表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
偽りの英雄  作者: 考える人
第六章 シール王国統括支部攻防戦
120/158

敵の目的 side統括支部


 イースside



 コクマ シール王国統括支部は混乱のさなかにあった。


 原因は先日、シール王国の大手新聞社から発表された声明文。


『我々は国際魔法究明機関シール王国統括支部を次の標的と定めた。全てを奪う。全てを蹂躙する。第3支部など比較にもならないほどの悲劇が、統括支部を襲うだろう。力無きものは逃げるがいい。立ち向かう者は容赦しない。巻き込まれたなどと言う言葉に我々は耳を貸さない。繰り返す。全てを奪い、全てを蹂躙する。そして全てが明らかになるだろう。お前たちの罪が。時は3日後、心せよ』


 それは統括支部を襲撃するというわかりやすい犯行予告。

 新聞社に届いた一通の手紙には、その声明文に加え、これまでのコクマ支部の襲撃を証明する証拠、そして襲撃犯にしか知り得ぬはずの情報が含まれていた。


 そのため、コクマはこれを愉快犯のしわざではなく、去年の冬ごろから今までコクマ支部を襲撃し続けていた『ミスフィット』による犯行予告だと断定。

 緊急の対策会議が行われ、統括支部の上層部はまさにてんやわんや。


 3日後という猶予のなさも、その混乱に拍車をかけていた。


 

 とはいえ、上層部の指示がなけれな何もしなくていい――などというわけでは当然なく、様々な部署でそれぞれができることを行っている。


 

 偶然にも統括支部に滞在していたコクマ遊撃戦闘部隊『バード』も、彼らにあてがわれた部屋で対策会議を行っていた。


「じゃあ始めよっか!」


 バードの隊長であるシェルナが、透き通る声で会議の開始を宣言する。

 部屋には会議用の机と椅子が用意されているのだが、それを利用しているのは4人。

 隊長のシェルナ、副隊長のスカー、ヴェラという名の少女、そしてイースである。


 サクキという女は、彼女が尊敬するシェルナの背後に、付き人のように立って寄り添っている。

 シューという少年は、机から少し離れたソファに座りながら本を読んでいる。

 パールバルという男は、部屋の隅で膝を抱えて床に座っている。


 バードは全員で7人の少数精鋭部隊。

 要するに、半分近くがまともに会議の場に着いていないのだが、バードにとってはこれが通常運転であるため、誰もそのことに口を出さない。


「まあ会議と言っても、私たちは独立遊撃部隊だから自由にやるだけなんだけどね」


「そうやって自由にやった結果が、第3支部の壊滅ですもんなぁ」


「うぐっ」


 それまでずっとテンションの高かったシェルナが、スカーからの指摘に声を詰まらせる。

 スカーの指摘にはかなりの恨みがこもっていた。


「あのあと俺がどんだけ上から叱られたと思います? いやほんとびっくりしますよ。いい大人になって、それなりの地位について、まだこんな叱られることあるのかって不思議な気持ちになりましたねぇ」


「ま、まあほら、隊長だってわざとやったわけではなかったですし……」


 ヴェラは必死に隊長をかばおうと口を挟むも――


「そうか、そうだよな。上からの呼び出しをバックレて俺だけに行かせたのも、わざとじゃないんだよな?」


「…………」


 ――すぐにその口を閉じた。

 むしろ隊長は怒られるべきだと感じてしまった。


 隊長の立場がどんどん悪くなる中、シェルナの背後に立っていたサクキが口を開く。


「文句を言うなスカー。お前は隊長のためなら、奴隷の精神で身を粉にして死ぬまで奉仕すると誓っただろう」


「誓ってないねぇ」


「まあまあ二人とも落ち着いて」


「元凶はもう少し慌てろや」


 開始から5分と経たず、会議はすでに罵り合いの様相を呈している。



 そんな中で、イースは1人だけ場の話についていけていなかった。

 とはいえ、新参者の自分が口を挟むのはどうなのかと遠慮していたところ、思わぬ場所から助け舟が出される。


「スカーさん。イースが話についていけてませんよ」


 そう発言したのは、今まで一切会議に参加していなかったシューだった。

 ずっと手元の本から目を離さなかったため、本当に話を聞いていたのかとイースは疑問を覚えたが、素直にその行為に甘えることにする。


「すいません。今までの話の流れからすると、まるで第3支部の壊滅はミスフィットによるものではなく、隊長がやったものだというふうに聞こえるんですが…………」


「ああ、、、そういやイースってまだあん時はいなかったっけ」


「はい」


 ミスフィットによってシール王国第3支部が襲撃されたのは春先――まだイースが学園に通っていた時のことだった。

 盗難騒ぎはいくつもあったが、支部が壊滅したのは後にも先にも第3支部のみ。

 そのためイースの中で特に印象に残っており、ミスフィットという犯行グループに強い怒りを覚えたきっかけでもあったのだが、、、


「あれ、やったの隊長なんだわ」


「ちょっとばらさないでよスカー! 隊長の威厳がなくなるじゃん!!」


「むしろまだあると思っていたことに驚きだよ」


 シェルナは机をたたき、抗議するように声を荒げる。

 だが今のイースにとって、そんなことはどうでもよかった。


「隊長が第3支部を?、、、しかし新聞ではミスフィットの仕業だと――」


「まあ、ほら、あれだ。汚い大人の事情ってやつ。自分たちで破壊しました~なんて言えねえから、ミスフィットがやったことにしたんだよ」


「じゃあ、ミスフィットは第3支部に現れていないということですか?」


「いや、それは違うな。あいつらはしっかり現れて、他の支部同様、いろんなもん根こそぎ奪っていきやがった。ただ運よく、そこに俺たちがいたってわけだ」


「そのおかげで建物は倒壊したけどな」


「こらシュー、それは言っちゃダメ!」


 ボソッとつぶやいたシューに対し、ヴェラが咎めるように声を出す。


「んん、まあコクマにとっては運が悪かったかもしれないが、とにかく、俺たちはミスフィットを捕らえようとして――」


 そこでスカーはジロリとシェルナの方に鋭い視線を向ける。


「このマヌケ隊長が後先考えず魔法をブッパした結果が第3支部の壊滅ってわけだ」


「ああー!! マヌケって言ったぁ!! マヌケって言ったぁ!!!」


「貴様ぁ! 隊長に対してなんという口の利き方だ! 今すぐ腹を切って私に副隊長をよこせ!!」


「さらっと自分の願望を出してんじゃねえよ」


 衝撃の事実や隊長の魔法攻撃の規模に驚くイースだったが、その話を聞いたうえでイースにはある疑問が浮かんだ。

 それは――


「なぜミスフィットの連中が、第3支部の件を自分たちがやったかのように吹聴するのか――だろ?」


 またもやシューがイースの考えを見透かしたかのように、発言を先取りする。

 あまりにも完璧に、自身の考えを読まれていることにイースは少し恐怖を覚えた。


「…………ええ、ミスフィットにとって『第3支部壊滅』の件は濡れ衣を着させられたようなものです。もちろん、否定したところで世間は信じないかもしれませんが…………だからといって肯定する理由にはならない」


「つまり、ミスフィットには肯定することで得られるメリットが存在するってこと?」


 イースの言葉に反応したのはヴェラだった。

 ヴェラだけでなく、騒がしくしていたメンバー全員がイースとシューの言葉に集中している。


「シューは今回の犯行予告についてどう思う?」


 シェルナの問いかけと共に、今までふざけ気味だった雰囲気が一気に引き締まる。

 皆が本気でシューの意見を参考にしようとしている証拠である。


 そしてそれはイースも同じだった。

 なぜなら、自分と同じくらいの若さであるこのシューという少年こそが、バードの頭脳であることを理解していたからだ。


 もちろん、戦闘や士気を高める面においてシェルナの働きは隊長足りえるもの。

 しかし作戦立案の面においてはシューを中心に回っている。

 シューの言葉に隊のメンバー全員が耳を傾け、その知識と頭脳に全面の信頼を置いていることが、数日所属しただけでイースにも理解できるほどだった。


 さらに付け加えるなら、タイプこそまったく違うにもかかわらず、そんなシューの姿がどこか『トーヤ・ヘルト』に重なってイースには見えた。


「そうですね…………正直に言うと、不可解な点しかないと思っています」


 心底納得できないという表情と声でシューは続きを語る。


「おそらくヴェラ以外はうすうす感じていると思うけど、そもそもの話として、犯行予告を送ってきたというのが不可解だ」


「なんで私を除いたの!?」


 ヴェラの抗議の声をシューは無視する。


 犯行予告をミスフィットが送ってきた点の不可解さはイースも感じていた。

 もし今まで通り窃盗が目的であるならば、犯行予告など相手の警戒レベルをあげるだけの愚策でしかない。

 実際にこうして統括支部内で対策会議が行われている点からも明らか。


 にもかかわらず、なぜ犯行予告を送ってきたのか?


「考えられる理由としてはいくつかある」


 そう言って指を立てながら、シューは1つ1つ説明していく。


 1.過激な自己主張

 2.ブラフ

 3.相手の動きを誘導


「1の『過激な自己主張』だが、これはかなり可能性が低いと思っている。やつらは犯行時、体の線を隠すほどの服を着て、仮面まで付けて正体を隠す。そんなやつらが今さら自己主張するとは思えない。犯行予告は短絡的な行動ではなく、なにかしら合理的な理由があるはずだ」


「じゃあ2番か3番の可能性が高いってこと?」


 隊長が問う。


「そうだな。合理的という点では2の『ブラフ』も十分に考えられる。本部を襲撃すると嘘をつけば、他の支部は警備が薄くなり襲撃しやすくなるからな。けど、やつらは今までそんなブラフなしに、次々と支部を襲撃して目的を遂げていた。だから今さらこんな大掛かりなブラフを仕掛ける必要性は低い」


「じゃあやっぱ3番か?」


 副隊長が問う。


「そうですね。やはり3の『相手の動きを誘導』するためというのが1番可能性が高いと――」


「ねえちょっと待って」


 シューの発言を遮るようにシェルナが口を挟む。

 その表情は真剣そのものだった。


「なにか不可解な点でもあったか? もちろん、1や2の可能性がないわけじゃ――」


「すっごく疑問なんだけど、、、なんで隊長の私にはタメ口で、副隊長のスカーには敬語なの?」


「…………」


 くだらないことで話を遮りやがってクソが――その言葉をなんとかシューは飲み込む。


「ほら、あれだよ。隊長は親しみやすいから、気を楽にして話せるんだよ。下の人間からタメ口で話してもらえる上司とかすげぇ貴重だと思うぜ……………………知らねぇけど」


「あー、、、まあ確かに? 私は誰とでもすぐ仲良くなれるし? みんなすっごく気軽に接してくれるもんね~」


 シューの言葉を誉め言葉だと感じたシェルナは満面の笑みを浮かべる。


 そんななか、シューの幼なじみであるヴェラは――『俺はたとえ上司であっても尊敬できないやつに敬語は使わない』――と昔シューが言っていたことを思い出す。


「…………」


 思い出すだけにとどめた。





「えっと、、、話を戻すけど、やっぱり俺としては3の『相手の動きを誘導』するためというのが1番可能性が高いと思う」


 気を取り直したシューが、先ほど言いかけた発言を繰り返す。


「で、肝心の『誘導』内容なんだが、、、」


 今まで自身の考えを流暢に話し続けていたシューだったが、そこで初めて言葉に詰まり、悩むような表情を見せる。


「どうした? さすがのお前でもそこまでは考えつかないか?」


 スカーの問いかけにシューは首を振る。


「いえ、犯行予告の内容からある程度の推測はできます。ただ、それ(・・)を行うメリットがわからないんです」


「ちなみにその推測ってのは?」


「……最初に犯行予告を見て思い浮かんだのは、必要以上に脅してくるな(・・・・・・)という感想でした。冤罪まで利用したうえで、『奪う』『蹂躙する』『容赦しない』――あえてそんな言葉を使っているようにも感じました」


「あれ? でもミスフィットが他の支部を襲撃したときって、死者どころかケガ人もほとんど出てないよね? やってることは本当にただの泥棒と変わらないし」


 ヴェラの言葉は真実であり、ミスフィットによる襲撃の際の死者は0、ケガ人もほとんど存在せず、したとしても次の日には職場に復帰できる程度の軽いもの。

 

「その通りだ。だからそれも考慮に入れると考えられるのは――『統括支部内の非戦闘員を外部に逃がすこと』」


 シューの出した結論に対し、今までずっと聞くだけだったイースは思考をめぐらす。

 確かに、犯行予告の内容を思い返してみれば、非戦闘員に逃げろと言っているようにも聞こえる。

 だがそれでも、誘導内容が『逃がすこと』だと考えるのは早計に思えた。


 しかしそんなイースの疑問を、またもや心を読んだかのようにシューが的確に説明する。


「特に俺が注目したのは犯行時刻が『3日後』ってところだ。3日という時間は、統括支部内の非戦闘員が外部に避難するのに十分な時間かつ、統括支部が大きな戦力を補強することのできないギリギリのラインを攻めている」


「…………」


 その推測に誰も言葉を発さない。

 肯定の声も否定の声も出ないのは、彼らがその判断をできるだけの材料を持っていなかったからだ。


 そんな少し重くなった雰囲気の中で、シューは肩の力を抜くように脱力し、ソファの背もたれに体を預ける。


「まあ、あくまで俺の推測であって、外れている可能性も十分にある。仮に推測が当たっていたとしても、少数で動くミスフィットの連中なら、非戦闘員を巻き込まずに目的を達成できるはずだ――という疑問も含め、いくつか不可解な点が残る。おそらく、全てを推理できるだけのピースが、俺たちには現段階で足りてないんだ」


 どこか諦めたような自嘲気味の笑みを浮かべたシューは、言いたいことを言い切ったためか、口を閉じて視線を手元の本に戻した。

 もう会議に参加する気はないという意思表示にもイースには見えた。


「シューが言うんだし、私達がこれ以上考えるのは無駄かな」


「まあ一応、さっきの話の件は俺から上に伝えておく」


「といっても、伝えたところで――『非戦闘員の方は統括支部から逃げないでください!』――なんて言えるわけもないもんね」


「報告では、もう既に統括支部から大荷物を持って出ていく人の姿を数多く確認しているとのことです」


 特に誰かが終了を宣言したわけでもないが、会議はいつの間にか、ただの雑談へとシフトしていた。

 



 コクマ統括支部襲撃まで――あと3日















 会議が終わり、イースはふと思ったことをつぶやく。


「そういえばパールバルさん、会議中一言もしゃべりませんでしたね。また賭け事で負けたばかりなんでしょうか?」


「ううん、パールバルさんはいつもこんなんだよ」


「…………」


 部屋の隅で丸くなるパールバルの存在意義を、イースは割と本気で考えてしまった。



しばらく統括支部中心の話が続きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ