て、イースは必死に止めに入る。


「じゃあ確認しに行くぞ」


 しかしトーヤはそんなこと意に介さず、そのまま先へと歩き出す。

 間に入って仲裁しようとしているイースは、この人は一度撃たれた方がいいのではないかと少し考えてしまう。




 なんとかリリーも怒りを収め(しっかりと根には持っているが)、三人は壁のパイプに沿って歩き出す。

 そうしていくつかの部屋を通り過ぎていく中で、トーヤがある扉の前で足を止めた。

 パイプは別の方向へと伸びているものの、その扉の先にある部屋もトーヤたちの目的の一つであり、無視できない部屋だったからだ。

 扉には鍵がかかっていたが、魔術的な強化がされた扉ではなかったため、リリーが蹴りで扉を壊してこじ開ける。


 その時トーヤがゴリラと小さくつぶやいたのを、イースは聞かなかったことにした。


 扉が開けられたその瞬間、イースは思わず鼻をつまんでしまう。


「うっ!」


 それは血の臭いだった。

 むせかえるほどとまではいかないが、それでも本能的に不快感を覚える臭い。


「トーヤ様、この部屋は……」


「研究室だよ」


 短くそう告げるトーヤの言葉通り、イースの目には見覚えのある光景が映し出される。

 特徴的な形である実験台が並び、その実験台におかれる多様なガラス器具、さらに棚には百を超える薬品の数々。

 以前、イースが別の研究室で見たものとそう変わらない。


 しかし中には明確な違いも存在した。

 それが手術台のような設備だ。

 その手術台に近づくと、辺りに血痕が見当たらないにもかかわらず、より血の臭いが強くなる。

 それだけ血の臭いが染み付いていることの証明でもあった。


「とりあえず第一目標クリアってところか」


「ですね」


 納得した空気を出すトーヤとリリーだが、イースは当然困惑するのみ。

 そんなイースを見たトーヤは少し考えこむと、ある提案を口にした。


「そうだな。せっかくだし手分けして探すか」


「探すって、何をですか?」


「研究資料とか、薬品とか、言ってしまえばなんでもいい。この部屋で違法な(・・・)研究がされている証拠になるものなら、な」







ーーーーーー





 トーヤたちが地下を進む一方、東門では大きな動きがあった。



 中身のない謎の青い鎧集団と戦い続けていた統括支部の人間たち。

 戦力差はほぼ同数だったが、鎧の兵士たちは一体、また一体とその数を減らしていき、ついに最後の一体が倒れ動かなくなる。


 その様子を壁上から眺める使用人服を着た仮面の女は、感心するような声でつぶやいた。


「なるほど。個々の力はそれほどではありませんが、部隊を名乗るだけあって集団での戦いは様になっていますね」


 そんなどこか余裕を見せる女に対し、壁上にいた部隊の人間たちが取り囲む。

 警戒こそしながらも、皆が女を力強く睨みつける。


「戦意も十分、と。まあ私としてはあなたたちをここに引きつけておければそれで充分なのですが……」


 そう言いながら女は、右手を掲げるように空へと向ける。


「それではつまらないので、心を折っておきましょう」



氷槍刺突(ひょうそうしとつ)・吹雪』



 女が手を掲げたその上空に、100を超える数の氷柱が現れる。


「……は?」


 誰かのマヌケな声がその場に響くと、先の鋭く尖った氷柱が地上壁上問わず、部隊のものたちめがけて一斉に降り注ぐ。


「うわああああああ!」


 純粋な恐怖からの叫び声がその場を支配し、全ての氷柱が落下し終える。

 しかしその氷柱は一本たりとも、人には命中していなかった。


「おや、外してしまいましたか。なんともまあ、己の未熟さを恥じるばかりです。次は外さぬよう、数を増やすといたしましょう。数打てばなんとやらです」


 女はまた手を掲げると、今度は少なくとも先ほどの倍以上の数の氷柱が上空に現れる。

 それ見て多くの者は理解した。先ほどの攻撃は、わざと外したのだと。

 部隊の者たちは次々と、空を見上げて膝を折り、心を折られていく。

 既に鎧集団との戦いで疲弊していたこともあり、もはや誰一人として抗う術を持たない。

 後は蹂躙されるのを待つだけ――その場の誰もがそんな未来を予想した、その時だった。



破空(はくう)



 膨大な魔力の奔流――激流のように押し寄せた魔力の塊に、全ての氷柱が飲まれ消滅する。

 これには部隊の者たちだけでなく、女も仮面の奥でわずかに驚愕の表情を浮かべた。

 そしてそれを行った張本人(・・・)が、女の目の前へと降り立つ。


「一方的に弱者をいたぶる行為は感心しないね、レディ」


 シール王国の軍服を身にまとった甘い顔立ちの青年が、柔らかい笑みを女へと向ける。

 その青年の姿を確認した女は、納得がいったという表情を仮面の奥で浮かべた。


「これはこれは剣聖様(・・・)、随分とお早い登場じゃないですか」


「その言い方だと、僕が現れるのをあらかじめ知っていたようですね」


 剣聖様と呼ばれた青年――ダルク・アーサリーは笑みを崩すことなく、女と相対し続ける。


「しかし弱者をいたぶるとは異な事を。大勢で囲まれているのは私だというのに」


「ご安心を、僕は女性だというだけで侮ることはありません」


 そう言いながらダルクは剣を女へと向ける。

 一方で女も、その手には氷から生成された剣が握られており、それをダルクへと向ける。


「おや、僕の得意分野(近接)で踊ってくれるのですか?」


「ええもちろん。ただそれは、あなたが正しく踊れるならばという条件付きですが」


「なるほど、これはますます熱が入る。強気な女性は大好きなので」


 軽い挑発をとばし合い、ほんの一瞬訪れる静寂。

 次の瞬間、剣同士のぶつかり合う甲高い金属音が鳴り響いた。











 それとほぼ同時刻の西門――



 度重なる魔獣の襲撃により、こちらも疲労困憊となっていた部隊の者たち。

 しかしそこに、シール王国の軍服を身にまとった兵士たちが現れる。

 彼ら彼女らは圧倒的な強さを見せ、次々と魔獣を苦もせず屠っていく。


 突然のシール王国の兵士の登場――それに関しては疑問を覚える事態だったが、魔獣を倒す姿を見て味方だと判断した部隊長の一人は、近くの兵士に声をかける。


「君たちは一体……いや、それよりどうしてここに……」


 あまりにも聞くことが多く、質問がまとまらない発言となってしまったが、尋ねられた女兵士は的確に疑問に答える。


「私たちは王国軍剣聖直下部隊です。シール王国とコクマとの取り決め――ミスフィット討伐のために軍を派遣し協力する。この条約を遵守するため、統括支部へと参上しました」




 それはまさに、統括支部側にとっては追い風となる出来事だった。

 望めなかったはずの追加戦力。それが思わぬ形で手に入り、統括支部に所属する者たちの指揮は一気に上がる。

 逆にミスフィットにとっては数的不利の中で、剣聖のような実力者もいる敵の援軍という最悪の状況。


 しかしこのことをトーヤ・ヘルトが知れば、きっと彼は笑うだろう。



 すべて思い通りだ、と。












 ちなみにこの時、このシール王国の兵士たちに混ざり、兵士でも何でもない一人の教師(・・)が、どさくさに紛れて統括支部内に侵入し、指令部の方へと向かっていた。

 そこに複雑な思惑など一つもなく、彼女にあるのはたった一つの思いのみ。

 友と会うため――ただそれだけのために。



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