魔獣大行進 side統括支部
コクマ シール王国統括支部 西門城壁の監視塔
そこで見張り番を行っていた職員が感じたのは――揺れだった。
それほど大きくはないものの、小刻みに、されど確かに揺れている。
地震かと考えたが、それにしては長すぎる。一向におさまる気配がない。
それどころか少しずつ、少しずつ大きくなっていく。
「なんだ?」
城壁外を見渡してみるも、既に太陽は完全に沈んでおり、街の灯りも一切ない状況ではほとんど何も見えない。
だからこそ、まずは耳からその違和感を感じ取る。
それはまるで大地が鳴り響いているようだった。
不規則な振動音が、やはり少しずつ大きくなっていく。
何かが近づいてくる――
そう確信を持った職員は魔法を行使する。
『暗視』
暗闇の中でも先を見通せるその魔法を発動したと同時に、思わず息をのんだ。
通常、ありえない光景がそこには広がっていたから。
「…………嘘、だろ」
ほんのわずかな瞬間、放心してしまった職員は思い出したかのように慌てて行動を再開する。
監視塔に置かれていた一冊の本を手に取り、ページを開く。
開かれたページに書かれていたのは魔術式。
その魔術式に魔力を流し、職員は大声で叫んだ。
『西門監視塔より連絡! 西門監視塔より連絡! 魔獣が接近中! 繰り返す! 魔獣が接近中!』
明らかに動揺している職員のその声に対し、本に刻まれた魔術式からも声が響きだす。
『こちら司令部。ただの魔獣ならこちらに報告する必要はありません。防衛部隊に連絡して――』
『違う!!!』
冷静に対応する本からの声を遮るように、監視塔の職員は叫ぶ。
『ただのはぐれ魔獣じゃない!! 確認できただけで魔獣の数は100を優に超える! しかも魔獣の種類は1種類じゃない!! これは――
――【魔獣大行進】だ!!!』
『魔獣大行進』
名の通り、魔獣が徒党を組んで人間の生活圏に攻め入る魔獣災害の一つ。
黒竜のように、魔獣の長として多くの魔獣を引き連れるようなものとは少し違い、魔獣大行進はありとあらゆる魔獣が群れを成す。
それこそ、普段は争いあう魔獣同士であろうと。
そのためかなり特殊な魔獣災害であり、発生原因のほとんどが人為的なものと言われている。
「偶然…………なわけないわよね」
司令部にて報告を受けた副支部長のナディアは顔を歪ませる。
ミスフィットが攻めてくるというタイミングでの魔獣大行進。
間違いなくミスフィットによるものだと――ナディアは確信を持つ。
「けどどうやって――」
「闇魔法だ」
魔獣大行進を意図的に発生させた方法を考えていたナディアに、返事をしたのはバードのメンバーであるシューだった。
シューに続き、スカー、ヴェラ、そしてイースと、バードのメンバーが司令部に現れる。
「闇魔法は元々特殊指定魔法だった。その理由は、魔獣を支配下に置く力があるからだ」
シューの話す言葉に、周りの人間はいまいちピンとこない。
なぜなら、それほどまでに衝撃的な内容にも関わらず、一切聞いたことがなかったからだ。
「数百年も前の話だ。闇魔法はその特殊さ故に、習得できる人間がまったくいない。仮に習得できたとしても、魔獣を支配できるほどの力を持つのは難しい。だからこそすぐに準特殊指定に下がった。けど実際に、闇魔法によって魔獣大行進が意図的に起こされて、小さくない被害を被った小国も存在する」
あまりにも珍しい話であり、長い時の中で埋もれていった歴史。
シューの話が事実だとすれば、かなりの腕を持つ闇魔法の使い手が敵にいる。
そしてその使い手にナディアは心当たりがあった。
自身の母校であるサラスティナ魔法学園で見たあの少女。
学生のレベルを遥かに超える実力を持つ、トーヤ・ヘルトの護衛――
「もはや確定したようなものね…………」
そのつぶやきの意味を理解できたのは、おなじことを考えていたイースだけだった。
「魔獣の群れが目視で確認できる距離まで近づきました!!」
「感知壁への接触まであとわずかです!!!」
見張りを行っている職員からの報告があるたびに、司令部の緊張感が増していく。
「投影魔法で映像を共有します!」
その言葉と共に、司令部のモニターに監視塔からの映像が映し出される。
司令部にいる人間の眼に入ってくるのは、モニターいっぱいの魔獣、魔獣、魔獣。
ほぼ全ての人間にとって、人生で初めて見る光景がそこには広がっていた。
投影魔法の精度がいいこともあってか、感じるはずのない地響きまで伝わる。
イースを含め多くの者が息をのむ。
しかしそんな中で、映像を冷静に分析するものも存在した。
「C、D、C、E、、、体格の大きい魔獣は多いですが、そこまで危険度の高い魔獣はいませんな」
「門が壊される可能性は?」
「物理的にも魔術的にもかなり頑丈に作られてるわ。それこそ危険度A+――五王クラスの魔獣でもない限り、破られるようなことはまずないと思って大丈夫。もちろん壁のほうも」
落ち着いて現状把握を行う者たちを見て、慌てていた者も次第に冷静さを取り戻す。
「そういえばシェルナ氏の姿が見えませんがどちらに?」
「隊長ならサクキとパールバル連れて飛び出してったよ」
「西門近くにいた部隊もかなり集結しつつあるし、例え突破されるようなことがあっても戦力的には問題なさそうね」
副支部長のナディアによる安全のお墨付きが出たことで、最初にあった司令部内の喧騒は既におさまっていた。
「感知壁への接触まであと数秒!」
モニターを監視する職員からカウントダウンが開始される。
このまま魔獣が感知壁に接触した場合、未登録魔力の反応が検知され、アラートが鳴る。
そしてさらに防御システム内部に記録が残り、いつ、どこでその魔力が感知壁に接触したのか詳しく調べることができる。
おそらく数秒後、アラートがけたたましく鳴り響くだろう。
感知壁と門はほぼ同じ位置にあるため、アラートが鳴るということは、魔獣たちが統括支部に到達したことを意味する。
しかし統括支部を守るその門は強固。
仮に門が突破されるようなことがあったとしても、バードの隊長を含め戦闘員が多く集まり戦力は十分。
そのため、司令部にいる人間はその後の対応こそが大事になる。
非常事態に慌てる気持ちを抑えながら、冷静にモニターを見守っていた。
「魔獣接触まで5、4、3、2、1――」
ついに魔獣が接触するその直前――西門を映すモニターとは別モニターに、ポツンと文字が表示される。
『警告 未登録魔力反応アリ』
「――ゼロ!!! 魔獣の大軍が接触します!!!!!」
皆が見ていたモニターに『警告 未登録魔力反応アリ』の文字が画面を覆いつくすほど出現し、ほんのわずか遅れて甲高いアラートが鳴り響く。
何十もの魔獣が感知壁を越え、固く閉ざされた門にその体をぶつけた。
「どうだ?」
門の外側に内側、さらには門の上から。
様々な角度からの映像がモニターに映し出され、門が無事か否か――その結末を見守る。
結果は――
「物理的損傷および魔術的損傷は確認できず…………門は無事です! 問題ありません!!」
魔獣の体当たりは門に一切の傷をつけることなく、むしろぶつかった衝撃で魔獣の体の方がつぶれていた。
その結果に、司令部内が歓喜につつまれる。
しかしそんな歓喜の余韻は一瞬で吹き飛ばされた。
「おい見ろあれ!」
一人の職員がモニターを指さし、それにつられるように皆がモニターに視線を向ける。
そこに映っていたのは、壁を登ろうとする魔獣の群れ。
潰れて物を言わなくなった魔獣を踏み台にしながら、別の魔獣が鋭い爪や身軽さを活かして壁を這いあがる。
「壁上にいる部隊は攻撃を開始! 念のため空を飛ぶ魔獣にも警戒しなさい!」
ナディアの指示により、壁上に配置された部隊によって魔獣に攻撃が加えられる。
統率されたその攻撃は、壁を上る魔獣を的確に撃破していった。
「ふう……とりあえずこのまま状況が膠着しそうね」
もちろん、まだまだ油断できるような状況ではない。
それでもモニターを見る限り、敵の強襲に対して問題なく対応できていた。
ただ、これで終わるはずもない。
敵は第二第三の矢を放ってくる。
それがほぼ全員の共通認識だった。
しかし、すでに第二の矢が放たれていたことに、わずかながら気づいたのは司令部内でただ一人。
「とりあえず、今のところは大丈夫そう――って、どうしたの? シュー」
ほっと一安心していたヴェラは、シューが1人だけ別方向を凝視していることに気づく。
何を見ているのだろうと気になり、シューが向いている方向に視線を向けてみると、ヴェラの視界に入ったのは東門を映すモニター。
現在は魔法を使用していないため、何も映っていない。
「何見てるの? そっちのモニターは――」
「今すぐ記録を確認しろ! 一番最初の未登録魔力反応だ!!!」
再び話しかけようとしたヴェラの言葉は、シューの大声によって掻き消される。
その声は、司令部内に漂い始めていた安堵感を切り裂いた。
「えっ、え?」
「いいから速く!」
「は、はい!」
シューの切羽詰まるような迫力に押され、職員の一人は理由も聞くことができずに記録を確認し始める。
「え~っと、一番最初一番最初……あーもう、どんどん魔獣が入ってくるせいで記録が流れる」
愚痴を言いながらも、職員はモニター傍にある複数の魔法陣を操作していく。
「あった! 時刻は21時36分、場所は――――東門? あれ、おかしいな…………」
何かの不具合を疑う職員をよそに、バードのメンバーとナディアはシューが大声を出した意味を理解した。
それがかなりまずい状況であることも。
「っ!! 今すぐ東門の監視塔に連絡を――!」
慌てて職員に指示を出そうとするナディアだが、その連絡をしようとしていた東門から逆に通信が寄こされる。
『こちら東門監視塔! 緊急連絡緊急連絡! 司令部応答願います!!!』
「こちら司令部。しっかり聞こえていますので、落ち着いて状況を説明してください」
『ひ、東門が――――
破壊されました!!!』
考えうる限り最悪の情報が司令部内に広がる。
魔獣の群れに東門の破壊。
統括支部を畳みかける異常事態。
その対応に追われ、統括支部の人間は誰一人気づけない。
第三の矢はとっくに放たれており、統括支部の奥深くまで突き刺さりかけていることに。