真っ黒な資金源
コクマの司令部が大混乱の最中、無事計画通り司令部に侵入することのできたミスフィットの面々――その正体はもちろんトーヤと愉快な仲間たち。
ちなみに、全員がフード付きのマントと仮面を身に着けている。見た目と事実、共にまごうことなき不審者である。
「さて、侵入がバレた以上、ゆっくり移動する必要もない。こっからは一気にいくぞ」
トーヤは愉快な仲間たちに対し、改めて気合を入れるよう告げる。
そして告げると同時に振り返り、愉快な仲間たちを見渡したトーヤはある違和感を覚えた。
司令部に侵入したのはトーヤを含めて7人。
しかしこの場に姿があるのは5人だけ――
「1人足りなくね?」
「あら、ほんとですね。ソフィーがいません」
トーヤの問いかけに反応したのは、リリーの変装をした第三王女リリアーナ。
「またか、あの方向音痴……」
その場にいないのは鬼族であるソフィー。
森の中で自然と共に暮らしてきたソフィーは、都会の街並み――人工物が並ぶ生活になかなか慣れることができなかった。
その結果が極度の方向音痴である。
「ただ俺たちの後ろをついてくるだけのことがなんでできねーんだよ」
「しかもあの子、来た道を戻るということを絶対にしませんから。合流は絶望的ですね」
ソフィーの普段の行動を加味し、トーヤとリリーはソフィーとの合流を諦める。
「おいフーバー、お前最後尾だろ。ちゃんと見とけよ」
「いやぁ、こっちは自分のことで精一杯なんで無理でさぁ。異性とか直視できねえですし。それを言うならソフィーの教育係だったシルエの責任でしょう」
そう言ってフーバーはシルエを見る。
「私が教えてたのは一般常識だけだもん! 『責任なら私たちを取りまとめる役のインにあるもん!』」
そう言ってシルエはインを見る。
「いや、方向音痴を矯正させる方法とか知らないし」
「なるほど、つまりちゃんと教育をしていなかったヘルト家――つまりトーヤに責任があると」
そう言ってインとリリーはトーヤを見る。
「あれ? 投げたはずの責任が戻ってきちゃった」
部下の失態が一番上の上司にまで責任追及されることに、トーヤは社会の理不尽さを実感する。
「まああいつにはこうなった時の指示も与えてある。多少プランに変更は出るがこのままいくぞ」
多少のトラブルは起こったものの、想定内の事態ではあるため、トーヤ達は冷静に行動を続ける。
一方――
「あれ~~みんなどこ~~~」
仲間とはぐれ、大慌てでソフィーは前へ前へと突き進む。
何か考えがあって移動しているわけではない。ただただ前に進んでいるだけである。
「ダメだ~~やっぱりはぐれちゃった~~~」
「いたぞ! 侵入者だ!!」
「ん~~~?」
背後から聞こえた声に振り向いたソフィー。
そこには、手に武器のような何かを持った知らない人間がいた。
当然すぐに、それが敵であることをソフィーは理解する。
「あちゃ~~、こうなっちゃったか~~~」
味方と合流する前に敵と接触してしまう事態。
もちろん喜ばしい事ではないが、ソフィーはこの状況になった際の指示をトーヤからもらっている。
そしてその指示を実行するために、ソフィーはかぶっていたフードをとった。
侵入者発見の報告を受け、続々と集まりだす統括支部の職員たち。
その職員が等しく侵入者であるソフィーの姿に目を奪われる。
正確に言えば額から伸びる一本の角に。
「…………鬼?」
誰かがポツリとつぶやいた瞬間、床が割れた。
「うわっ!!」
「なんだ!?」
突然のことに多くの者がバランスを崩し、立ち続けることが困難になる。
職員たちが必死に態勢を立て直し、視線を前に向けると――
そこには床を殴りつけた態勢のソフィーがいた。
つまりそれは、ただ拳を床にふるっただけで衝撃が広がり、数メートルほど離れた床まで破壊したということ。
「嘘だろ……なんだよこのパワー」
その圧倒的な力の化身を前にして、職員たちは戦慄する。
「う~ん、仮面は付けとけって言われてるけど~~、邪魔だし取っちゃお~」
ソフィーは顔がバレることなど一切気にせず、付けていた仮面を投げ捨てる。
「みんなとはぐれちゃったけど~~、何事も経験――だよね~~、おばあちゃん」
敵に囲まれている状況ながら、ソフィーは気負うことなく楽しそうに笑う。
――場面はトーヤ達の方へと戻る。
こちらでもソフィーと同じように、統括支部の職員たちに見つかり追われていた。
「こちら第44小隊、敵を補足しました! 現在C区画を逃走中!」
「第46小隊と協力して追い詰めます!」
「魔導銃の使用許可が出た! 同士討ちには注意しろ!」
ただこちらはソフィーのように応戦することなく、職員たちから背を向けて逃げていた。
そしてトーヤ達は逃げながらも、自分たちを追いかけてくる職員を観察する。
「おい見ろよアレ。事前の調査でわかっちゃいたが、最新型の魔導銃だぜ」
「ほんとですね。しかもほぼ全員が持ってますよ」
魔導銃
コクマが特に力を入れて研究を行っている魔具の一つであり、簡単に言ってしまえば、魔力弾を撃つための道具である。
もちろんただの魔力弾ではなく、より強力な魔力弾を、魔力を込めるだけで撃つことができる。
通常、魔力弾は魔力の繊細なコントロールが必要なのだが、魔道銃はそれを必要としない。
改良が進むにつれ、より魔力消費が少なく、より威力が高くなっていく。
ちなみに、最新型魔導銃の販売価格は1丁1500万近くする。
「ずっりいなあ。こっちは金欠だっていうのに」
「あれ? たしかトーヤ様って、本の印税でがっぽり儲かってるんじゃなかったですっけ?」
「周囲に金ばらまきまくってるせいで常に借金生活だ。セーヤにも3000万借りてるし」
「なんなら私の母にお金貢がせてますからね」
「リリアーナ様の母って…………王妃様!?」
第三王女であるリリアーナ。その母親は当然ながら現国王の妻――女王である。
衝撃の事実にインだけでなく、フーバーたちも仮面の下で驚愕の表情を浮かべる。
「王妃様に貢がせてるんですかトーヤ様!? さすがにヤバすぎますよ!!」
「人聞き悪い事いうんじゃねえよ。ちょっと甘えるような優しい声で『お母さん、いつもありがとう! 大好きだよ!』って言いながらマッサージしてあげたらお小遣いくれるだけだ」
「いかがわしい意味にしか聞こえないんですけど!?」
「あれなんですよね。アーカイドが親に甘えるとか一切しない子ですから。息子と同じ年頃の男の子から甘えられる快感にハマっちゃったみたいで…………」
「うわぁ、すっごい嫌なこと知っちゃった」
「これから王妃様が式典で真面目にスピーチとかするたびに、若い男に貢いでること思い出しそうでやだなぁ」
知りたくなかった事実を知り、インとフーバーは何とも言えない気持ちになる。
「ほんとですよ。身内が恥ずかしいマネをすれば私だって恥ずかしい思いをするんですから」
子が子なら親も親、この子にしてその親あり――そんな言葉が頭に浮かんだインとフーバー。
だが空気を読んで口をつぐんだ。
「しっかり親からド淫乱の遺伝子継承してるやつがよく言うぜ」
トーヤは口に出した。
「はぁぁ!? 私は母と違って何千万も貢ぐようなマネしてませんけどぉ!!?」
「比べるところが金額の時点でもう同類なんだよ。どうせお前も気に入った相手に貢いでんだろ」
「そういうトーヤだってあの歌姫にめちゃくちゃ貢いでるじゃないですか!! 知ってるんですよ? あなたが毎年何百万と10年間も貢ぎ続けていること」
「あれは貢いでるんじゃねえ! お布施だ!! 最高の仕事に対価を払うのは同然だろ!」
「それを言うなら私だってそうですよ!」
「お前のは何かしらの法律に引っ掛かるやつなんだよ! 相手ほとんど未成年だろがこの年下好き!」
「人の母親にデレデレしておいてよく人のことが言えますね! この人妻好き!」
ギャアギャアギャアギャア――
敵地のど真ん中にいながらも、普段と同じようにケンカを始める二人。
「あの、トーヤ様もリリアーナ様も、もう少しくらい緊張感持ちましょうよ。今まさに追われてる最中なんですよ」
呆れたようにつぶやくインの言葉通り、何人もの統括支部職員がトーヤ達を追いかけてきており、さらには魔導銃による魔力弾が雨のように降り注いでいる。
トーヤ達はその魔力弾を、ペチャクチャと会話しながら完全に避け続けていた。
「そうだなイン、お前の言う通りだ。ところで――」
トーヤはインの発言の正しさを認めたうえで、振り向いてインの顔を凝視する。
「なぜリリーが、俺が歌姫に金を出していることを知っているんだろうなぁ?」
「…………け、検討もつきません」
インは目を合わさないよう全力で顔を背ける。
「この前インがリリーに話してたよ 『絶対に秘密にしてくださいねって言ってた』」
「だそうだが?」
シルエからの告発にインは天井を仰いだ。
「秘密って言えば、トーヤもラシェルに同じようなこと言ってたよね 『たしか抱き着いたことはリリーには秘密だとかって――』」
「どういうことですかトーヤ? その話、詳しく――」
「ほら! お前ら集中しろ!! もうすぐ目標地点だぞ!!!」
トーヤは全力で話をぶった切る。
もちろんリリーから追及されることを恐れたが故の発言だが、実際にトーヤ達が目標としていた地点までたどり着くところだった。
「じゃあお前ら、手筈通りにな」
「了解! 『まっかせて!』」
「了解です」
「妹の件は後でゆっくりと――」
「いいからはよ行け」
トーヤの合図と同時に、リリー、イン、シルエの三人がトーヤとは別方向に進みだす。
「よし、じゃあ俺たちは一気に地下に行くぞフーバー」
「うっす」
リリー、イン、シルエの三人。
トーヤ、フーバーの二人。
二手に分かれたトーヤと愉快な仲間たちは、目的に向かって順調に物事を進めていた。