コクマ統括支部長 side統括支部
どうするべきか――
ナディアは焦る心を無理やり抑えつけ、冷静かつ迅速に思考する。
敵は既に司令部内に侵入しており、当然ながら真っ先に対処しなければならない。
とはいえ、東門と西門の方を放置するわけにもいかない。
そちらの判断を誤れば、もっと被害が大きくなる。
ナディアの目下の悩みは、どちらの指揮を優先するか。
少数とはいえ、統括支部の奥深くまで侵入している内部の方か。
それとも、突破されたときに被害の規模が大きい門の方か。
どちらを選ぶにしても、どちらかの指示がおろそかになってしまう。
こうして考えている時間すら惜しい。
「俺が門の方を指揮しましょうか?」
そう提案してきたのはシューだった。
かなり若く、バードの一戦闘員ではあるものの、その膨大な知識と頭の回転の速さは自分以上かもしれないシュー。
そんなシューからの提案は、ナディアにとってかなりありがたかったものの、一方で懸念点もあった。
それはシューが戦闘部隊のメンバーであるということ。
シューを指揮に回すということは、貴重な戦力を失うということに他ならない。
戦力をかなり門側に割いている以上、司令部内の戦力を失いたくないという気持ちに駆られる。
しかし、指揮系統が機能しない方が被害が大きいと判断したナディアは、シューに門側の指示を任せようとしたその時――
「その必要はないシュー。私が司令部内の指揮を執る」
それは元々その部屋にいた人物のものではなく、新たに部屋に入ってきた人物による言葉だった。
身長が2m近くあり、鋭い目をしたどこか威厳を感じさせる男――その男が部屋に現れた瞬間、焦りによる苦悩顔ばかりだったナディアの表情に喜色が浮かぶ。
「ウルシュ!」
「すまないな。ここまでお前に1人で指揮を任せてしまって」
「それはいいけど、あっちは大丈夫なの?」
「問題ない。本部のやつらに任せてきた」
ウルシュと呼ばれた男とナディアが言葉を交わしているのを、他の面々は珍しいものを見たと言った表情で見つめる。
なぜならこのウルシュという男こそ、統括支部の人間ですら滅多に目にすることのない人物――コクマシール王国統括支部の支部長だからだ。
ーーーーーー
「私、支部長さん見たのすっごい久しぶりかも」
「俺も前会ったのはそれこそ数年前になるな」
指令室から出たバードの面々は侵入者の元へと向かっていた。
そして階段の前までたどり着いたところで一旦止まり、副隊長のスカーがシューに問いかける。
「一応最終確認だが、内部感知で反応のあった上の階じゃなく、下に向かうってことでいいんだな?」
あの後、さらに詳細に内部感知の結果を調べたところ、100以上あった未登録の魔力反応は全て指令室よりも上の階に固まっていた。
「はい、やつら…………ミスフィットの目的は間違いなく、司令部の地下です」
「言い切ったな」
「数多くある研究棟ではなく、司令部を選んで侵入する理由なんてそれしかありませんよ」
司令部の地下――それは統括支部の幹部、または特別な許可を得た人間しか立ち入ることの許されない場所。
そこに何があるのか、何が行われているのか。
バードのメンバーですら知らされていない。
「ミスフィットは……何を狙ってるんでしょうか」
迷うように、ためらうように質問を投げかけたのはイースだった。
「さあな…………ただ、ミスフィットは地下にあるものが何か知っていて、そのために統括支部を襲撃したのは確かだ。おそらく、今まで支部を襲撃していたのも、統括支部襲撃の準備段階に過ぎなかったんだろうな。少なくとも奴らはただの利益目的で動く集団じゃない。それは今回の件ではっきりした。何か大きな目的があるはずだ。もちろん、コクマにとって喜ばしい事でないのは確かだけどな」
シューの考察を聞き、不安な空気が流れる中、バードの面々は階段を降り始める。
しばらく降りていると、ふと思いついたようにヴェラが口を開く。
「改めて思うけど、コクマって秘密主義が過ぎるよね」
司令部の地下だけでなく、コクマ本部の情報、防御システムの詳細などなど。
外部だけでなく、内部にも情報を隠す徹底ぶりをここ数日で何度も実感したことによる発言。
「まあでもしょうがねえだろ。情報は武器だ。情報の出どころは可能な限り絞るべきってのも理解できる」
「俺としてはやりすぎだと思いますけど」
「おっ、なんだ。シューはコクマの秘密主義には反対か?」
「もちろん、なんでもかんでも開示すべきでないという点には納得できます。ただいくら何でも絞り過ぎです。ごく一部の人間だけが情報を持つことで、情報漏洩のリスクは確かに回避できる。けど、いざ情報が洩れて問題が生じたとき、意志の統一や対応が難しい」
「…………対応が難しいっていうのはなんとなくわかるけど、意志の統一が難しいっていうのはどういうこと?」
「まさに今の俺たちのことだよ。幹部連中は大慌てかもしれねえけど、俺たちは何を守ろうとしてるのかもわからねえ。そんなんでモチベーションなんて上がるわけもない」
まるでコクマの上層部を皮肉るようにシューは笑う。
「モチベーションが上がらねえってのはわかる。けどちゃんと気合入れろよ。相手はその秘密主義のコクマを調べ尽くしてきているような奴らだ」
侵攻してきたミスフィットの動きは、明らかに防御システムを意識しての動きだった。
さらには精度の高い防御システムを逆手に取り、統括支部の人間を欺いたことからも、油断ならない相手であることは明白。
スカーに注意されるまでもなく、バードの警戒心は最大に引き上げられている。
「けど、私たちですら今日の朝まで防御システムのことを知らなかったのに、どうやってミスフィットは調べたんだろ?」
「どれだけ完璧なシステムを作り上げたところで、それを運用するのが人間なんていう不完全でどうしようもない生き物だ。どうとでもできるだろ」
「…………ねえシュー、なんか機嫌悪い」
「悪くねえよ」
「悪いじゃん」
普段から口の悪い幼馴染だが、普段以上に口が悪いことから、かなり不機嫌であることをヴェラは察する。
そしてそれはミスフィットに欺かれ、司令部まで侵入されたことにすぐ気づけなかったことからきているのも、ヴェラにはなんとなく理解できた。
「それで、こっちのことを徹底的に調べ尽くしているであろうミスフィットは、これからどんな手を打ってくると思う?」
スカーからの問いかけに、シューはわずかに考えこんだのち、ゆっくりその答えを口にした。
「……おそらく、また陽動を仕掛けてくるはずです。それも、今までと同じようにこっちが無視することのできない陽動を」
「なんでそう思うんだ?」
「コクマの戦力を上に集めるためです。目的のある下からではなく、上から侵入してきたのも理由の一つだと思います」
「まーた陽動か。といっても、何度も同じ手に引っ掛かってる以上なんも言えねえけど」
「…………」
ぼやくようなスカーの発言に、シューは黙って考え込む。
陽動しかり、ミスフィットの動きは完全に少数で動くことを目的としたもの。
しかし内部感知に示された魔力反応は100以上。
それがシューにはどうにも納得がいかなかった。
100人以上の集団であるならば、ここまで執拗に陽動を繰り返したり、手札を小出しにして敵戦力の分散を図る必要などない。
ミスフィットはありとあらゆる手を使い、シューの思考の先を行く。
コクマが守る側であり、ミスフィットが攻めてくる側であることを考慮すれば、守る側に多少の遅れが出るのは仕方ない事なのだが、シューにはそのことがただただ腹立たしかった。
シューという人間は、自身の頭脳が他人よりも優れていることを自覚している。そしてその自信もある。
だからこそ、自分を欺き続ける存在が許せない。
シューはまだ見ぬ相手に敵意を向ける。
欺かれたままでは終わらない。絶対に目に物見せてやる、と。
ーーーーーー
司令部指令室――――
「誰もいない?」
魔力反応のある場所に人を送った指令室。
しかし送った人間から告げられた報告は意味の分からないものだった。
『はい、現在12階の東廊下にいますが、人の影は一切ありません』
指令室に流れ出る声には、嘘をついているような様子は一切ない。
「もう一度しっかり確認してください! 確かにその廊下に魔力反応があります! それも複数の反応です!」
『といいましても、私だけでなく部隊の人間全員が確認しています』
「そんなはずは…………」
システムを扱う職員は、報告と目の前のモニターに表示される魔力反応の差異にただただ困惑する。
「何かないか? 人じゃなくてもかまわない。そこにあるべきでないものならば何でも報告しろ」
『…………? 了解です』
慌てる職員とは対照的に、支部長であるウルシュは冷静に指示を送る。
『…………ん? なんだこれ?』
しばらくすると、何かを見つけたような音声が指令室に流れる。
「何があった?」
『…………石です』
「石?」
『はい、手のひらサイズの石が廊下の隅にいくつも転がってます』
見た目は何の変哲もないただの石。
しかしそれが地上12階の室内に転がっているとなれば、それは間違いなく、あるべきでないものと呼べる。
「石の数を数えろ。全部でいくつある?」
『えっと…………7つですね』
「…………あっ!!」
7つという言葉に対して、最初に反応したのはシステムを扱っていた職員だった。
「同じです!! 7という数は内部感知で感知されている魔力反応と同じ数です!!!」
「――――魔吸石か」
わずかな情報から石の正体に気づいたウルシュ。
魔吸石とは名の通り、魔力を吸収する石。
とはいえ、吸収できる魔力はわずかであり、普通の感知魔法では感知できないほどの魔力しか吸収できない。
普通の感知魔法では――――
「防御システムの精密さを利用されたか……」
ウルシュの言葉通り、内部感知は魔吸石のわずかな魔力を検出してしまうほど精度が高い。
そしてそうなってしまった以上、内部感知はほぼ無意味なものと化していた。
「司令部内全体に音声を流せ。内部感知は当てにならない。各自感知魔法を使って敵を――」
見つけ出せ――そうウルシュが指示を出そうとした瞬間、魔力反応の探索に送り出した別の部隊から報告が流れる。
『こちら第36小隊! 鬼が出ました!!!』
「…………は?」
今現在、地下へと向かっているシューが予想していた通り、無視することのできない陽動が暴れ出す。
魔吸石は2章の最終話にちらっと出てます。
次回久しぶりのトーヤside