第二のスタート
遅くなってしまったので、番外編を除いた簡単な五章のあらすじ
コクマという組織から、イースという少年がトーヤを調査or暗殺するために学園へ潜入(悪いなトーヤ、お前主人公じゃねえから!)。
任務を進めつつ、学園で周りの人間と関係を築いていく王道系主人公イース。
しかしコクマの上司からトーヤを暗殺しろという指令を受ける。
学園で築いたものを全て捨てることに葛藤しながらも、暗殺を決意する。
ところがそんなものはお見通しとばかりに、ドヤ顔で暗殺を失敗へと導くトーヤ。
暗殺に失敗したイースは、捕まる前に学園から逃げることとなった。
『おーい、××くん――』
どうしても、名前の部分が鮮明に聞き取れない。
どうしても、その顔が思い出せない。
かつて自身が住んでいた場所で、たったひとつだけ存在した希望――
その希望に触れようと手を伸ばす。
だが届かない――届くはずがない。
それは夢だから。それも過去の夢。
もう二度と、触れられない不変の事実。
そのことに気づいたとき、絶望にも近い感情が襲い――決まってそこで目が覚める。
「…………またか」
衣服に染み込んでいた汗が体に不快感を与え、もう何度目かわからない最悪の目覚めを少年は迎えた。
学園を去って以来、まるで呪いのようにイースは毎日その夢を見る。
「おはようございます。ナディアさん」
「おはようイース」
シャワーを浴び、汗を流したイースは上司であるナディアの執務室に顔を出す。
イースは学園を去った後、元々暮らしていた『コクマ シール王国統括支部』へと戻っていた。
心機一転――とはとても言えるものでなく、暗殺に失敗し、初めてできた友と別れ、もはやどうしようもない後悔がイースの胸中で渦巻く。
さらにはトーヤ・ヘルトの言葉によって、自身の存在に対する疑念すら生まれ、もはやイースに心の拠り所と言えるものは存在していない。
「――というわけだから……ちょっとイース、聞いてる?」
「あっ、すみません……」
ナディアに問いかけられ、自身が堂々巡りの思考に陥っていたことにイースはやっと気づく。
「あなた帰ってきてからよくボーっとしてるわよ。相当前回の失敗を引きずっているようね」
その言葉は正解でもあり間違いでもあったが、自分でもよくわかっていないイースは肯定も否定もしない。
「そんなあなたのために新しい任務を持ってきてあげたわ」
話ながらナディアは机に置いてあった封筒から紙を取り出し、イースへと手渡す。
そこには任務の詳細が記載されていた。
「新しい任務にあたって、あなたにはとある部隊に所属してもらうわ。いつまでも優秀な人材を遊ばせておくわけにはいかないから」
「とある部隊……ですか?」
「ええ、任務の詳しいこともその部隊の人から詳しく聞いてちょうだい。ちょうど今日、この統括支部に到着予定だから」
到着予定――その言葉にイースは違和感をおぼえる。
てっきり統括支部内の部隊に所属するのだと考えていたが、だとすれば『統括支部に到着する』というのは変だからだ。
「あなたも部隊の話くらい聞いたことがあるはずよ。コクマ本部から様々な権限が与えられた少数精鋭部隊――」
コクマ遊撃戦闘部隊『バード』――それがイースの所属することになる部隊の名だった。
指定された場所に向かって、指定された時間に間に合うようイースは歩く。
目指す場所はコクマ戦闘部隊『バード』のメンバーが集まっているという部屋。
ただの戦闘部隊ではなく、どこの支部にも、どこの国のコクマにも属さない本部直轄の遊撃部隊。
警備という名目で、戦闘部隊自体はコクマに数多く存在するものの、遊撃と名のつく部隊は1つだけ。
それもバードは超少数精鋭であり、その人数は10人にも満たない。
――と、ここまでがイースの知っているバードの知識。
バードに所属できる人間は限られたごく一部のエリートのみ、とまで言われる組織の一員となることに今だ実感のわかないイース。
少し緊張しながらも、気持ちを整えながら歩き、ついに指定された部屋の前までたどり着く。
「失礼します!」
第一印象が大事――学園で学んだそのことを思い出しながら、イースは力強く挨拶をして部屋の扉を開ける。
そこには、コクマを代表するようなエリートたちが――
「ちょっとシュー!! 私のお菓子勝手に食べたでしょ!!!」
「食ってねえよ」
「隊長、この間の報告書の件なんだけど」
「スカーがやっといて!」
「そうだ! そんなことで隊長の手をわずらわせるな!」
「ええ……理不尽過ぎない?」
「…………くそっ、ダメだ。もう俺はダメなんだ。あそこで3番に賭けておけば…………」
イースはそっと扉を閉めた。
持っていた資料に再度目を通して見るものの、やはり間違いではない。
てっきり厳格な人間ばかりだと考えていたにも関わらず、目に飛び込んできたのは――
人のお菓子を食べた食べてないでケンカする一組の少年少女。
仕事を放棄して剣を振る隊長と呼ばれた女性。
そんな隊長をかばう女性と理不尽にキレられる男性。
そしてさらには部屋の隅っこでうずくまりながらブツブツとつぶやく男。
それはとてもエリートの集団には見えなかった。
困惑し続けていたイースだったが、ガチャリと部屋の中から扉が開けられる。
扉を開けたのは、お菓子を食べられたことを怒っていた少女だった。
背はイースよりも低いが、年齢はそれほど変わらない少女。
そんな少女とイースの眼が合う。
その瞬間、イースは自身の体が震えるのがわかった。
「――っ!?」
恐怖したわけではない。
それはどちらかといえば喜びにも近い震えだった。
しかし、なぜそんな感情を抱いたのかイースは自分でも理解できない。
戸惑うイースをよそに、少女は納得がいったというような笑顔を浮かべる。
「あっ! もしかしてイースくん!?」
「は、はい」
「ほら、こんな所に立ってないで入って入って!」
少女に手首を握られ、引っ張られるようにして部屋の中に入っていく。
その少女の強引さに、イースは別れを言うことができなかった花屋の少女の姿が重なった。
イースが部屋に入ると、隊長の一声によりメンバーの自己紹介が始まった。
「久しぶりの新人だし自己紹介しよっか。隊長のシェルナ・ヴァントだよ」
ピースサインをイースに向け、シルバー系のブロンドの髪を両サイドで雑にまとめており、言動からはどこか幼さを感じさせる隊長と名乗る女性。
だがそれはあくまで見た目だけの話。
実際に向かい合ったイースは、肌でシェルナの強さを実感していた。
学園で恐怖を感じたツエルとは少し種類が違うものの、似たような圧を受けるイース。
彼女が隊長であることに自然と納得してしまう。
「私は隊長の懐刀であるサクキ。いずれはこの部隊の副隊長になるものだ。どうせなら今のうちから副隊長と呼んでもかまわんぞ」
「さも当然のように下剋上発言された副隊長のスカーだ。わかりにくいからサクキを副隊長と呼ぶのはやめてくれ」
次に隊長の傍にいた二人の男女が発言する。
二人の見た目はどちらも20代中ごろでイースよりも年上。
ちなみに隊長のシェルナも二人と同じ世代だが、シェルナだけ少し幼く見える。
「私はヴェラ! 実は後輩ができるのって初めてで、昨日からすっごくわくわくしてたの!! これからよろしくね! わからないことがあればなんでも聞いてくれていいから!」
「シュー」
次に自己紹介したのはイースと同じくらいの年齢である少年と少女。
少女の方はイースを部屋へと引っ張った人物であり、興奮気味に話しかける。
それとは対照的に、少年は名前だけを簡潔に述べ、すでにイースと視線を合わせることもなく、持っていた本に視線を落としている。
「…………」
そして残すところあと一人となった状況で、本を読み続けるシューを除く全員が部屋の隅に目を向ける。もちろんイースも。
そこには虚ろな目を浮かべ、両膝を抱えながらブツブツとつぶやくぼさぼさの髪の男がいた。
「おーい、自己紹介あとお前だけだぞ」
「…………やっぱり6番レースだよなぁ……あそこから流れが悪くなったんだ……勝利の神はあそこでいなくなってたのに……俺は……」
副隊長のスカーに呼びかけられながらも、男は反応することなく独り言を続ける。
スカーは仕方ないといった仕草で代わりに男の紹介を始める。
「あいつはパールバル。普段はもう少しコミュニケーションとれるんだが、ギャンブルで大損した次の日は大概ああなる。下手にかまうとバカを見るから、まあ基本放置しておいて大丈夫だ。2、3日あれば戻るから」
「……」
どういった反応をとるべきか――その正解がわからないイースは返事すらすることができない。
「ま、隊長含めてちょっと変わったメンバーだがそこは諦めて慣れてくれ」
「あれ? 今なんで私も含めたの?」
「ようこそバードへ。歓迎するよイースくん」
「ねえ、なんで? あとそれ私が言うべきセリフじゃない?」
「いででででで!! 平気で人の腕をからめとって間接キメにくる人間は世間一般で変わってるっていうんだよ!!!」
まだ少し困惑しているイースを放置し、隊長と副隊長の二人が取っ組み合いを始めてしまう。
だが誰もその取っ組み合いを止めようとしない。
「隊長そこです! 腹があいてますよ! フックフック!」
むしろ煽っている者までいる。
服装もバラバラで統一感もなく、まとまりなど一切ないその集団はエリートとはほど遠い。
だがその騒がしさはイースにとって久しぶりの感覚であり、どこか懐かしさを感じると共に、チクリと小さな痛みが胸を打つ。
まだあの日々を忘れるには時間がかかりそうだ――そう自嘲しながらも、イースは顔上げて口を開く。
大きく、力強く。前に進むために――
「イース・トリュウです。1日でも早く部隊になじめるよう努力します」
態度に差はあれど、力強く発されたその言葉に、バードの面々は歓迎の意を表す。
しかしただ一人、頭を下げるイースに鋭い視線を向けているものがいたことに、誰も気づくことはなかった。
次からトーヤsideです。