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偽りの英雄  作者: 考える人
第六章 シール王国統括支部攻防戦
134/158

想定外だからこそ

久しぶりのトーヤ視点


 後輩から笑顔で送られた俺とリリーは扉を開き、仮面を付け直して、部屋の中へと足を踏み入れる。


「おお、これは壮観ですね」


 部屋に入ると同時に、リリーが感嘆の声を漏らす。

 その部屋は相当な広さを持つ空間にもかかわらず、あまりにも膨大な数の資料と魔具により、むしろ圧迫感を感じるほど。

 所狭しと並ぶ移動棚は高さもあり、そのせいで全く見通しがきかない。


「人によってはまさに宝の山だな。こんな時じゃなきゃ、俺だって3日はここにこもりたいくらいだ」


「しかしなぜ地下へとつながる場所に倉庫なんて作ったんですかね?」


一般(・・)の職員にとってはここが終着点だからだろ。言うなりゃ、地上と地下を結ぶ唯一の場所ってとこだ。文字通りな」


「うーん……いまいちピンときませんね」


 どうやらリリーは俺の推測に納得がいっていない様子。

 まあ今話したのは、あくまで推測であってなんの確証もないわけだが。

 

 というか、悠長に建物構造について話してる場合じゃなかった。


「とにかく急ぐぞ。わりと時間も押してるし、どっかのバカが3分で終わらせるとかバカ言いやがったから」


「あなたのドヤ顔気持ち悪かったですよ」


 ………………びっくりしたぁ。


 何の捻りもない純粋な悪口じゃん。

 

 会話の流れもクソもない。

 お前のドヤ顔も大概だっただろうが――と、言い返したいところだが、さすがに今は空気を読んでやめておこう。

 俺はどっかの精神年齢5才児王女と違って大人だから。大人だから。

 

「ここを守ってるのはシューとヴェラっていう俺たちと同世代の二人だ。事前に仕入れたその二人の情報はちゃんと頭に入ってるか? クソどぶカス腐れ王女ビッチ」


「ちゃんと入ってますよ。当然じゃないですか。ポンコツ無能欠陥恥部貴族」


 俺とリリーだけでなく、『ミスフィット』のメンバーは『バード』のメンバーのメインや基本的な戦い方等を、全て事前に共有している。


 シューという少年のメインが『心理看破(しんりかんぱ)』――条件が整った相手の心理を読み取る魔法。

 ヴェラという少女のメインが『広域定位(こういきていい)』――効果範囲内にいる相手の位置を特定する魔法。

 どちらもはっきりと対人向けのメインで、近接戦闘特化の二人。

 それが事前に得た二人の情報。


 正直なことを言うと、魔法発動の細かい条件まで調べたかったのだが、結局わからずじまいだった。

 だからそこは戦いながら見極めていくしかない。


「しかし、こうして私たちが部屋に入ってきたにもかかわらず、一向に姿を見せませんね。さすがに気づいてないってことは無いと思いますけど」


「隠れながらこっちを見てる――ってわけでもなさそうだしな。さっきから視線すら感じない」


○○○(ピーー)でもしてるんでしょうか?」


「なーんですぐ発想がピンク色になるかな。せめて×××(ピーー)△△△△(ピーーー)だろ」


「なるほど。一理ありますね」


 可能性の低い仮説はさておき、何の反応もないのは不気味だ。

 魔法の発動条件に『相手を見る』という行為は含まれないのか?


 『見て』、相手を認識するというのは、わりと一般的で簡単な魔法の発動条件だ。

 それをしてこないとなると、なにか特殊かつ複雑な発動条件があるのかもしれない。


 なんにせよ、相手のメインは両方とも直接相手に危害を与えるタイプではなく、あくまで戦闘を有利に進めるための魔法。

 発動条件をそこまで気にすることはないだろう。


「どうします? なにかしら挑発してみます? こっちには情報のアドバンテージがありますし」


「そうだな。それもありかもな……」






 思えばこの時、俺たちは『敵の情報を持っている』という状況を過信しすぎていた。


 俺たちが仕入れた情報の情報源は複数あり、情報の精度はかなり高かった。

 さらにはバードの副隊長として、ずっと傍で戦い続けていたスカーによる裏付けも取れていた。


 だからこそ、それは安全(・・)から油断(・・)へとひっくり返ったのだろう。




 静寂が続くなか、それは突然のことだった。

 何かを力の限り殴りつけたような、甲高い破壊音が部屋の奥で鳴り響く。


 俺とリリーはその音に反応し、音の鳴った方向を見据えるも、相手の姿は相変わらず見えない。


「……?」


 こちらに攻めてくるわけでもなく、ただただ自分の居場所を知らせるような不可解な行動に、敵の意図を測りかねていたその時――




 ――左足から、骨の折れる不快な音がした。




「がぁ!? ぐっ……!!」


 何も見えなかった。

 何も聞こえなかった。


 にもかかわらず、骨が震えるような痛みを左足に感じる。

 あまりの痛みに、脚の踏ん張る力が無くなり、その場に崩れ落ちてしまう。


 なんだ!? 何が起きた?


 魔法攻撃のようなものは何もなかった。

 殴られた苦痛だけを、過程をすっ飛ばして植え付けられたようなそんな痛み。


「トーヤ!?」


 俺が突然倒れたことに驚いたリリーが声を上げる。

 すぐに俺は何かしらの攻撃を受けたことをリリーに伝えようとするが、何をされたか理解できていないため、丁寧な説明などできるはずがない。


 そんな中、さらに先ほどと同じような破壊音が、いくつかの棚の向こうから聞こえる。


 俺が受けた攻撃の正体はわからない。

 ただ、この破壊音(・・・)が攻撃のトリガーであることは間違いない。


「動けリリー!」


 俺はとにかくその場から動くよう指示する。

 敵の攻撃の正体がわからない以上、その対応が正しいかどうかは賭けだった。

 しかし俺とリリーが動き出した瞬間、さっきまでリリーが立っていた床がめくれ上がって破壊されたことから、間違いではなかったことを悟る。

 破壊された床は、まるで身体強化したうえで殴りつけられたかのような壊れ方だった。


「な、なんですかあれ!?」


「俺が知るかよ! けどおそらく遠隔攻撃型の魔法だ」


「そんな情報ありましたっけ?」


「少なくとも事前に仕入れた情報にはなかった。隠し玉か……もしくはこの部屋に置かれている魔具(・・)を使ったか……」


「魔具ですか……そこかしらに置かれてますもんね。その魔具に魔力が込められているせいか、感知魔法の精度が最悪なんですよ。あらゆるところで魔力を感知してしまうので」



 ………………は?



 俺はリリーの『感知魔法が機能していない』という話に疑問を覚える。

 敵は俺たちのことを視認していないうえ、感知魔法がまともに機能しないにもかかわらず、繊細な魔力制御が必要であろう遠隔魔法を的確に当ててきた。

 そんなことが可能なのか?


 例のごとく、うちの兄妹共なら可能かもしれないが、敵がそのクラスの実力者だというなら既に詰んでいる。

 今ごろ俺の左足は跡形もなく消し飛んでいるはずだ。


 そんなふうに考えながら、左足の痛みを我慢して移動していると、また破壊音が先ほどとは別の場所から鳴り響く。

 当たり前だが、敵は同じ場所に留まるといったバカな真似はしてくれていないらしい。


「とにかく動け! 敵に的を絞らせるな!」


 タネが分からずとも、対処の仕方が分かれば、そう何度もくらうようなことはない。

 そう考えていたが、敵は一枚上手だった。


 魔法攻撃は俺たちの足元ではなく、リリーのちょうど隣(・・・・・)にあった棚を破壊した。

 破壊された部分は棚の低い部分。


「あっ」


 それを見た俺は、ついマヌケな声を出してしまう。

 次に起こる事態が鮮明に思い浮かんでしまったからだ。


「避けろリリー! 下敷きになるぞ!」


「えっ?」


 しかし俺の忠告は一歩遅く、支えを失った棚が全ての収納物を伴ってリリーのいる場所に倒れこむ。


「ちょっ!!? ちょま!? ほわぁ!!」


 リリーは見事に棚の下敷きとなり、その姿が見えなくなった。

 最後の言葉が『ほわぁ!!』とは、なんと哀れな奴だ。


 まあ死んではいないだろう。

 自力で這い出るには時間がかかりそうだが。


 リリーが(一時)退場させられたことによって俺は孤立無援状態に陥る。

 おそらくさっきの魔法は、こうして俺を1人にするのが狙いだったに違いない。

 まんまと敵の策にハマったというわけだ。


 そしてそんな狡猾な敵が、この状況で何もしないはずがない。


「……来たな」


 俺の想像通り、1人の少年と1人の少女が俺を挟むような形で姿を現す。

 少年の方は鋭い目つきをしており、その雰囲気はどこか暗さを感じさせ、クラスの隅っこに1人でいる姿が思い浮かぶ。

 少女の方は長い髪を真ん中でかき分け、おでこをさらしているためか、明るくハキハキとしたイメージが顔を見ただけで想像できる。きっとボッチにも優しく話しかけるタイプだ。間違いない。


 この二人がバードの構成員であるシューとヴェラなのだろう。

 シューとヴェラは走って俺との距離を詰めてくる。


 さすがに2対1は分が悪いと考えた俺は逃げようとするも、棚に囲まれているせいで逃げ場はかなり限定されていた。

 そのため俺は倒れていた棚を足場にして移動する。


「ふぎゃ!」


 なんかカエルが潰れたような声が聞こえたが無視だ。


 逃げようとする俺に対して、シューとヴェラは攻撃モーションに入る。

 ヴェラは背中に手を回したかと思うと、その手には物騒な魔導銃が握られていた。


 一方で不可解だったのはシュウのほうだ。

 シューはその場でピタリと足を止め、まるで座るようにして腰を下ろす。

 なんのつもりだ?


 行動の意図を測りかねている中、シューとヴェラはほぼ同時に動く。

 ヴェラは持っていた魔導銃を俺に向け、引き金を引いた。


『不可視の貫弾(かんだん)


「っ!?」


 ゾワリとした悪寒が、体中を駆け巡る。

 ヴェラとの距離を考慮したとき、それがただの魔導銃なら、魔力弾が見えてからでも十分に避けられる自信があった。

 だが、他の職員が持っていた魔導銃とのデザインの違いが、俺の頭と体に危険信号を送ったため、慌てて銃の射線上から体を逃がす。


 次の瞬間、見えない何かが俺の髪の毛をかすめ、通り過ぎていく。

 銃の射線上に目を向けると、棚に置いてあった鋼鉄製の魔具に小さな穴が開いていた。

 しかも魔具だけでなく、棚にも穴が開いていたことから、銃から出た何か(・・・・・・・)が、ありとあらゆるものを貫通させたことを示している。


「なんだこの威力……」


 なんとか避けることはできたが、それで攻撃の手は終わらない。

 ヴェラが引き金を引くのと同時に、先ほど腰を下ろしたシューが、床を殴りつけた姿を目の端で捉える。

 それによって甲高い破壊音が鳴ったにも関わらず、床には傷一つついていなかった。


 マズイ、あの遠隔攻撃の魔法だ――――


 俺はシューのとった行動の意味を理解しながらも、ヴェラの攻撃をかなり無理して避けたため、態勢が崩れてしまっている。

 重心の移動が間に合わず、その場から動くことができない。

 そんな俺の右足から、骨の折れる不快な音がした。


「グアっ!」


 思わず倒れこみそうになるが、ここで倒れてしまえば、後は袋叩きになるだけだ。

 痛む両足を無理やり動かして、なんとか二人から距離をとる。


「……まだ動けるのか」


 逃げる途中、シューから驚きのこもったつぶやくような声が聞こえた。





 幸いにも、移動棚という障害物がおおいため、すぐに身を隠すことには成功する。

 なんにせよ、一旦落ち着いて情報を整理しなければ――――そう考えたが、敵がそれを許してくれない。


 今回は音が聞こえなかった。だというのに、俺の左足に激痛が走る。

 

 明らかに外部から加えられる痛みだった。

 最初の2回より威力は低かったが、既にダメージを受けている足へのさらなる痛みはこたえる。


「いってえなクソっ。けど、魔法の仕組みは大体理解できたぞ」


 半分本音、半分強がりの言葉を吐きながら、俺は足の痛みを無理やり無視して移動する。

 一か所にとどまっているのはあまりにもリスクが高い。


「ったく、最悪な状況だな……」


 そう思わずぼやいてしまうほど、今の状況はひどいものだった。


 事前情報とまったく違う敵の魔法。

 その魔法の正体もつかめず。

 明らかに近接戦闘を得意としながら、遠隔攻撃魔法もあり、殺傷能力の高い攻撃もある。

 俺は両足を負傷。

 リリー(アホ)は速攻で戦力外。

 しばらくは援軍も期待できない。

 ここにきて後手後手に回ってしまっている。

 せっかくここまでは順調だったというのに。



 ………………いや、違うな。



 今までが順調すぎたんだ。

 そうだ、何考えてんだ俺。

 今まで人生なんて思い通りになったことの方が少なかっただろうが。

 能力不足、不可能、窮地、詰んだ盤面――――それでこそ俺だ。俺たち(ミスフィット)だ。


 俺はおもいっきり息を吸い込み、力の限り叫ぶ。


「リリー!!! 3秒以内に出てきたらツエルとデートさせてやる!!!!」


 すると、リリーが埋まっている辺りから、何かが爆発したような激しい音が鳴り響く。



 予想外に想定外――――そんなときの方が、わりと楽しかったりするもんだ。

 

「さあて、盤面をひっくり返してやる」


現在の状況


地下へとつながる資料室

トーヤ&リリー vs シュー&ヴェラ


指令室

イン&ソフィー vs 支部長ウルシュ


西門壁上

ツエル&ヴィエナ vs バード隊長シェルナ&サクキ&パールバル

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