連携と献身
結論から言おう。
ダメだった。
カッツ――――ンと、気持ちのいい高音が部屋に響き渡る。
俺とリリーの額がノーガードでぶつかった音だ。
「おぐぉおぅお……!」
「ほでゅうあぁあ……!」
仮面越しにもかかわらず、あまりの痛みに俺とリリーは悶絶し、意識が飛びかける。
今日受けたダメージの中で1番かもしれない。
なぜこうなったのかと問われれば、その答えは余りにもマヌケなものだ。
攻撃をくらったわけでもなければ、策にハメられたわけでもない。
連携をとることなど微塵も意識せず、お互いが好きなように動き、好きなように走り回った結果、俺とリリーは正面衝突を起こした。
「バカかお前!!! 今さらお前に相手を思いやるなんて高等技術求めてねえんだから、せめて前見て行動するくらいの知能見せろよ!!!」
「下の人間が上の人間に道を譲るのは貴族社会の常識じゃないですか!! 私は道端の塵芥やゴキブリを気づかような教育は受けてないんですよ!!!」
こんのクソ王女……いつだって世界が自分中心に回っていると思ってやがる。
世界は俺を中心に回っているというのに。
ちなみに、この正面衝突によって俺とリリーの仮面にはヒビが入っている。
特注で作らせた仮面のため、そう簡単に壊れない作りなのだが、まさかこんな形で壊れかけるとは夢にも思わなかった。マヌケが過ぎる。
当然ながら、俺とリリーの罵り合いをシューとヴェラが黙って見ているわけもなく――
「げっ」
「やばっ」
俺はシューからの遠距離魔法攻撃を、リリーはヴェラの魔導銃による不可視の攻撃を、それぞれ別方向に逃げて避ける。
「左だ!」
「わかった!」
シューとヴェラは短い言葉を交わすと、的確に自分たちが有利になる位置を取る。
わずかな言葉と身振り手振りのみで、お互いの意志を共有し、ズレなく同時に動くその連携は、正に完璧と言いたくなるほど。
長年の付き合いによる信頼関係が感じられる。
俺とリリーの自爆連携とは比べ物にならない。
状況的には2対2のはずなのだが、2対1対1の気分だ。敵が3人いる。
俺も細かく位置を移動しながら、相手の有利をかき消すようにその都度考えて行動しているのだが、そこに何も考えていないリリーが突っ込んでくるわけだ。
シューとヴェラは敵としてだが、合理的に動いている分、リリーの方が厄介かもしれない。
そんな味方からしても厄介なリリーの動き。ならば敵からすればもっと厄介なのではないかと期待したのだが、シューとヴェラはリリーの動きに完璧に対応していた。
なんであんな変態の動きに対応できるんだ? こいつらも実は変態側の人間か?
いくらヴェラの魔眼の力があるとはいえ、相手の読みが深すぎる。
あ、そういやリリーに魔眼のこと伝えるの忘れてた。
「リリー! ヴェラは魔眼保持者だ!! その能力はおそらく『他者の視覚共有』――お前が見ている光景とまったく同じ光景をヴェラは見てるぞ!!」
細かい発動条件等は不明だが、魔眼の詳細に関しては間違いない。
隠れた状態で俺たちの居場所を的確に探り当てたのも、魔眼の力によるものだろう。
「なるほど! 魔眼ですか! ちなみに対応方法は!?」
「目を閉じて行動しろ!!」
「無いなら無いと素直に言ってくれませんかねぇ!!」
そう文句を垂れるリリーだが、実際にそれしか今のところ対応方法がないのだから、他にアドバイスのしようがない。
相手の視覚を共有する――ただそれだけなら、それほど厄介な魔眼でもない。
問題なのは、共有した視覚情報を最大限利用し、常にこれしかないと言えるような絶妙な手を打ってくることだ。
次から次へと状況が細かく変化していく戦闘で、単純に人よりも倍多い情報を処理し、行動にまで移すのは並大抵のことではない。
そしてそれを、頭が……その、こう……頭が悪いヴェラができるとは考えづらい。となれば、それを行っているのは間違いなくシューだ。
シューとヴェラが行っている意思疎通の行動は、短い言葉とアイコンタクト、そしてわずかな身振り手振りのみ。
少なくとも魔眼で見た詳細な情報を伝えあうような行動はとっていない。
じゃあなぜ、シューがヴェラの魔眼による視覚情報を前提に、思考しながら行動できるのか?
精神感応という線も考えられるが、やはり1番可能性が高いのは『共有の共有』――
つまり、ヴェラの魔眼には、共有した視覚情報を第三者に見せる力があるというものだ。
具体的に言うと、リリーの視覚情報をヴェラが共有して、その視覚情報をシューに見せるといった形で。
と、ここまで色々考えながら戦ってきたわけだが、状況を理解すればするほど絶望感が増していく。まさに最悪の展開だ。
魔法面では総合的に見てあちらが上。
ダメージ面では間違いなくこちらのほうが重症。
戦術面では見事に上回られており、暴走メスチンパンジーも抑え込まれている。
連携面ではもはや勝負にならない。
現状、俺たちには何一つとして勝てる要素が存在せず、正攻法では勝ち目が皆無。
ならばどうするか。答えは決まっている――
さらに不確定要素をぶち込むしかない。
「リリー! 何も考えずに全力で動け!」
「っ!? いいんですか!? 本当にあなたのことを一切気にかけず動きますよ!?」
「それでいい! 変な気使ってんじゃねえ!! 本能のままに戦え!!! 勝ったらツエルとのデート回数を増やしてやる!」
俺がまず行ったのは、リリーへはっぱをかけること。
もちろん、他力本願なんてするつもりはない。
あくまでこれは策を成功させる要素の1つ。
俺の言葉を受けたリリーの動きは急激に変わった。
より速く、より鋭く、力強く。
さらに平面的な動きだけでなく、移動棚を利用して飛び跳ねることで立体的な動きも加わる。まじでチンパンジーじゃん。
とにかくこれでシューの魔法も、ヴェラの魔導銃も、もはや当たることはないだろう。
気になってはいたんだ。いつもよりリリーの動きが遅いことに。
理由はわからないが、やはり動きをセーブしていたらしい。
セーブしときながら正面衝突するのは意味わからないが。
「アハッ、ハハハッ、アハハハハ!!!」
身体的なリミッターを外したことで、精神的にも開放されたのか、短い笑いを途切れ途切れに繰り返すリリー。こっわ。
ただ気分が上がっているのはいいことだ。パフォーマンスの向上にも繋がる。
さて、リリーはこれでオーケー。次は俺だ。
観察しろ、考えろ、行動しろ。自由気ままな王女様のご機嫌を損ねないために、最大限の努力を。
俺は自分自身に言い聞かせるようにして、集中力を限界まであげていく。
時間にしてコンマ数秒――カチリと、俺の意識が1段階深く沈んだ。
あの日、鬼族の村でメリダと戦った時と同じ――いや、それ以上の集中状態を維持し、俺は走り出す。
「っ!?」
「うそっ!?」
急変した俺とリリーの動きに、シューとヴェラは戸惑いを見せる。
しかしそれはほんの刹那。
すぐに戸惑いを振り払い、こちらに攻撃を加えようと動く。
俺のナイフや拾った魔具の投擲。
リリーの魔力弾や様々な属性の単純放出系魔法。
シューの遠距離攻撃魔法。
ヴェラの魔導銃による不可視の攻撃魔法。
全員が常に高速で動き回りながら、多種多様な魔法(俺を除く)が飛び交う。
場は正にカオス。わずかでも動きを止めてしまえば、次の瞬間には誰かの魔法を受けて木っ端微塵。
今ここは間違いなく死の最前線だ。
そしてその死に現在最も近いのは、俺だった。
「もっとだ……もっと、もっと。見ろ。見ろ。見ろ」
死の雨をかわし続けながら、俺は頭をフル回転させ、自身に言い聞かせる。
賭けにも近いこの策を、成功に導く1番重要なピースを揃えるために。
俺があいつなら、今どこにいると助かる?
何をしてほしい? 何を求めている? 何を見ている? 何を見落としている?
過去から現在、今まで見てきたほんのわずかな言動さえも考慮に入れろ。
体の動きを、目線の動きを、筋肉の動きを、呼吸を、指先のかすかな動きですら見逃すな。
今の俺は――――リリーの僕だ。
ーーーーーー
シューとヴェラ。2人の本当の『メイン』は、トーヤたちが事前に調べていたものとは全く異なる。
シューのメインは『衝物流転』――物理的衝撃をヒトやモノを通して伝える魔法であり、相手の位置を捕捉さえできれば、その効果範囲は100メートル近くにも及ぶ。
ヴェラのメインは『不可視の貫弾』――名の通り不可視の弾丸を放つ魔法であり、その弾丸はありとあらゆる物を貫通するほどの威力を持つ。本来、その魔法を1発撃つためにかなりの時間を要するのだが、コクマが開発した特別製の魔導銃を用いることで、その時間をかなり短縮している。
それらに加え、ヴェラは『共鳴の魔眼』という名の魔眼保持者でもある。
魔眼の能力はトーヤの予想通り、他者の視覚を共有するというもの。さらにその共有した視覚を別の人間と共有することもできる。
この能力を用いて、ヴェラは常時シューと視覚の共有を行っていた。
魔眼を利用したそのシューとヴェラの戦い方は、連携面において『バード』内で右に出る者はいないほど。
そしてその連携の根幹を、シューの頭脳が支えている。
シューは相手の動きと視界を見て、考え方やクセを理解し、次の動きを予想して戦う。
その精度はヴェラ曰く、未来視となんら遜色がないほど。
知識の豊富さも相まって、バードの頭脳と言っても過言ではなく、仲間内では誰もが認める天才。
そんな天才の頭脳が、経験したことのない不可解な動きによって狂わされていく。
唐突に変化した二人の動き。
バラバラだったはずの動きが、驚異的な速度で重なり合う。
あまりのその速さに、行動予測とのズレが大きくなっていくのをシューは実感していた。
「ヴェラ! とにかく距離を保て! ここは耐えろ!」
ズレを修正するためには、動きが急変した理由を突き止める必要がある。
そのためシューはヴェラにしばらくの間、敵からの攻撃に耐えるよう指示を送り、自身は敵二人の動きを分析することに思考を集中させる。
女の動きの変化はわかりやすい。わずかな合理性を残し、本能のまま戦っていた今までの動きが、より本能的になり、合理性を投げ捨てた状態になっただけのこと。厄介なのは確かだが、視界を共有しつつ、ヴェラと二人がかりであればギリギリ対応できる。
問題なのは男の方だ。最初こそ、味方にも関わらず女の動きに翻弄されていたため、ほとんど警戒する必要がなかった。しかし今、男の動きはでたらめこの上ない女の動きと、驚異的な速さで確実に連動してきていた。
動きの速さや判断速度が増したというだけでは、どうしても説明がつかない。こいつらは一体どうやって連携をとっている?――――
そこまで考えて、シューはあることに気づく。
「そもそも連携なんてとってないのか…………?」
つい口に出してしまうほど、疑問の答えかもしれない推測はシューの常識から外れていた。
しかし常識から外れていても、状況がそれを正解だと物語っており、なによりもシューの直感が、思考を上書きするほどの警告を発している。
シューにとっての直感とは、冷静に積み上げた思考を無視してでも優先すべきもの。すなわち、生命線と言っても過言ではない。
今まで窮地に立たされた時、シューを救ってきたのは直感で判断した行動。そして今回も、その直感を信じ、シューはヴェラに指示を送った。
「ヴェラ! スライド!」
スライド――――シューとヴェラの二人の間で決められていたその言葉の意味は、魔眼による視覚共有の対象変更。
つまり、視覚共有をリリーからトーヤに変更する指示だった。
ヴェラはその指示に迅速に対応し、それに伴ってシューにもトーヤの視界が共有される。
トーヤの視界が共有され、10秒も経たずに自身の直感が正しかったことをシューは理解した。
トーヤがその眼に映すのは、味方であるリリーの姿ただ1つ。
もちろん、必要最小限とばかりにシューやヴェラの動きにも目を向けている。
だが、そのほとんどはリリーを捉えていた。
戦闘において、敵の動きを注視しないという常識外れの行動。
トーヤの行動は、敵がどう動くかではなく、仲間がどう動くだけを考えている。
リリーの邪魔にならない動きを、リリーの助けになる動きを、リリーのミスをカバーする動きを。
リリーのためにどう動くか――それだけが絶対的な指針。
連携などとはほど遠い、一方的な献身。
それがトーヤとリリーによる連携もどきの正体だった。
理解できない異常な動き――――しかしその動きに自分たちが押されているのも事実。
その事実を受け入れ、シューは対策を考える。
「…………」
思考時間は数秒ほど。その数秒で選択した案は、『リリーの動きに合わせるトーヤの思考をトレースして予測する』というもの。
リリーがトーヤの動きを気にかけていない以上、リリーの対応に重きを置けばトーヤがフリーになってしまう。
しかしトーヤの動きをマークすれば、トーヤはリリー最優先で動いているため、その延長でリリーの動きも読むことができると考えた。
そこに『リリーの動きを予測できないかもしれない』といった懸念は微塵も存在しない。
俺ならできる――――その揺らぐことのない自信が、考え出した案を迷いなく決行させる。
今度は声を出さず、シューはジェスチャーで、ヴェラに視覚共有の対象をトーヤのままにして戦うことを伝えた。
当然ながら、視覚の共有をリリーからトーヤに変更したことで、必然的にシューとヴェラの動きは変化する。
トーヤは、それを待っていた。
それこそが、トーヤの策を完成させる最後のピースだった。
ーーーーーー
リリーはトーヤを見誤っていた。
トーヤの身体能力が高いのは認めているし、頭がキレることも理解している。
しかし実際にトーヤが本気で戦うところを見たことがなかったリリーは、目の前で敵を翻弄し、自身の動きに完璧に合わせてくるトーヤに驚きを隠せない。
見誤っていた――――悪く言えば、侮っていた。
トーヤの動きは、まるでもう1人の自分と、己の全てを理解した忠臣が同時に存在しているかのような感覚をリリーに与える。
そしてその相手が、普段は自分に対しこの世でもっとも不敬な人間だという事実に、リリーの気分は最高レベルで高揚していた。
「フフッ、フフフフッ、アハハハハ!」
トーヤの姿が、かつてフタツ山で共闘したツエルと重なる。
まるで自分の全てを知り尽くされているような、一瞬のまばたきですら気にかけられているような不思議な感覚。
己が誰かに理解されるという喜びを、リリーは余すことなく享受する。
戦いが進んでいく中で、突如として敵の、シューとヴェラの動きが変わったことをリリーは察知した。
それはヴェラが視界共有者をリリーからトーヤに変えたため生じたもの。
しかし、敵の動きなんて関係ない。私は私の動きたいように動く――そういつもと変わらず、リリーは自己中心的な本能のままに動こうと考えていたその時、トーヤと目が合った。
高速で動き回る中、偶然合ったというわけではなく、トーヤの瞳は力強くリリーの眼に向けられている。
何かを訴えかけてくるような力強い眼を見て、それだけでリリーはトーヤが何をしたいのか、本能的に理解することができた。
まるで情報を眼から流し込まれるような不思議な感覚だったが、リリーは止まることなく衝動のままに突き進むことを選ぶ。
この時、動きの主導権がリリーから、トーヤへと移行していた。
こい!!――――
聞こえないはずのトーヤの声が聞こえ、リリーは全速力で走り出す。
向かう先は敵ではなく、トーヤのいる方向。
そしてトーヤも、敵ではなくリリーに向かって走り出す。
トーヤはヴェラに、リリーはシューに。お互いが敵に背を向け、味方に向かって走り出す本来なら愚策中の愚策。
しかしトーヤとリリーの表情に陰りはなく、ただただ興奮したように笑っている。
一瞬で触れ合える距離まで近づくと、リリーはトーヤの目の前で2本指を立て、自身はもう片方の腕で顔を覆い、目を閉じた。
この一連の行動を見て、シューはトーヤとリリーがやろうとしていることを察し、なおかつそれが最悪の展開であることも同時に理解する。
「ヴェラ!! 今すぐ共有を――!!」
シューの叫びもむなしく、最後まで言葉を言い切る前に、リリーの魔法が発動される。
『一閃』
それは複雑な魔法でもなんでもなく、ただ強烈な光を放つだけの魔法。
その魔法によって、一瞬だけ部屋の中が眩い光によって覆われる。
本来なら軽い牽制に使われるだけの単純な魔法だが、それを正面から、目を逸らさず、目と鼻の先で直視すればどうなるか?
「ぐぅっ、クッ……!?」
「アアアアアッ!!?」
当然、しばらくの間は視力が使い物にならなくなる。
その状況を避けたのはリリーのみ。
魔法の直撃を受けたトーヤと、トーヤと視界を共有していたシューとヴェラには、目に痛みを感じるほどの衝撃が襲う。
攻勢はそれで終わらない。
トーヤとリリーはすれ違うようにしてそのまま走り続け、トーヤはシューに、リリーはヴェラに。
まだ目を覆いながら苦しむ二人に向かって接近する。
同じように視覚機能を一時的に失っているはずのトーヤだが、トーヤはまるで相手の姿が見えているかのごとく、一直線にシューに向かっていく。
リリーの方はすでにヴェラと至近距離まで接近するが、突然のことに軽くパニック状態のヴェラは、リリーが近くにいることすら気づけない。
「私からのお礼をしっかり味わってくださいね。お腹に穴を開けられたのは初めてだったんですから」
そう言って楽しそうに笑いながら、リリーは無防備なヴェラに両手の拳で乱打を加える。
「うあっ…………!?」
首、腕、肩、胸、腹に合わせて十数発もの身体強化がのった拳をぶつけられ、痛みの許容限界を超えたヴェラを意識を落とした。
一方でシューはヴェラとは違い、視覚機能こそ失っているものの、パニック状態になることなく冷静に状況を把握する。
自身が何をされたか理解していたからこそ、迅速に次の行動を考えることができた。
姿こそ見ることができないものの、足音から誰か――おそらく男のほう――が近づいてきていることも把握している。
その上でシューは、接近に気づいていないフリをした。一撃必殺のカウンターをくらわせるために。
シューのメインである『衝物流転』は、ダメージをモノからヒトに流す場合、ヒトがモノに触れている付近にしかダメージを流すことができない。
トーヤの受けたダメージが、ずっと足に集中していたのはこれが原因である。
しかし服越しや人体への直接的な攻撃であれば、そのまま体内にダメージを流すことができる。
つまり、心臓や脳といった人体の急所に、直接殴りつけるのと同等のダメージを与えることができるということ。
まさに一撃必殺であり、相手の命を確実に奪うことのできる魔法。
眼を抑え、痛がるフリをしながら魔力を右手に込め、魔法がいつでも発動できる準備をシューは整える。
そしてついに、手を伸ばせば触れられる間合いまでトーヤが接近したことを、気配と音だけでシューは察知した。
痛がるフリをやめたシューはトーヤに向かって拳を伸ばし、渾身の魔法を発動する。
目が見えない状態では、特定の部位を狙うことができない。
しかし少しでも相手の体に触れられれば、それだけで衝撃を流すことができる。
そのためシューが狙うのは、人体の正中線。多少ずれても外れることはないそこに向けてシューは腕を伸ばす。
『衝物流転・人身』
伸ばしたその腕の先で、拳が何かに命中する手ごたえをシューは確かに感じる。
しかし命中したその瞬間、衝撃を敵の体内に流すことはできなかった。それどころか、触れた拳から魔力を吸われたのだ。
不可解すぎるその現象にも、シューは思考を止めることなく、その不可解な現象の正体を探り当てる。
そしてコンマ数秒で、その答えにたどり着いた。
「魔吸石か!!」
「ご名答!!」
シューの解答に満足して笑いながら、トーヤは持っていた石を――魔吸石を放り投げ、今度はトーヤがシューに向かって手を伸ばす。
既にシューの防御は間に合わない。そのため身体強化を全開にすることで、シューはトーヤからの攻撃を防ぐのではなく、耐える方向にシフトする。
そしてトーヤの拳がシューの体に触れた瞬間、まるで衝撃を体内に流される――――自分の魔法攻撃を受けたような衝撃がシューの体内を巡った。
『偽・衝物流転』
攻撃を受けたシューは足の力が抜け、その場に仰向けで倒れこむ。
この時シューは、体よりも先に心が敗北を悟っていた。
そんなシューを見下ろすようにして、トーヤが笑いかける。
まだ目が痛むのか、その顔は半目状態だった。
「どうだ? 魔法を使わず、技術だけを用いた技だ。流石にモノからヒトにダメージを流したりはできないし、精度もそんなに高くないけどな。お前が最後にやろうとしたこともこんな感じだろ?」
トーヤのその言葉を聞き、シューはつい乾いた笑いを出してしまう。
「ハッ、ハハッ…………あー、俺の負けだ」
どこか悔しそうに、どこかスッキリしたような様子でシューは敗北を告げ、この戦いに決着がついた。
コクマシール王国統括支部 指令部地下入り口前の戦闘
勝者 トーヤ&リリー
過去一番の長さになった。




