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偽りの英雄  作者: 考える人
第六章 シール王国統括支部攻防戦
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修復できぬ関係

各地の戦況


 トーヤたちによる指令部地下入り口前の戦闘が終わるのとほぼ同時刻。





 西門壁上での戦いも、その決着がつこうとしていた。


「っつう…………!?」


 バードの隊長であるシェルナの肩口から、勢いよく血が噴き出す。

 シェルナはその痛みにより苦悶の表情を浮かべ、膝をついて傷口を抑えることしかできない。


 そしてそれをやった仮面の少女は、もはや戦いは終わったとばかりに剣を鞘へとしまう。


「隊長――!」


「おっと、ダメだよ動いちゃ」


「っ――――」


 隊長の元へと駆け寄ろうとしたサクキの首には、鋭く伸びる細剣が沿うようにして当てられる。

 動けば殺す――そんな意味が込められたわかりやすい脅しに、サクキは行動を起こすことができない。

 大切な隊長の命の危機にも関わらず、一歩も動けない自身の弱さに対し、怒りでどうにかなってしまいそうなほどサクキの内心は荒れている。


 そんなサクキの首に細剣を当てているのは、仮面の少女の影から出てきたもう一人の仮面を付けた女。

 その女に向かって、肩を抑えながらシェルナは叫ぶ。


ヴィエナ(・・・・)ちゃん!! どうして…………!?」


「…………」


 シェルナは愛すべき大切な実妹(・・)の名を告げる。

 名を呼ばれた女はしばらく無言のままだったが、諦めるようにため息をついて仮面に手をかけた。


「まあ、さすがにバレるか」


 ヴィエナと呼ばれた女は仮面を取り、その素顔をさらす。

 それを見て、この場で最も驚いたのはサクキだった。

 握りしめた手のひらから、血がこぼれるほど感じていた怒り――それを忘れてしまうほどの衝撃がサクキを襲う。


 ヴィエナと呼ばれた女のその顔は、己が敬愛する隊長と瓜二つだったからだ。


 瓜二つといっても、髪型や身長などの違いはあり、ヴィエナの方が少し大人びた雰囲気をかもし出している。


「――あっ」


 ここで初めて、サクキは思い出す。

 シェルナには年の近い妹がいて、ヴィエナという名だったことを。


 そのシェルナは必死にヴィエナへと叫び続ける。


「なんで!? なんでヴィエナちゃんがミスフィットなんかに……!」


 自身の妹が、愛する家族が、犯罪者集団と共に行動している事実をシェルナは認めることができない。

 何かの間違いだと、勘違いだと、言い訳をするように自身に言い聞かせ、目の前の光景との乖離に心がぐちゃぐちゃになるシェルナ。

 戦いの均衡が崩れたのも、それが原因だった。


 もともと拮抗していたシェルナと仮面の少女の戦い。

 しかしそれはヴィエナの参戦によってシェルナの精神面が崩れ、戦いの均衡も崩れた。

 強者同士の戦いで、何か重要な要素が一つ欠けるという事態は、すぐさま勝敗を左右する。

 そうしてシェルナは生じた隙を仮面の少女につかれ、膝をつく結果となった。


 ちなみにパールバルはヴィエナとの戦闘中に、魔法の制限時間である2分29秒をむかえ、魔力切れにより一歩も動けない状態で倒れている。


「ヴィエナちゃん! 私はヴィエナちゃんが学園から急にいなくなったあの日からずっと心配して――!」


「わからないよ」


 シェルナの声にかぶせるようにして、ヴィエナは口を開く。


「なんで?――そんなの、姉さんにわかるわけないよ」


 その声は信じられないほど低く、さらにヴィエナを見つめるその瞳は恐ろしく冷たい。


「今まで一度だって、姉さんは私を理解しようとしなかった。学園からいなくなった理由だって、その様子じゃどうせわかってないんでしょ?」


「ヴィエナ、ちゃん……」


 ヴィエナからの冷たいその言葉に、シェルナはショックを隠せない。

 それと同時に、ヴィエナとの間に深い溝ができているように感じた。

 正確に言うのならば、この時初めて溝があることに気づいた――というのが正しいだろう。




 シェルナは手負い、サクキは動けず、パールバルは戦闘不能。

 下にいる部隊の人間は今だ多く残る魔獣と交戦中。

 戦局は完全にミスフィット側に傾いており、トーヤたちのいる指令部に戦力を送られることがなければそれでいい仮面の少女たちにとって、今の状況はまさに最良の結果ともいえた。





 しかしその戦局は、ミスフィットにもバードにも、さらには統括支部にも属さない男の出現によって、さらに混沌を究めることとなる。


「東か西か迷い、バードの隊長を苦しめる存在がいると聞いてこちらを選んだが、どうやら(ワレ)は正解を選んだらしい」


 一定リズムの靴音と共に届いたのは、低く落ち着いた声。

 命のやり取りが行われる戦場に、緊張感のかけらもなく姿を現したのは、2メートル近くある長身の細目の男。

 男の手には刀が握られており、その眼は仮面の少女を捉えていた。


 この場においてその男の正体を知っているものは、バードの3人のみ。


「ヒューマ・エクス!! なぜ貴様がここにいる!?」


 サクキは本部で待機しているはずの人間がここにいることを疑問に思い、それをそのまま男に――ヒューマにぶつける。

 その声には隠しきれない不信と警戒の感情がこもっていた。


 シェルナとパールバルも同様に、自分たちの味方が現れたにもかかわらず、喜びよりも不安の感情が勝る。

 初対面での騒ぎのこともあり、バードにとってヒューマという人間の印象はかなり悪い。


「なぜもなにも、味方の危機にかけつけるのは、ヒトとして(・・・・・)おかしなことではあるまい」


 軽い笑みを浮かべながら告げるその言葉が、本心からの言葉でないことはバードだけでなく、仮面の少女やヴィエナにも理解できた。

 実際にヒューマの興味は傷ついたバードの面々には一切なく、仮面の少女だけに向けられている。

 一方で仮面の少女も一度鞘にしまった剣を抜き、その剣をヒューマに向ける形で構える。


「……ふむ、いい構えだ。隙が無く、それでいて圧がある。おそらくまだ少女といった年齢で、よくぞここまで鍛え上げたものだ」


 先ほどとは違い、感情のこもった声で仮面の少女をほめたたえるヒューマ。


「刀剣の(たぐい)(たしな)むものとして、そなたのような相手と死合えることほど喜ばしいことはない」


 剣を構える仮面の少女に対し、ヒューマも刀を両手で握り構える。


「いざ――」


 その短い一言が開戦の合図。

 仮面の少女とヒューマ――――二人の魔力が膨れ上がり、周囲の人間はそれだけで肌が痺れる。


 初めからほとんど距離のなかった()が一瞬でゼロになると、お互いの渾身の一撃がぶつかり合い、鉄と鉄のぶつかり合う音が鳴り響いた。








ーーーーーー








 コクマ統括支部指令部 地上階近く



 統括支部副支部長であるナディアは地下へと向かうため、薄暗い廊下を一人の部下も連れず歩く。

 地下に行くこと自体が目的ではなく、地下にいるであろう男に会うため、早足でその歩みを進める。

 その男は仲間であり、同僚であり、学生時代からの友人であり、気心の知れた大切な相手。

 

 ところが現在ナディアの感情は、その男に対する激しい怒りで支配されていた。


 なぜ――?

 なんで――?

 どうして――!?


 その男の行動の意味を何度も考えてみた。

 何か理由があるのかもしれない、何か意図があるのかもしれない。

 しかしいくら考えても、たどり着く結論は1つであり、もっとも認めたくない答えだけが残る。


 だからこそ、本人に話を聞く以外に道はない。たとえその先にあるのが、殺し合いだとしても――


 最悪の事態を想定したナディアは、地上階にまでたどり着く。

 地下まであと少し――そう考えていたナディアだったが、目的の人物はその地上階にいた。

 まるでナディアが来るのを待っていたかのように、そして地下へと続く道を塞ぐように、いつもの気だるげな表情で男は立っていた。


「スカー…………!」


「よおナディア。その様子じゃ、全部バレてるみたいだな」


 男は、バード副隊長であるスカーは、言い訳すらすることなく、ナディアがもっとも言って欲しくなかった言葉を告げた。


「……第二指令室で魔法陣の記録(ログ)を見た時、あなたがシステムに介入した記録が残っていた。その内容は、地下へとつながる扉の『魔術的防御』の解除」


 そこで一度言葉を区切り、ナディアは爆発しそうな怒りを、余すことなくぶつけるかのごとく睨みつける。


「そんなことをする理由は、ミスフィットへの支援以外に考えられない。……裏切ったってことで、いいのよね? シェルナたちバードの仲間を、私たちコクマを……!」


「ちょっと違うかな。俺は初めから、こっち側じゃなかったってだけだ。だからこれは裏切りってより、本性を現したって方が適切だろうな」


 そう言って笑いながら語るスカーの話し方は、気持ち悪いくらいにいつも通りだった。

 その表情も、その声も、その仕草も、学生時代から何一つ変わらないいつものスカー。


 だからこそ、ナディアは余計に腹が立つ。


「なんで、そんなふうに笑っていられるのよ…………!? 友人を裏切っておきながら!!」


「そういうナディアは、コクマに入ってから一度も笑ってないよな。笑顔の形を顔に貼りつけてるだけで、学生時代みたいに本気で笑った姿を見たことがない」


「っ…………!」


「それに裏切ったっていうなら、お前だってそうだろ。『みんなでこの国をより良くしていこう』――卒業するときにそう語った仲間や自分に、今も胸張れるのかよ」


「なにを――」


「地下室でやってることを、俺が何も知らないと思ってんのか?」


 地下室という言葉に、ナディアは初めて口を閉じ、動揺するような表情で下を向く。

 なぜスカーが地下室について知っているのか?――そんな疑問が湧くよりも早く、罪悪感がナディアを襲う。

 しかしそれと同時に、ある言葉(・・・・)も思い出す。

 今もっとも大切な相手と、初めて心が通い合った時にかけられた言葉。



『俺を――助けてくれ』



 それを思い出したナディアは顔を上げ、スカーを真っすぐ見つめて告げた。


「私は、もうサラスティナ魔法学園のナディアじゃない。コクマシール王国統括支部副支部長のナディアよ。あなたをコクマに対する造反者として、私自らの手で処分します」


 先ほどまでの怒りや動揺は消え去り、副支部長としての冷静な決意と表情だけが残る。

 それを見たスカーは諦めるようにぼやいた。


「あーあー、、、戦わずに済めばそれが一番だったんだけどなぁ。やっぱ無理があるわな。もうあのころとは、立場も何もかもが違うんだから」


 少し寂しそうな表情を浮かべた後、スカーは戦闘態勢に入る。


 ナディアとスカー、お互いに戦闘態勢のまま数秒が経過し、先に動いたのはナディアだった。

 ナディアが魔力を消費すると同時に、ナディアの背後に()が出現する。

 決して狭くはない廊下を全て埋め尽くすほどの――――水の壁。


禍水瀑布(かすいばくふ)――(カウ)


 それを見たスカーは慌てて窓の方へと向かい、窓ガラスを突き破って外へと転がり出る。

 先ほどまでスカーのいた廊下は水に埋もれ、割った窓からは勢いよく水があふれ出ている。


 さらに壁を壊すようにして水があふれ、壊れた壁からはナディアが外に足を踏み出す。

 そんなナディアの衣服は一切濡れておらず、水の影響を受けていないのが見てわかる。


「相変わらず……質量任せの暴力的な魔法だな」


 久しぶりに見る同級生の魔法に、スカーは思わず冷や汗を流した。




 スカーがわざわざ、地上階でナディアを待ち構えていたのには理由がある。

 それはナディアを地下に行かせないため。


 ナディアのメインは『水』。

 そのナディアの水魔法は精密な水流操作というよりも、圧倒的な水の物量で押しつぶすことを得意としている。

 先ほどのように、部屋の中全てを埋め尽くす水魔法で攻められた場合、屋内では対処のしようがない。

 圧倒的な質量を叩きつけられ、運よく命を拾ったとしても、待っているのは窒息死。

 ましてや密閉空間で逃げ場のない地下ともなれば、ナディアの敵にとってこれ以上最悪な状況はない。


 だからこそ、スカーはナディアを待ち構え、挑発するように自身を敵であると強調した。

 地下にいるトーヤたちのため、ヘルト家の『影』として命を捨てる覚悟で。


「学園でもセーヤ様の隣は譲らないとばかりに、あのメンバーにもかかわらず、4年間ずっと次席だったもんな。魔法のキレはあのころと何も変わってない。ほんとさすがだよ」


「いつまで学生時代の話をするつもりよ。色々とごちゃごちゃ言っていたのも、学生の頃をずっと引きずっているだけじゃないの?」


「……そうかもな」


 舞台を指令部から外へと移し、二人は命のやり取りを続ける。

 過去を引きずるものと過去を断ち切ったもの――かつての友人同士がぶつかり合う。


 もうあのころには戻れないと知りながら。



一応この作品では、剣と刀を区別しているつもりですが、わりと書きながらごっちゃにしてしまうことが多々あります。


少し遅くなってはしまいましたが、評価ポイントが1000を超えました! ありがとうございます!!

これからもよろしくお願いします!

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