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偽りの英雄  作者: 考える人
第六章 シール王国統括支部攻防戦
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思いと呪い


 各人、トーヤとリリアーナから指示が与えられて2週間――





 コクマ シール王国統括支部 西門side



「……ねえラシェル、私たちここに張り込んでから何日たったっけ?」


「知らないわよ……考えたくもないわ。それより、絶対リストに載ってる人間見逃さないでよ、イン」


 インとラシェルに与えられた任務は、コクマ シール王国統括支部から出てくる人間の観察、および重要人物を見つけた際に実行部隊(・・・・)へ連絡すること。

 簡単に言ってしまえば、いつ終わるかわからない地獄のような張り込み任務だった。


 大規模な敷地を持つ統括支部は数多くの建物を含め、その全てを高く強固な壁に囲まれている。

 統括支部から出入りするための門は、西と東にそれぞれ一つずつ。

 東側にはいくつか民家が広がっているものの、西側の壁の外には何もない平野が広がっており、門から伸びる整備された道があるのみ。


 


 そのため、西門側で張り込める場所は必然的に絞られてしまう。

 トーヤとリリアーナから指定された二人の張り込み場所は、統括支部の城壁から数キロほど離れた山の中だった。


「今を時めく10代の女子が、2週間近く風呂なし寝床なし休みなしで会ったこともない人間観察し続ける……控えめに言って拷問では?」


「おかしいわね。正義のために動いてるはずの私たちがなんで拷問受けてるのかしら」


「辛い……おもいっきり綺麗な水を浴びたい。ねえラシェル、私くさくないわよね」


「安心して。野生動物と同じ臭いがするわ。しっかり自然に溶け込めてていいんじゃない?」


「まじで? どうりで隣からスカンクの屁みたいな臭いがすると思った」


「え? もしかして自分がスカンクの屁より臭くないと思ってる?」


 会話の通り、疲れと眠気とその他もろもろに伴うストレスでこれでもかというほどギスギスしているが、ケンカに至ることはない。

 ケンカするほどの元気が既に二人にはないからである。


「……暇だわ。現在進行形で体力と精神力ゴリゴリ削ってるにも関わらず暇ってなにこれ、私どういう状況なわけ?」


「もういいから黙ってなさいよ」


「古今東西ゲームやらない?」


「だから黙ってって」


「お題はトーヤ様の腹立つところで」


「のった」


 当然ながら、二人にこのような任務を与えた片割れであるトーヤにもヘイトがたまっていた。

 どれくらいたまっているかというと、今目の前に現れれば躊躇なく拳を振り抜けるくらいにはたまっていた。


「金持ちのくせにケチなとこ」


「いろんな女に粉かけてるところ」


「人の趣味を利用して無茶ぶりしてくるところ」


「釣った魚に餌をやらないところ」


「……んん?」


 あれ、トーヤ様って釣りなんてやってたっけ?――という疑問が湧いたものの、自分の知らない趣味があることくらい普通かと、インはわずかに抱いた違和感を無視する。


「部下の扱いに差があるとこ」


「私の秘密は全部話したのに、私には隠し事が多いところ」


「…………ええっと、、、部下の部屋に勝手に入ってくるとこ……」


「私の部屋は勝手にいつでも入ってきていいって言ってるのに、絶対いつもノックするし、任務関係で用事がある時しかこないこと」


「………………」


「人の気持ちに気づいていながら見ないフリして――」


「待って待って待って待って、ラシェル、お願いだからちょっと待って」


「え? ああごめん、あなたの番だったわね」


「違う違う! そうじゃない! はい終わり! もう古今東西ゲーム終わり!!」


「あんたがやるって言い始めたんじゃない」


「いや、今絶対あんたヤバいって!! 疲れで心のガードがガバガバになってるから! 後で死にたくなるやつよそれ」


「…………ああ、そうかもね。少し話し過ぎた気がするわ」


 少しどころか、もはや全部言ってたわよ――そんな気持ちを口には出さず、インは心にとどめておく。

 




 そうしてまた、視力強化の魔法を使い、ただひたすら門から出入りする人間を見張るだけに戻る。

 この2週間、何度もあった沈黙だが、インはどこか心地悪かった。


 しかし心地の悪い今だからこそ、ついでとばかりに前々から疑問に思っていたことをいっそ聞いてやろうと、インはあることをラシェルに尋ねる。


「ラシェル、、あんたさぁ……なんでこんな私たちに協力してるわけ?」


「………………」


 ラシェルからの返事はない。

 張り込み任務中のため振り向くことはできないが、今すぐ隣にいるラシェルの顔を確認したいという衝動にインは駆られる。


「だってさ、あんたの目的って……トーヤ様の親――ホクト様を殺すことだったはずでしょ? それがどうしてこんなクソみたいな任務まで引き受けてトーヤ様に協力してるのよ」


 もちろんインは、デクルト山でトーヤがラシェルの命を救ったことは知っている。

 トーヤに対してかなり恩を感じているのも確かだろうが、どうもそれだけではないように感じていた。


「…………話、長くなるわよ」


「いいわよ。どうせ張り込みは終わらないんだし」


「……そうね、話してもいいかもね」


 ゆっくりと、小さな声でラシェルは話し出す。


「もう20年以上も前のことだけど、『冬の魔人事変』って知ってる?」


「いや…………むしろこの国に住んでて知らないやつなんていないでしょ」




  『冬の魔人事変』

 それは27年前に起きた大規模な騒動をさす。

 ある日、一人の貴族の少女が魔人へと変貌した。

 その魔人の力は凄まじく、多くの人間の命を奪い、天候すらも変えた。

 そしてその魔人を打ち倒した人物こそ――トーヤの父親であるホクト・ヘルト。


 そのため、その騒動は悲劇であり、ホクト・ヘルトが英雄として名を馳せた英雄譚でもある。




「魔人となった少女には、一人の仲が良い侍女がいたの。子供のころから一緒に育って、ほとんど姉妹みたいなものだったらしいわ」


「侍女? それが事件と何の関係があるの?」


「侍女の名はヴェネディア――私の母親よ」


 その言葉に、思わずインは息をのむ。


「王からの寵愛を受けるほど綺麗で美しく、それでいてとても穏やかな人だったと聞いているわ」


 穏やかな人だった(・・・)――過去形であることにインは少し違和感を覚える。

 そしてその違和感は的を射ていた。


「私は、常に恨みと怒りをはらんだ苛烈な母しか知らないの」


 ラシェルの脳裏に深く焼き付いた母の顔。

 己の両肩を力強くつかみ、『あなたこそが、あの方の無念を晴らす鍵なのよ』――そう告げる。


「……ちょっと、大丈夫?」


「ええ、問題ないわ」


 声は少し震え、顔を青くしているであろうことをラシェルは自覚できた。

 それでもラシェルは話を続ける。

 ここでやめてしまえば、きっとこれからも前に進めない――そんな焦燥感がラシェルの震えを無理やり抑え込む。


「言うまでもないけど、母がそうなった原因は、姉のようにも感じていた主人が、ホクト・ヘルトに殺されたこと」


「いや、でもそれはしょうがなかったことでしょ。魔人になったその主人をホクト様が止めてなきゃ、もっと被害が出てたかもしれないのに」


「その魔人化の原因がホクト・ヘルトだとしても?」


「……え?」


 想像すらできなかった話に、インは言葉を返すことができない。

 思わず、使用していた『視力強化』の魔法が解除されかけるほどに動揺していた。


「もちろん、多少の憶測は入ってるけど、まったくのでたらめというわけでもないわ」


「で、でも、仮に魔人化させることができたとして、それをホクト様がやったとして、ホクト様に何のメリットがあるわけ? まさか魔人を倒して英雄になるためとか、そんなこと言う気じゃ――」


「魔人化した少女とホクト・ヘルトは、かつて恋愛関係にあったのよ。二人で駆け落ちするほど、深く愛し合っていたそうよ」


 もはや何度目かわからない驚愕がインを襲う。


「……でもそんな話、長年ヘルトに仕えているけど、一切聞いたことないわよ。それに、当時すでにホクト様はトーヤ様の母親と許嫁(いいなずけ)関係だったはず……」


「情報の隠蔽はヘルトの影(あなたたち)の専売特許じゃない。あと、許嫁がいたからこそ、駆け落ちしたんでしょ」


「あなたはどうやってその情報を……」


「魔人化した少女が、私の母だけにはホクト・ヘルトとの関係を全部話していたの。で、それを母から直接、恨みつらみ含めて私が聞いたってわけ」


 人伝の人伝情報ではあるものの、嘘を見抜けるラシェルのことを考えると、少なくとも侍女だったというラシェルの母親は本当の話をしていたということになる。

 インの中で話の信憑性がグッと上がった。


「そうして駆け落ちまでした二人だったけど、ホクト・ヘルトは許嫁と婚約関係にあり、ヘルト家の次期当主に内定していた。当然ながら、周囲の人間は全力で二人の関係を引き裂こうとする」


「まあ、それはそうよね。世間にばれれば大問題だし」


「ここからは母や私の推測もかなり入るけど――」


 そう言ってラシェルは前置きをしつつ、話を続ける。


「『冬の魔人事変』で一番得をした人間って誰だと思う?」


 その疑問に、インは即答することができない。

 だがそれは答えが浮かばないからではなく、考えたくない答えだったからである。


「…………ホクト様」


「そう。恋人関係にあった少女が魔人化することで、その少女を殺す大義名分が生まれ、堂々と闇に葬ることができる。そして自分は魔人を討伐した英雄として、これ以上ないほどの名誉を手に入れる――」


 確かに、かなり飛躍した話ではある。

 ただし、話の理屈は通っているというようにインは感じてしまう。


「しかもその事件の直後、ヘルト家の当時の当主が急死し、ホクト・ヘルトが当主の座について事件の後処理を全て請け負っている。さらに、魔人化した少女の貴族家は解体され、少女の両親を含め一部の使用人が責任を取る形で処刑された」


 そのことはインも知っていた。

 だがラシェルの話した事情を知った今では、話の印象が大きく違いっていた。

 

 父であった当時の当主が急死したにもかかわらず、見事その後を引き継いで見せた素晴らしい人物という印象を持っていたホクト・ヘルト。

 だが今は、都合の悪い事実を隠すために、親すら手にかけたのではないかという疑念が生まれる。


 少女が魔人化したことによって少なくない被害が生まれたため、その責任を取らされるのは何もおかしなことではないと思っていた。

 だが今は、口封じのために殺されたのではないかと最悪の想像をしてしまう。


「要するに、愛し合っていた二人だったけど、部下に説得されたか、単純に思いが冷めてしまったのか――いずれにせよホクト・ヘルトは心変わりし、都合の悪い事実を全て消してしまうために少女を魔人化させ、そして殺した。それが母や、母を含め当時その貴族家に仕えていた者たちの考えよ。もっとも、母はそれが絶対に真実だと疑わなかったけど」


「……何かしょ――」


 証拠はのようなものはあるのか?――そう言いかけてインは言葉を止める。

 もし仮に、自分が『影』としてその隠蔽工作任務を与えられた場合、事件の証拠を残すはずがないからだ。

 それも25年以上前の事件――証拠と呼べるようなものが残っているわけがない。





 想定を遥かに超えた話で少し放心気味だったインだが、当初の疑問を思い出す。


「ちょっと待って。あなたがヘルト家に恨みを持ってトーヤ様を襲った理由はわかったけど、トーヤ様が言い出したコクマ襲撃を協力してる肝心の理由がないじゃない」


「ちゃんとさっきの話と繋がってるのよ。トーヤに保護されてから、トーヤは私のその話を聞いて、ヘルト家には秘密裏に、事件に関して詳しく調べてくれたの」


「…………ああ、あれか」


 そう言えば、ちょっと前によくわからない調べ事を頼まれたことがあったけど、その調査の一環だったのかとインは一人で納得する。

 さらに、かつてトーヤの言っていた『ヘルトの息がかかっていない人間の協力者が必要』という言葉の意味を理解した。


「それで、ホクト様がやったっていう証拠は出たの?」


「いいえ、まったく。トーヤ曰く、『不自然さを隠そうともせず、事件に関する完璧な隠蔽が行われている』だそうよ」


「証拠は出ない。けれど疑念は深まったってことね」


「ええ、ヘルト家が関与しているかはまったくわからなかった――けど、興味深いことがわかったの」


「……もしかして、コクマが関わっていたとか?」


「その通りよ。魔人化した少女の貴族家とコクマはかなり深い取引をしていたみたい。技術提供だけじゃなく、人材派遣も含めて長年と」


「ちょっと待って。貴族とコクマが取引してたってこと? それっておかしくない?」


 コクマは一般的に、国としか取引しないと明言している。

 一部の貴族や人間と取引をすることで、国の中で混乱が生まれないようにするためだという。

 だからこそ、一貴族とコクマが取引をしていたという事実に疑問を隠せない。


「もちろん、表向きは無関係を装っていたわ。でもトーヤはコクマと関わっていたことは間違いないって言うし、魔人化にも何かしら関わっていた可能性があるそうよ」


「なるほど……それでコクマ支部を襲撃するとかトーヤ様が言い出したわけね」


 そう言って納得するインに、今度はラシェルが信じられないといった表情になる。


「あなた、今まで何も知らずに協力してたの?」


「え、まあ、トーヤ様に力を貸せって言われたから……あと給料も出るし」


 どこか能天気なインの態度に、ラシェルは少し羨ましいと思ってしまう。


「ま、実際ちょっと調べただけで、裏では超どす黒いこといくつもやってるのがわかったしね。今は心の底から本気でやってるわよ。こんなクソみたいな任務もね!!」


「……ふふ、そうね」


 思わず笑いがこぼれるラシェル。

 勢いで話をしてしまったが、話してよかったと少しだけ思えた。


「それで、母の無念を晴らすためにこうして協力してるってわけね」


「ちょっと違うわ」


 ラシェルは今でも母の言葉を思い出す。

 『ヘルトを呪え』『クレア様の無念を忘れるな』『あなたは私の希望の子――』

 

 ラシェルの母がラシェルにかける期待と思い、それはもはや――


「呪いなのよ。母が死んでから、何年たってもまだ夢に出てくる。私の両肩を掴んで、あらん限りの呪詛を吐き続けるその姿を見て、いつも飛び起きる」


「何それ、ほとんどトラウマじゃない」


「昔は母の言うことが絶対正しいのだと信じていた。でも、カーライに会って自分が正しいと思っていたことに亀裂が入った。もう、私には何が正しいのかわからなくなってしまった……」


「……」


 インは孤児であったため、親というものがどのようなものかわからない。

 そのため、ラシェルの思いの深刻さを理解できなかった。

 

 ただそれでも、ラシェルが前を向いていることだけはわかっていた。


「だから私は母の思いを背負うと決めた。どんな結末になるかはわからないけど、全部終わったとき、母のお墓の前で全てを伝える――そこで私は初めて、思いも呪いも振り払って前に進めるの」


 力強く発されたその言葉を聞いて、インは今日もっとも、隣にいるラシェルの顔を見たい気持ちに駆られた。


「じゃ、この任務も前に進むための道だと思って乗り切るしかないわね」


「そうね」


 二人はわずかに微笑み、任務への気持ちを改めて強めた。



















 ちなみにこのあと、任務に就いてから15回目のトーヤの悪口古今東西ゲームが始まる。


キリがいいので明日も投稿予定です。



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