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偽りの英雄  作者: 考える人
第六章 シール王国統括支部攻防戦
122/158

バードのイース side統括支部



「じゃあ、とりあえず一旦解散ってことで。集合は陽が落ちる1時間前ね」


 隊長であるシェルナの号令に従うように、バードのメンバーはみな席を立ちあがり、部屋から退出していく。


 先ほど呼び出された部屋から、バード専用の部屋へと戻ったイースたち。

 ミスフィットによる襲撃の可能性が高い夜まで、休憩も兼ねて一度解散するという流れになり、イースも立ち上がろうとした時――


「あ、ごめん。イースはちょっと残って」


「…………? わかりました」


 自分だけが残る理由に見当がつかなかったものの、隊長命令ということでイースは素直に従う。



 そうして部屋に残ったのはイースと隊長のシェルナ、そして副隊長のスカーの三人のみ。


「なぜ、自分だけが残されたのでしょう」


 隊長および副隊長を前に、イースは臆することなく疑問をぶつける。


「まあそう警戒するなって、かる~く世間話をするだけだよ」


「世間話…………ですか?」


「そうそう。イースがバードに入ってしばらくたつし、今回もしかしたら初めての大仕事になるからね。みんなのことをこの機会に知ってもらおうと思って」


「みなさんの戦い方を知り、上手く連携できるようにということですか」


 シェルナの言葉をそう解釈したイース。

 しかし帰ってきた言葉は否定だった。


「違う違う。そんな堅苦しいものじゃなくってさ、ほんとうに単純な世間話だよ」


「なあイース、バードに所属してみて、どう思った?」


 本当にただの世間話だというシェルナの言葉に疑問は残ったが、とりあえずイースはスカーの質問に答える。


「そうですね…………思っていたのとは違った――というのが正直な感想です」


「ま、そうなるわな。バードに対する周りの評価っていやぁ、優秀な人間が所属する少数精鋭部隊だ。けど実際は、どいつもこいつも問題抱えた厄介ものばかりだ。隊長含めてな」


「…………」


「イデデデデデデ! 無言で関節キメてくんじゃねえよ!」


 隊長が余計なことを言った副隊長をしばくいつもの光景に、イースは自信の緊張が解けていくのを感じた。


「そういえばナディアから聞いたが、お前ミシュレンのスラム街出身なんだってな」


 スカーのその言葉に、解けはずの緊張が先ほどの数倍になって襲ってくる。

 もちろんそれは自信の経歴に対する卑下から来るものではなく、その過去が間違ったものかもしれないという不安からだ。

 

 しかしそんなイースの緊張を、スラム街出身という後ろめたさからのものだと勘違いしたスカーはフォローするように続ける。


「別にスラム街出身だからってどうこう言うつもりはねぇよ。他のやつらも同じような境遇だからな」


「同じ境遇……ですか?」


「似たような境遇って言った方がいいかな。さっきも言ったろ? 問題抱えたやつばっかだって」

 

「サクキちゃんなんて元奴隷だったからね」


「っ!?」


 元奴隷――その言葉にイースは驚きを隠せない。


「サクキはまだ奴隷制度が残ってる東の方の国の人間でな、自分の主人だった人間を殺して逃げ出し、最終的にコクマへと流れついたわけだ」


 イースが思い浮かべるサクキの姿は、いつも楽しそうにシェルナの後をついていき、副隊長の座を虎視眈々と狙うそんな姿。

 まさかそのような壮絶な過去があることをイースは思いもしなかった。


「この流れでついでに、シューとヴェラについても話しておくか」


「ヴェラちゃんはね、なんと意外なことに元貴族なの。それもカルニア公国の」


 天真爛漫な性格のヴェラが、元貴族ということにイースはもちろん驚く。

 しかもシール王国やアルギラ帝国と並んで、三大国家と称されるカルニア公国の貴族だったということで、その驚きはさらに上乗せされた。


「けどね、何年か前にヴェラちゃんのいた屋敷が賊に襲われたの。賊は全員捕まって処刑されたんだけど、その時ヴェラの両親含めて家族全員皆殺しにされたんだって」


「ちなみに、その屋敷で使用人として働いていたのがシューだ。両親の庇護を失ったヴェラが、公国の貴族社会を1人で生きていけるわけもなく、シューと一緒に流れ着いたのがこれまたコクマだ」


「それ、は…………」


 想像以上に悲惨な仲間の過去に、イースはなんと言えばいいのかわからない。


「ああ、別に同情しろとかそういうつもりで話したわけじゃないぜ」


「ただね、知っておいて欲しかったんだ。私たちは戦闘(・・)部隊だから。いつ誰が、どこで命を落とすかわからない」


「俺とシェルナがバードに入ってから…………それこそ、新人だったころから数えれば7人の仲間が殉職した。俺たちがこの年で隊長と副隊長やってるのも、入れ替わりが激しいからなんだよ」


「バードには家族とか、そういう繋がりの薄い人が多いから、せめて共に戦う私たちだけは、仲間のことを知っておきたいし、知っておいて欲しいんだ。例え命を失うことがあっても、その人がいたことを忘れないように」


 仲間のことを知っておきたいし、知っておいて欲しい――シェルナの発したその言葉こそが、急に世間話をしようなどと言い出した理由だと、今度こそイースは理解できた。

 そして、この二人が共に戦う仲間として自身のことを案じていることも。


「…………お二人のことも、聞かせていただけませんか?」


 それは自然と口から出ていた言葉だった。

 自分が命を預けることになる隊長と副隊長。

 その二人の話を聞いてみたくなる。


 そうしてしばらくの間、部屋に残った三人は話に花を咲かせた。













「そう言えば、パールバルさんはどんな経歴があるんですか?」


「「あれはただのギャンカス」」


 隊長と副隊長の声が完全にかぶった瞬間だった。







ーーーーーー




 完全に日が落ちるまであと30分ほどといったところ。

 バードのメンバーは再び部屋に全員が集合していた。


「さて、配置の最終確認をしておくよ」


 そう言って、シェルナが机の上に簡単な統括支部の地図を広げる。


 地図の中心には、今バードのメンバーがいる司令部。

 その司令部を指さしてシェルナは続ける。


「基本的に私たちは司令部に待機。ミスフィットが現れ次第、私とサクキちゃん、パールバルの3人で急行。残りのメンバーは情報の入ってくる司令部で待機しながら、スカーの指示のもと臨機応変に行動すること。オッケー?」


 シェルナの最終確認に対して、全員がためらうことなく肯定の意を示す。


「じゃあ…………待機!」


 最終確認を行い、気合を入れたものの、当然ながらミスフィットが現れるまで待つだけである。

 そのため、その時が来るまでの間、各々が自由に行動を開始する。

 

 剣の手入れを始めるシェルナ。

 書類に目を通すスカー。

 瞑想し、集中力を高めるサクキ。

 部屋の隅で膝を抱えるパールバル。

 いつも通り本を読むシューに、楽しそうに絡むヴェラ。


 さて、自分はどうするかとイースは考える。

 特にやるべきことも、やっておきたいこともないなか――


「ねえねえ、シューはミスフィットがどこから攻めてくると思う?」


 興味深い会話をシューとヴェラが始めたため、二人の近くに座り、その会話を聞くことにした。


「普通に考えれば西門か東門のどっちかだと思うけど」


 統括支部をぐるりと囲む高い城壁に、二つだけ存在する出入口。

 それが西門と東門。


「私は東門だと思うなぁ。西門の方は何もない平野が広がってるから、視界が開けすぎてて近づく前にバレちゃうし」


「…………」


 ヴェラの予想を聞いていたイースは驚愕していた。

 同じように、シューも読んでいた本から視線を上げて、驚きの表情を浮かべていた。


「ヴェラが頭を使ってる…………」


「二人が普段私のことをどう思ってるのかよーくわかったよ」


 ヴェラは半目で睨むような視線をシューとイースの二人に向ける。

 イースは思わず視線を逸らした。


「まあ、確かに東門の可能性は高いが、今までの報告によるとミスフィットは少数で動いている。少人数で行動するなら、門からじゃなく、壁を越えてくることだって十分に可能性はある」


「じゃあ複数の場所から攻めてくる可能性は?」


「さすがに戦力を分散させてくることはないと思うが…………」


 そこでシューは言葉を止める。


「どうしたの?」


「……いや、なんか嫌な予感がして……」


「シューの予感はよく当たるもんね」


 黙って二人の会話を聞いていたイースは、自身も少しミスフィットの攻めてくる方法を考えてみる。

 西門、東門、壁を越えて、あるいは空や地下から――


 様々な手段を思い浮かべるが、どの方法を選んでも防御システムによって感知される。

 それはコクマにとって喜ばしい状況のはずなのだが、むしろそこにイースは不安を感じていた。


 

 もし仮に、ミスフィットのリーダーがトーヤ・ヘルトなのだとしたら――間違いなく想像もしない一手を打ってくるはず。


 学園でトーヤ・ヘルトという人間を見てきたイースにとって、それは確信にも近い考えだった。


「まあなんにせよ、こっちが守る側の時点でどうしても最初は後手に回る。そこはもうしょうがない。問題はどれだけ早く敵の動きに対応できるかだ」


 そう締めくくったシューの言葉に、イースも覚悟を決める。

 

 思うところはいくらでもある。

 自信の立場の不安定さも理解している。

 余計なことばかり考えると、思考の海に溺れてしまいそうになる。


 だから、今はただ目の前のことに集中する。

 たった1ヶ月と少しだけ任務を共にしたバードのメンバーと共に――それは今のイースにとって、戦う覚悟を決めるのに十分な理由だった。


























 コクマ統括支部――――その遥か上空。


 一匹の灰色の竜が、雲の上を悠々と羽ばたく。

 その背には複数人の男女。


「さあ、始めるか」


 一人の少年が発した言葉から、長い長い夜の攻防戦が幕を開ける。


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