コクマ同窓会 side統括支部
「――というわけでありまして、ギザデア理論を基にして構築したシュリンガー感知にワタクシが開発した独自の魔術式を組み合わせてまったく新しいシステムとなっておりまする。ゾータク氏が開発したシステムに酷似しているという者もいますが中身はまったくの別物。あちらとは違いこのPシステムには魔力記憶システムに加え内部感知システム、さらには魔力隠匿魔法すら無意味になほど素晴らしい精度をほこっており一ヶ月前にも統括支部に侵入しようとして不届きものをしっかりと検知し――」
ミスフィットが犯行予告で指定した当日の朝――
統括支部の副支部長から司令部に呼び出された『バード』の面々は、なぜか技術者の人間から小難しい防御システムの説明を受けていた。
しかも説明しているこのピーグルーという白衣にメガネをかけた男は、バードの人間がその分野についてほとんど素人にも関わらず、専門用語ばかり使って説明しており、もはや理解させるためというよりも、自分が気持ち良くなるために話しているような状態である。
イースを含め、ほとんどのメンバーが理解するのを諦め、話の内容のほとんどが右から左へと抜けていた。
「――となるわけであります。どうでしょう? 我が旧友であるシェルナ氏」
「zzz…………へ、え、あっ! 私!? うん! いいんじゃない? 完璧!!!」
唐突に反応を求められたシェルナは慌てたように取り繕い、サムズアップしてピーグルーに笑顔を向ける。
寝てたな――バードのメンバーはそう確信する。
「というか、隊長とピーグルーさんって友人だったんだ」
「まあ、俺たちゃ学生時代の同級生だからな」
ヴェラが二人の関係を興味深そうに見つめていると、副隊長のスカーが懐かしそうに口を開く。
スカーの言葉通り、シェルナとスカー、そしてピーグルーはかつてサラスティナ魔法学園において、共にAクラスで学んだ学友だった。
「しかしシェルナ氏も学園時代からまったく変わっておりませんな。ここまで体も心も成長しない人間というのは珍しい。いつか解剖して調べてみたいものです」
「ピーグルーこそ相変わらずボソボソ早口で話すクセ変わってないね。全然何言ってるかわかんないし、陰気臭い感じはそのままだ。どうせまだ女子から嫌われてるんでしょ」
「「アハハハハハ」」
楽しそうにかつてを振り返りながら笑う二人だが、周りの反応は微妙なものだった。
「なんであれで友人関係が続くんだろう?」
「いやぁ、それは俺にもずっと謎なんだわ。まじ不思議」
「あの小汚い男、隊長の悪口を……」
「待て待てサクキ! すぐ剣を抜こうとするな!!」
久しぶりの親交を楽しむ一方で、暴走する仲間を止めようとする者。
また我関せずと言った様子で、イースとシューのように配られた資料に目を通している者もいる。
そんな時、ピーグルーの背後から歩み寄ってくる一人の男がいた。
「ダメですよチーフ。ちゃんと素人の人でも分かるように説明しないと」
ピーグルーをチーフと呼んだ男は、バードの面々に改めて統括支部の防御システムについて説明を始める。
「かなり簡潔に説明させてもらいますと、この防御システムは司令部を中心として、円形に広がっています。防御魔法が円形に、統括支部全域を囲っているのをイメージするとわかりやすいかもしれません」
「全域!? そんなことできるの!?」
ヴェラの驚きに対して男は余裕を持って返答する。
「できます。それがチーフの開発したPシステムなんです。この円形に広がった魔力――感知壁と我々は読んでいますが、その名の通り、触れると感知魔法のように相手の魔力を検知することができます。しかもその精度は個人の使う感知魔法の比ではありません。統括支部においてもっとも感知魔法の得意な人間と比較したところ、その人物より数万倍小さい魔力も感知が可能でした。そのため、魔力隠匿魔法を使用して侵入しようとする者も、問題なく検知できるというわけです」
ピーグルーの開発したシステムの解説を、男は我が事のように誇らしげに語る。
ただその気持ちがバードの面々にも分かるくらいには、Pシステムは従来のシステムと比べても優れていた。
皆がその精度の高さに感心している中、シューは男に対して質問を投げかける。
「円形にその感知壁が広がっているってことは、例えば地面を掘って地下から侵入したり、飛行魔法で空から侵入したりする場合でも検知できるってことですか?」
「ええ、もちろんです。ただ先ほども申しましたとおり、感知壁は統括支部全域という広大な範囲に張り巡らされています。地面を掘るとなるとかなり地下深くまで、飛行魔法だとかなりの高度を飛ぶ必要があるので、そもそもその時点で現実的ではありませんけどね」
どこか嫌味の混じったその返答に、シューは隠すことなく表情を歪ませる。
「他人の成果をほこることしかできない三流魔術師が、、、」
ぼそりとつぶやかれたその言葉は男に届くことはなかったものの、隣にいたヴェラにはしっかりと聞こえていたため、幼なじみの危ない言動にヴェラは冷や汗を流す。
「とはいえ、この感知壁になにかしらの不具合が発生することも可能性として0ではありません。そのため1時間ごとの内部感知を行っております。ですので侵入者が統括支部内のどこにいるのか、リアルタイムで確認することができます」
「でも統括支部内って全部で何万人と人がいるじゃん? 誰が誰か、わからなくなったりしないの?」
シェルナの質問に対して、男は待ってましたと言わんばかりに笑みを浮かべる。
その笑みを見てシューが舌打ちをする。
さらにその舌打ちを聞いてヴェラが『めっ!』と男に聞こえない声で注意する。
「実はこのPシステム、なんと個人の魔力を記憶する機能があるんです! しかもその数はほぼ無制限! みなさんを含めた統括支部内の人はもちろんのこと、一度でも統括支部内に足を踏み入れた人間の魔力は全てPシステムに把握されています!」
「まじでか。じゃあ隊長が会議サボったとき、Pシステム使えばどこにいるか探し出せるじゃん」
「ええ、もちろん可能です」
「ねえ、なんで私がサボる前提で話を進めてるの?」
多少の差はあれども、男が説明したPシステムの概要に驚きを隠せない。
魔法に関してそれなりに幅広い知識のあるスカー、サクキ、シュー、そしてイースの4人はその驚きが特に大きい。
「いや~すっごいわかりやすい説明だったよ。ピーグルーとは大違い。優秀な部下を持ったもんだねえ」
「いえ、私なんてチーフと比べるとまだまだです」
「そうですぞシェルナ氏。優秀なんてとんでもない。この男、1週間ほど前に外出した時、記憶をなくすまで飲み続けたという醜態をさらしておりますからな」
「ちょっと! それ言わないでくださいよチーフ」
「えー、すごい以外。ものすごく真面目そうなのに」
「隊長も人のこと言えんでしょ。普段から部下におんぶ抱っこなんだから」
「隊長! 私にはいくらでも迷惑かけてくださってかまいませんからね!」
説明が終わったこともあってか、バードの面々と技術者チームでの交流のような形になっていた。
その輪から少し外れた場所にいたイースは、自分もそこに混ざるべきか考えていると、同じように一人輪から離れた場所にいるシューの姿が目に入った。
シューは配られた資料を睨むように読み込んでいる。
イースはその険しい表情が気になり、近づいて声をかけた。
「どこか気になるところでもありましたか?」
「ん? ああ、イースか。まあちょっとな」
「そうですか…………」
「…………」
二人ともあまり積極的に話す方ではないため、すぐにお互い無言になってしまう。
しかしそんな状況をしんどいと感じ始めたのか、シューが気をつかうように問いかける。
「…………このシステム、消費魔力をどうまかなってると思う?」
「消費魔力ですか?」
「そうだ。統括支部全域が対象というだけで少なくない魔力を消費する。それに加えて魔力記憶機能だ。パッと読んだだけではあるが、正直このシステムを常時発動できるだけの魔力を持つ人間が、この世に存在するとは思えない」
そう言われてイースはハッとする。
システムの充実さばかりに気をとられていたが、根本的な問題があることに気づいていなかった。
配られた資料にも、消費魔力に関する内容は一切かかれていない。
「…………何百人もの人数で魔力を補っているんでしょうか?」
「いや、千人単位で稼働させたとしても、1日持たせるのも厳しいはずだ。そもそもそれだけの人数が動員されているなら、さすがに気づく」
「たしかに……」
「考えられるのは2つ。1つは魔力消費に関しても未知の術式が施されていて、消費魔力をかなり抑えることができる。そしてもう1つは、人間いが――」
「みんな! こんな朝早くからごめんね」
シューの考えを静かに聞いていたイースだったが、そんなシューの言葉を遮るように声が響き渡る。
その声の主は統括支部の副支部長であるナディア・コールディーだった。
部屋の入り口からゆっくりと歩きながら姿を現す。
「あ、おはようナディア」
「おはようシェルナ、それにみんなも」
副支部長であるナディアに対して、その場にいるほぼ全員が敬意をもって挨拶を返す。
「朝早くから呼び出した理由だけど、あなたたちに防御システムの詳細を知っておいてもらいたかったの。バードには基本自由に動いてもらう予定だから。ピーグルーもごめんね、こんな朝早くから」
「いえいえナディア氏、礼にはおよびませんぞ。こちらとしても有意義な時間でしたからな。それに、そこの少年はワタクシの話をかなり理解していたように見受けられまする」
そう言いながらピーグルーはシューに目を向ける。
「在学時はセーヤ氏くらいでしたからな。学生でワタクシの理論を理解できるものは」
「あら、さすがねシュー」
主任技術者と副支部長からお褒めの言葉をもらうシューだが、感謝どころか目を向けようともしない。
しかしナディアはそれを気にする様子もなく話を続ける。
「話を戻すけど、バードは基本的に私の指揮下には入れない。だからシェルナとスカーは、私を通さず指示を出してくれてかまわないわ。バードだけじゃなく、必要に応じて別の部隊にも」
「まっかせといて!」
「おう、まかせろ」
隊長と副隊長の気合の入った返事により、周りのメンバーも二人に引っ張られるように気合が入る。
「ついでといってはなんだけど、みんなに紹介したい人がいるの。シェルナとスカー、あとピーグルーは久しぶりで、他のメンバーは初めて会うかしら」
ナディアが部屋の扉方向に向かって入ってくるように伝えると、ナディアと同世代ほどのメガネをかけた女性が入ってくる。
その姿を見てシェルナとスカー、そしてピーグルーは驚いたように目を見開く。
「イマ!」
「イマ氏ではないですか。お久しぶりですな」
「ははは、今日は同窓会かなんかか? 同期が5人も集まるなんてよ」
「あはは……みんな、久しぶり」
久しぶりの再開を喜ぶ3人に対し、イマと呼ばれた女性はその勢いに押されながらも、フニャリとした笑顔を浮かべる。
「初めましての人のために紹介しておくわね。彼女の名前はイマ。私やシェルナと同じ学園の同期生なの」
そうしてイマの紹介を始めるナディア。
イマは長い前髪が少しメガネにかかっており、態度もどこかおどおどしている。
初めて会ったこの場の人間全員が、見るからに気弱そうな女性だという印象を抱く。
しかし次の言葉で、みなの表情が驚愕に染まることになる。
「驚くと思うけど、彼女はコクマ本部所属よ」
「「「っ!?」」」
その驚愕は言葉を失うほどのもの。
それほどまでに、コクマにとって本部所属という意味は重い。
そこまで本部所属が大きな意味を持つ理由として、コクマ本部に所属している人間が極端に少ないことがあげられる。
どれほど少ないかというと――
「本部所属の人って、ほんとに存在したんだ…………」
都市伝説扱いされるほどである。
コクマに所属している人間でさえ、本部所属の人間にまず会ったことがなく、人伝の人伝の人伝で噂を聞くレベルでしかない。
そしてなにより、本部の場所すら知っている者がいない。
コクマの支部は世界中に存在している。
場所も様々で、大都市の中にある支部も存在すれば、辺境の地や山奥にある支部も存在する。
海洋調査を目的とした海上支部など、かなり先進的な施設も多い。
支部が存在するのだから、当然ながら本部も存在する。
しかし、本部に関する情報は完全に秘匿されている。
本部が存在する国も、何を行っているのかも、所属している人間すら誰も知らない。
さらに本部の秘匿主義はコクマ外だけでなく、コクマ内でも同じであり、唯一本部と連絡をとれるのが各国の統括支部長と副統括支部長のみ。
副支部長よりも下の人間には本部について知る機会などなく、バードのメンバーも誰一人本部について知る者はいなかった。
一応、バードは本部直属の部隊となっているが、本部から指令が下りてくるだけで実際に本部を訪れたことはない。
それらの事情があって、コクマ本部は都市伝説のような扱いをされている。
そのため、バードのメンバーや技術者チームの者たちのリアクションはごくごく自然なものであると言える。
イマの登場によって多くの者が感情を驚愕に支配される中、本部所属の人間が現れた意味を冷静に考える者もいた。
バードではイースとシューがそうだった。
「ナディアさん、本部の人間がくるってことは、コクマは今回の件をそれほどまでに重く見ているということですか?」
皆の意識を現実に引き戻すような、するどい質問がシューの口から飛び出す。
質問の内容もあって、一瞬かなり雰囲気が重くなるが、ナディアは笑って答えた。
「そんなに深刻にとらえなくていいわ。イマが本部から派遣されたのも、念のためって部分が大きいし」
「その通りです。私は本部と統括支部の円満な意思疎通のため、派遣されただけですから」
ナディアの説明を引き継ぐように、イマが話し始める。
「基本的に統括支部のやり方に口を出すつもりはありませんし、手を出すつもりもありません。とはいえ――」
そこで言葉を一度切ると、少し重々しい雰囲気で続きを語り始める。
「この方はどうやら、ちゃちゃを入れる気満々みたいですけど」
そう言ったイマの背後から、2メートル近くある長身で細目の男がゆっくりと近づいてくる。
「なに、我とて必要がなければ手を出すことはないさ」
細長い袋のようなものを背負った男は、ほんのわずかに笑みを浮かべると、バードの面々に目を向ける。
イースも自分たちを見るその目と視線が交差した。
その瞬間――
「――っ!!?」
ゾワリと、悪寒のようなものがイースの全身を駆け巡る。
殺気による恐怖とは違う。
学園でツエル相手に感じた強者への恐怖とも違う。
まるでこの世の悪意そのものをぶつけられたような、生理的に受け付けることができない、気持ちの悪さを感じる恐怖だった。
どうやら自分以外も同じ感情を抱いたようで、隅で座って一切動いていなかったパールバルも含め、バード全員が臨戦態勢に入っていた。
特に隊長であるシェルナは腰に掲げていた剣まで抜いて構え、普段の緩い表情は見る影もなく、感情をそぎ落としたように、ただ目の前の男を見つめている。
「はっはっは! いきなりこれとは、随分と嫌われたものだな」
しかしそんなバードの行動に対し、男はどこか楽し気だった。
「シェルナ、今すぐ剣をしまって」
「…………」
「シェルナ!」
ナディアによる二度目の警告。
友人としてではなく、副支部長として発されたその言葉に、シェルナは納得はしていないという表情を浮かべたまま、剣を鞘にしまう。
「あなたもよ。いたずらに挑発しないでちょうだい、ヒューマ」
咎めるようにヒューマと呼んだ男を睨むシェルナ。
しかしヒューマはまったく気にする素振りを見せず笑う。
「戦闘部隊として名の通っているバードだ。つい味見をしたくなってしまうのも無理はないというもの。さて、先に名を呼ばれてしまったが、改めて自己紹介をさせてもらうとしよう。ヒューマ・エクスだ。よろしく頼む」
名を告げ、うす気味悪く笑うその表情に、バードのメンバーは負の感情を募らせるばかりだった。
シェルナたちはセーヤと同世代です。
前にも少し書きましたが、超がつくほど優秀だった世代で、総合成績は学園歴代トップ。
しかしトーヤの世代がそれを越えかけている。なお、Sクラスが足を引っ張りまくっているので超えることはないと思われる。