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偽りの英雄  作者: 考える人
第六章 シール王国統括支部攻防戦
138/158

シューとヴェラ side統括支部


 戦闘を終え、ズキズキと痛む足を抑えながら、倒れているシューに語り掛ける。


「おーい、ちゃんと意識あるか?」


 仰向けに倒れているシューはまぶたこそ開いているものの、どこか虚ろな目で天井を見つめており、こちらのことを認識できているかどうか確信が持てない。


「……殺せよ。俺はお前らが有利になるような情報は持ってない」


 どうやらちゃんと意識はあるようだ。

 俺の言葉にもしっかりと返している。


「殺さねえよ。俺は必要な殺しより不要なおしゃべりの方が好きだからな」


「……そうか。なら聞かせろよ。今回の侵入作戦を立てたのはお前か?」


 俺のほうから聞きたいことがあったのだが、先にシューの方から質問されてしまう。

 ただそれほど聞かれて困る質問でもなかったため、俺は素直にその疑問に答える。


「まあだいたい俺だな。一部の頭の悪い部分はあいつだ」


 そう言って俺は、こっちに歩いてきているリリーの方を指さす。


「なんですかー! 私の悪口ですかー!?」


「そうだからこっちくんな色欲モンスター!」


 俺はリリーの言葉に適当に返事をして、またシューの方へと向き直る。


「ほんと大したもんだよお前らのコンビ。正直何回もやばいと思ったぞ」


「よく言うぜ、単純に戦闘で負けて、策で上回られて、負けを認めるしかなかったんだぞこっちは」


「それでも、だ。お前らの動きが自分たちの命最優先じゃなくて、多少のリスクを冒してでも攻撃してくる動きなら結果は違ったかもな」


「別に命を賭けて戦うほど、コクマに恩義もなければ義理立てするつもりもねえよ」


 その言葉に、俺は少し意外に思う。

 貴族だった自分の主人であるヴェラを保護されたこともあって、シューはそれなりにコクマに対する恩義を感じているもんだと思っていた。

 もしどうでもいい主人なら別だが、シューはヴェラの貴族家が没落した後もヴェラと共に行動している。

 それほどコクマの待遇が良かったわけではないのか?


 シューの思考に疑問こそ感じたが、それほど興味深いものでもなかったので、俺はさらに話を続ける。


「お前ら、バードの仲間にまで自分たちのメインを偽ってただろ。事前に聞いてた情報と違いすぎて苦労させられたよ」


「それを言ったらお前らなんて最後までメインを悟らせなかったじゃねえか。特にお前に関しては一切魔法を使ってなかっただろ。そこまで舐めたマネしといて持ち上げるようなことするんじゃねえよ」


 別に舐めてるわけじゃないんだなこれが。

 俺もリリーも(・・・・)メインなんて存在しないし、俺は魔法すらまともに使えない。

 さっきの戦いは俺もリリーもまごうことなく全力で、命がけのギリギリの戦いだった。

 さすがにこれはバカ正直に言えねえけど。


「それよりさっき『仲間にも』って言ってたな。やっぱりお前らに情報流してるやつがバード内にいたってことか。誰だ? スカーか? イースか?」


 情報を流してたのはスカーだが、イースもこっち側についたことを考えれば両方というのが正解かもな。

 これもさすがに言えねえけど。


「当然ながらそこは秘密だ。しかしお前、ヴェラ以外誰も信じてねえのかよ。その言い方だと最初から疑ってたな?」


「俺は誰も(・・)信じちゃいねえよ」


 吐き捨てるようにつぶやいたシュー。

 シューのその言葉に俺は少し違和感を覚える。

 その言い方だと、まるでヴェラすらも信じていないような言い方だからだ。

 全てを拒絶するような冷たい眼を浮かべるシュー。


 だからこそ俺は、そんなシューに強い興味をひかれた。


「なあ、お前さ、俺のもとで働く気はないか?」


「……イカれてんのかお前。なんで殺し合った直後の上、さっきの言葉聞いて勧誘する気になんだよ」


 シューは理解できないものを見る眼で俺を凝視する。

 意図せず浮かべたであろうシューの素の表情を見て、少し愉快に感じてしまう。


「そりゃあ、上司に忠実で命すら投げ出す部下ばかりなら楽だろうけど、お前みたいな頭がキレる上に信用できない奴がいた方がおもしろいだろ?」


 そう説明すると、シューの表情は呆れたといったものに変化する。


「コクマに仕え続ける義理が無いならどうだ? もちろん待遇はコクマ以上でな」


「お前らの目的も行動原理も正体も、何一つわからねえ状態で首を縦に振れってか」


「そうだな。さすがに今から俺たちの目的とかその辺りを詳しく話す時間も余裕もないから、今日は――俺と一緒にいれば、お前の人生はもっと楽しくなる――それだけは約束する」


 そう言いながら俺は仮面をとった(・・・・・・)

 何も話せないが、正体だけは伝える――それは俺が本気でシューを仲間にしたいということを証明するためであり、勧誘相手に示すことのできる最低限の敬意。


「トーヤ・ヘルトだ。よろしくな」


「………………!?」


 思わずといった様子で絶句するシュー。

 コクマは俺がミスフィットの一員であると、ある程度推測していたはずだが、シューのような幹部ではない人間にまで情報は回っていなかったらしい。


 いやぁ、期待通りの反応で自己顕示欲が満たされるな。


「お前……俺が味方になったフリしてコクマに情報を流すとは考えなかったのかよ」


「そうするやつは口に出してそれを言ったりしねえさ。それにお前ほどのやつなら、俺の正体なんて特大級の情報を、そんなもったいない扱い方はしないだろ?」


 俺の正体をコクマにチクったところで、シューに得られるメリットや報酬などたかが知れてる。

 ヘルト家の人間との個人的な繋がり――それが理解できないほどシューはマヌケではない。


「それで、どうだ?」


 俺からの再度の問いかけに、シューは力を抜くように目を閉じて、ゆっくりと口を開く。


「…………考えといてやる」

 

 ほぼほぼダメ元での勧誘だったが、シューから出た言葉はかなり前向きな言葉。

 俺としては大満足の結果であり、そのため気分もよくなる。今ならインに高いナイフだって買ってやってもいい。


「だ~~れが色欲モンスターですか。この傲慢ゴキブリ」


 あ、ダメだ。最悪の気分だ。帰ったらインに貸してた金を取り立ててやろう。


 いつの間にか俺の隣にまで歩いてきていたリリー。

 そしてなぜかこいつまで仮面をとって素顔をさらしている。

 まあリリアーナの姿ではなく、リリーの姿だから王女だとバレることはないだろうが。


「というか抜け駆けはずるくないですか? 私だってシューくんのこと狙ってたんですから」


「気をつけろよシュー。コイツに雇われたら3日目には食われるからな、性的に」


「そんな3日も時間をかけて気を持たせるようなマネしません。初日からガンガンいきます」


 間違いなく色欲モンスターじゃねえか。


「マジでこの女だけはやめとけよ。お前の相棒を容赦なくボコボコにするような女だ。死ぬまでこき使われるぞ」


 何を言ってるんだこいつら――という表情を浮かべているシューに対し、俺はリリーがどれほど危険な生物なのかを説明する。

 今までの傾向からすると、シューの見た目と年齢が完全にリリーの好みであるため、機会があれば(性的に)手を出される可能性がとてつもなく高い。

 この色欲モンスターがどこの誰に手を出そうが勝手だが、俺の部下(予定含む)が犠牲(生贄)になるのだけは絶対に阻止する。


「ボコボコとは失礼ですね。ちゃんと顔には手を出してませんから。人の顔は殴らない――それが私のモットーです」


「はぁ? お前そんな信条持ってたっけ?」


「ええ、幼いころ言われた母からの教えです。『殴るならバレないよう顔以外にしなさい』と」


 完全に加害者側の都合じゃねえか。


「あれ? でもお前、しょっちゅう俺の顔を殴ってくるじゃねえか」


 こいつと話し合い(物理)をしてるとき、基本的に顔と急所しか狙ってこない。信条どこ行った。


「……? だから言ったじゃないですか。人の(・・)顔は殴らない、と。ゴキブリは対象外ですよ?」


「…………」


「…………」


「……お、おい」


 俺とリリーが無言で顔を見合していると、なぜかシューが気をつかうように声をかけてくる。


「……ハハハ」


「……ウフフ」


 俺とリリーはほぼ同時に笑い出し、そして――





 お互いの顔に向かって拳が伸びたのもほぼ同時だった。










ーーーーーー









 少女は気づくと走っていた。

 しかし走っていたのは、自分じゃない誰かだった。

 誰かの眼を共有しているような、まるで『共鳴の魔眼』を使っている時のような感覚。


 走っているのは5才くらいのボロボロの身なりをした少女。

 走っている場所は、見たことのない景色。

 見渡す限りにゴミが落ちており、思わず息を止めたくなるほど悪臭も強く、お世辞にも居心地のいい場所とは言えないひどい場所。

 そんなひどい環境にも関わらず、少女は元気よく弾むように走る。

 

 やがてとある場所で立ち止まると、少し遠くでゴミの中に混ざっていた本を読む少年の姿が目に入った。

 その少年の姿は良く知っている。

 初めて見たときよりも幼くはあるものの、絶対に見間違うことはない。

 その少年はこの世でもっとも信頼している人間なのだから。


「おーい、シューくん――」


 少年の名を呼ぶと、少年はゆっくりとこちらを向く。


「どうした、エスト」


 少年から名を呼ばれ、顔が見えただけで嬉しくなる。

 しかしそれは自分の感情ではなく、名を呼ばれた少女――エストのものだと本能的に理解できた。


 見たことのない少女。

 記憶より幼い少年。

 訪れた覚えのない場所。


 全てが不思議で不可解なこの現象に、混乱が深まるなか――









 ――ヴェラは目を覚ました。


「……あれ?」


 目を覚ましたヴェラは、覚醒しきっていない脳で必死に現状を理解しようと努める。


「えっと……そうだ。急に眼に痛みを感じたと思ったら、全身にひどい痛みが走って……それで意識がなくなったんだった」


 おそらく敵にやられてしまったのだろうと、推測も交えて現状を把握したヴェラ。

 冷静になったヴェラは、先ほど見た夢の内容を思い返す。

 夢にしてはかなり鮮明に記憶に残っており、しかし思い出せば思い出すほど意味の分からない夢だった。


 なぜか見たことも聞いたこともない少女の視界を共有して、なぜか初めて会った時より幼いシューがいて、なぜか自分の生まれ育った環境とは正反対のところにいて。

 なぜという言葉しか頭に浮かばなかったヴェラだが、まあ夢なんてそんなものかと自身を無理やり納得させる。


「気がついたか?」


「あ、シューくん」


 ヴェラが顔を上げると、そこにはシューの姿が。

 夢で見た姿よりも、初めて会った時よりも、立派な青少年へと成長した姿がそこにあった。


「そうだ! ミスフィットは――!」


「突破されたよ」


 そう言ってシューは、地下へと繋がる扉があった(・・・)場所を指さす。

 ヴェラがそちらに目線を向けると、道を閉ざしていた強固な扉が粉々に破壊されていた。

 それを認識したヴェラは、改めて自分たちが負けたこと、ミスフィットの侵攻を阻めなかったことを理解する。


「そっか……私たち、負けちゃったんだ」


「こうして命があっただけましだろ。殺されててもおかしくなかったんだから。それより立てるか? もう俺たちは戦えない。追加で敵の増援の可能性がある以上、ここから移動するべきだ」


「うん、だいじょ――っつう!」


 一人で立ち上がろうとしたヴェラだったが、そのとき右足に激痛が走る。

 戦闘中、トーヤから攻撃を受けた部分だった。

 踏ん張りがきかず倒れそうになるところを、ギリギリでシューが受け止める。


「大丈夫か?」


「ごめん、ありがとうシュー」


「戦ってる最中は身体強化魔法とアドレナリンで誤魔化せてたんだろうが、最悪折れてる可能性もある。無理するな」


「うん、ちょっと寄りかからせてもらうね」


 ヴェラはシューの肩に腕を回し、体重を預けながらなんとか移動を開始する。


「……」


「……」


 敗北した気まずさもあってか、二人の間に会話はない。

 そもそもシューが自分から話しかけることはほぼないため、ヴェラが話しかけなければ必然的に会話はなくなる。

 こうして無言のまま落ち込んだ気分で歩いていると、ヴェラは昔のことを思い出した。

 家族を失い、従者を失い、家を失い、全てを失ったヴェラが、唯一残った使用人であるシューと共に、あてもなくさまよっていたあのころのことを。


 あの時はしんどかったな――などと考えつつ、ヴェラはすぐ隣にいるシューの顔を見つめる。

 優秀だったシューはヴェラの家が没落したとき、他にいくらでも働き手があったはずだった。

 にも関わらず、シューはヴェラと共に行動し、ヴェラだけならどうしようもなかったであろう窮地を、シューの力で何度もくぐりぬけてきた。


 そのためヴェラはシューに感謝の気持ちしかない。

 かつては主人と従者だったこともあり、そこに恋愛感情は皆無だが、ヴェラにとってシューは誰よりも信頼している相手。

 

 信頼している――だからこそ、ヴェラは先ほどの夢がどうしても気になった。

 シューはヴェラの家の使用人として働く前は、小さな商会の末っ子だったと聞いているため、あのようなゴミ山で過ごしているはずがないのだ。

 それでも、あの夢にはどこか無視できない現実味があったため、ヴェラは思い切って尋ねてみる。


「ねえシュー…………エストって名前、聞いたことある?」


「…………いや、ないな」


 シューはヴェラの方を見ることもなく告げる。


「だよねー、あはは……」


 素っ気なく告げられ、少し冷静になったヴェラは、自分の見た夢の中だけの話を本気で尋ねてしまったことに恥ずかしさを覚えた。


「ごめんね変なこと聞いて。忘れて欲し――つうっ!?」


 誤魔化すようにしてシューに話しかけたその時、また足の痛みが強くなり、ヴェラはその場に倒れこんでしまう。

 

「あれ、おかしいな……」


 ズキズキと痛む足を抑えながらうずくまるヴェラ。

 ヴェラがおかしいと感じたのは、足の痛みに対してではない。

 足が痛むたびに、その原因である仮面の男が頭に浮かび、それに伴って動機が早くなり、顔が熱くなることをヴェラはおかしいと感じていた。


「なんだろうこれ、すごく変な感じ……!」


 おかしい、おかしい、おかしい。

 あの仮面の奥が気になって仕方ない。

 一体どんな顔をしているのだろうか?

 綺麗な顔なのだろうか、それとも平凡な顔なのだろうか、はたまた醜い顔なのだろうか。

 考えるにつれて体が熱を帯びていくのがわかる。


 ああ、あの仮面を無理やり()がしたい。そして、この手でグチャグチャにしてみたい――


「い、いや……なに考えてるんだろ私。ダメに決まってるのにそんなの……」


 自分でも信じられないような考えが、ヴェラの頭の中で浮かびあがる。

 思い通りにならない初めての感覚に、戸惑いを隠すことができない。

 そんなうずくまりながらうろたえるヴェラを――










 ――親の仇を見るような冷たい眼で、シューは見下ろしていた。





歪んだ関係

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