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偽りの英雄  作者: 考える人
第一章 学園の問題児
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それぞれの学園生活 ②



  カリナ・ホルバイン

 彼女はなんの変哲もない、少し貧しい一般家庭に生まれた。

 ただそんな彼女は、平凡とはほど遠い非凡な才能の持ち主だった。


 小さいころから地方の分校でその才能を発揮し、16のとき村からの支援も受け、王都サラスティナ魔法学園に見事主席入学をはたす。

 

 ここで学業に励み、よい結果を残せば将来は約束される。

 そうして、笑顔で見送ってくれた家族や村の者たちに、もっと楽な暮らしをさせてあげられる。

 彼女が望んでいたのはそれだけ――のはずだった。


 入学から一か月、なぜか彼女は庶民派のリーダーとして祭り上げられていた。


 彼女が主席入学者であること、生粋の平民であること、多くの貴族を差し置いて優秀な成績を残していること。

 要因はいろいろあるだろう。


 彼女自身、貴族に対していい感情を持っていないのも要因の一つだ。

 彼女の村の領主が、いけ好かない人間だったというのが理由だったりする。


 そんな貴族に対して凝り固まっていた感情を崩されたのが、あの入学式の日。

 アーカイド王子と有力貴族であるヘルト家の人間が起こした口論の場に彼女はいた。

 最初は怖いもの知らずな田舎者が、威勢よく啖呵を切っているだけだと考えていたのだが、のちに啖呵を切った側の人間も貴族側だと知ったとき、その貴族であるトーヤが放った言葉は重みを増した。


 図らずもトーヤの一言が、一人の少女に優秀な成績を残すこと以外の目標を与えていたのだ。











 場は静まり返り、周りにいるものすべてが一人の少女に視線を向ける。


「ではいくぞ」


 そういった男が、その手をみなが視線を向ける少女――カリナ・ホルバインに向け、その向けた手の先から魔力があふれ出し、それが集まり球体へと変化する。

 魔力の塊である球体――魔力弾が勢いをつけてカリナの方へと発射される。


 直撃すれば命を失う可能性もあるその球体は、カリナに当たることなく、その手前で甲高い音をたて霧散した。

 カリナの身を囲むように展開された防御魔法――それが魔力の塊からカリナを守っていた正体だった。


「カリナ・ホルバイン、評価A」


 男の発した言葉により、静寂を保っていた周囲の者たちがわっと歓声を上げる。


「やっべえ! またA評価だ!!」


「カリナすごい! これで戦闘基本魔法は全てA評価じゃない!!」


 Sクラスとは違い、他クラスには多くの生徒が在籍しており、同じクラスでもいくつかのグループに分かれている。

 そして今ここでは、カリナを含めたAクラスのグループの一つが実践試験を受けていた。

 試験の内容は、魔法使いの戦闘でよく使われる基本技能。

 戦闘基本魔法と呼ばれる類のもの。

 先ほどの防御魔法もそれにあたる。


「さすがだね、カリナ」


 カリナの高評価に多くの者が騒ぐ中、そう言って一人の男がカリナの傍に近づく。


「ありがとう、グラン」


 グランと呼ばれた非常に見目麗しい少年は、にこりとカリナに笑いかける。

 カリナが庶民派のリーダーならば、このグランは副リーダーのような位置にいる。

 カリナとは、同じ村で育った小さい頃からの知り合いであり、気軽にお互い話しかけあう仲だ。


「あなたこそ、『メイン』の試験で教官を倒したって話じゃない」


「まあ、剣術大会優勝の面目はなんとか保てたかな」


 カリナの言葉に、グランは照れたように返す。


「それよりすべてA評価はさすがだ。その実力なら今期のトップも十分狙えそうだし、事あるごとにつっかかってくる貴族たちも、黙らせることができるんじゃない?」


 多くの者が喜ぶ中、苦虫を噛み潰したよう表情を浮かべる一部の貴族たちを、ちらりと横目で見ながらグランは言う。


「やめてよ。私は別に貴族様相手に喧嘩を売りたいわけじゃないんだから」


「冗談だよ、冗談。でも、平民の君が主席であることに反感を持っている人間もいるし、例年とは違って貴族のグループに属そうとしない庶民派の僕たちに嫌悪感をもっている人間もいる。実際に嫌がらせを受けている生徒もいるらしいしね」


「私もそれに関してはどうにかしたいと思っているわ。見て見ぬ振りできる問題じゃないもの……」


 それは口先だけの軽い言葉ではなく、心の底から出た本気の言葉。

 そんなカリナを、グランは興味深そうに見つめる。


「なんだか変わったね。カリナ」


「私が?」


「うん、だって分校にいたころは自分の成績にしか興味なかったし、貴族だ平民だとかそういうのには見向きもしなったじゃん」


「……そのころはまだ、この学園に入ることで頭がいっぱいだったから。まあ思うところがなかったというわけでもないし、それに……」


 言葉を紡ぎながらカリナが思い出すのは、入学式でのあの言葉。


『誰だろうが関係ない、学園内は治外法権なんだ。自分の領地では好き勝手出来たかもしれない。けれど、学園内には学園内のルールがある。お前たちがどれほど権力を振りかざそうと、不敬罪は適用されない。そんな生き方じゃあ、この学園では過ごしていけないぞ』


 かなり記憶に脚色はあるが、そのセリフを発した生徒に目が引かれたのは事実。

 確証はない――それでもきっと、あの時の言葉がきっかけだったとカリナは確信している。


「……」


「どうしたの?」


「ううん、なんでもない」


 グランの疑問にカリナは、わざわざ言うほどのことではないと考え、はぐらかすように返事する。


「そろそろ次の教室に行こうぜ」


 誰かが言い出したその言葉を皮切りに、カリナたちも移動を始める。


「あのカリナが言葉一つでこれだけ変えられるとは……やっぱり、めんどくさいことになりそうだ」


 そんなグランのつぶやきは、誰にも聞こえることはなかった。




ーーーーーー




 この日、主に1年を担当する学園の職員たちによる、月に一度の定例会議が行われていた。



「では今月のSクラスによる被害を報告します。まず施設破損23件、うち魔法薬の実験室を含めた4件は修復にかなり時間がかかるとのことです。次に人的被害ですが、ケガを負ったものが把握しているだけでも50人以上、うち病院送りが33人です。学外からの苦情も多く届いています。主に酒場関係で」


 この報告に職員達が軒並み頭を抱える。

 特に新人教師であるSクラス担当のエルナ・キュフナーは、二の句が継げなかった。


 そんな周りの様子にも関わらず、男は報告を続ける。


「私個人の見解としては、例年に比べるとかなりましなように感じます。事件の件数(・・)自体は少なく、まだ施設送りが一人も出ていませんし、行方不明者も出ておりません」


「…………」


 この言葉には、誰も先ほど並みの驚きは見せない。

 新人であるエルナもこの学園の卒業生であるため、Sクラスがらみの事件の多さはよく知っている。


「ただ、問題は一件一件の被害の大きさですね。これには例年とのSクラスの違いが関係していると考えています」


「違い?」


 誰かの発した疑問に、報告者は続けて答える。


「はい、そもそもSクラスの者は性格に難がありすぎると判断された者たちであるため、例年ほぼ全員が一匹オオカミ状態です。そのため問題があちらこちらで起こりますが、たいてい一人のため被害が少ないまま収められていました。しかし、今年はその曲者たちをまとめあげてしまった者がいます」


「トーヤ・ヘルト様か……」


「トーヤ様のおかげで、いまだかつてないほどあのSクラスに統制が取れています。問題事は少ないですが、一週間前の事件を例にあげてもわかるように、一度もめ事を起こすと止めるまでに相当な被害がでます。というより、目的を果たすまで止まりません」


 この一週間前、Aクラスの人間がSクラスの人間に対し、バカにしたような言動をとったのが原因で、そのAクラスの一部とSクラスほぼ全員を巻き込んだ乱闘騒ぎに発展した。

 生徒会、教師陣までもが出張って事態を止めようと試みたものの、終息したのは乱闘に参加したAクラスの人間が全員意識を失った時だった。


「まあまだSクラス同士でのもめ事が少ない分、助かっている面もありますが、早急に対策を考えた方がいいでしょう。とりあえず各担当のクラスに、Sクラスの者を挑発することのないように呼びかけをお願いします」


 そう言って報告していたものが席に座り、今度は別の者が席を立ち報告を始める。


「では次に、前から問題になっていた貴族派と庶民派の対立について報告します。まだそこまで大きな事件は起こっていませんが、両者の確執は日に日に大きくなっているように感じます」


「アーカイド様がおられるおかげで、貴族間での争いはほぼ皆無なんだがな……」


「貴族派にも庶民派にも、優秀なリーダーがいるために起こっている対立ですからね」


「しかし直接の原因となると……やはり入学式でのトーヤ様の発言でしょう」


 貴族本人が貴族に逆らってもお咎めなし、という意味にとれる発言をしたことによって、貴族階級以外の者にとっては大義名分を得た感覚だった。

 そのため、例年ならば起こらない対立が起こってしまっている。


「報告を続けます。来週には遠征実習もありますので、グループ分けなどの際はより慎重に行うべきでしょう」


 その後、しばらく話してから報告者は席に着いた。


「どっちの問題も、トーヤ様が原因なのよね……」


 ボソりと、どこか愚痴るようにつぶやくエルナ。

 そのひとり言に、職員の一人が反応する。


「君は確か、トーヤ様の兄君であるセーヤ様と同級生だったよね?」


「え、あ、はいそうです」


 いきなりの問いかけに、エルナは慌てながらも答える。


「ならばわかるんじゃないか? セーヤ様のときも、セーヤ様を中心に物事がまわっていた」


「はい、確かにそうでしたね」


 エルナは自身の学生時代を思い出す。

 何をやるにもトップはセーヤであり、その背中を皆が追いかけるというのがいつもの構図だった。

 日に日に成長が感じられた素晴らしき日々であり、今でも鮮明に思い出せる輝かしい記憶。


「良くも悪くも、英雄家がいる世代というのは、英雄家を中心にまわる。君もまだまだ苦労すると思うが、経験だと思ってがんばりなさい」


「はい(ならてめーがやれや! 玄人っぽく話してるけどあんたSクラスの担当したことないの知ってんだぞ!)」


 エルナは出かかった不満をなんとか飲み込み、想像で10発ほど殴りつける。

 それほどまで、Sクラスを担当することに疲れを感じていた。


「では次に来週の遠征実習についてですが――」


 まだまだ会議は続いていく。


 









 入学した1年にとって最初の行事、遠征実習が一週間前までせまっていた。 



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