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偽りの英雄  作者: 考える人
第六章 シール王国統括支部攻防戦
139/158

リリアーナと精霊


 ほんの少し時は遡り――



 地下倉庫入り口前にて、トーヤとリリーの戻りを待つイースは、もう何度目かわからない葛藤に悩まされていた。

 その内容はもちろん、地下倉庫に足を踏み入れるかどうか。

 

 手助けに入るべきか。

 しかし入ったところで迷いを断ち切れない自分にできることなどあるのか。

 わずかな間とはいえ、仲間として共に行動したシューたちを敵に回せるのか。


 思考がグルグルと行ったり来たりを繰り返し、一向にその足は動かせない。

 永遠にも感じられる時間を待機していたイースだったが、トーヤたちの突入から約30分――ついに待ちわびたその瞬間が訪れる。


「よおイース、待たせたな」


 扉を開け、トーヤとリリーがその姿をイースに見せる。


「どっかのバカが3分で終わらせるとか大口叩いたせいで、無駄に心配させちまったな」


「私一人なら余裕だったんですけど、余計なお荷物がいたせいで時間がかかってしまいました」


 二人はいくつかの目に見える傷を負っており、服装の乱れ具合からも、激しい戦闘だったことがうかがえる。

 しかし息をするように罵倒しあう二人を見て、イースは二人が無事であることを実感した。


「お二人が戻って来られて本当によかったです。途中、扉越しでもわかるほど大きな音も鳴っていたので」 


 そしてさらにイースは二人の負った傷――特に顔を見ながら問いかける。


「傷の方は大丈夫ですか? お二人とも頬のあたりが青紫色に腫れていますが……」


「…………まあ、大丈夫だ」


「…………激闘、でしたからね」


 トーヤとリリーの二人は気まずそうに眼を逸らす。

 後輩からの純粋な心配に、顔よりも心が痛む二人だった。



「そういえばイース、俺たちが戦ってる間に誰かこなかったか?」


「いえ、誰もきていません」


「そうか……」


 イースの返答に対し、トーヤは少し考えこむ素振りを見せる。


「支部長を相手に、かなり手こずってるみたいですね」


 リリーの言葉通り、トーヤの考え事は仲間たちの安否について。

 自分たちの戦闘がかなり長引いたにも関わらず、追加で送り込んだ二人も含め、誰一人として戻ってこないことにわずかながら不安を覚える。


「私もあっちに向かいましょうか?」


「いや、地下突入のタイミングでこれ以上戦力を減らしたくない。それに敵の追手がこないってことは、一方的にやられてる可能性も低い。支部長の方はあいつらを信じて任せる」


「……まあ心配ではありますが、今後のことを考えるとそれがベストでしょうね」


 本来ならミスフィットの指令部組全員で地下へ突入する予定だったのが、トーヤはこのまま仲間と合流することなく進むことを決める。

 トーヤたちミスフィットにとって、ここにきて初めての大きな作戦のズレだった。


「地下は不確定要素が多い分、戦力を整えたかったんだけどな」


 軽く愚痴るようにつぶやきつつ、トーヤは先ほど出てきた倉庫へとまた足を踏み入れる。

 それを追いかけるようにして、イースもトーヤとリリーの後について歩く。



 地下倉庫に入ったイースは、部屋の惨状に思わず言葉を失う。

 イースがいた1時間ほど前までの面影はまるでなく、部屋の中を嵐が襲ったのかのような荒れ具合だった。

 移動棚はそのほとんどなぎ倒され、魔具や資料が床へと散らばり、足の踏み場すら見つけるのが困難なほど。


 そのため足元に注意しながら移動していたイースは、すぐ近くの物陰に隠れていた人物に気づくことができなかった。


「やっぱりお前が裏切ってたか」


「――っ!?」


 イースに声をかけたのは、1時間ほど前までは味方であり、今は敵となったシュー。

 シューの姿を認識したイースは咄嗟に戦闘態勢をとる。

 しかし慌てるイースとは裏腹に、シューはイースに対して敵意を向ける気配がない。

 それどころか、どこか自嘲気味な笑みすら浮かべていた。


「安心しろよ。俺も今はお前と同じ裏切り者だ。また一緒の職場だな」


「……」


 シューの言葉に、イースは言葉を失うほど驚愕する。

 裏切り者という言葉に対する驚きもそうだが、一番の驚きはシューが冗談を言ったことだった。

 ただでさえシューは口数が少ないうえ、冗談を口にするところなど一度も見たことがなかったからだ。


「そういうこった。うちは和気あいあいとしたアットホームな職場だからな。元の職場でのいざこざは持ち込まず仲良くしろよ」


 前を歩いていたトーヤが振り返りながら告げる。

 ちなみにこの時シューは、どの口が言ってんだ――と、青紫に腫れたトーヤの頬を見ながら小さくぼやいた。



 そうして話している間に、トーヤたちは地下へとつながる扉の前にたどり着く。


「どうせ調べ尽くしてるとは思うが、この扉は統括支部の門と同じで魔術的に強化されてる。だから普段は魔力登録された人間が魔力を流すことでしか開閉できない。それこそ最高幹部クラスだけだ」


 忠告するような言い方で告げるシューだが、トーヤはそれに笑って返す。


「当然調べてるし、もちろん対策もしたさ。と言っても、俺たちじゃなくてもう一人の(・・・・・)裏切り者が、だけどな」


「…………スカーもか。裏切り者だらけじゃねえか。まじで終わってんなこの組織」


 トーヤが1を発言することでシューは10を理解する。

 そんな二人の会話を見たイースは、まるで10年来の友人のように見えた。


「で、その対策ってのは?」


「簡単な話だ。魔術的な防御出力を本来の1割以下に落とした」


「……まあスカーならできなくもないか。まさか門の方もか?」


「そのまさかだ」


「なるほどな。強力な魔法だったとはいえ、いやに簡単に突破されたわけだ。けどその細工がバレる可能性もあっただろ」


「普段の日常検査で調べるのはシステムのオンオフだけ。緊急時のマニュアルでも出力までは確認しない。バレる可能性の方は低いと考えての策ってわけだ」


「そんなとこまで調べてんのかよ。システム管理の方にも情報流してるやつがいるだろ」


「そっちは俺の部下たちによる涙ぐましい努力の結果だよ。システム管理の人間を酔わせたら、ベラベラと喋ってくれたらしくてな」


「……」


「どうした?」


「いや、いい気味だと思っただけだ」


 詳細まで説明する必要もなく、さわりを話すだけで繰り広げられる会話に、イースは話の半分ほどしか理解できない。

 思考と知識の次元が自分とは違うところにあると感じるほどだった。


「話を戻すが、1割以下と言ってもそれなりの強度はある。そこでこの女の出番ってわけだ」


「やっとですか? 待ちくたびれましたよ」


 待ってましたと言わんばかりに笑うリリー。

 リリーはその笑顔のままに構えを作る。

 右手の手のひらを上にして、唇の少し下あたりで固定した構え。


「まさかアレか?」


「そうです。シューくんたちとの戦闘中にも使ったアレ――いわゆる必殺技というやつです。今度は無機物相手なので、手加減なしの全開でいきますよ」


 シューの疑問にドヤ顔で答えるリリーだが、トーヤがその発言に疑問を挟む。


「シューとヴェラを殺せなかったのに、必ず殺す技を名乗るのはアウトじゃないか?」


「……いや、あれは殺さないように手加減したからであって、、、」


「手加減したしてないに関係なく、必殺技を名乗る技で殺せなかった以上、必殺技と名乗るのは詐欺だろ」


「ぐっ、確かに一理ありますね」


 あるか?――イースとシューの思考がかぶった。


「では言い直しましょう。これが私の(たま)に殺す技――偶殺技(ぐうさつわざ)です!」


 だっっっせ――イースとシューの思考がまたもやかぶった。


「よし、ふっ、巻き込まれないように、くっ、俺たちは少し下がるぞ」


 笑いをこらえながら指示するトーヤを見て、こいつ最低だなと思いつつ、イースとシューは少し離れた場所に控える。

 それと同時に、リリーのもとに膨大な魔力が収束していく。

 それを見たイースとシューは、魔力を解放しているというよりも、まるで外部から魔力が集まっているように見えた。


「『集え精霊よ 我がもとへ 神秘をここに』」


 短く小さく告げられた詠唱。

 その詠唱を聞いたシューは目を見開く。


「おい、まさか精霊って――!」


 シューは勢いよくトーヤの方を振り向く。

 振り向いた先ではトーヤが笑いながら、立てた人差し指を口元に添えていた。






 精霊とは、シール王国王族の直系だけが使役できる謎の多い種族。

 現在の国王、そしてリリーの姉二人と弟のアーカイドも、自身のメインに関連した精霊と契約している。

 水魔法がメインなら水の精霊、火魔法がメインなら火の精霊といったように、生涯を共にすることになる一体の精霊と契りを結ぶ。


 しかしリリーこと、第三王女リリアーナ・ガイアスには契約している精霊がいない。

 リリーに才能が無いという話ではなく、魔力が潤沢なうえ才能にも恵まれたリリーは、ありとあらゆる魔法を高水準で使用できるほど。

 だからこそ、周囲の人間はこう語った。


『リリアーナ様ならどの精霊とでも契約できますよ!』と。


 その発言をした人間は夢にも思わなかっただろう。

 まさかそれが王族始まって以来の事態を引き起こすことになろうとは。


 どの精霊とでも契約できる――それを知ったリリーは様々な精霊と契約した。

 

 そう、様々な(・・・)精霊と契約したのである。

 精霊と契約できるのは一人につき一体だけ。

 リリーはそのルールを破り、次々に精霊と契約した。要は浮気したのだ。

 それに対して契約を結んでいた精霊たちは、怒ったのか呆れたのか、言葉を発しないため理由は不明だが、次々と契約を破棄しリリーのもとを離れていった。

 そしてそれ以降、どの精霊もリリーと契約を結ぶことがなくなったのである。


 擁護のしようがない完全なる自業自得なのだが、それによって生まれた偶然の産物が1つ。


 それこそが、これからリリーが放とうとしている魔法――『精霊の息吹(いぶき)』である。

 本人曰く、自身の魔力を大量に捧げ、土下座レベルでお願いすることによって、精霊の力を借り魔法を放つというもの。

 複数の精霊から借りた力で撃つ魔力弾のようなものだが、その威力はただの魔力弾とは比べ物にならない。


 シューたちに向かって放った時は、全力でなかったことに加え、魔法の放たれた直線状にいなかったため防御魔法で防がれたが、直撃していたなら結果はその時点で変わっていただろう。






 その魔法をこれから、リリーは扉に向けて放とうとしている。

 様々な属性の魔力が凝縮してリリーの手のひらに収まり、今にも爆発しそうな魔力の球体が浮かぶ。

 それに向けてリリーは優しく息を吹きかけ、魔法を発動した。


『精霊の息吹』


 息を吹きかけられた球体は爆ぜ、濃密な魔力がそのまま質量となって扉に直撃する。

 扉に直撃したことにより、その余波が部屋全体を襲い、イースたちは思わず手で顔を覆いながら目を閉じる。


 次にイースたちが目を開いたとき、扉は原型をとどめず木っ端微塵に破壊されていた。


「ざっとこんなもんですよ!」


 どうだ見たかと言わんばかりに、振り返って笑顔を浮かべるリリー。

 そんな一連の流れを見て、イースはただただ驚愕し、シューは呆れるようにため息をつく。


「お前ら、ほんとふざけてるな。ミスフィット(はみ出し者)って名前もぴったりだ」


「それ、リリーには絶対言うなよ。間違いなく調子乗るから。それよりどうする? このままついてくるか?」


 トーヤからの言葉に対し、シューは首を横に振る。


「俺はもう少しコクマ所属のままでいる。まだやるべきことがあるし、スカーとイースの裏切りが分かった以上、もうバードにはいられない。なら、バードに内通者が残ってた方がいいだろ」


「いやあ、ほんと助かるわ。お前みたいにこっちの意図を言わずに察してくれる部下ができて」


「思っちまったんだよ…………。既に人生延長戦(・・・・・)みたいな俺が、お前のもとで働くのは――楽しそうだってな」


 トーヤとシューは笑いあう。

 お互いどこか通ずるものがあったからこそ、二人が浮かべる笑みは似通っていた。



 そうしてシューを残し、ついにトーヤたち3人は統括支部の地下へと足を踏み入れる。

 トーヤとリリーだけでなく、イースにとってもそれは待ちわびた瞬間だった。


 例えその先に待っているのが、この世の地獄であろうとも。






ーーーーーー




 統括支部指令室――




「アオオォォォォオオン!!!」


 多くの血が流れ、激しい破壊痕の目立つ指令室の中心で、獣人がまるで勝利の雄たけびをあげるように吠える。

 それを見たインは思わずため息をつく。


「あーあ……、やっぱり貧乏クジじゃない」


 痛む体をなんとか立ち上がらせ、倒れて動かない仲間たちを尻目に、インはぼやくようにつぶやいた。 


次回

指令室の戦闘


捕捉

リリーはメインもありません。

色んな魔法に手を出す一番やっちゃいけないことをやってます。

ただその圧倒的な才能ゆえに、割と高水準な器用貧乏です。

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