こぼれ話編 これが彼らの日常 ①
トーヤ達が出てこなかった時期に、トーヤ中心の話を書きたくて書いた話。
時系列的には第四章の81話と82話の間あたりです。
前話との温度差が激しいかも。
久しぶりのトーヤ視点
「助けてください!」
最近一部の人間のたまり場と化している王都の俺の家。
ヘルト家の所有物件ではなく、トーヤ・ヘルト名義の物件。
長らく放置していたが、ラシェルをかくまっていることや、とある目的のために拠点として最近よく使用している。
普段はフーバーに管理を任せていて、俺自身そこに住んでいるわけでもないため、たまり場になっているのはまだいい。
ただ――
「助けてくださいトーヤ!!」
バカがちょくちょく問題を持ち込んでくるんだよなあ。
しかも大概くだらない内容ばかり。
弟の態度が最近変だとか、ツエルとデートしたいだとか、ツエルへのプレゼントを何にすればいいだとか。
そのお前の弟から、ツエルへの恋愛相談を受けてること暴露してやろうか。
あれ? 俺いつの間に王族御用達の相談相手になったんですかね?
とにかく、アホの話なぞ聞いてても疲れるだけだ。
もちろん聞いてやる気などない。
「腹減ったな。イン、なんか飯買ってきてくれ。お前の手作りでもいいから」
先ほどから、我関せずで椅子に座りながらナイフを磨いているインに、昼飯の調達を求める。
「えー、特別給でます?」
「まったく、口を開けばお金お金と。お前には主人に奉仕しようという心が――」
「助けてください!!!」
うるせえなこいつ。
「いいかリリー、人に助けを乞うときっていうのはな、それなりの態度で示すもんだ。額を地面にめり込ませてから出直せ」
そう、あろうことかこの女、助けを乞うのは口だけ。
体は腕を組みながら仁王立ち、頭は1ミリたりとも下がっていない。
なんならソファーで寝転がっている俺を見下してきやがる。
人の上に立つやつってのは常識が足りなくてやだやだ。
「そうですよね……助けを乞う、確かに……これはおかしい」
まったく、やっと考えを改めたか。
まあ仮にも王女だ。
土下座を最低限として、それなりの誠意を見せるのならば、俺とて考えてやらんこともない。
「そうですよ! 王族であるこの私が、そもそも助けを乞うというのがおかしかったんです!! さあ下々のものよ、私のために働きなさい!」
「はい、かいさーん」
「あ、ちょっ!待ってください!! 嘘!嘘ですから!!――」
「事の発端は昨日、とある施設宛に手紙を書いていたんです。王族の公務の一つなんですけど、よく覚えていませんが堅苦しい文章を書いた気がします」
ちゃんと覚えとけや。
「で、その手紙を送った後、気づいてしまったんです。送る手紙を――間違えていたことに」
んなたいしたことじゃねえだろ。
『え!? 王族のくせに送る手紙間違えるとか、そんな凡ミスするんですね!!』というように評価は下がるかもしれんが、妥当な評価をされてよかったじゃねえか。
「この間違って送ってしまった手紙というのが、今回の大きな問題点なんです」
「なんだ? まさか、甘い愛の言葉をこれでもかとつづった恋文、とかじゃないだろうな」
「うわ、それめちゃくちゃ恥ずかしいやつじゃないですか」
俺と一緒に話を聞いていたインは、俺の発言を茶化すように笑い、場を和ませる。
しかし、リリーの表情はどこまでも真剣で――
「……そのまさかです」
まじかこいつ。
「見られたらけっこうまずいことも書いちゃってるんですよね。主に性欲的なことで……ちなみに直筆の署名入りです」
まじかこいつ。
「あと個人的な性癖についても――」
「もういいもういい。お前の下半身事情なんて聞きたくねえよ。で、わざわざその相談を俺にしに来たのはなぜだ?」
そんな恥ずかしいことなら、自分の部下に任せて内々に揉み消してしまえばいい。
「……アルシアス教」
「は?」
「間違えた手紙の送り先が……アルシアス教本部なんです」
……なーるほど、つまり――
「自分の手は汚したくない、けど合法的にアルシアス教の本部に侵入して手紙を闇に葬りたい。なら聖女様の婚約者である俺を利用してやろうぜ☆ってわけか」
「正・解☆」
ぶち殺すぞ。
「ぶち殺すぞ」
あ、やべ。
声に出てしまった。
「お願いします! 私をアルシアス教本部に連れていってください!!」
「やなこった」
「お金ならいくらでも払います!」
「できうる限りの協力をしましょう」
お金という言葉にいち早く反応したインが、間髪入れず協力を申し出る。
こいつ、ついさっきまで他人事のように聞いてやがったくせに。
「さすがイン!あなたなら助けてくれると信じていましたよ!!」
「いえ、お金――ではなく、王族の頼みとあらばこのイン、命を懸けてでもお金のため――リリアーナ様の秘密を守るため働きますとも」
「あなたのかわいい部下がこう言ってるんですよ! 主人ならそれに答えたらどうですか!?」
別にかわいくねえし。
「それに、金なら余るほど持ってるからなあ」
「ぐっ……ならダヴィをいつでも好きな時に貸し出します。それならどうですか?」
ダヴィをいつでもか……それなら確かに、取引としては悪くない。
あれほど優秀な人材は、そう見つかるもんじゃないしな。
「わかった、ちゃんと約束は守れよ」
「はい!」
「というか、そのダヴィはどうしたんだ?」
いつもならリリーのすぐそばで控えているはずのダヴィだが、今日は姿を見ていない。
「ダヴィなら外で待機させてます」
この寒い時期に外で待たせるとか、人間じゃねえよお前。
「あの子……実はうぶなので、こういう話は聞かせられないんですよ。私の下着を見たくらいで、一ヶ月まともに顔を合わせられなかったほどですから」
「おいおい、いい年したやつがなにを……」
「ほんとですよ。もうすぐ16だというのに」
へえ、思っていたより大分若いんだな。
どっしりした見た目だから、てっきり20後半くらいかと。
なんなら30代でも通用するだろ。
もうすぐ16ってことは今15か……
あいつ俺より年下なの!?
ーーーーーー
さて、いくら婚約者とはいえ、アルシアス教本部へ行くとなるとそれなりに手続きが必要になる。
勝手にお忍びで行ってもいいんだが、後がめんどくさいので正式に許可をとることにした。
「というわけで、教会に行ってくる」
「……」
ヘルト家王都屋敷、兄であるセーヤの執務室。
俺は婚約者に会いに行くという名目で、教会に行く許可をセーヤにもらいにきていた。
もちろん、リリーの件は伏せている。
「……何が目的だ?」
俺の言い分をまったく信じてくれていないようだ。
疑いの目が痛い。
「ひでえよお兄ちゃん。俺はただ愛しの婚約者に会いたいだけだって」
「……宗教戦争を起こすようなマネはやめてくれよ」
一体俺を何だと思ってるんだ。
俺が神だ、とかいってカチコミに行くとでも思っているのだろうか?
「まあいい、許可しよう。教会には急ぎで連絡を送っておく」
さっすがお兄ちゃん。
なんだかんだ甘いところは大好きだぜ。
「建前とは言え、婚約者との仲を深めるのはいいことだ」
もう建前前提で話を進めてやがるこいつ。
「カナンにもいい相手が見つかればいいんだが……」
そういえば、カナンにはまだ婚約者がいなかったな。
俺も遅かったとはいえ、魔力関係のことで慎重になっていただけだ。
セーヤなんてもっと早くに決まっていたし。
「いい相手が見つからないのか?」
「どうもそうらしい。父上も何人か候補をあげたそうだが、カナン本人が気に入らないと却下したらしい」
ふ~ん…………え、俺のときは拒否権なんてなかったんですけど?
なんなら行方不明になってる真っ最中に決められたんですけど。
あれ?なんでぇ?
いや、婚約者に不満があるわけじゃないからいいんだけど。
同じ子供でありながらこの扱いの差よ。
「普段の行いを鑑みればわかることだろう」
わからないでもない。
「はっきりとわかってくれ」
「人が話す前に先取りすんのやめろや」
「お前以外にはこんな失礼な対応はしないさ」
おうおう、ケンカか?
いや、やめとこ、勝てる気がしねえ。
「ほんじゃまあ、俺は婚約者に会いに行ってくるわ」
そう言って扉を開こうとした俺に、セーヤから声がかけられる。
「次は13だ」
短く、簡単に、ただ告げられただけの言葉。
俺は特に返事をすることもなく部屋を出た。
ダヴィですが、学園にはリリーと同じ学年として入学しています。
年齢制限については権力を使ってねじ込みました。
あと一話この話が続きます。