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偽りの英雄  作者: 考える人
第六章 シール王国統括支部攻防戦
129/158

ミスフィット


 トーヤとゆかいな仲間たち リリー、イン、シルエside




「おかしいわね」


「インもそう思いますか?」


 トーヤ達と別れ、目的の場所へと向かっていた三人だったが、インとリリーの二人は違和感を覚える。


「なになに? 何が変なの? 『今のところスムーズに進めてるよ?』」


「スムーズすぎるのよ」


「いくらなんでも追ってくる人間が少なすぎますね」


 もともと司令部内の敵を減らすのは作戦の内だったものの、リリーたちの想定以上にその数が少なかった。

 たまに遭遇する敵も、積極的に進行を阻もうとするのではなく、リリーたちの動きを確認するだけにとどまっている。


「……邪魔はせずとも、動向確認はしてるってところかしら」


 敵の行動目的にインが頭を悩ましていたその時、背後からゾワリとした寒気を感じる。


「っ!?」


 その寒気の正体は殺気だった。

 

 インが振り向いたその先には、ナイフを持った男がリリーの首を切りつける態勢に入っている。


「リリー!!」


 魔力感知を常に行っていたにもかかわらず、直前まで気づくことのできなかった不意打ち。

 普通ならば、なすすべもなく首を切られてその人生を終える。


 


 しかし、男が切りつけようとしたのは――普通という言葉から最も縁遠い人間だった。


「許可なく乙女の肌に触るのはリスクが高いですよ……と、言いたいところでしたが、そう言えば今の私は男か女かもわからない服装でしたね」


 リリーは不意打ちに対してまるで焦ることなく、ナイフを持った男の腕を掴んで止めていた。


「おいおいまじかよ。完璧な不意打ちだったろ」


 男は不意打ちが止められたことを心底驚いている。


「殺気が漏れてる時点で完璧とは言わないでしょう。まあそれはそれとして……おいたをする腕はこうです」


 笑顔でリリーがそう発言すると共に、グチャリという音が廊下に鳴り響く。

 その音はリリーの掴んでいた男の腕から鳴ったものであり、腕の形は見るからに変形している。

 間違いなく折れていた。


「ガアアアアアア!!!」


 あまりの痛みに男は絶叫する。

 必死に腕を振りほどこうとするも、万力に挟まれているかのごとく、微塵も動く気配を見せない。


「離せこの野郎!」


 今にも意識が飛びそうなほどの痛みを必死に耐え、男はリリーに掴まれている腕とは反対の腕で殴り掛かる。

 だがリリーはそれを簡単にかわし、男の殴り掛かってきた勢いをそのまま利用し、男を壁に投げつけた。

 顔から廊下の固い壁にぶつかった男は短い断末魔を上げ、そのまま意識を失う。


「誰が野郎ですか。私は100人いれば1000人が振り返る絶世の美女だというのに」


「なんで100人しかいないのに1000人振り返るの? 『残りの900人はどこからきたの?』」


「ふふふ……シルエ、あなたも大人になればわかりますよ」


「いやいや、なんならシルエの方が20倍以上(・・・・・)長く生きてますよ。というかこれ生きてます? 壁にぶつかったとき首の角度がえげつないことになってましたけど」


「多分生きてるんじゃないですか? ちゃんと手加減しましたし。本気でやってたら今ごろ潰れたトマトですから。それに――――」


 リリーは床に転がっている男の首を指さす。

 正確には首に巻かれている物を。


あの首輪(・・・・)が巻かれていますから、最悪死んでても私の心が痛むことはありません」


「けっこうそのあたりサッパリしてますよね。リリアーナ様」


「あら、あなたは割り切れないんですか?」


「そりゃそうですよ。それにあまり割り切りたいとも思いませんし…………例えそれがどうしようもないクズ相手でも」


 インがそう発言し終えると同時に、インたちを取り囲むように廊下の前後からゾロゾロと人が現れる。

 先ほどまでの手薄さが嘘のようだった。


「あーあー、ムリックのやつ先走りやがって。死んでんじゃねえのかあれ?」


「手柄を独り占めしようとした罰だろ」


「3人か…………ま、早い者勝ちでいいな」


 そしてその現れた者たちの首には、男女関係なく全員に金属製の首輪が巻かれており、獲物を狙う目でリリーたちを見つめている。

 

 しかしリリーたちにそれほど焦りはない。

 このような状況になることも、想定の内だったからだ。


「こいつらが出てくるってことは、敵もかなり切羽詰まってるとみて間違いないでしょう」


「もうひと押しってところね」


 

 リリーたち3人が首輪をつけた集団に取り囲まれている中、他のミスフィットのメンバーも同じような状況だった。







ーーーーーー





 トーヤside



 敵から捕捉されているリリーたちと違い、敵が居場所を把握できていないトーヤとフーバー、そしてもう1人(・・・)

 誰にも邪魔されず、追われることもなく移動していたその時――


 トーヤたちが歩みを進めていた廊下の先で、その進路を塞ぐようにして立っている1人の女がいた。そしてその女の首には金属製の首輪。


「そこに、いるんでしょ?」


 その女はトーヤたちがまるで見えているかのように語り掛ける。


 戸惑う――というほどではないが、見えていないはず(・・・・・・・・)の自分たちに向けて語り掛けられたことで、トーヤたちは疑問を感じる。


「……ラシェル(・・・・)、念のため聞くが俺たちの姿は見えてないはずだよな?」


「ええ……視覚だけじゃなくて、聴覚と魔力的にも私たちを感知できないはずだけど……」


 トーヤの背後に立っているラシェルがトーヤの疑問に答えるが、その声はどこか不安気だった。


「明らかに視線がこっちのほう向いてるし、ブラフって感じでもなさそうなんだよなぁ」


「けど魔法は間違いなく発動してる。あなたたちにもその効果が出てるはずよ」


 そう言ったラシェルの両手は、トーヤとフーバーの服を掴んでいる。


 トーヤたちがどう動くか決めかねる中、女はさらに見えないはずのトーヤたちに話しかける。 


「確かに、私にはあなたの姿が見えない。声も聞こえない。…………でもね、匂いがするの。とっても濃い血の匂いが」


 女は指をなめながらうっとりとした表情を浮かべていた。


「……やべえ女だな」


「……ヤバい女ね」


 トーヤとラシェルはうなずきあった。


「血の匂いとかするわけないじゃない。ここまで戦闘を避けてきたのに」


「典型的な理屈が通用しないタイプの狂人だ。考えるだけ無駄だからやめとけ」


「そうね……それより、どうするの? ここを通らないと地下にはいけないけど」


「しょうがない。プランⅮだ。俺が出る」


「いいの? フーバーに任せた方が……」


「無理に決まってんだろ。見ろよコイツの姿」


 そう言ってトーヤが指さしたフーバーは、顔を真っ青にして首をブンブンと横に振っていた。


「…………どうしたの彼?」


「女相手にビビりまくってるだけだ。ほっといていい。とりあえず、俺にかかってる魔法を解除してくれ」


「……わかったわ」


 ラシェルがトーヤの提案を了承すると同時に、トーヤにかかっていた不可視の魔法が解かれる。

 それによって女の眼に、フード付きのマントと仮面を身に着けたトーヤの姿がはっきりと映った。


「あら、やっと姿を見せてくれたと思ったのに、顔が見えなくて残念」


「悪いな。顔出しは追加料金だ」


「ふふ、そんなこと言われたら、男娼館で相手探しをしていた日々を思い出すわぁ。でもおかしいわね。あなたからは血の匂いがまったくしない」


「そりゃよかった。匂いには気をつかってるんだ。女の匂いでもさせようもんなら、アホみたいに薬草や薬剤が入った風呂にぶち込まれるからな。どっかのアホメイドに」


「あはははは! お風呂なんかでとれないのよ。血の匂いっていうのは、体じゃなくて魂に染み込むものなの」


「なるほど。素直にすげえとは思うけど全く参考にならない知識どーも」


「確かにあなたからはしないけど、あなたの傍からはとても強い血の匂いがしているわぁ。どうやらあなたじゃなくて、あなたたち(・・)だったみたいね」


 女はトーヤの左隣辺りをじっとりとした表情で見つめる。

 そこは不可視の魔法がかかったはずのフーバーがいる場所だった。


「ほんとに場所がわかってんだな。意味わからん」


「もう一人は姿を見せてくれないのかしら?」


「勘弁してやってくれ。女と目を合わせることすらできないやつなんだよ」


「……そんな人間いるの?」


「グホッ」


 純粋な女の疑問がフーバーを傷つける。


「とりあえずこうして姿を見せたんだ。俺たちはこの先に用がある。そこをどいてくれ」


「ダメよぉ。だって私の用はあなたたち2人を殺すことだもの」


 女は懐からナイフを取り出し、トーヤの方へとそれを向ける。


「好きになった男以外を殺すのはこれが初めてだけど、声はすごく好みだから、ちゃんとあなたでも感じると思うの。フフフフフ、知ってる? カッコイイ男の人が恐怖に顔を歪ませながら死ぬ瞬間って、最高に興奮するのよ」


「今度はすげえとも思えないくだらない知識どーも。お礼にこっちからはとっても役に立つ情報を教えてやるよ」


「あら、なにかしら?」


「俺たち、実は2人じゃないんだわ」


「……? なに、を――――」


 突如、女の視界がぶれる。


「………え?」


 女は自身に何が起きたのか理解できない。

 どんどん意識が遠のいていき、そのまま気を失って倒れる。


「実は3人だったのよ――と言っても、もう聞こえてないでしょうけど」


 女が倒れた傍では、針のようなものを持ったラシェルが立っていた。

 トーヤとフーバーも倒れた女の傍へと近寄る。


「さーて、ついに犯罪者どもが出てきましたねぇ。いや、亡霊って言った方が正しいか。なんせ既にこの世にはいないはずの人間ですからねぇ」


 女が気絶した瞬間、生き生きとした姿で話し出すフーバーを、トーヤは『あーあー、言っちゃった』的な眼で見つめる。


「それを言ったら、私も亡霊ってことになるわね」


「……あ」


 ラシェルのつぶやきによって、フーバーは初めて己の失言に気づいた。


「いや、そのっ! さっきの、は……違くて、あの――」


「ほら、いいから速く移動するぞ。幸い俺たちの方をかぎつけたのはまだこの女だけみたいだ。今のうちに――」


「ざんね~~~~ん!! もう見つけちゃいました~~~ギャハハハハ!!!」


「ちっ、遅かったか」


 トーヤたちの進行方向から続々と現れる首輪をつけた者たち。

 今のトーヤたちは、リリーたちとまったく同じような状況に置かれていた。


 

 ちなみに、単独行動中のソフィーもまた、同じように首輪をつけた人間たちに囲まれていた。



 道を完全にふさがれたトーヤは1つため息をつく。


「まあ、そりゃ全部が全部計画通りに行くわけないわな」


「あらら、トーヤ様、作戦前に完璧な作戦だって言ってましたが、ここで崩れちまいましたね」


「何言ってんだフーバー。完璧な作戦ってのは、1から10まで全て思い通りにいく作戦のことを言うんじゃない。例えどんな想定外の事態が起ころうとも最終目標を完遂できる作戦のことを言うんだ。だから俺の完璧な作戦は今も継続中なんだよ。なんせ――」


 そこで1度言葉を区切ったトーヤはニヤリと笑って続きを告げる。


「俺が集めたのは、こんな状況くらい鼻歌交じりでどうにでもできる連中だ。というわけでフーバー、そろそろお前にも働いてもらうぞ」


「…………うす!」


 トーヤなりの(げき)にフーバーは気合が入る。









 ミスフィット…………この名前はリリーが気に入って名付けたものであり、メンバーは実にその名を体現していた。王族のはみ出し者、貴族のはみ出し者、社会のはみ出し者、裏社会のはみ出し者、組織のはみ出し者。既存の枠にハマれない、測れないはみ出し者たちが集まった奇跡のようなグループ。


 そのはみ出し者たちが、個から集となり、1つの意志をもとにコクマに牙をむく。



敵が近くにいるときは咄嗟でもリリーと呼び、敵がいない時はちゃんと様を付けて呼ぶイン。


リリーたちと相対した男……とある小国の暗殺者。殺害人数は把握されているだけで42人。

トーヤたちと相対した女……アルギラ帝国の殺人鬼。気に入った男を殺すことで性的快感を得ていた。

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