亜人と亜人
統括支部 西門壁上――
国宝の剣を手に取り、互角の戦いを繰り広げる仮面の少女とシェルナ。
お互いに制限がある中で全力を出し合うも、決定打が足りない。
その均衡を破るため、先に動いたのはシェルナ――――の部下だった。
「いけるか? パールバル」
「ああ……あいつの動きは、十分観察できた……し、魔力も、たまった」
シェルナの戦いを少し離れて見守っていたサクキとパールバル。
しかし何もせずにただ見守るだけで終わるほど、戦闘部隊の名は軽くない。
「サポートは、頼んだぞ……サクキ」
「隊長以外のサポートをさせられるとは……末代までの恥だが……」
「……そこまで?」
「あの仮面女を倒すためだ。合わせてやる」
二人は構える。戦いに割って入るために。
『血心流術』
『勝利の神は少年の姿をしている』
「っ!?」
仮面の少女は自身の魔力感知を訝しむ。
それは突如として跳ね上がった魔力反応だった。
まるで爆発するかのごとく、止めどなくあふれる魔力反応が感知機能を埋め尽くす。
あまりにも膨大なその魔力は、仮面の少女の感覚を鈍くしてしまうほど。
今すぐにでも振り向きたい衝動に駆られるが、目の前のシェルナ相手から目を離すという行為は敗北――さらには死を意味する。
かといってこれほどまで膨大な魔力反応を無視することなどできない。
振り向くか、無視するか。
その二択を迫られた仮面の少女は、振り向くことは選び――――生を拾った。
「くっ!?」
鉄と鉄のぶつかり合う音が鳴り響く。
仮面の少女が白鳴剣を盾にして受け止めたのは短剣。
そしてその短剣をふるったのは、バードの仲間からギャンカス呼ばわりされているパールバルだった。
このパールバルに対して仮面の少女は驚きを隠せない。
なぜなら、パールバルが仮面の少女に対して距離を詰めたその動きは、シェルナよりも速かったからだ。
パールバルは両手に短剣を持ち、シェルナを超える速度で仮面の少女を攻撃し続ける。
速さだけでなく、力もシェルナのそれを越えており、仮面の少女が攻撃を剣で受け止めるたびに、その剣が流されるほど。
もちろんシェルナがその状況を黙って見ているはずもなく、パールバルと息を合わせてたたみかけていく。
先ほどまでの均衡は一気にバード優勢に傾き、仮面の少女は窮地へと追い込まれる。
パールバルの使用した魔法――『勝利の神は少年の姿をしている』
ふざけた名前の魔法だが、その効果は『2分29秒間のみ、魔力が爆発的あがり、気力判断力知力全てが上昇する』というもの。
この魔法を使用するには15分ほどの準備が必要で、そのうえ魔法使用後は魔力が空っぽになるというデメリットが伴う。
それでも、その効果は確かなもので、魔法使用中のパールバルはバード内の誰よりも高い実力を発揮する。
ちなみに、2分29秒というのは、パールバルが人生で最高額をあてたレースのタイムだったりする。
仮面の少女は必死にシェルナとパールバル、二人の猛攻を耐え続けていく。
なんとか上手くかわし続けていたが、仮面の少女に最大のピンチが迫る。
激しい攻防を続ける中で、意図したわけではなく偶然に、シェルナ、仮面の少女、パールバルの順で三人が直線状に並んだのだ。
つまりそれは、仮面の少女が挟み込まれたということ。
この位置はマズい――そう判断した仮面の少女がすぐに立ち位置を変えようとしたその時。
『血心流術・捕縄』
赤い縄のようなものが仮面の少女の足へと絡みつき、仮面の少女をその場から逃がさない。
それはサクキによる魔法。
サクキのメインは血液の操作。
自身の血液を操り、自由自在に操るその魔法は応用という点でかなり優れている。
血液を固めて剣や盾のように扱うことも、そのまま液体として扱うことも、今現在のように縄として扱うこともできる。
近接戦闘ではシェルナやパールバルに劣ることを自覚したうえで、サクキはここぞというタイミングを待ち続け、見事に仮面の少女をとらえてみせた。
「今です隊長!! パールバル!」
力ずくで離脱しようとする仮面の少女を、サクキは必死に抑えつけながら声を張り上げる。
「まかせてサクキちゃん!」
シェルナとパールバルの刃が仮面の少女へと迫る中で、仮面の少女はパールバルに背を向けた。
「えっ?」
仮面の少女がとった行動にシェルナは驚きを隠せない。
シェルナと向き合い、シェルナの攻撃に対処する――そこまではいい。
しかしその行動は、パールバルからの攻撃に対処しないということと同義。
なにか策が? 魔法で対処? 諦めた?――わずかな間に様々な考えが頭に浮かんだシェルナだが、いつも通り途中で考えることを放棄してそのまま突き進む。
「どうせ考えたって上手くいかない!」
シェルナの振り下ろした剣を、仮面の少女は特に何の工夫もなく剣で受ける。
それによってシェルナの攻撃は防いだ。しかしこれで背後はがら空き。
その背中にパールバルの短剣が迫り――
「ぐっ!」
漏れる苦悶の声。
しかしその声を上げたのは仮面の少女ではなく、パールバルだった。
シェルナは思わず自身の眼を疑う。
己の剣を受け止める仮面の少女の背後に、もう一人、仮面を付けた存在が立っており、手に持っていた剣でパールバルの肩を貫いていた。
「影からです! パールバルの短剣が届く前に、影からそいつが現れたんです!!」
呆然とした表情を浮かべるシェルナに向かってサクキは叫ぶ。
だがその叫びはシェルナに届かない。
なぜならシェルナの驚きは、もう一人の仮面を付けた人物がどのようにして現れたかではなく、その人物が持っていた剣に向けられていたからだ。
「…………ヴィエナちゃん?」
シェルナはポツリとつぶやく。
愛すべき大切な家族の名を。
ーーーーーー
統括支部指令室
イン、シルエ vs 支部長ウルシュ
人間と似た姿を持ちながら、明確に人とは異なる特徴や能力を持つ生物を亜人種という。
例で言えばソフィーのような鬼、さらには魔人も亜人の一種と定義することができる。
亜人種には鬼族のように現在まで続いている種もあれば、人と混じり合うことでその血を薄くした種も存在する。
風の一族と名高いヴァント家はエルフの末裔として、シール王国内では知名度が高い。
さらには何百年も前にその血を絶やした亜人種もかつて存在しており、その中には普段は人の身でありながら、その身を獣のように自由自在に変化させる獣人という種も存在したと言われている。
とはいえ、当然ながら実際にそのような存在を見たものは誰もおらず、空想上の存在だと考えられていたのだが――――
「うっそでしょ。マジで存在したんだ……」
「おっきーい……『でっかーい……』」
インとシルエの前に立つのは、まごうことなき獣人であった。
狼のような獣の特徴を有しながら、人としての姿も残しており、まさにおとぎ話で伝わる獣人の姿そのもの。
獣人と成ったウルシュは自身の手を見ながら、感覚を確かめるように体の可動部を動かす。
一見すると隙だらけのウルシュだが、獣人という未知の存在相手に、インはうかつに動くことができない。
「逃げの手もありよね……」
ここからの離脱を選択肢に入れたインだが、ウルシュがそれを許さない。
ウルシュの足の筋肉が膨らみ、爆発するような衝撃をともなった跳躍力でウルシュが動く。
その速さはインの想定を遥かに超えており、ほとんど反応することができなかった。
反応することができなかった原因として、その動きが自身に向いていなかったことも上げられる。
それはつまり――
「――シルエ!!!」
インがなんとか追えた視線の先には、鋭く長く伸びた爪で貫かれたシルエの姿。
シルエの体の腹部から侵入した爪は、体のあらゆる器官を貫いて背中から飛び出ている。
考えるまでもなく致命傷だった。
そんなシルエの姿を見たインは、叫ぶでもなく、怒るでもなく、ただただ冷静にマントを脱ぎ、仮面を放り捨てた。
正体がバレるというリスクを捨て、生きるための可能性を少しでも上げたのだ。
ほんのわずかでも、動きのロスを減らすために。
「正しい選択だ。とはいえ、どうせコイツのように、哀れな死体になるのは変わらないぞ、女」
ウルシュは見せつけるように、物を言わなくなったシルエの体を持ち上げ、手を振り払うようにして雑に放り投げる。
「はっ! 上からモノ言ってんじゃないわよ!!」
叫びながらも冷静に構えるイン。
そんなインに向かって先ほどのように距離を詰め、刺し穿とうとしたウルシュだったが、
「ぐっ!?」
二人の距離があと5メートルまで近づいたところで、ウルシュの体が沈んだ。
まるで自身の体重が、数倍に増えたかのような重量感がウルシュを襲う。
『加重波状領域』
それはインの発動した魔法であり、インを中心に半径5メートルの空間の重力が増加するというもの。
どれだけの速度で近づかれようとも、領域に侵入した時点でその魔法の効果を受けるのだが、この魔法には1つ欠点がる。
それは、自身も重力の影響を受けてしまい、その間は別の魔法が使用できなくなるというもの。
「実はこの魔法、最近できるようになったばっかでまだ未完成なのよね。でも、あんたみたいなデカブツの動き止めるのには最適でしょ? それに、獣はそうやって四足歩行じゃないとね」
両手両足で重力に抗おうとするウルシュを、見下すようにインが笑いかける。
「……これほど強力な魔法を広範囲で使用すれば――そう長く魔力は持たないはずだ」
「さあ、それはどうかしら? あんたが重力で値を上げるのが先か、それとも私の魔力切れが先か。我慢比べといこうじゃない!」
とぼけるインだったが、ウルシュの指摘は正しかった。
加重波状領域は大量の魔力を消費するため、持続時間はそう長くない。
しかしインにそれほどの不安はない。
なぜならウルシュが獣人と成ったことで、爆発的に魔力が跳ね上がったからだ。
敵の魔力が増えることは、当然ながら喜ばしいことではない。
だが異質なほど強大な魔力は、時として道しるべにもなりうる。
それこそ、デクルト山でのカナン・ヘルトのように。
「いくら筋金入りの方向音痴とはいえ、見えてるものから遠ざかるほど馬鹿じゃないもの」
「……? 何を言って――」
ウルシュがインの発言の真意を測りかねていたその時、『ズドン』と、まるで統括支部全体が揺れるような震動と音が鳴る。
それも1度だけでなく、『ズドン』『ズドン』『ズドン』『ズドン』と、何度も続いたそれは、徐々に揺れも音も大きくなっていくのがわかる。
「…………なんだ?」
まるで短い地震が何度も起こっているような揺れに、ウルシュは戸惑う表情を隠せない。
「亜人には亜人をってね」
一方で、揺れと音の正体に目星がついているインは不敵に笑う。
二人が対照的な表情を浮かべたちょうどその時、揺れを起こしていた人物が天井を突き破って正体を現した。
「わぁ~~~。狼さんだあ~~~」
「ソフィー!! その狼が敵よ! ぶっ飛ばしなさい!!!」
「オッケ~~、まかせて~~~」
天井から落ちてきたソフィーは着地と同時に、ウルシュへと向かって走り出す。
『加重波状領域・解除』
インはソフィーが領域内に侵入する直前に魔法を解除したため、ソフィーは何の妨害を受けることもなく、走りの勢いをそのまま拳にのせてウルシュへとぶつけた。
「くっ!」
ウルシュは苦し気な声を出すものの、鬼族の本気の拳を受けたにもかかわらず、その場から数メートルほど後ずさっただけ。
「うわ~~、この狼さんすっごく頑丈~~~」
「ええ、そうよ。さっきの一撃でわかったでしょ。あいつには中途半端な攻撃は通用しないって。というかあんた角どうしたの?」
「折られちゃった~」
「……そう。まあとにかく、そういうわけだからソフィー、限界まで解放しなさい」
「は~~~い」
インに促されたソフィーはウルシュを見据えながら構え、リミッターを今できる限界まで解放する。
『鬼々怪々 五ノ番・閻魔』
鬼と獣人、二人の亜人が枷を解き放ち、牙を向け合った。
指令室の天井は穴だらけ