特殊性癖
トーヤ&リリー vs シュー&ヴェラ
ズキズキと痛む両足が思考の邪魔をする。
それでも、『考える』という俺にとって一番の武器を捨てるわけにはいかない。
「状況を整理しろ。思考を止めるな。未来を読め――」
自身に言い聞かせるようにして俺は口に出す。
ちなみに、Sシステムによる『内部感知』に引っ掛からないようにするため、魔法陣は今回持ってきていない。
そのため正真正銘、この体一つで戦わないといけないわけだ。
部屋の奥では、激しい戦闘音が鳴り続けている。
おそらく復活したリリーが暴れているのだろう。
リリーは強い。性格に関してはもう救いようがないが、実力は確かだ。
王室育ちのくせして、目つぶしや金的を躊躇なく行う非道な心も持ち合わせている。
そう簡単にやられはしないだろうが、敵は戦闘部隊の人間かつ数的不利もある。
仕方ない。助けに行ってやるか。
俺は戦闘が行われているであろう場所に近づく。そこら辺に落ちていた手のひらサイズの魔具を手にとって。
そして正に戦闘の場へとたどり着くその直前、慌てるような声で戦闘中だったヴェラが叫んだ。
「シュー! 後ろ!!」
移動棚の後ろから俺が姿を現すと、そこはちょうどシューの背後をとる位置だった。
奇襲をかけるにはもってこいの絶好の位置。
しかしヴェラの声のせいで俺の存在はバレてしまっており、シューはしっかりとこちらを視認している。
効果は薄いが、何もしないよりマシだと考えた俺は、持っていた魔具をシューに向かって投げつけた。
当たり前のようにその投擲攻撃は避けられる。
けどこれでいい。相手の隙を作るには十分だ。
その隙をリリーが見逃すわけがない。
「挟み込むぞリリー!」
ここであえて俺は敵に聞こえるように大声で叫ぶ。もちろんこれはブラフだ。
俺とリリーでシューを挟み込むような形をとる――――と見せかけて、俺はヴェラを攻撃対象とすべく、わずかに目線をヴェラへと向けた。
ヴェラは挟み込まれる仲間を助けるべく、自分から背を向けたリリーに対して魔導銃を構えており、まったくこちらの攻撃を警戒していない。
攻撃の成功を確信した俺は、服の中に隠していた小型ナイフを取り出したその瞬間、ヴェラが驚いた表情をして俺を見た。
――――読まれた?
いや、表情からして読んだのではなく、気づいたといった様子だ。
ならどこに気づかれる要素があった? ヴェラの意識は完全にリリーに向いていたにもかかわらず、なぜ俺の攻撃を察知できた?
不可解な状況に思考の大半が持っていかれてしまう中、近くの棚に積まれていた大量の書類が爆ぜた。
「ぶふぉ!?」
その爆ぜた書類がリリーに降り注ぎ、またもやマヌケな声を出して生き埋めになる。
おそらくシューによる遠隔攻撃魔法によるものだろう。
シューとヴェラはその隙にこの場から離脱していく。
「おら、はよ起きろ。攻撃が来るぞ」
「ああもう! なんなんですかあいつら!? タフェフィリアですか!??」
先ほどよりも埋まり方が軽かったため、すぐにリリーは生き埋め状態から脱出する。
「とにかく何をするにしても移動しながらだ。とどまってると遠隔攻撃をくらう」
「そうでっ……すね」
「どうした?……ってお前、さっきやられてたのか」
一瞬だけ苦しそうな表情を浮かべたリリーの体に目を向けると、左わき腹から血がにじみ出ていた。
「ヴェラって子の魔法にやられました。まさかあれほど威力の高い魔法を使うとは思ってもいませんでしたよ。しかも不可視のおまけ付け……いや、本来なら避けられたんですよ? ただ初見だったことや慣れない環境で――」
暗に油断していたと告げるリリー。
とても言い訳がましいが、不可解であることは確かだ。
ヴェラのメインは情報通り『広域定位』――効果範囲内にいる相手の位置を特定する魔法。
見えない位置にいるこちらに対し、的確に遠距離攻撃を当ててくることから間違いない。
しかし、俺の中には強烈な違和感が2つあった。
1つは、あの魔導銃による不可視の強力な攻撃。
あの威力は間違いなくメインだった。
だとすれば、ヴェラにはメインが2つあるということになる。
ただ魔導銃を使っていたことから、未知の魔具による効果である可能性が高い。
問題なのはもう1つの方――ついさっきの、俺の攻撃を察知したことだ。
なぜかはわからない。でもなぜか、無視できない強烈な違和感として俺の頭にこびりついて離れない。
なにか、致命的な思い違いをしているような…………
思い出せ、思い出せ、思い出せ。
部屋に入ってから今までの一連の動きを全て。
頭で理解するよりも先に、本能が何かを感じ取っている。
ならばその答えが絶対にどこかにあるはずだ。
必死に頭を回転させる俺だったが、それを邪魔するようにまた激痛が走った。
走っていた最中だったため、走りの勢いのまま前方へと転がりながら倒れこんでしまう。
「くっそ! 足ばっか狙いやがって! ポドフィリアかよ!?」
骨を金づちで直接叩かれているような痛みを我慢し、すぐに立ち上がってまた走り出す。
何度もくらったおかげか、シューの魔法の方はかなり理解できた。
物理攻撃を、モノや床を通して流す魔法――それがシューのメインだ。
物理攻撃によって与えた衝撃だけを、狙った位置に流すというエグイほど緻密な魔力制御が必要であろう魔法を、いとも簡単に操っているのは正に脅威と言っていい。
しかし本当に恐ろしいのは、相手の動きを的確に読んでいることだ。
シューの使っている魔法は、実際に物理攻撃を行ってから、狙った位置に流すまで少し時間差がある。
にもかかわらず、いくらヴェラの魔法でこちらの位置が分かるとはいえ、的を絞らせないようジグザグに走っていた俺に対して、しっかりと攻撃を当ててきた。
さっきの直接顔を合わせた攻防でも、ちょうど俺が避ける位置を読んで魔法をあらかじめ発動させていた。
これだけ何度も攻撃をくらえば嫌でも分かる。
シューという少年はかなり頭が切れる。
そこにヴェラの魔法が加われば、もう手が付けられない。
先ほどの違和感の正体がつかめない今、俺たちが最優先ですべきことは――
「リリー、あの二人を引き離すぞ」
「了解です。私はヴェラちゃんの方でいいですか? お腹のお礼もしたいので」
「いや、そっちは俺が行く。確かめたいことがある」
「ええー」
「文句言うな」
「仕方ありません。代わりにシューくんを可愛がってあげましょう」
そう言って舌なめずりをするリリー。
性的な意味にしか聞こえないが、まあ役割を果たしてくれるなら何でもいい。
「じゃあさっそくだが、この方向に向かってアレを使え」
俺はシューとヴェラが潜んでいるであろう方向を指さす。
「いいんですか? こんな狭い空間でアレを使えば大惨事ですよ?」
「いいんだよ。それが目的なんだから。計算された動きには混乱を起こしてなんぼだ。まあ一応気持ち弱めで」
「わかりました。では――」
リリーは右手の手のひらを上にして、唇の少し下あたりで固定する。
それは俺が『アレ』と言った魔法を発動するための構え。
「『集え精霊よ 我がもとへ 神秘をここに』」
詠唱と共に、リリーの手のひらに膨大な魔力が集まっていく。
目に見えるほどその膨大で濃密な魔力は、まるで凝縮されるように一点に集まると、小さな球体となってリリーの手のひらに収まる。
そんなハチ切れんばかりの魔力の球体に対し、リリーはまるでロウソクの炎を消すかのように優しく、息を吹きかけた。
『精霊の息吹』
リリーが息を吹きかけたと同時に、魔力の球体が爆ぜる。
炎でも、風でも、水でも、土でもない。
無属性の――言うなれば、魔力の塊そのものを質量としてぶつけるその魔法。
ただの魔力弾とは比べ物にならないそれは、いくつもの移動棚を吹き飛ばし、床がめくれ上がり、放った先に甚大な被害をもたらしていた。
貴重な資料や魔具のことを考えると、もったいないという思いもあるが、こればっかりは仕方ない。許してくれ研究者諸君。
「お、いたいた」
魔法によって開けた視界の先に、俺はシューとヴェラの姿を見つける。
なんとか防御魔法で防いでいながらも、信じられないといった表情を浮かべている二人だったが、すぐ正気に戻り、またその姿を隠そうと動き出す。
「そうはいくかよ」
俺は持っていたナイフを投げる。
狙いはシューとヴェラが立っているちょうど真ん中。
距離があるため、そのナイフは簡単に避けられてしまう。俺の狙い通りに。
簡単に避けられるからこそ、防御魔法で防ぐのではなく、避けてしまう。
そのため、シューとヴェラがお互い別方向に避けたため、二人の距離がわずかに空く。
それを待ってましたと言わんばかりに飛び込む獣が一匹。
「シューく~ん! あーそびーましょ~~!!!」
「ぐっ!?」
策も何もあったものではない。
様々な攻撃の選択肢がある中で、リリーはシューに向かって体当たりをかました。
それによってリリーとシューは部屋の奥の方へと吹き飛んでいく。
「シュー!?」
慌ててシューの元へ向かおうとするヴェラだったが、俺がそれを邪魔するように立ちふさがる。
「おっと、あんたは俺と遊ぼうぜ」
ヴェラの表情からは、わかりやすく動揺の色が見てとれた。
しかしすぐに持ち直し、キッと睨みつけるように俺を見ながら魔導銃を構える。
そんなヴェラの瞳は、宝石のように輝いていた。
明らかに普通の輝きではない。
まるで引き込まれそうになるほどの神秘的な輝き。
それを見た俺は、違和感の正体をすべて理解した。
そうか……そういうことだったのか…………
「――魔眼か」
「っ!?」
先ほどよりも明らかに激しい動揺を見せるヴェラ。
その姿は、俺の言葉が正解であると語っていた。
ヴェラの瞳の輝きは、魔眼が発動していることの証。
さっきみたいな薄暗く距離もある中ではわからないはずだ。
魔眼の詳細まではまだわからないが、魔眼だとわかっただけでかなり戦いやすくなる。
ヴェラは必死に動揺を押し殺し、俺を睨め付けながら魔導銃を構えた。
たしかに魔導銃から放たれるあの魔法は脅威だが、この距離ならヴェラが引き金を引くタイミングかつ、キャンセルできない瞬間を見極めて避けることができる。
そして避けると同時に、懐へと飛び込んで押さえつけ、人質にでもすればシューの方も大人しく降参するだろう。
そう算段をたてて構えるが、魔導銃の引き金は一向に引かれない。
動いたのはヴェラの手ではなく口だった。
「……スカーさんと、イースくんはどうしたの?」
少し震えるような声で、それでもヴェラの瞳はこちらを力強く睨んで離さない。
ああ、そうか。ヴェラは俺たちがスカーとイースを倒してここに来たと思っているわけか。
最悪、殺されていることすら想像しているのだろう。
どっちも裏切りましたよ――なんて知ればひっくり返りそうだ。
別にわざわざ教えてやる必要もないが、ここはあえて嘘で挑発してみることにする。
純真無垢という事前情報のあるヴェラならば、間違いなく動揺するだろうと考えたからだ。
「気になるなら確認してきたらどうだ? 変わり果てたお仲間の姿が見れると思うぜ。ああ、……お仲間の顔だと判別出来たらいいけどな」
俺のそんな挑発に対し、絶望と怒りが合わさった表情を浮かべたヴェラは、ためらうことなくその引き金を引く。
それを俺は苦も無く避け、その隙にヴェラとの距離を一気につめる。ここまではイメージ通り。
ヴェラに手を伸ばせば直接触れられる距離まで近づいたところで、俺はまず武器を奪うために魔導銃を持つ右手に手を伸ばす。
しかし、その伸ばした手は空振りに終わる。
「……?」
単純に避けられただけならば、何も不思議なことではない。
ただヴェラの避け方は、まるで俺がそこに手を伸ばすのをわかっていたような、そんな避け方だった。
偶然と呼ぶには、あまりにも確信めいた動き。
ヴェラはあまり頭が使えるタイプではないとも聞いていたので、動きが読まれたと考えるには違和感がある。魔眼の能力か?
俺は疑問を持ちながらも、ナイフを取り出して攻撃を加え続けた。
ナイフでの切りつけや投擲、拳や蹴りに頭突き、ブラフも交えたそれらは全て完璧に防がれる。
もちろん、ヴェラは戦闘部隊の人間だけあって、身体強化魔法のレベルは高い。
さすがに魔人ほどではないが、こちらに手を抜く余裕などない。
とはいえ、さすがにここまで攻撃が当たらないのは変だ。
ヴェラは間違いなく、俺が次にどう攻撃するかを把握している。
どうやって――――なんて言うつもりはない。
魔眼の力であることと、これまでのヴェラの動きから考えれば、その答えを導くのは難しいことではない。
俺とヴェラ、お互い決定打がない攻防が続く中で、俺はその現状を打破するために仕掛ける。
今現在の足場はかなり悪く、移動棚からこぼれ落ちた資料や魔具、なんなら移動棚そのものが倒れていたりもする。
俺はそんな転がっている魔具の1つを蹴り飛ばす。もちろんヴェラに向けて。
「っ!?」
その攻撃を予想できなかったヴェラは避けることができず、とっさに防御魔法で魔具が当たるのを防ぐ。
やっぱり予想できなかったか。思った通りだ。
さらに隙のできたヴェラへと俺は接近し、様々な攻撃の選択肢がある状態で、目を閉じた。
「なっ!??」
そんな俺の行動に対して、ヴェラは尋常じゃないほどうろたえる。
「だよな」
動揺すれば当然のように隙ができる。
それでも、最低限の防御態勢はとっているだろう。目をつむってるからわからないけど。
だから俺は頭や首といった急所を狙わず、足を踏み抜く。
「~~~~~っ!!」
「足ごたえありだ」
俺の足の裏に、ヴェラの足を踏み抜いた感覚が強く感じられた。
目を開けると、ヴェラが痛みに耐えきれずその場に倒れこむ光景が映る。
勝った――――そう確信した瞬間、俺の左足に激痛が走る。
「……またかよ」
俺は痛いという感情よりも先に、呆れの感情が先にくる。
振り返ると、俺に向かって一直線に魔力弾が飛んできていた。
それも一発ではなく、複数の魔力弾。
それらを全て避けるために、俺はヴェラからかなり距離を離すと、その間に割って入るような形でシューが立ちふさがった。
「おい、なんでちゃんと押さえてねえんだよ」
俺の背後から歩いてくるリリーに対し、俺は振り向かないまま文句を言う。
「いやぁ、ちょこまかと逃げ回られてしまって。シューくん、実際かなり強いですよ。遠距離魔法だけじゃありません」
「ったく」
俺とリリー、そしてシューとヴェラが向き合う。
こうして2対2でまともに向かい合うのは部屋に入って初めてだ。
ここまでの戦闘で俺は両足、リリーは左わき腹という代償を払ったうえで、相手の能力やメインをかなり把握することができた。
だからここからは、純粋に力と策でどれだけ相手を上回れるかの戦いになる。
味方との連携もかなり重要になってくるのだが、ここで不安要素が1つ。
「フフフ、見せてやりましょうトーヤ。流麗なダンスのごとく私達の息のあった戦いを!」
――などと、なぜか自信満々に宣言するリリーだが、俺とリリーはお互い連携をとる訓練など一切していないのである。
奇想天外の代名詞みたいな女と合わせる自信なんて微塵もない。
やっべ、めちゃくちゃ不安。大丈夫かこれ。