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偽りの英雄  作者: 考える人
第五章 学園の麒麟児
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こぼれ話編 初めてのお買い物 ③


 違法オークション――その会場に一歩足を踏み入れた瞬間、先ほどまでの静けさが嘘のように、活気に満ちあふれていた。

 

 すでに多くの参加者が集まっており、少なくとも100人以上はいるはずだ。

 そしてその100人以上の参加者は、全員が漏れなく――


「仮面……」


 ぼそっとつぶやいたアーカイドの言う通り、参加者は全員が仮面を身に着けている。俺たちと同じように。


「一体なぜ……」


「ここに来てる連中って、どういうやつらだと思います?」


「……やはり、裏社会に関わる人間――」


「じゃないんですよね実は」


 もちろんそういうオークションもあるが、これから行われるのはまったく別のもの。


「ここにいる人間は、ある一定以上のお金を持っていることに加え、一定以上の地位を持っているやつらなんですよ。それこそ、こんな所にいることがバレれば問題になるような地位を」


「…………なるほど、それで仮面か」


「ええ、ちなみにシール王国だけでなく、他国の人間も数多く参加してますよ。もしかしたら王族だって参加しているかもしれませんね」


 とはいえ、こんな顔の上半分を隠すだけの仮面で、正体を完全に隠せるなどと誰も思ってはいない。

 パッと軽く見まわしただけでも、有力貴族の跡継ぎ、大手商会のナンバー2、劇団のトップスターといったように、特定できる人間が何人かいる。

 

 ただ仮面を付けることで、言い訳(・・・)をすることができる。

 言い訳できるということ自体が重要であるため、バレるバレないは二の次という面もある。


「さて、いつまでも突っ立ってるわけにいきませんし、俺らも空いてる席に座りましょう」


 適当な席に座り、俺とアーカイドはオークションが開始されるのを待つ。



 


 

 


 しばらく待っていると、突如として会場の照明が消える。

 すると会場のステージにスポットライトが当たり、そこには一人の女性が立っていた。


『皆様、本日はレトロ主催のオークションにご参加いただきありがとうございます』


 司会であろう女性の、落ち着いた透き通る声が会場全体に広がる。

 

『皆様が素晴らしい品とめぐりあえることを祈っております。入札の際は――』


 挨拶の後、オークションの説明が始まる。


「なるほど、この番号札を掲げながら金額を言えばいいのか」


 アーカイドは説明を聞きながら、確かめるように番号札に触れる。

 ちなみに俺の番号は108、アーカイドは109。


『――というわけで、説明は以上となります。それでは、さっそく始めましょう!』


 司会の女性が力強く宣言すると、競りにかけられる品がステージ脇から運ばれてくる。


『最初の品はこちら! 闇の画家と呼ばれたガーゴンが死ぬ間際に完成させた作品――『暗闇の先』です!! こちらの品は30万から開始させていただきます』


「35万」


「40万」


「50万!」


 競りの開始と共に次々と宣言されていく落札額。

 既に100万近くの金額が宣言されている。


 そんな中、アーカイドは考え事をするように顔をしかめていた。

 

 まあ何を考えているかはなんとなく察しが付く。


「ガーゴンの作品については私もそれなりに知識を持っているが、『暗闇の先』などという作品は聞いたことがない。そもそもガーゴンの作品と言えば当時の時代背景を反映した暗い作品が多く、だからこそ闇の画家などと呼ばれていたわけで、あのような光を感じさせる作品はなかったはずだが――」


 めっちゃしゃべるやん。


 とはいえさすが王族。

 芸術方面の知識も当然のようにあるわけだ。


公式に(・・・)発表されなかった作品なんでしょう。おそらく」


「…………?」


 アーカイドの疑問は解消されていないようだったが、俺もそこまで詳しくないから『おそらく』としか言えない。

 ただこのオークションはそういう物(・・・・・)を専門に扱うオークション――あながち間違いでもないはずだ。





『それでは次の品に移ります』


 先ほどの作品が落札され、次の品がステージへと運ばれる。


『世界最高の時計職人と言えば誰か?――万人に聞いても同じ答えが返ってくるでしょう! その名はベラ・ギルバクス!! 再現不可能な技術によって生み出された時計は正に芸術そのもの! そして今回競りにかけられるのは、ベラの最高傑作と言われた【告死時計】です!』


 紹介と共に、スポットライトが『告死時計』と言われた品に当たる。

 どこか不気味なその時計は、人々のざわつく声にもかかわらず、見る人間の耳にカチコチという確かな秒針の音を伝えていた。


 そんな時計を見て、アーカイドはわかりやすく驚愕の表情を浮かべる。


「バカな…………あれ(・・)は大火によって既に失われているはずだ!」


 持ち主の死さえ告げると言われている告死時計。

 それほど時計に興味のない人間ですら知っている逸話。


 そしてその逸話では、150年前にとある貴族家で起きた火事によって、時計は焼失したと締めくくられる。

 つまり、告死時計が現存するはずがないというわけだ。


 しかしそれは、あくまで表の世界での話。


「落ち着いてください。これはそういうオークションなんですよ。盗品なんかはもちろん、歴史の表舞台から消えた品だって扱われるんです」


 だからこそ、俺とアーカイドはここに来たといってもいい。


「…………知らなかった。まさかこんな世界があったとは」


 まあ王族として生きる分にはまったく必要ない知識だからな。


「しかしなるほど。トーヤ、君がここに私を連れてきたということは、目的の剣が出品されるということか」


「その通りです」


 ただ一応匿名という体なんで名前呼ばないで。


 ここにいることバレたら確実に親父から説教だから。








 その後もオークションはつつがなく進行していく。

 見てるだけというのも暇だし、そろそろ俺も何か落札しようかな~と考えていた時だった。


『続いての品は、殺人鬼ドーベル・ハウリンが犯行に使用していたナイフです! 何人もの生き血を吸ってきた唯一無二の品と言えるでしょう!! では50万から――』


 うわっ、趣味悪。あんなもん買うやつなんて――


「80万!!!」


 これでもかというほど気合の入った声が会場に響き渡る。

 そしてその声は、俺がよく聞いたことのある声だった。


「ふむ、あのような若い少女も参加しているんだな。私達とそう年齢も変わらないみたいだが」


 隣ではアーカイドが興味深そうに声を張り上げた少女を見やる。


 アーカイドにつられるように俺も顔をそちらに向けると、そこには俺のよく見知った女がいた。

 仮面など意味をなさないほどよく見知った相手だ。


 そしてその女は、俺が『オークションの招待状を手に入れて欲しい』と頼んだ相手でもある。

 数日後、その女はこう言った。


『すいませんトーヤ様。私の持てる全てのツテを使ったんですが、招待状を入手することはできませんでした』


 とても申し訳なさそうに。とても申し訳なさそうに。


 まあダメもとだったため仕方ないと考え、依頼料をきっちり払ってやった。






 ………………あのクソアマ(イン)、ふざけやがって。



『現在95万です! 他にはいませんか!?』


 俺は番号札を上げ、金額を告げる。


「100万」


「110万!!!」


 俺の言葉にかぶせるようにインが金額を上げてくる。

 どうやら落札に必死で、競争相手が俺だということに気づいていないらしい。


「150万」


 俺はさらに金額を吊り上げる。


「160万!!!」


「200万」


「う、ぐう…………230万!」


 そろそろ懐が厳しくなってきたみたいだ。

 というわけでそろそろとどめを刺してやろう。


「400万」


『よ、400万が出ました!! 他にはいませんか!?』


 ついに負けを悟ったインは番号札を下ろすと同時に、ガックリと肩を落とす。


『そ、それでは108番さんの400万で落札です!!』


 予想落札価格を大きく上回ったからか、司会は少し驚きながら購入を確定させる。


 俺も番号札を下ろすと、アーカイドがぼそりと耳打ちしてくる。


「あんなものが欲しかったのか。あまり言いたくはないが、趣味が悪くないか?」


 俺もそう思う。 




 






 


 さらにオークションは進んでいき、ついに今回の目玉商品の落札に差し掛かる。

 その目玉商品こそ、俺たちの目的の商品だった。


『さあ、みなさんお待たせしました! 次は今回のオークション最大の目玉商品となります。こちらを目当てに足を運んだ方も多いのではないでしょうか?』


 司会の紹介と共に品がステージの中央へと運ばれる。その品はもちろん剣。


 だが、ただの剣でないことは一目瞭然だった。

 シンプルな装飾ながらも、見るものを圧倒させる圧がその剣には存在していた。


 今まで湧き上がっていた人々が思わず息をのむ。

 しかしそれは一瞬のことで、すぐに爆発的な歓声にも近い怒号に変わる。




 失われた宝剣――『白鳴剣(はくめいのつるぎ)


 

 シール王国が公式に国宝として管理している『黒叫剣こっきょうのつるぎ』と並び立つ最上の剣。

 かつてはヘルト(うち)の何代か前の当主が使用していたこともあり、森を真っ二つにしたという噂もある。


 経緯は不明だが『白鳴剣』は表舞台から消え、裏社会でも情報が出回ることはなかった。

 だから正直言って俺も驚いた。


 まさかこんな都合よく国宝級の剣が見つかると思わなかったからだ。

 普通人生全てを費やしても見つからない可能性だってあったはずなんだが、これも王族の持つ運の良さといったところか。その運、分けて欲しいなぁ。




『それではさっそく始めていきましょう! 5000万からのスタートです』


 さすが目玉商品、今までとは桁違いの金額からスタートする。

 しかし、ここに集まった人間は金と時間を持て余したやつばかり。


「5500!」


「6000!!」


「8000!!」


「1億!!!!」


 どいつもこいつも平気で札を上げていき、一瞬で億越えが確定した。

 まあ本来なら間違いなく国宝として扱われる宝剣だ。億越えも妥当か……

 

 そういやうちの宝物庫にも国宝クラスの品がいくつかあったな…………



「なあトーヤ」


 ヘルト家宝物庫オークションを開催してどうにか売上金を自分のものにできないか思案していると、アーカイドに話しかけられる。

 真っ先に競りに参加すると思っていたが、アーカイドは競りの様子を冷静に眺めているようだった。


「どうしました?」


「ずっと不思議に思っていたんだが、なぜみな小刻みに金額を上げていくんだ? もしかして、一気に金額を吊り上げるのは禁止だったりするのか?」


「ああー……それはですね……」


 はっきり言ってしまうと、禁止されていない。

 一気に百倍千倍の値段を宣言してもルール的には何の問題もない。


 しかし、推奨はされていない。要するに――


「暗黙の了解――というやつですよ」


 急に値段を吊り上げることで、場がしらけるのを避けるためだ。

 オークションは競り合ってこそ熱が増す。熱が増せば競売意欲も増す。

 

「競り合うことなく入札が決まった場合、一番困るのは主催者です」


 そして今回のオークションを主催するのは裏社会を牛耳る『レトロ』。

 普通(・・)なら、誰だってレトロに目を付けられるような行為は避ける。


「なるほど……暗黙の了解か」


 アーカイドは理解したといった顔を浮かべ、その上でさらに尋ねてくる。


「では聞くが、特権階級の人間(私たち)が暗黙の了解をやらを守る必要はあるか?」


 まーたこの王子様は……


 俺たちは身分を隠した状態でここにいる。

 ここでは身分も立場も関係ない。

 波風立てずに生きていくには、その場の空気を読み、それに伴った行動をとる必要がある。ガキでもなんとなく知っていることだ。 

 

 だからこそ、守る必要があるかと問われれば当然――





「ないですね」


 他人の決めたルールで動くのは嫌いなんだ。暗黙の了解ってやつは特に。

 人を縛りたけりゃ明文化しろ。守るとは言ってないが。


「20億だ」


 1億数千万あたりの宣言が続いていた中、アーカイドが高らかと宣言する。


 アーカイドの宣言と共に、会場は静まり返る。

 それはしらけたというよりも、驚愕によってもたらされた静寂だった。


『20億を簡単に出すなんてあいつ何者だ』

『レトロ相手に恐れ知らずだ』


 驚愕の理由はおそらくこんなところだろう。


 当然ながらその後、誰も宣言する者はおらず、微妙な空気が流れたままアーカイドの落札が確定した。


「一応姉上からいくらか借りることも考えていたが、必要なかったな」


 目当てのものを入手でき、満足そうな顔を浮かべてつぶやくアーカイド。

 インが聞いたら発狂しそうなセリフだな。



 その後、特に大きな問題もなくオークションは終わった。

 商品受け取りの際、多少のトラブルがあったが、俺のカリスマ(マネーパワー)によって解決した。




 オークション会場からの帰り道、俺は少しアーカイドへの評価を上げていた。

 普段は王族ということもあってただただ偉そうなやつだという印象だが、今回はレトロの幹部相手でもその態度を貫いていた。

 誰が相手でも態度を変えないやつは個人的にとても好印象だ。


 まあ――


「なあトーヤ、この剣なんだが……君からツエルに渡しておいてくれないだろうか?」


 恋愛に関してはヒヨッヒヨでビビりチラシのクソ雑魚ナメクジだけど。 



このあと、ツエルに落札した剣が無事渡されました。

普通にドン引きしました。





次からは本編に戻り、新しい章に突入します。

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