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偽りの英雄  作者: 考える人
第六章 シール王国統括支部攻防戦
130/158

圧倒する武力


  統括支部指令室――



 コクマが解放した集団――それは世界各国の犯罪者だった。

 

 罪のない人間を何人も殺した殺人鬼。

 国家を転覆しようとしたテロ組織のリーダー。

 王族殺しの暗殺者。

 複数の国から指名手配を受けた海賊。


 その全員が死刑判決を受けるほどの重犯罪者たち。

 それをたった1つの(かせ)のみを付けて解き放った。


 しかも、その犯罪者たちの存在は一部の研究者と幹部クラスしか認識していない。

 当然ながらコクマの内部からも疑問の声が上がる。


「あの……支部長、彼らは一体……」


 先ほどまで戦力不足で頭を悩ませていた中、突然現れた謎の集団。

 恐る恐るといった様子で、職員の一人がウルシュにその集団の正体を尋ねる。 


「気にしなくていい。お前たちは逐一奴らの動きを知らせることだけ考えていろ」


 何も聞くな――――ウルシュの言葉をそう解釈した職員は冷や汗をかきながらモニターに集中する。


 指令室内が妙な緊張感に包まれる中、職員の1人が犯罪者たちの動きをウルシュに報告した。


「支部長、どうやらほぼ全ての人員が各所にちらばるミスフィットと接触したようです。ただ、1人だけ地下から一切動いていませんが……」


「……まあいい。動かないやつは放っておけ。それよりも、この建物から逃走しようとしたり、ミスフィット以外の人間に危害を加えようとするやつがいればすぐに知らせろ。いいな?」


「は、はい!」


 ウルシュのその発言と表情は、仲間に向けるようなものでは到底なかった。








ーーーーーー




 トーヤとゆかいな仲間たち ソフィーside





「あれ~、さっきまで全然こなかったのに~」


 トーヤからの指示通り、力の限り暴れまわっていたソフィー。

 途中から部隊の人間が恐れて近づかなくなったため、ただただ壁や床を殴っていたソフィーだが、ここにきて近づいてきた集団を不思議に思う。


「へー、鬼じゃねえか」


「人ならくさるほど殺してきたが、鬼を殺すのは初めてだな」


 先ほどまで交戦していた集団とは違い、その首輪を付けた集団は問答無用で攻撃してくることはなかった。

 しかしソフィーは警戒度をわずかにあげる。

 自身を見つめてくるその視線に、肌がひりつくほどの殺気が込められていたからだ。


「しかし1人か、みんなで仲良く割り切れねえなぁ」


「早い者勝ちでいいでしょ」


「んじゃそれで」


 集団から抜け出し、ソフィーへと走り出したのは3人。


 1人は魔力弾をソフィーの顔へと命中させる。

 1人は持っていた剣でソフィーの首を切り裂く。

 1人は炎の魔法でソフィーの全身を飲み込む。


 殺傷性の高い攻撃がほぼ同時に叩き込まれた。


「あーあー、これじゃあ誰が殺したかわからないわね」


「だなぁ」


 炎によって発生した煙が視界を覆っていたが、魔法を放った2人はソフィーが死んだことを確信する。

 そんな2人の前に、どさりと音を立てて何かが落ちた。


「……は?」


 それは黒焦げになった男――剣でソフィーに切りかかった人間だった。

 男の手には先の折れた剣が握られている。


 ゆっくりと煙が晴れていく中、そこには無傷のソフィーが、剣先を持って笑いながら立っていた。


「あ~、思い出した~。あなたたちは――――最悪死んでもいい人たちだ~」


 ソフィーが言葉を言い切ると、ソフィーの姿がブレる(・・・)

 少なくとも、集団から抜け出して前に出ていた2人にはそう見えた。

 だが、2人にその理由を知る機会は訪れない。

 次の瞬間、2人の頭は固い床に叩きつけられていた。

 

 死んでいてもおかしくないほどの力と、姿をとらえられないほどの速さ。


 それを見た犯罪者の集団は一斉に動き出し、ソフィーへと襲い掛かる。

 もはやそこに先ほどまでの侮った空気は存在しなかった。


 しかしそこから行われたのは一方的な虐殺。


鬼々怪々(ききかいかい) 一ノ番・秦広(しんこう)


 ソフィーの全身に魔力がめぐり、今にも弾けてしまいそうな力があふれる。

 鬼々怪々――それは鬼族のみが行使できる特殊な魔法であり、その効果は自身のリミッターを外すというもの。

 ただそれだけの単純な魔法が、ソフィーに今まで以上の力を与え、犯罪者たちに地獄を与える。


 またもや、ソフィーの姿がブレた。


 殴り、叩きつけ、蹴り上げ、殴り、握り潰し、蹴り飛ばし、殴り、殴り、殴り、殴り――――もはやそれは戦いと呼べるようなものではない。

 犯罪者たちの中には実力者と言える存在もいた。

 だが彼らの防御はすべてガラス細工のごとく粉砕され、彼らの攻撃は羽虫のごとく無視される。

 様々な物理攻撃や魔法攻撃に対して、ソフィーは避けることすらしない。

 当然なのだろう。例えまともに攻撃を受けたとしても、ソフィーの肌にはかすり傷一つ刻まれない。避ける必要などないのだから。


「……化け物め――」


 己に対し、鉄よりも固い拳が迫ることを自覚しながら、犯罪者の中の1人は意識を失う前につぶやく。



 





 数分後、廊下に所狭しと転がる犯罪者たちと、たった1人その場に立つソフィーの姿がそこにはあった。


「は~~~、久しぶりに角を折られちゃった~~~、泣きそう~~」


 そう言って、返り血に濡れたソフィーは笑う。





ーーーーーー



 トーヤとゆかいな仲間たち リリーside




「ソフィーは大丈夫でしょうか? 私のことを思って泣いてないといいんですが……」


「あの子が泣いてるのとか見たことないんですけど。いつもどこでもなにししてても笑ってますし。もはや恐怖すら感じる時があるんですよね」


「私と一緒に張り込みしてた時も、大変だね~って言いながらいつも笑ってたよ 『あれは私もちょっと引いたかも。ソフィーって体も頑丈だけどメンタルはそれ以上だよね』」


 のんきに会話を繰り広げる女三人。

 だが彼女たちを取り巻く環境は、のんきとはほど遠い。


 こちらもソフィー同様、犯罪者たちによるありとあらゆる魔法攻撃が三人に向かって放たれていた。

 しかし、その攻撃は三人に届くことなく、彼女たちのわずか手前で霧散する――――強固な防御魔法に防がれることによって。


「なんなんだこの防御魔法は!?」


「信じられない……これだけやってヒビすら入らないなんて……」


 通常、防御魔法の硬さ、破られにくさは防御魔法使用者の総魔力量(・・・・)に比例する。

 もちろん技術的なものによって向上することもあるが、基本的にその原則は変わらない。

 だからこそ犯罪者たちは驚愕している。どれだけ強力な攻撃を加えようと、どれだけ持続的に攻撃を加えようと、まったく崩れる気配を見せない防御魔法に。


「とはいえ、これでは私たちも動けませんし……どうします? イン」


「どうするもなにも、強行突破するしかないですよ。任務を遂行できないとトーヤ様から報酬減らされますし」


「ですよね」


 インの返答を聞いたリリーは満面の笑みを浮かべる。

 その笑顔はひどく獰猛で、王女が浮かべるようなものではなかった。


「防御魔法を解いていいですよ――――シルエ(・・・)


「はーい! 『わかった!』」


「まあこの程度(・・・・)の相手なら問題ないでしょう。ただトーヤの方は少し心配ですね。戦力はかなりこちらに偏ってますから」


「大丈夫じゃないですか? 確かにトーヤ様は言わずもがな、ラシェルも戦闘向きの魔法ではありませんけど、あっちにはフーバー(・・・・)がいますし」


 そんな会話をしながらリリーたち三人は、犯罪者集団の方へ走り出す。

 






ーーーーーー



 トーヤとゆかいな仲間たち トーヤside


 

 こちらもソフィーやリリーたちと同じく犯罪者集団に囲まれる中、こちらでは既に最初にいた数の半分以上(・・・・)の犯罪者が床に倒れていた。

 そしてそれを行ったのは、その人物がいるから大丈夫とインが口にしていた人間。


「これでやっと半分ですかい。キリがないですねぇ」


 普段はトーヤが所持する屋敷の管理人であるフーバーが、ため息をつきながらぼやく。

 フーバーのその両手は血で赤く染まりながらも、普段と何ら変わらない表情を浮かべていた。


「どけっ!! 俺が行く!」


 犯罪者たちがそんなフーバーを警戒し、誰も動こうとしない中で、ひときわ体の大きな男が犯罪者たちをかき分けフーバーに迫る。

 男はフーバーに近づくと、こぶしを握りしめ、あらん限りの力でフーバーに振り下ろす。


「死ねぇ!!!」


 しかしフーバーは一切焦ることなく、必要最低限の動きだけでその拳をかわし、振り下ろされた男の腕に触れた。

 次の瞬間、フーバーの触れた部分がなくなる《・・・・》。


「なぁ!?」


 比喩などではなく、文字通りフーバーの触れた部分だけがなくなっており、そこから血液がふき出すように流れていく。


「お前の顔は知ってるぜ。確か遊ぶ金欲しさに強盗殺人を繰り返した末、指名手配くらって剣聖様に捕まったやつだろ。どうだ? 奪われる側の立場ってのは」


 腕をおさえ、必死に出血を抑えようとうずくまる男を、フーバーは見下ろすように語り掛ける。

 フーバーの言葉に対し、恨めしそうな表情を浮かべる男だったが、フーバーが手のひらを男に向けると、男は恐怖に顔をゆがめて後ずさった。


「お前から理不尽に奪われたやつらは、今のお前と同じ顔をしてたんだろなぁ」


 ゆっくりと、フーバーは男との距離を詰めていく。


「や、やめてくれ! 助けてくれ!! もう誰も殺さねえ! 罪も償う!! だから――――」


「やめろよ命乞いとか。どうせお前も殺してきた人間の命乞いなんて聞かなかったんだろ? それに、お前の罪はその死でしか償うことができねぇ。だからこその死刑なんだよ」


 フーバーの手のひらが男の胸に触れる。

 その手はズブリと男の体の中へと沈むようにめり込んでいき、そのまま男は息絶える。


 フーバーは男の体から手を引き抜くと、残っている犯罪者たちに目を向けた。


「おいおいどうしたよ? 俺たちを殺すんじゃねぇのかい? どうせ俺たちを殺せば解放してやるとか、そんなこと言われてんだろ。とっととかかってこいよ。全員分解(バラ)してやるからよぉ」


 普段と同じ表情、普段と同じ声の抑揚、にも関わらず、普段のフーバーからは考えられないような発言だった。





 犯罪者集団を1人で圧倒するフーバー。

 そんな姿をトーヤとラシェルはわずかに離れた場所でその様子を見ていた。


「正直驚いたわ。話には聞いていたけど……彼、あんなに強かったのね」


 ラシェルは初めて見るフーバーの戦闘力の高さに戦慄する。

 触れるだけで相手に致命的な傷を与える魔法もそうだが、多人数相手に圧倒する近接戦闘技術にも驚かざるを得ない。


「まあ……ラシェルの言う通り、今でこそあいつはあんなクソ雑魚ヘタレビビりメンタルだけど」


「だれもそんなこと言ってないわよ」


「昔は裏社会の――それもかなり深い場所にいたんだ。利用価値がなくなればゴミのように消される場所に。生きていくため、ただそれだけのために力が必要だったんだあいつは。それに、あれでも昔と比べるとかなりなまってるぞ」


「……なんというか、本当にまともな人間がいないわねこの組織」


「だからこそ、こうしてここにいるんだろ……っと、終わったみたいだな」


 そう言ったトーヤたちの視線の先には、ただ1人その場に立つフーバーの姿。


「何人かは逃げ出したみたいね。追う?」


「ほっといても問題ないだろ。それより、かなり無駄な時間をくっちまった。急いで移動するぞ」


「了解」


 ラシェルのその返事と共に、3人の姿はその場から消える。











 コクマからすれば、かなり危険の伴う賭けであった犯罪者たち解放の一手。

 しかしその策はミスフィットの圧倒的な戦闘力によって失敗に終わり、コクマはさらに窮地へと追い込まれていく。


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