トーヤ・ヘルトと愉快な仲間たち
部屋の中はすでに火が囲んでいる。
壁は崩れ、崩壊も近い。
今すぐ逃げなければ命が危ないのは明白。
しかし、部屋の中にいる一組の男女はお互い見つめ合ったまま動かない。
男の表情は真剣そのもの。
女の表情はどこか挑発的な笑顔だった。
「進むか、退くか。あなたが決めてください」
「どういう心境だ? お前は全部自分で決めてしまいたい側の人間だろ」
「そういう気分の時もあるんですよ。誰かに手を引っ張って欲しい、行くべき道を示して欲しい、そんな乙女な気分になる時が」
「ほざけ」
ここで初めて男の顔にも笑みが浮かぶ。
そうしてほんのわずかな間、二人は無言で見つめ合い、再び女が口を開く。
「さあ、もう時間がありません。退けば私たちの命は助かる。進めば目的は達成できても高確率で命がない。いや、それ以上のひどい目にあうかもしれません。不確定要素が多すぎて、運によるところがあまりにも大きい最悪の賭け。そんな賭けに…………あなたは、私の命ごとベットすることができますか?
――トーヤ」
それは二人の運命だけでなく、国の命運すらかかった究極の選択。
運命の分岐点へとたどり着いた二人は、掲げていたとある目的に対して、すでにある程度の戦果を得ている。
しかしその戦果は、最高と呼べるものではないことを二人はわかっていた。
だからこそ、運命をかけた選択を迫られる。
ここまでの戦果で満足し、それを確実に持ち帰るか。
ここまでの戦果や命を含め全てを失うリスクを背負い、最高の結果を得るために突き進むか。
そんな全てをかけた選択を、トーヤとリリーの二人は楽しそうに笑いながら決断する。
「わざわざ決めるまでもないだろ。ここに残ったのが偶然にも俺とお前だった……なら、元から選択肢なんてないようなもんだ」
そう言いながら笑うトーヤに対して、リリーも待ってましたと言わんばかりに笑みを深める。
この時、二人の思いは完全に一致していた。
一か月前――
サラスティナ魔法学園で開かれた学園内頂上決定戦が、トーヤの護衛であるツエルの圧倒的な優勝によって幕を閉じ、いつもの日常が戻ってきてしばらくしたころ。
王都にあるトーヤ・ヘルトが個人で所有する屋敷に、総勢7人の男女が集まっていた。
そのほとんどは少年少女と呼べる見た目だが、身分も、生まれた国も、生まれた時代もそれぞれ違う。
種族すら違う者もいる中、彼ら彼女ら全員に共通するたった1つのものは――
トーヤ・ヘルトのもとへと集まったということ。
集まった理由すらもバラバラであり、単純に人柄に惹かれたから、あるいは部下だから、あるいは正義感から、あるいはお金のため。
あくの強いメンバーもいる中で、彼らが組織としてまとまっているのはトーヤ・ヘルトが中心として存在していること。ただそれだけだった。
しかし今現在、この部屋にはそのトーヤ・ヘルトがいない。
では中心人物が不在のなか、部屋に集まった7人が一体何をしているのか――
「……5のペア!」
「残念、6のスリーカード」
「あああ負けたぁ!!」
「よくそんなんでレイズしたわね。普通降りるでしょ」
「手札にあったエースに夢を見ちゃったのよねぇ……」
「私もぜんぜん勝てないよ~。みんな強すぎ~~」
「私は今のところプラス収支だよ。すごいでしょ! 『うんすごい! さすが私だね!!』」
「イン、そろそろやめておいた方がいいんじゃないか? 負けた額が君だけとんでもないことになっているぞ」
「まだよ! こっから巻き返してやるんだから! ほら、もう一戦やるわよ」
「やめとけってダヴィ。この女になに言ったって無駄なことはわかってっだろ」
「ギャンブルで破産していったやつらとさっきから言動がまるかぶりで、その子の将来が心配だよ」
ポーカーで遊んでいた。
「で、イン。今回私たち全員に集合をかけたトーヤはいつになったらくるわけ? チェック」
「トーヤ様なら、ヘルト家の倉庫にあった宝を半分近く、秘密裏に開催したオークションで売り飛ばしたことがバレてセーヤ様から説教受けてるから、そうね……あとちょっとしたらツエルと一緒にくるはずよ。チェック」
「ははは、相変わらずだな。ベット5枚」
「ええ~いきなり5枚も出すのか~。どうしよっかなぁ~~……コールで~」
「ふっふー! 今回は私ガンガン行くよー! 『行っちゃえ行っちゃえ! 一気にバーンとレイズ10枚!』」
「まーじか。ならオラぁ素直に降りとくか。フォールド」
「私もここは降りましょう。フォールド」
「なんでまたオークションなんて開こうと思ったのよ。コール」
「なんかあんたの兄をオークションに連れて行ったのがきっかけだったらしいわよ。まあ私もそこにいたんだけど。レイズ10枚」
「え、その辺の関係とかズバズバ言っていいの? けっこう複雑って聞いたんだけど。コール」
「う~ん、もうさすがに無理~~。フォールド~」
「なになに何の話? というかラシェルちゃんてお兄ちゃんいたの!? 『私も初耳! 詳しく教えて!』レイズさらに10枚!」
「うーわ。デリカシーゼロじゃねえか」
「あ、あの、その話は……」
「いいわよダヴィ。みんなも気にしないでいいから。変に気を遣われるとやりにくいし。……引き際を誤ったわ。フォールド」
「よくあんたすでに25枚も出しておいて降りれるわね。私なら絶対無理だわ。コール」
「完全にダメなギャンブラーの発言なんだよね。コール」
「私ちょっと喉乾いてきちゃったな~」
「これでショーダウンだね! 私とインとヴィエナの三人で勝負だね! 『負けないよ~。すっごく強い手札なんだから』」
「俺ちょっと飲み物用意してくらぁ」
「フーバー、私も手伝うよ」
「え、ちょっと待ってシルエ。あんたのそれブラフじゃなかったの?」
「急に焦りだしたな。おかげですごく自信が出てきたよ」
「本当に強いに決まってるじゃん!! 『インなら絶対に降りないでくれると思ったもんねー』 うんうん、じゃあ行くよ~。せーの!」
「きゅ、9のワンペア……」
「フルハウス」
「6のフォーカード!! 『やったぁ! 私達の勝ちだね!!』」
「あああああああぁぁぁ…………また負けたぁ」
「だからなんであんたはそんなカードで勝負に行くのよ」
勝者による歓喜の声と、敗者による失意の声が部屋に響く。
そんな音に掻き消されそうになりながらも、わずかに扉の開く音が、部屋にいる全員の耳に届いた。
「ったく、うるせえなお前ら。近所迷惑考えろ社会不適合者ども」
「入ってくるや否や悪口の全体攻撃やめくれません? トーヤ様。私以外の人間はけっこう刺さりますよ? それも深めに」
「いやイン、あんたも十分当てはまるでしょ」
「はぁ? 女とまともに喋れないクソ雑魚チキンや、いい年になるまで家から逃げ続けた大人や、王族の愛人の子とかいうザ・はみ出しものと一緒にされたくないんですけど~」
「…………気にしないとは言ったけど、別に売られたケンカを買わないとは言ってないんだけど」
「う~ん、それを言われると耳が痛い。悔やんでも過去は変えられないからね」
「びっくりするくらいひっでぇ流れ弾が飛んできたんだけど」
「あー! トーヤがきた!! 『本当だ! トーヤがきた!!』」
「だー!!! うっせぇんだよお前ら!! ちょっとは静かにしろ!!」
まったくと言っていいほど静かにならない状況に、トーヤが声を張り上げて黙らせようとするも、一向に収まる気配を見せない。
取っ組み合いを始めたものまでいる。
こうなったら魔法陣でもぶっ放すか――トーヤがそう考え始めたとき、
『ドン!』
大砲が放たれたような響く音と、踏みしめる床が大きく揺れるのを部屋の中にいる全員が感じる。
それは、足で床を力強く叩きつけたことによる音と揺れだった。
そしてそれを起こしたのは、トーヤの隣に立つ人物。
「いい加減にしろ貴様ら。トーヤ様が静かにしろと言っている。瞬時に口を閉じろ。潰すぞ」
トーヤ・ヘルトの護衛兼付き人であるツエルの低く地を這うような声と、鋭い眼光がみなを怯ませる。
ツエルの脅しにより、部屋に静寂が訪れる。
すると先ほどまでの恐ろしいツエル表情が嘘のように笑顔へと変わり、トーヤの顔へと向けられる。
「さあトーヤ様。静かになりましたのでお話ください」
「お、おう。えっと……次からそれやる時、俺には事前に言っといてね。お願い」
部下の行動にビビり散らかしたトーヤ。
トーヤを中心に回っている組織とはとても言えない絵面だったが、気を入れ替えてみなの方へ顔を向ける。
「じゃあまあ、今日もダラダラとやっていこうぜ――
いつも通り、世界平和のために」
いきなり大人数出してごちゃごちゃしましたが、誰が誰とかを把握する必要はありません。
一応、今までに一度は出てきているやつだけです。