バードのイース side統括支部
「じゃあ、とりあえず一旦解散ってことで。集合は陽が落ちる1時間前ね」
隊長であるシェルナの号令に従うように、バードのメンバーはみな席を立ちあがり、部屋から退出していく。
先ほど呼び出された部屋から、バード専用の部屋へと戻ったイースたち。
ミスフィットによる襲撃の可能性が高い夜まで、休憩も兼ねて一度解散するという流れになり、イースも立ち上がろうとした時――
「あ、ごめん。イースはちょっと残って」
「…………? わかりました」
自分だけが残る理由に見当がつかなかったものの、隊長命令ということでイースは素直に従う。
そうして部屋に残ったのはイースと隊長のシェルナ、そして副隊長のスカーの三人のみ。
「なぜ、自分だけが残されたのでしょう」
隊長および副隊長を前に、イースは臆することなく疑問をぶつける。
「まあそう警戒するなって、かる~く世間話をするだけだよ」
「世間話…………ですか?」
「そうそう。イースがバードに入ってしばらくたつし、今回もしかしたら初めての大仕事になるからね。みんなのことをこの機会に知ってもらおうと思って」
「みなさんの戦い方を知り、上手く連携できるようにということですか」
シェルナの言葉をそう解釈したイース。
しかし帰ってきた言葉は否定だった。
「違う違う。そんな堅苦しいものじゃなくってさ、ほんとうに単純な世間話だよ」
「なあイース、バードに所属してみて、どう思った?」
本当にただの世間話だというシェルナの言葉に疑問は残ったが、とりあえずイースはスカーの質問に答える。
「そうですね…………思っていたのとは違った――というのが正直な感想です」
「ま、そうなるわな。バードに対する周りの評価っていやぁ、優秀な人間が所属する少数精鋭部隊だ。けど実際は、どいつもこいつも問題抱えた厄介ものばかりだ。隊長含めてな」
「…………」
「イデデデデデデ! 無言で関節キメてくんじゃねえよ!」
隊長が余計なことを言った副隊長をしばくいつもの光景に、イースは自信の緊張が解けていくのを感じた。
「そういえばナディアから聞いたが、お前ミシュレンのスラム街出身なんだってな」
スカーのその言葉に、解けはずの緊張が先ほどの数倍になって襲ってくる。
もちろんそれは自信の経歴に対する卑下から来るものではなく、その過去が間違ったものかもしれないという不安からだ。
しかしそんなイースの緊張を、スラム街出身という後ろめたさからのものだと勘違いしたスカーはフォローするように続ける。
「別にスラム街出身だからってどうこう言うつもりはねぇよ。他のやつらも同じような境遇だからな」
「同じ境遇……ですか?」
「似たような境遇って言った方がいいかな。さっきも言ったろ? 問題抱えたやつばっかだって」
「サクキちゃんなんて元奴隷だったからね」
「っ!?」
元奴隷――その言葉にイースは驚きを隠せない。
「サクキはまだ奴隷制度が残ってる東の方の国の人間でな、自分の主人だった人間を殺して逃げ出し、最終的にコクマへと流れついたわけだ」
イースが思い浮かべるサクキの姿は、いつも楽しそうにシェルナの後をついていき、副隊長の座を虎視眈々と狙うそんな姿。
まさかそのような壮絶な過去があることをイースは思いもしなかった。
「この流れでついでに、シューとヴェラについても話しておくか」
「ヴェラちゃんはね、なんと意外なことに元貴族なの。それもカルニア公国の」
天真爛漫な性格のヴェラが、元貴族ということにイースはもちろん驚く。
しかもシール王国やアルギラ帝国と並んで、三大国家と称されるカルニア公国の貴族だったということで、その驚きはさらに上乗せされた。
「けどね、何年か前にヴェラちゃんのいた屋敷が賊に襲われたの。賊は全員捕まって処刑されたんだけど、その時ヴェラの両親含めて家族全員皆殺しにされたんだって」
「ちなみに、その屋敷で使用人として働いていたのがシューだ。両親の庇護を失ったヴェラが、公国の貴族社会を1人で生きていけるわけもなく、シューと一緒に流れ着いたのがこれまたコクマだ」
「それ、は…………」
想像以上に悲惨な仲間の過去に、イースはなんと言えばいいのかわからない。
「ああ、別に同情しろとかそういうつもりで話したわけじゃないぜ」
「ただね、知っておいて欲しかったんだ。私たちは戦闘部隊だから。いつ誰が、どこで命を落とすかわからない」
「俺とシェルナがバードに入ってから…………それこそ、新人だったころから数えれば7人の仲間が殉職した。俺たちがこの年で隊長と副隊長やってるのも、入れ替わりが激しいからなんだよ」
「バードには家族とか、そういう繋がりの薄い人が多いから、せめて共に戦う私たちだけは、仲間のことを知っておきたいし、知っておいて欲しいんだ。例え命を失うことがあっても、その人がいたことを忘れないように」
仲間のことを知っておきたいし、知っておいて欲しい――シェルナの発したその言葉こそが、急に世間話をしようなどと言い出した理由だと、今度こそイースは理解できた。
そして、この二人が共に戦う仲間として自身のことを案じていることも。
「…………お二人のことも、聞かせていただけませんか?」
それは自然と口から出ていた言葉だった。
自分が命を預けることになる隊長と副隊長。
その二人の話を聞いてみたくなる。
そうしてしばらくの間、部屋に残った三人は話に花を咲かせた。
「そう言えば、パールバルさんはどんな経歴があるんですか?」
「「あれはただのギャンカス」」
隊長と副隊長の声が完全にかぶった瞬間だった。
ーーーーーー
完全に日が落ちるまであと30分ほどといったところ。
バードのメンバーは再び部屋に全員が集合していた。
「さて、配置の最終確認をしておくよ」
そう言って、シェルナが机の上に簡単な統括支部の地図を広げる。
地図の中心には、今バードのメンバーがいる司令部。
その司令部を指さしてシェルナは続ける。
「基本的に私たちは司令部に待機。ミスフィットが現れ次第、私とサクキちゃん、パールバルの3人で急行。残りのメンバーは情報の入ってくる司令部で待機しながら、スカーの指示のもと臨機応変に行動すること。オッケー?」
シェルナの最終確認に対して、全員がためらうことなく肯定の意を示す。
「じゃあ…………待機!」
最終確認を行い、気合を入れたものの、当然ながらミスフィットが現れるまで待つだけである。
そのため、その時が来るまでの間、各々が自由に行動を開始する。
剣の手入れを始めるシェルナ。
書類に目を通すスカー。
瞑想し、集中力を高めるサクキ。
部屋の隅で膝を抱えるパールバル。
いつも通り本を読むシューに、楽しそうに絡むヴェラ。
さて、自分はどうするかとイースは考える。
特にやるべきことも、やっておきたいこともないなか――
「ねえねえ、シューはミスフィットがどこから攻めてくると思う?」
興味深い会話をシューとヴェラが始めたため、二人の近くに座り、その会話を聞くことにした。
「普通に考えれば西門か東門のどっちかだと思うけど」
統括支部をぐるりと囲む高い城壁に、二つだけ存在する出入口。
それが西門と東門。
「私は東門だと思うなぁ。西門の方は何もない平野が広がってるから、視界が開けすぎてて近づく前にバレちゃうし」
「…………」
ヴェラの予想を聞いていたイースは驚愕していた。
同じように、シューも読んでいた本から視線を上げて、驚きの表情を浮かべていた。
「ヴェラが頭を使ってる…………」
「二人が普段私のことをどう思ってるのかよーくわかったよ」
ヴェラは半目で睨むような視線をシューとイースの二人に向ける。
イースは思わず視線を逸らした。
「まあ、確かに東門の可能性は高いが、今までの報告によるとミスフィットは少数で動いている。少人数で行動するなら、門からじゃなく、壁を越えてくることだって十分に可能性はある」
「じゃあ複数の場所から攻めてくる可能性は?」
「さすがに戦力を分散させてくることはないと思うが…………」
そこでシューは言葉を止める。
「どうしたの?」
「……いや、なんか嫌な予感がして……」
「シューの予感はよく当たるもんね」
黙って二人の会話を聞いていたイースは、自身も少しミスフィットの攻めてくる方法を考えてみる。
西門、東門、壁を越えて、あるいは空や地下から――
様々な手段を思い浮かべるが、どの方法を選んでも防御システムによって感知される。
それはコクマにとって喜ばしい状況のはずなのだが、むしろそこにイースは不安を感じていた。
もし仮に、ミスフィットのリーダーがトーヤ・ヘルトなのだとしたら――間違いなく想像もしない一手を打ってくるはず。
学園でトーヤ・ヘルトという人間を見てきたイースにとって、それは確信にも近い考えだった。
「まあなんにせよ、こっちが守る側の時点でどうしても最初は後手に回る。そこはもうしょうがない。問題はどれだけ早く敵の動きに対応できるかだ」
そう締めくくったシューの言葉に、イースも覚悟を決める。
思うところはいくらでもある。
自信の立場の不安定さも理解している。
余計なことばかり考えると、思考の海に溺れてしまいそうになる。
だから、今はただ目の前のことに集中する。
たった1ヶ月と少しだけ任務を共にしたバードのメンバーと共に――それは今のイースにとって、戦う覚悟を決めるのに十分な理由だった。
コクマ統括支部――――その遥か上空。
一匹の灰色の竜が、雲の上を悠々と羽ばたく。
その背には複数人の男女。
「さあ、始めるか」
一人の少年が発した言葉から、長い長い夜の攻防戦が幕を開ける。