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偽りの英雄  作者: 考える人
第六章 シール王国統括支部攻防戦
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二振りの宝剣 side統括支部



 統括支部司令部――



「二手に分かれた?」


『はい。2人と3人に分かれました。それぞれ追跡中です』


「あちらから攻撃を仕掛けてくる様子は?」


『今のところありません。ひたすらこちらの追跡から逃げている状態です』


「鬼の様子はどうだ?」


『こちら36小隊! 鬼は壁や床と周囲のものをとにかく破壊し続けており、全く止まる気配がありません!! 魔導銃も効果が薄いです! 戦闘部隊の援軍をお願いします』


「悪いが今すぐ送り込める部隊は司令部内に存在しない。可能な限りでいい。近くの部隊だけで食い止めてくれ」


『さすがに無理です! 先ほども33小隊が、っ、うわぁぁぁ!!!――』


 大きな悲鳴の後、36小隊からの通信が途絶える。

 おそらく敵からの攻撃を受けたのだろうと支部長であるウルシュは判断する。


 鬼に対処するための人員しかり、逃げている敵勢力の追跡人員しかり、とにかく戦力が足りない。

 それが現在、統括支部側が抱えているもっとも大きな問題だった。


 その原因は当然ながら、両門の攻撃を敵の主攻だと勘違いし、そちらに大きく戦力を割いてしまったことだ。


 なんとか門にいる部隊を司令部内にまわせないかと考え、ウルシュは門側の指揮をとっているナディアに話しかける。


「ナディア、そちらの状況はどうだ?」


「なんとか均衡を保てている…………ってところかしら」


 かなり言い淀んだことを考えると、いつ均衡が崩れてもおかしくないくらいには劣勢なのだろう。

 ウルシュは両門付近にいる戦力は当てにできないと判断する。


「敵戦力が想像以上だったのは確かだけど、それ以上に想定外だったのがシェルナのところだわ」


 そう言ったナディアの視線の先には、シェルナと仮面を付けた少女の激しい攻防――がモニターに映し出されていた。

 そして仮面を付けてはいるものの、ナディアには仮面の少女に覚えがあった。

 

 ツエル――トーヤ・ヘルトの護衛であり、闇魔法を操る実力者。


 ナディアの脳裏に、初めて見た時に感じた驚愕と恐怖が思い出される。


「シェルナが手こずるほどの敵か…………」


「そっちは今どうなの?」


「はっきり言って、かなりまずい状態だ。あれからどんどん魔吸石がばらまかれていて、内部感知はまったく意味をなしていない。その上、現時点で戦力が不足している」


 両門と司令部内、どちらも予断を許さない。

 そんな状況に輪をかけて、二人のもとに急報が告げられる。


『こちら第44小隊! 応答願います!!』


「どうした?」


『二手に分かれた敵勢力ですが……そのうち片方の敵の、その……』


 報告を行う人間はかなり言いずらそうにしながら口ごもる。


『……見失いました』


「っ――」


 ただでさえ厳しい状況の中で、追跡することすら満足にできない部下に対し、思わず声を上げそうになるナディアだったが、なんとか思いとどまる。

 隣に上司であり、そして愛する相手(・・・・・)でもあるウルシュがいたことも、思いとどまった要因の一つだろう。


「詳しく状況を説明しろ」


『は、はい…………敵の二人が10階第8会議室付近の角を曲がったところで、、、忽然と姿が消えたんです。 あ、その、当然こちらも追いかけておりましたので、敵が角を曲がってから私たちが曲がるまで3秒も経ってません! ほんとに一瞬で姿を消したんです!!』


 報告する職員は、自身に非がないことを必死にアピールしながら説明する。


「…………」


 ウルシュは一度冷静になり、思考を深くする。

 

 このまま受けに回っていては、間違いなく取り返しのつかないことになるだろう。

 地下にバードが待機しているものの、もしそれが突破されるようなことがあれば――

 

 最悪の事態(・・・・・)を想定したウルシュは、とある決意を固める。


「こうなってしまっては仕方ない。やつら(・・・)を使う」


「…………本気なの?」


 ウルシュの発言に対し、ナディアは顔を青ざめさせながら問いかけた。

 ウルシュのとろうとしている手段は、まさに非人道的なものであり、制御を誤れば自分たちの首を絞めかねない手段である。


「いくらなんでも、それは――」


「また1つ、罪を重ねるだけだ」


「…………」


「償うすべなど、とうの昔に失うほど重ね過ぎた罪が、1つ増えるだけだ」


 ナディアだけでなく、自身にも語り掛けるように告げるウルシュ。

 そんなウルシュの言葉に、ナディアも戸惑いを振り払って覚悟を決める。


「……このまま手をこまねいていても、事態が好転するわけもないものね。わかった、あいつらの解放は私が行くわ」


「いいのか?」


「ええ、あなたが指令室(ここ)を離れるわけにもいかないでしょ。私に任せてちょうだい」


 劣勢の中、それを誤魔化すようにナディアは笑ってみせた。











ーーーーーー






 


 統括支部 西門壁上――



 仮面の少女とシェルナの戦いは激しさを増していた。


『風進打突』


 シェルナによる剣を媒介にした風の魔法が、突きの姿勢から放たれる。

 らせん状に突き進む風の魔法を、仮面の少女は受けるのではなく、剣でいなす(・・・)ことによって簡単に避ける。


 バード最大戦力である隊長のシェルナ・ヴァント。

 彼女は風の一族として名高いヴァント家の長女であり、家の名の通り風魔法をメインとしている。

 長い歴史を誇るヴァント家の中でも、歴代トップクラスの才能の持ち主であり、学生時代は現在の剣聖と互角に戦えるほどの実力者でもあった。


 だからこそ、そんなシェルナに心酔し、シェルナの強さを誰よりも理解しているサクキは驚愕する。


 

 仮面の少女が、シェルナと互角に戦い続けていることに。



 壁上ということもあって、シェルナの持ち味の1つである破壊力の高い大技は出せていない。

 しかしサクキから見たシェルナは間違いなく本気で戦っていた。


 サクキはシェルナのサポートに入りたいと思うものの、まだ本気で戦うシェルナの戦いに割って入れるような実力はない。

 邪魔にならぬよう、少し離れた場所から戦いを見守ることしかできなかった。


「信じられない…………本気の隊長と互角だなんて――」


「互角じゃない」


 悔し気につぶやくサクキの言葉に反応したのは、サクキの隣にいたパールバルだった。


「わずかにだが…………剣を交えるたびに、少しずつ隊長が押していっている」


「本当か!?」


「本当だ……おそらく、これは……武器の差、だな」


 武器の差――パールバルのその言葉を体現するかのように、互角だった戦いの状況が変化する。


多重剛斬(たじゅうごうざん)


 自身も切りかかりながら、風の斬撃で多方向から攻める同時攻撃。

 シェルナのそれは、一撃まともに受けるだけでも致命傷もの。


 仮面の少女は影を操り、風の斬撃を全て相殺していきながら、シェルナ自身の攻撃を剣で受け止める。

 なんとか全ての攻撃をさばき切った仮面の少女は、一度距離とるために離れる。

 

 その時、パキリという音が鳴り、仮面の少女の持っていた剣が根元近くから折れてしまう。


 二人の実力はほぼ同等――――故に、こうなるのは必然だった。


 仮面の少女が使用していた剣は悪いものではないものの、一般的に流通している大量生産品の1つ。

 その一方で、シェルナの使用している剣は――


「国宝『精霊剣』」


 シンプルな装飾ながらも、光の反射が神々しく感じるほどの美しさを持つ宝剣。


「あれと……打ち合えば、どれだけ剣身を強化していようと、ああなる」


 冷静に状況を分析するパールバルの隣で、サクキはシェルナの勝利を確信した。


 仮面の少女は折れた剣を捨てるように手放し、ぼそりとつぶやく。


「あまり気は進まないが――」


 そのつぶやきはシェルナやサクキ達の耳にもしっかりと届く。

 このとき初めて、バードの面々は敵対している少女の声を聞いた。



「――仕方ないか」



 仮面の少女が言葉を言い切ると同時に、少女の足元の影から1本の剣が現れる。

 それは重力に逆らうように上へと這い出ていき、少女はその剣の柄を握った。


 銀色――というよりも、白色という言葉がピッタリといった珍しい特徴の剣だったが、シェルナたちにとってそんなことはどうでもよかった。


 見た目の情報がどうでもいいと思えてしまうほど、その剣には()があった。

 それも国宝である『精霊剣』と並ぶほどに。


 国宝『白鳴剣(はくめいのつるぎ)』――仮面の少女が手にする剣は正真正銘、国宝であった。


 その白鳴剣の白い剣身が黒く染まっていき、勢いよく振り下ろされることによって魔法が放たれる。


『黒刃』


 黒い斬撃がシェルナたちに向かって迫っていく。

 だがシェルナもしっかりとこれに反応して魔法を放つ。


『白刃』


 風魔法によって生み出された白い斬撃が、先に放たれた黒い斬撃とぶつかる。


 闇の斬撃と風の斬撃――二つの魔法は周囲に余波をまき散らして相殺された。威力は完全に互角。



 仮面の少女とバード隊長のシェルナ。

 二人の戦いはこの時、真の意味で互角となった。












ーーーーーー







 統括支部 司令部 地下――



 そこは一般職員にとってどのような理由があっても立ち入ることのできない場所であり、無断で立ち入れば厳しい罰則すら与えられる。

 地下の入り口を守っているバードのメンバーでさえも、立ち入りが禁止されているほど、コクマにとって超重要機密が眠る場所。


 そんな地下深くの廊下を、副支部長であるナディアは早足で移動している。

 そうしてたどり着いたのは分厚い鋼鉄製の扉の前。

 扉の中心には魔法陣が刻まれており、ナディアはその魔法陣に触れて魔力を流す。

 すると魔力に反応した魔法陣は光りを発し、重厚な音をたてて扉が開かれていく。


 開かれた扉を前にして、ナディアは落ち着くように大きく息を吐き、意を決して中へと足を進める。

 部屋の中へと入ったナディアの視界に広がるのは、おびただしい数の(おり)であり、中にいるのは人間。

 

 そう――ここは罪人を閉じ込めるための監獄だった。



「おいおいなんだ? 飯の時間にはまだはええだろ」


「誰かと思えば副支部長様じゃねえか。また誰か実験に連れて行かれんじゃねえの?」


「おーい、暇なら相手してくれや。こっちはたまってんだわ」


 唐突に現れたナディアに対して向けられる様々な視線。

 疑問、興味、中には下卑た視線も混じっており、それを受けたナディアは思わず顔をしかめる。

 今すぐにでも殺してやりたいという気持ちを押さえつけ、ここにきた本来の目的を果たすため、ナディアはゆっくりと口を開く。


「あなたたちに仕事を与えるわ」


 その言葉に対し、一瞬部屋内が静まり返った後、ドッと笑い声が鳴り響く。


「ハハハハハ! 聞いたか? 俺たちに仕事だとよ!」


「オイオイオイ!!! ここはいつから厚生施設になったんだよ!!」


「あんたが相手してくれんなら考えてやるよ!!」


 嘲笑という言葉がピッタリな笑い声が止まらぬ中、ナディアはかまうことなく発言を続ける。


「報酬は身柄の完全解放――――要するに自由の身よ」


 先ほどまでも騒ぎが嘘だったかのように、笑い声がピタリと止まる。

 それほどまでにナディアの発言は、檻に入れられている者たちにとって信じられないものであり、これ以上とないほど彼らが望むものであった。


「内容は侵入者の排除。生死は問わないわ」


 そう言ってナディアが部屋の中心に刻まれている魔法陣に触れると、檻の鍵が自動的に解錠されていき、中にいた人間が次々と解放されていく。



「さあ、行きなさい。許されない罪を犯した者たち」



 彼らの解放は現状を打破する可能性と共に、さらなる混乱を引き起こす可能性をはらんでいる。

 コクマにとってまさに諸刃の剣といえる存在。

 そんな存在が、制御されることなく統括支部内に放たれようとしていた。



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