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偽りの英雄  作者: 考える人
第一章 学園の問題児
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それぞれの学園生活 ①



  拝啓


 気温が心地よい季節となりました。

 父上におかれましては、お変わりなくお過ごしのことと存じ上げます。


 さて、このたびは学園に入学して一ヶ月がたちました。

 近況を報告しろとのことですが、特にこれといって特筆すべき事柄はありません――ということを兄上に話したところ、一体こいつは何を言っているんだ、というような目で見られました。

 

 というわけで、兄上にどうしても書けと言われたので学園生活について書こうと思います。


 まずクラスについてです。

 最初こそなんでSクラスなんかにと思ったものの、意外と気の合うものばかりでとても楽しく日々を過ごしています。

 Sクラスの担任である教師とも毎日討論をかわし、見聞を広めています。


 次に授業内容についてです。

 座学に関しては、幼いころからの前積みにより、苦労することなく理解を深めることができております。

 実技に関しては、実技の授業を全て欠席することで、父上の申しつけ通り実力をうまく隠しております。父上の申しつけ通り。父上の申しつけ通り。


 あと今年の入学生の間では、貴族と庶民による対立が深まっているようですが、Sクラスの校舎はAからDクラスの校舎と隔離されているため、そのような争いに巻き込まれることはあまりありません。同じ敷地内にも関わらず、Sクラスの校舎の周りを深い堀と高い壁で囲み、入り口に『一般生徒危険 近づくな』と貼り紙がされているのは、さすがにやり過ぎではないかと思いますが。監獄かな?


 そろそろなれない敬語を書くことによって禁断症状のようなものをおこしそうなため、このあたりで締めにしようと思います。


 

        トーヤ・ヘルト


  追伸

 魔法薬の教室を爆発事故により大破させてしまいました。

 しばらくしたら請求書が届くと思うんでよろしく。




ーーーーーー



「――というように、得意とする魔法属性を一般的に“メイン”といい、器用貧乏になることを避けるためにも――」


 Sクラスでの一般的な授業風景。

 全体の人数が少ないため、比較的小さめの教室が使用されているが、授業を受ける生徒たちが窮屈感を感じることはない。

 それも当然だろう。

 Sクラス全体で20人という少なさにも関わらず、授業を受けているものが半分もいないのだから。


 授業をまじめに受ける数少ない人間の中に、もちろんトーヤ・ヘルトの姿は――ない。


 そんな現状に、トーヤの護衛であるツエルは頭を抱える。

 

 ツエルがトーヤの護衛兼付き人となって一ヶ月。

 トーヤの自由気ままで予測不可能な行動に、ツエルは振り回され続けていた。

 最初に想像していたトーヤの貴族像は、木端微塵に打ち砕かれて既に消え去っている。


 トーヤの兄であるセーヤと共に仕事をした経験があったツエルは、トーヤに魔法の才能がなかろうが、性格面ではセーヤのように厳格な人間だろうと予想していた。

 それがどうだ。


 護衛をまいての単独行動。

 授業などに対する無断欠席。

 他クラスの生徒とのいざこざ。

 お忍びなどというかわいい言葉では、すまされないような街中徘徊。


 特に驚いたのが、ある日の休日があけた平日の朝。

 ツエルはいつものように屋敷でトーヤが出てくるのを待っていると、朝になってもトーヤが屋敷に戻っていないということを耳にする。

 当然のごとくツエルはひどく慌てたのだが、打って変わって屋敷の使用人達は落ち着いていた。

 マヤでさえも、しばらくしたら帰ってきますよ――と言って普段と変わらず業務をこなしている。

 トーヤが帰ってきたのはその数時間後。

 本人曰く、夜に酒をつかるほど飲んで、気づいたら時計塔の屋根の上で寝ていたらしい。


 その後、セーヤにこっぴどく叱られたそうだがまったく反省の色は見えず、その日の夜にはもう酒場でばかやっていた。

 兄や妹と全く同じ教育を受けたにもかかわらず、こうまで生き様の違うトーヤがツエルには不思議で仕方ない。

 


「では講義を終わります」


 休憩時間に入るや否や、ツエルはすぐに立ち上がりトーヤを探しに行く。


 教室の扉の近くには一人の少年が立っている。

 ツエルは少年に視線を送ることなく、その横を通り過ぎようとする。


「場所は?」


「カフェテラス近くの魔法理論棟。インがついている」


 誰にも聞こえないような声量で会話がなされ、何事もなかったかのようにツエルは目的の場所へと向かう。




 休憩時間のためか人の多いカフェテラスを通り、ツエルは魔法理論棟にたどり着く。


 その魔法理論棟の前では、一人の少女がツエルを見つけると、手招きして呼び寄せる。

 ツエルはその手招きしている少女のもとへ行き、前置きもなしに尋ねた。


「イン、トーヤ様は?」


「第二講義室、無断で使用してまた会議してる」


 インと呼ばれた少女は、やれやれといったように告げる。


「会議? なんのだ?」


「行けばわかるわよ」


 そう言ってインはダルそうな表情を隠そうともせず、ツエルをトーヤのもとへ行くようにうながす。





 ツエルが第二講義室前にたどり着くと、中からトーヤとその他Sクラスの人間の声が聞こえてくる。


 ノックをし、礼儀正しく挨拶して中に入ると、先ほど講義に出ていなかったSクラス生全員がそこにいて机を囲んでいた。

 議長の席には当然のごとくトーヤが座っている。

 トーヤの目の前の机には、学園付近の細かな地図が広げられており、四角く表現された多くの建物にバツ印が付けられていた。

 

「南のほうの店はどうだ?」


「だめですね。そのあたりの店もほとんど出禁になっています」


「じゃあそこから東に行ったあたりの店は?」


「近づいただけで店じまいになります」


「ちっ、学園付近の店はほぼ全滅か」


 トーヤは本気で悔しそうな表情を浮かべて舌を打つ。

 他のメンバーも、これ以上ないほど深刻な顔をしながら会議に臨んでいる。


 会議の内容は彼らにとって(・・・・・・)超重要案件。

 講義をほっぽり出してでも優先しなければならないこと。

 それは――


 


 今夜の飲み会会場の選定だ。



 トーヤとSクラスの面々は、かなりの頻度で飲みに行っており、休日には何件もの酒場をはしごする。

 そして飲みに行った酒場では、ほぼ100%の確率で出禁をくらう。


 一度『店の中で何をしたんですか?』とツエルが尋ねたところ、全員が顔を逸らして押し黙った。


 そのような事情があり、彼らが行ける酒場はかなり限られているため、こうして話し合いが行われている。

 何度も言うが、講義そっちのけで。


 

 そんな頭をかかえるようなトーヤの行動だが、ツエルは不思議とそんなトーヤに対し嫌な感情はいだかなかった。

 むしろトーヤの護衛であることに、居心地の良ささえも感じていた。


 この時はその理由が、ツエル自身にもわかっていなかった。

 





ーーーーーー


 


 

  シール王国第一王子 アーカイド・ガイアス


 彼には才能があった。

 それは勉学の才であり、魔法の才であり、非常に多くの才能に恵まれた。

 跡継ぎの男児が一人だったこともあり、幼いころから王としての自覚を持たされ、周りからのプレッシャーも強かったが、それを平気で受け止められるほど精神的にも強く、周囲の期待を超える形で成長していく。

 さらには、精霊のなかでもかなり高位の存在である炎の精霊に愛され、すぐにその力を使いこなせるようになるという傑物ぶり。


 彼にとってずっと壁という壁は存在せず、簡単に乗り越えられるものでしかなかった。


 そんな時に出会ったのが、トーヤの兄であるセーヤだった。


 たまたまセーヤが王城を訪れたとき、手合わせを申し込んだのだ。

 もちろん勝てるなどと自惚れたわけでない。

 ヘルト家に対していい感情を持っていたわけではないが、英雄家と呼ばれるだけの実績があることはしっかりと理解していた。

 シール王国最強と呼び声高い魔法師相手に、自分の実力がどれだけ通じるのか、もっと強くなるにはどうすればいいか。

 要するに野心の強いアーカイドは、セーヤのことさえも踏み台にしようとしたのだ。



 その結果、アーカイドは人生で初めての感情を味わうこととなる。


  カイブツ――


『これで終わりですか?』


 持てる力の全てを使い果たし、膝をつくアーカイドに対して、一切の疲れを見せることなく告げるセーヤ・ヘルト。

 この日、アーカイドは挫折と恐怖という感情を知った。


 今まで相手がどれだけ強かろうと、どうすれば勝てるか、どう鍛えればいいのか。

 答えまでの過程が簡単に浮かび上がり、自分が相手より強くなるビジョンを見ることができた。

 

 だがセーヤは別格だった。

 これから自分がどれだけ強くなろうと、どれだけ成長しようと、勝つ未来どころかまともに相手になる未来さえ想像することができない。

 当然、セーヤは全力を出したわけではなく、あくまで手加減したうえでのこと。

 それはアーカイドにも理解できた。

 そのためか、なおさら全身に重くのしかかる絶望的な差。


 それがアーカイドにとって人生で初めてぶち当たった、大きすぎて硬すぎる壁。

 アーカイドにとって、セーヤは同じ人間にすら見えなかった。

 セーヤの前でうずくまるあの時のみじめな自分を、アーカイドは生涯忘れることができないだろう。


 

 しかし、完全に心が折れなかったのはアーカイドの心の強さ故。


 ようやく立ち上がり、学園に入学し、出会ったのがセーヤの弟であるトーヤ・ヘルトだった。










「どうだ? なにか進展はあったか?」


「申し訳ありません。まだ進展という進展は……」


 そう言いながら口ごもる取り巻きに、アーカイドは表情こそ変えないものの落胆の色を示す。

 何人もの部下や取り巻きたちに囲まれながら、カフェテラスで部下の報告を聞いていく。



 アーカイドは自分の部下や取り巻きたちに、トーヤの調査を命じていた。

 しかし、一ヶ月たってもトーヤについての情報はほとんど集まらなかった。


「昨日の実践演習にもやはり参加していなかったようです。なので、入学してからの実践の授業には、一切出ていないということになります」


「トーヤ様が学園内で魔法を使ったところを見たものさえいません。実はまったく魔法が使えない、理事長室爆破の犯人、店の酒を一晩で飲み干した、などと尾ひれのつきすぎた噂が流れるばかりで……」


「そうか……」


 アーカイドは初日にトーヤと会ったとき、あまりにもセーヤとの見た目が違い、トーヤとセーヤが兄弟だという考えは微塵も抱かなかった。

 兄弟だと知ってからも、その立ち振る舞いなどの違いに納得できなかったわけだが。


 何度か接触も試みたが、入学式の日以降、まだ一度も会うことができていない。

 実際は面倒なことになるのがいやなトーヤが避けている――というのが事実なのだが、それをアーカイドが知る由もない。

 

 入学式の日にいざこざはあったものの、相手がトーヤ・ヘルトだったということを知り、自分に喧嘩を売ってきたことなどどうでもよくなっていた。

 純粋にトーヤと話をしてみたい――アーカイドが考えていたのはそれだけだった。


 兄であるセーヤとは打って変わって、強者、優秀、そんな噂を一切耳にすることがないトーヤ・ヘルト。


 彼にはセーヤと並ぶほどの力があるのか。

 あるとしたならばなぜその力を隠す?


 わからない。

 セーヤの力の底も、トーヤがなにを考えているのかも。


 アーカイドは自分の成長の限界、英雄家に対する劣等感。

 様々なものに押しつぶされそうになっていた。


 普段なら絶対にしないことではあるが、姉であるリリアーナに助言を求めたこともあった。


『恋をすればいいんですよ! こ・い! そうすれば多少の悩みなんて解決したも同然!』


 その助言を聞き、二度と姉には相談しないでおこうとアーカイドは心に誓った。


「アーカイド様、次の講義が始まります。そろそろ移動した方が……」


「ん、もうそんな時間か」


(自分の成長も目下悩みの種だが、初日のトーヤの言葉を都合よく受け取り、やたらつっかかってくる庶民ども。これについても考えておかねばな……)


 アーカイドは思考を軽くまとめ、講義に向かうため席を立つ。

 その時、アーカイドの目に一人の女性が映る。


 凛とした顔立ちにどこか気品があり、かわいいという言葉よりも美しいという言葉が似あう女性だった。

 歩いてカフェテラスのそばを通り過ぎていく、ただそれだけの所作一つ一つが洗練されたもののようにアーカイドには感じられる。


「……アーカイド様?」


 立ち上がったまま動かないアーカイドに、取り巻きの一人が声をかけるも反応がない。


 この時アーカイドには、自分がスランプであることも、英雄家のことも、一般階級のものとの小競り合いも、一切頭になく――




 仕えている主のもとへ向かうツエルの姿を、ただ一心不乱に見つめていた。 

  

 

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