こぼれ話編 これが彼らの日常 ②
いやほんとごめんなさい。
次の日、俺たちは超がつくほどの強行スケジュールで、目的のアルシアス教本部を訪ねた。
「トーヤさん、本日はお越しいただきありがとうございます」
「こっちこそ悪いな、急におしかけて」
教会に到着すると、婚約者であるラミアが出迎えてくれる。
「確かに急ではありましたけど、一体どのような御用でしょうか?」
「そんな野暮なこと聞くなよ。ただ愛しの婚約者に会いに来た、じゃダメか?」
甘くささやくように言葉を紡ぎ、右手をラミアの頬に添える。
「い、いえ、その、ダメじゃ……」
顔を真っ赤にしながらなんとか言葉をひねり出そうとしているラミアを見て、つい笑いがこぼれてしまう。
「あ! もしかしてからかったんですか!?」
「いやいや、確かに別の用事もあるけど、会いたかったのはほんとだ。ただラミアの慌てる様がかわいくって」
「……もう」
拗ねるふりをしながら、照れくささを隠すために顔を背けるラミア。
その何気ない仕草がまた――
「あの~トーヤ様~、このイチャイチャはいつまで続くんですかね~?」
振り返ると、背後に控えていたインがつまらなさそうな表情でこちらを睨んでいた。
「なんだよイン、僻みか?」
「ええそうですとも。こちとら花の十代だというのに、仕事漬けの日々を送ってるんですよ。なーのーに、その仕事を振る上司が婚約者とイチャコラしてるんですから、そりゃ~僻みもしますよ」
これでもかと不満をまくしたてるイン。
まったく、口を開けば不平不満しか言いやがらない。
雪の中、部屋の外で待たされても文句ひとつ言わないダヴィを見習って欲しいものだ。
「おいおい、恋愛関係がうまくいかないのを仕事のせいにしだすと危ないぞ」
「ちょっとー! やめてくださいよ! 気にしてるんですから! あんたからもなんか言ってやってよリリー!」
そう言ってインは、俺の部下、つまりインの同僚という体でついてきたリリーに援護射撃を求める。
しかし、先ほどまでインの隣にいたリリーの姿がなくなっていた。
「あれ? あの子どこいっ――」
「年はいくつですか?……16、なるほど年下なんですね。実は私こう見えて年下好きなんですよ。どうでしょう?このあとお茶でも――」
これには俺も絶句した。
こんな頭の悪い生物がこの世に存在していいのかと。
下半身に脳がついているのかもしれない。
あろうことかあのバカは、教会で働いている少年を逆ナンしていた。
「いや、目的を忘れたのは悪かったと思いますけど、普通殴ります? か弱い乙女を」
あの後、俺はリリーを殴ってひっぺがした。
現在は教会の一室で待機している。
「か弱い乙女? そんなのいるか?」
「いいえトーヤ様、私には発情したメスざるしか見えません」
インの容赦ない罵倒に、リリーがキーキーわめく。
「魔力量がお猿さんのトーヤはいつものこととして……イン! あなたはいくらなんでも言いすぎじゃないですか!?」
ぶちのめすぞ。
「リリアーナ様……いえ、ここではあえてリリーと呼ぶわ。リリー、あなたは今、王女でなければ貴族でもない。ただの私の後輩でしかない。おわかり?」
仮の立場を利用してこれでもかと調子にのるイン。
普段のうっぷんを晴らしているつもりなのだろうが、なぜこいつは後で報復されることを考えないのだろうか?
「ふふふ、トーヤ様……人間の立場というのは、ひどくもろいんです。ならば、煽れるときに煽ったものの勝ちなんですよ!」
違った、ちゃんと考えてた。
考えるどころか何かを悟ったうえでの自爆特攻だった。
まあどちらにせよバカな生命体であることに変わりないが。
キャットファイトを始めたリリーとインを放置してしばらくすると、ラミアが部屋に入ってくる。
「トーヤさん、教会を案内する準備が整いました」
「ああ、じゃあ今日はよろしく頼むな」
教会の見学――それが今回、教会にきた建前だ。
「ちなみに今ちょうど儀式の時期でして、聖女見習いの子達が住む寮には近寄れませんので、それだけはご了承ください」
儀式――というのは、聖女見習い達が1ヶ月の間、外部との接触を断ち、祈りを深めるといったもので、かなり昔から続けられているが魔術的な意味は特にないので、儀式というより行事に近い。
まあ今のところ、近づく予定のない俺には関係ないことだが。
とりあえず今回の作戦としては、単純な陽動作戦をとることにした。
まず俺が教会の案内を受ける。
聖女の婚約者であり、ヘルトの人間ともなれば教会側もそれなりの対応をせざるを得ない。
その上、事前に準備された来訪ではなく突然のもの。
どうしても慌ただしくなる。
その隙にインとリリーが例の手紙を見つけ出すという算段だ。
つまり作戦の都合上、できるだけインとリリーの二人は案内の際、目立たず静かにフェードアウトする必要がある。
だというのに――
「ところで、そちらの二人はなぜボロボロになっているのでしょう?」
ラミアの視線の先には、キャットファイトにより傷だらけになったインとリリーがいた。
見事な悪目立ちである。
やる気がないなら帰れ!
ーーーーーー
なんやかんやあったものの、無事案内から抜け出すことのできたリリーとイン。
二人は教会に届く手紙が保管される保管室に向かっていた。
「なんとか抜け出せましたね」
そう笑顔で告げるのはリリー。
「……そうですね」
表情を曇らせながら告げるのはイン。
「どうしたんですか? 顔が暗いですよ?」
「そりゃぁ、聖女様にあんな顔されたらショックも受けますよ」
「あんな顔とは?」
「リリアーナ様が『この子は私が見ていないとトイレができないんです!』って大声出した時の、理解できないものを見るような顔ですよ」
「まあまあ、いいじゃないですか。こうしてちゃんと二人で抜け出せたわけですし」
その代償として大切な者を失った少女は、いつか絶対に痛い目にあわせてやると心に決める。
そうこう話しながら移動していると、二人は保管室の扉の前まで場所にたどり着く。
リリーはさっそく扉を開こうとするが、押しても扉はびくともしなかった。
「あちゃあ、カギがかかってますね。力づくだと人が集まってくる可能性もありますし、どうしたもの――」
カチャリ――そんな音が鳴ったかと思うと、インが当然のように扉を開いていた。
「さ、とっとと見つけちゃいましょう」
「……カギ、持ってたんですか?」
「持ってるわけないじゃないですか」
あっけらかんと言い放つインの手には、針金のようなものが握られていた。
「…………」
リリーは深く聞かないことにした。
保管室の中に入ると、見渡す限りの手紙が二人の眼前に広がっていた。
整理整頓こそされているものの、国内外問わず送られてくることもあり、所狭しと大量に保管されている。
その保管室の規模は、下手な図書館よりも上だろう。
「うへぇ、この中から私達二人で手紙を探し出すんですか?」
「まあまあ、ちゃんとそれに見合ったお金を出しますから、がんばりましょう!」
「ほんとお願いしますよ~」
「ええ、では私はこちらの方を探すんで、インはあちらの方をお願いします」
二手に分かれようというリリーの提案に、インは素直に従い手紙の捜索を開始するため移動する。
そんなインの後ろ姿を見て、リリアーナ・ガイアスは妖艶に笑った。
「フフっ……もちろん、ちゃ~んとお金は払いますとも。ですので、しっかりと探すのに集中してくださいね」
あと1話続きます。自分のあと○○話~がこの世でもっとも信用できない。