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偽りの英雄  作者: 考える人
第六章 シール王国統括支部攻防戦
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闇と光(の食事)



 場所はサラスティナ魔法学園の特別書庫――


 書庫と言っても市販の書物は一つもなく、あるのは学園の研究資料のみ。

 5階建ての建物であり、そのすべてが研究資料という人によっては宝の山とも言える場所。


 学園からの特別許可がない限り、立ち入ることさえ出来ないその書庫で、片っ端から書庫の資料を読み漁っている人間がいた。


「今が成長期真っ盛りの10代の男子が、2週間近く風呂なし寝床なし休みなしで、あるかどうかもわからない資料を探し続ける……控えめに言って拷問では?」


 トーヤ・ヘルトである。


「なんで正義のために動いてる俺がこんな拷問受けてんだ? …………そうか、俺か、、俺のせいか、、、アハハハハハ!!!」


 かつて黒竜から国を救い、英雄と呼ばれている男は、傍から見れば完全に壊れていた。


 高く積み上げられた書物に囲まれ、虚ろな目をして書物のページを高速でめくり続ける。

 そんな姿を見て、書物の整理を手伝っていたヴィエナが心配そうに声をかけた。


「大丈夫かいトーヤ。もう何日も寝てないだろ。いい加減、半分寝てるとかバカなこと言ってないでまともに睡眠をとったほうがいいんじゃないか?」


「本来3日もあれば十分だと思ってた作業が既に2週間かかってんだ。休めるわけねえだろ」


 何度目かわからないトーヤの体調を心配する言葉も、何度目かわからない同じような言葉で返され、ヴィエナはため息をつくことしかできない。


 トーヤの考えていた当初の予定から作業が大幅に遅れた理由として、学園の研究書物に対する杜撰な管理体制があった。


「年代も研究内容も何一つ関係なく、全部一緒くたに保管された資料。さらには書誌情報、所蔵情報、目録のどれ一つとして存在しない。学園の誰に聞いてもどこに何の資料があるかわからないときた」


 その現状をまず初めに知ったトーヤは、控えめに言ってキレた。


「ぎえええええええ!!! バッカジャネーノ!!!! バッカジャネーノ!!!!!」


 大声で喚き散らしながらも、高速でページをめくり続ける。


 トーヤ達の目的であったピーグルー・シャルルカンという人物によって執筆された論文、またはそれに準ずる研究資料。

 それは学園では利用価値が見いだされず、管理の杜撰な書庫に保管されていた。


 まずピーグルーの書類を見つけるところから始まった今回の調査だが、いくつかそれを見つけたところでさっそく問題が生じた。


 それは――


「相変わらず字がきたねぇ……」


 あまりの汚い字に、まともに読むことができなかったのである。

 なぜかシール王国の共通言語を解読するという謎の作業がそこで生じる。


 そしてさらに、その研究内容がかなり高度なものであり、トーヤにしか研究内容を理解することができなかった。

 そのため、最終的な情報の精査はトーヤにしか不可能だった。

 とはいえ当然ながらトーヤも、ピーグルーの行っていた専門分野を深く理解していたわけではない。

 合間合間に、その研究に関連する別の書物も読みながら、なんとか理解を進めているという現状。

 

 まともに睡眠もとらず、日に5度は奇声をあげるトーヤを、ヴィエナは割と本気で心配していた。



「トーヤ様! お食事を買ってきました!!」


 そんな奇声がはびこる書庫に、三人分の食事を買って持ちかえってきたツエルが現れる。


「トーヤ様の食べたいとおっしゃっていた唐揚げ弁当です。それと、唐揚げデラックス弁当という新商品も発売されていましたので、お好きな方をお選びください。余った方を私が食べますので」


「じゃあ新商品の方で」


「はい!」


 自分の判断で買ってきた方を選んでもらえたことに、ツエルは喜びを隠すことなく態度に表す。


「私の分は?」


「ヘルシーなのがいいと言っていたから根菜弁当を買ってきてやった」


「相変わらず態度が露骨、、、いやいいんだけどさ」


 ヴィエナが話しかけた途端、声のトーンが二段階ほど下がるツエル。

 あからさまに扱いの差があるものの、ここ2週間ずっとこの調子のため、ヴィエナも慣れたように弁当を受け取る。


 一旦食事の時間となり、トーヤも読んでいた資料を閉じる。


「こんな生活してると、食事の時間くらいしか楽しみがないな」


「食事以外の時間は資料をあさるか気絶してるかの二択だからね。でもトーヤが寝てるのまだ一度も見たことないんだけど。ほんとにちゃんと寝てる?」


「寝てる寝てる。なんなら今も半分寝てる」


「正直、信じられないけどなぁ」


 軽い雑談も交えながら、10分とかからずに全員が食べ終える。

 ツエルは食べ終えた容器を片付けながらトーヤに尋ねた。


「調査の方ですが、『進捗はどうですか?』とリリアーナ様が気にしておられました」


「まあ……それなりに色々わかってきたってところだな。ピーグルーの研究の方向性も大分理解できた。あとは張り込み班の方が上手くいって、情報のすり合わせができれば防御システムも解明できるはずだ」


 時間こそかかってしまっているものの、調査自体は確実に前へと進んでいた。

 むしろそうでなければ、今ごろとっくに放り投げていたかもしれない。


「ちなみにピーグルーというのはどんな研究をしていたんだ? 私が学園に在籍していたころは、変人というイメージがかなり先行していたけど」


「感知魔法系統の魔術式が中心だな。出してる論文はレベルの高いもんばっかで、世が世なら間違いなく天才扱いされていたはずだ」


 トーヤのピーグルーに対するかなりの高評価に、ツエルもヴィエナも少し驚く。

 しかしそれよりも二人が気になったのは、『世が世なら』という言葉。


 その疑問の答えを、すぐにトーヤは口にする。


「論文で紹介されてる魔法が、どれもこれもアホみたいに魔力を使う魔法ばっかだからだ。それこそセーヤですら、すぐに魔力切れを起こすレベル。どう考えても現実的じゃない」


「……まさに机上の空論というわけか」


「しかし、実際にコクマの統括支部でその魔法が実用化されているのだとしたら、使用魔力を大幅に抑えることに成功したということでしょうか?」


「…………だといいんだけどな」


「……?」


 トーヤの言葉にツエルは少し違和感を抱くものの、特に追及するようなことはなかった。


「それでは、私はリリアーナ様の方に戻ります。また夕方ごろに食事を持ってきますので」


「あ、ちょっと待てツエル」


 食事で出たゴミを持って、書庫から出ていこうとするツエルをトーヤが呼び止める。


「どうしました?」


「まだ予想の段階でしかないが、張り込み班の報告によっては――ツエル、お前の力が重要になるはずだ」


 その言葉にツエルは目を見開く。

 もちろん、嬉しさからだ。


「ツエル、お前は俺がもっとも信用する相手だ。厳しい任務になると思うが、頼んだぞ」


「~~~っ! はい!!」


 トーヤの力強い言葉に、これ以上ないほどの喜びの表情で返事をし、ニヤついてしまうのを我慢できないまま部屋から出ていくツエル。

 上司と部下の強い信頼関係が前面に出たやり取り。


 そんなやり取りをすぐそばで見ていたヴィエナはあることを思った。












 1週間前、自分にも同じこと言ってたな、と。











ーーーーーー




 学園にいくつか存在するカフェテリアの1つ――


 

 そこで二人の少女が食事をとっていた。


 一人は慣れた所作で優雅に食事を楽しみ、一人は緊張でしながらたどたどしく食事をしている。


「カリナったら、もう2週間も経つんですよ? まだここ(・・)で食事をするのに慣れないんですか? おかしな子ですね」


「当たり前ですよ。リリアーナ様と違って、私は身も心も一般階級の人間なんですから」


 リリアーナはからかうように笑うが、カリナが緊張するのも無理はない。


 学園内のカフェテリアではあるものの、二人が食事をしているのは『王族や貴族専用』のカフェテリア。

 正確には専用ではなく、貴族以外も利用できるのだが、一種の暗黙の了解であり、貴族以外で利用する人間は基本存在しない。

 メニューも他のカフェテリアとは金額の桁が違うため、その面でも利用するハードルが高い。


 そんなカフェテリアを生まれも育ちも一般家庭のカリナが利用するなど、目の前の相手に連れられなければありえなかっただろう。


「私としては、卒業したはずのリリアーナ様が平然と学園で食事をされていることのほうが、よっぽどおかしいと思いますけどね」


 リリアーナは仮にも王族――通常ならカリナにとって話すことすらありえない相手なのだが、この2週間、毎日(・・)顔を合わせているため、その会話はかなり砕けたものになっていた。

 もっとも、リリアーナは髪を銀色に染めて後ろにまとめており、リリーとして変装しているため、周囲の人間は第三王女がこの場にいるとは夢にも思っていない。


「しかし、びっくりしましたよ。2週間前のあの日、学園から呼び出されたと思ったら、呼び出し先にリリアーナ様がいるんですから」


「それは申し訳なく思っていますよ。なんせ私の個人的な頼みのようなものですから。あまり大々的にすることができないんです」


「まあ、事情があるようですので深くは聞きませんけど」


「助かります。あなたには本当に感謝していますよ」


「感謝だなんて…………むしろ感謝しているのは私の方ですから」


 そう言われたリリアーナだが、感謝されるようなことをした覚えがないため、疑問の表情を浮かべる。


「フタツ山での事件の後、トーヤ様とリリアーナ様の嘆願のおかげで、私の幼なじみは無事に墓の下で眠ることができましたから」


 カリナの幼なじみであるグラン・オーディル。

 それはフタツ山で、トーヤを襲撃した犯行グループの一人として人々の記憶に刻まれている。

 人も殺めており、本来ならその死体がさらされてもおかしくないような罪だったが、それにトーヤとリリアーナが待ったをかけた。


 王族貴族であり、事件解決の功労者による嘆願によって、犯行グループの死体は辱しめられることなく、丁寧に埋葬されることとなった。


「犯罪者だと知って、明確に敵対して、そのまま死別することになってしまいましたけど、、、それでも、大切な幼なじみでしたから」


「あの事件からもう1年、されどまだ1年……忘れられませんか?」


「そうですね、、、前に進めるようにはなったと思います。でも、忘れられません」


 そう簡単には割り切れない。

 そんなカリナの悲痛を感じ取り、リリアーナは何か声をかけようとして――やめた。


「だから、私は決めたんです。忘れずに歩いていくって」


 カリナの眼は、暗い感情に支配されることなく、前を向いていたから。


 ああ、ちゃんとこの子はあの事件を乗り越えることができたのだと、リリアーナはそう確信する。




 そのまま話を続け、ちょうど食事を食べ終わったころ。

 二人のもとにツエルが現れる。


「お待たせしました」


 ツエルが声をかけると、二人も立ち上がる。


「さて、それでは午後からもお願いしますね。カリナ先生♡」


「先生はやめてくださいよ」


 そのまま三人はカフェテリアを後にする。













 それぞれの抱える思いは違う。

 

 世界を変えるため。

 自分を変えるため。

 前に進むため。

 世界を学ぶため。

 己の仕える主人がそれを望むため。


 様々な思いを抱えながら、着々と準備は進んでいく。



 統括支部攻略開始まで――あと2週間。



Sクラス専用のカフェテリアも存在します。

よく食事が空を飛ぶ。

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