初戦決着
遅くなりました。
~実況席~
『お互い距離をとり動かず、ステージの仕込みの方も現在は動いておりません。お互い様子を見ていると言った状況でしょうか?』
『そうだな。辺りに罠を張っているハルクは無理に動く必要がないし、イースはその罠があるから迂闊に動けないと言ったこところか』
タターニアの疑問に、イースが肯定するように答える。
『そういえば、資料によるとハルク選手はかなり傲慢な性格だったとのことですが、トーヤ様の修行によってそのあたりも変化があったんでしょうか?』
『ああ、あいつの家庭環境の問題もあってか、中途半端な性格になってたからな。しっかり根性をたたき直してやった』
~試合ステージ~
「やっとやる気になったか。それでこそ潰しがいがある」
明らかに表情の変わったイースを見て、ハルクは不敵な笑みを浮かべる。
「あの日のお前も、その顔をしていた。絶対に負けられない――そう言わずとも伝わってくる圧が確かにあった」
「……そうだな。確かに今までの俺は失礼な態度だった。しかし、ここからは違う。それは言葉ではなく、ここからの戦いで示す」
「やってみろ。言っておくが、俺もあの日とは違う――」
ハルク・トールバン
彼は貴族としては平均的なトールバン家に生まれる。
基本的に何不自由なく生活できていたが、彼に唯一不幸があったとすれば、それは優秀な姉の存在だった。
魔法の実力も、勉学も、その政治手腕も、何もかもがハルクを上回る姉の存在は、ハルクを卑屈にさせる。
ハルクの両親は自覚こそないものの、ハルクよりも優秀な姉に期待をかけ、ハルクのことをあまり目にかけなかった。
そうなったとき、ハルクに残ったものは貴族に生まれたという事実しかなく、特権階級という肩書に依存するようになる。
そうして、ハルク・トールバンという人格ができあがっていった。
『流体転位』
ハルクの魔法が発動し、ハルクを中心に半径5メートルほどの地面がすべて液状に変化していく。
感知魔法を使用したイースにはそれが手に取るようにわかった。
だが、事前に集めた情報よりもハルクの魔法の有効範囲が広く、改めてハルクの成長ぶりを実感する。
一歩でもこの魔法範囲内に足を踏み入れれば、防御魔法の損傷率から考えて敗北は必須。
――ならば足をつけずに近づけばいい。
イースは空中へと踏み出すと、その踏み出す勢いを魔法によって加速させる。
それによって地面に触れることなくハルクに近づこうとした。
「わざわざ逃げ場のない空中へ飛び出すか!」
当然、そんな無防備のイースをハルクが見逃すはずもない。
ハルクはイースに向かって魔力弾を放つ。
飛行魔法を使えないイースはなすすべもなく魔力弾を被弾――することなく、まるで空中を蹴るように移動して避ける。
『防御魔法の応用だな。空中に固定化して足場を作ったんだ。魔法の難易度自体はたいしたことないが、高速で移動しながらとなると一気にレベルが上がる』
イースとハルクの二人には聞こえないが、トーヤによる実況席からの解説が会場に流れる。
トーヤの説明通りの方法でハルクの攻撃をかわしたイースは、攻撃の隙をついてハルクとの距離を縮める。
そのまま攻撃へと移行し、イースの拳がハルクに繰り出される。
――当たった
そう確信したイースだったが、ハルクはそれを超人的な反射速度で避ける。
「なっ!?」
「あの日の俺なら、その攻撃を避けることはできなかっただろう。偉大なるトーヤ様のお導きにより、俺はステージを一つ上げた。もはやあの日の俺はいない」
「――?」
イースはハルクの発した言葉に違和感を感じるが、隙を見せるわけにもいかないため、またすぐに距離をとる。
距離をとり少し冷静になったイースは、ステージとは一体何のことだろうかと考える。
「不思議そうな顔をしているな。別に難しいことではない。思えば俺は……小さなことにこだわりすぎていたんだ」
なんか語りだした――唐突に話を切り出すハルクに困惑するイースだが、先ほどトーヤの名前が出ていたため、最低限の警戒をしながらも話に耳を傾けてみることにした。
「かつての俺は、貴族という立場にすがるしかない哀れな人間だった。だが、トーヤ様に導かれ気づいたんだ。貴族だの平民だの、なんてくだらないんだと。そう!この世に生きとし生けるもの全てがトーヤ様を除けば塵芥にすぎないということに」
「……は?」
つい声を漏らしてしまうイース。
それほどまでにハルクの言葉は意味が分からなかった。
「どれほどの肩書を持っていようとも、どれほどの実力があろうとも、所詮は人の中で比べたものに過ぎない。母なる自然、大いなる大地、そこに住まう数多の存在と比較したとき、なんて自分の考え方はちっぽけなんだと気づいた。今まで生きてきた前提がくつがえされ、ひどい絶望に落ちいったとき、トーヤ様はおっしゃってくださった――『安心しろハルク。その気づきは後退じゃない。気づけたことでお前は新たなステージに進む。さあ、魔法の言葉を唱えるんだ。トーヤ・ヘルト以外の人類みんなクソ』と」
「……」
ついにイースは絶句した。
~実況席~
「悪化してません?」
言わずもがなハルクの傲慢さである。
ジト目でトーヤを睨みつけるタターニアだが、トーヤはまったく目を合わせようとしない。
「さっき根性をたたき直したって、トーヤ様言ってませんでしたっけ?」
「中途半端ではなくなったろ」
「間違った方向に振り切ってますけどね!もはや洗脳じゃないですか!?しかもちゃっかり自分を例外にしてますし!」
「……フッ」
「フッじゃねえよ」
~試合ステージ~
ハルクの演説をまったく理解できなかったイース。
ただ一つ理解できたことは、良くも悪くも、ハルクが変わったということ。
そして強くなったということ。
誰でもない、トーヤ・ヘルトのもとで。
「……うらやましいな」
それはほとんど無意識に発した言葉だった。
だが、その言葉にイースは自覚する。
自分は変わりたかったのだと。
『あなたはなんにでもなれます』
花屋の少女から言われた言葉を思い出すイース。
本当は任務など気にすることなく、学園生活を心の底から楽しみたい。
同級生たちと楽しく語り合い、生徒会の仕事に勤しみ、誰かを好きにもなってみたい。
幼いころ過ごした地獄のような故郷よりも、数年間過ごしたコクマよりも、学園は暖かくて優しい。
無理だとはわかっている。
自分はこれから手を血に染めようとする人間。
自らの願いを己の手で壊す矛盾を抱えた存在になってしまったと自嘲する。
でも、それでも――トーヤ様なら。
初めて出会った日からたったの二週間。
付き合いも浅く、詳しく知らない暗殺対象の相手に、イースはわずかな期待を抱いてしまう。
トーヤ・ヘルトならば、どうしようもなく行き詰った自分に道を与えてくれるのではと。
そんな先の見えない希望に近づくための道は、目の前の戦いを勝利した先にある。
「悪いなハルク。あの時とは違い、俺は君の強さを認める。それでも、絶対に負けたくない理由ができてしまった」
この時、イースは初めて任務のことを忘れた。
再度、イースはハルクへと詰め寄る。
液状化した地面の手前まで近づくと、イースは誰も予想しなかった行動に出る。
なんと勢いよく、かかと落としの要領で足を液状化した地面に突っ込んだのだ。
「気でも狂ったか!」
唐突なイースの行動にハルクは叫ぶが、すぐにそうではないことに気づく。
ほとんど蹴りに近かった行動によって、液状化した地面、泥水がハルクの視界を防ぐほど広範囲に飛び散る。
その泥水によってイースの姿もまるまる隠れてしまう。
――しまった!これが狙いか
気づいたときには遅く、イースがいるであろう方向から、泥水を突き破っていくつもの魔力弾がハルクに飛来する。
防御魔法を使用する暇もなく、もろにその魔力弾をくらう。
『損傷率は40%です』
ついにハルクの損傷率も敗北規定値まで一割を切る。
しかし、あくまで不意打ちが当たったにすぎず、泥に足が埋もれ身動きのとれないイースが圧倒的に不利。
誰の眼から見てもそれは明らかで、ハルクも同様に考え、イースにとどめを刺そうと迫る。
そしてハルクがまさに殴り掛かろうとしたその時、悪あがきのようにイースが防御魔法を使って防ぐ。
「こんな苦し紛れの防御魔法、ほんのわずか敗北を先延ばしするにすぎない!」
ハルクのその言葉に嘘偽りはなく、ハルクの拳が触れた瞬間にひびが入り、もう一撃加われば破られることは明白だった。
そんな事実を目の前に、イースは笑う。
「ああ、その通りだ。その通りだよハルク。この防御魔法は、ほんのわずか敗北を先延ばしにするための魔法だ」
次の瞬間、二人の元に勢いを増した魔力弾が着弾する。
その魔力弾により、二人の防御魔法損傷率がほぼ同時に50%を超えた。
同時敗北――などではなく、悔しそうに天を仰ぐハルクの表情から会場の者たちは勝敗を察する。
しばらくして、勝者を告げる実況が会場に木霊した。
『勝者――――イース・トリュウ!!』
~実況席~
『ほ、ほんのわずかな差により、先に損傷率50%を超えたハルク選手の敗北となりましたが……一体なにが起こったのでしょう?』
タターニアのその言葉には実況としての仕事だけではなく、心からの疑問も含まれていた。
『あの魔力弾はイースが事前に空中に向けて撃ったものだ』
『事前に……もしかして、泥でハルク選手の視界を防いだ時でしょうか?』
『その通り、しかもそれだけじゃない。あの魔力弾には加速魔法がかけられていた。空高くまで上がり、地面まで落ちてくるときには相当なスピードが出てたはずだ。スピードが上がれば威力も上がる。一撃で大ダメージを与えたのもそれ故だな』
『な、なるほど』
『とはいえ普通なら相打ち、当然イースにも敗北の可能性があったわけだが、ここで勝敗を決めた要因は二人の位置関係だ。イースは足が泥に埋もれ倒れるような態勢に、そこにハルクが覆いかぶさるように上から殴り掛かろうとしていた。先にハルクが負けたのはそれが原因ってわけだ』
トーヤの解説をそこまで聞いたタターニアは、納得しつつも信じられないという気持ちのほうが強かった。
『じゃあ、イース選手はそこまで全て読んでいたということですか!?そもそも、ハルク選手が直接殴りかかってこずに、魔力弾などの遠距離魔法でとどめを刺しにきていれば結果は違ったはずです』
『まあ多少は考えてたろうが、違うだろうな。イースはどっちかというと直感型な気がする』
『直感型?』
『勘が異常にいい、考えるよりも先に行動しているってやつだ。俺とかは完全に理詰めで動くからよくはわからんが、意外にバカにできねえんだこれが。たまにいるんだよ、もはや魔法の域にあるほど勘のいい直感型の人間が』
『そんな人も世の中にはいるんですね』
『イースのはまだ発展途上ってところだろう。けどまあ――』
『言い換えれば、まだまだこれからの成長に期待できるということですね』
『その通りだ』
『勝利したイース選手もですが、負けたハルク選手もまだ1年。これからの成長に期待しましょう!というわけで、一回戦第一試合イース選手とハルク選手の対決は、実況タターニアと解説のトーヤ・ヘルト様でお送りしました!』
締めの言葉を述べ、タターニアは魔法を解除する。
「はあ~~~なんとか終わったぁ」
張りつめていた緊張の糸が切れるかのように、がっくりと体の力を抜くタターニア。
主に解説役のせいなのだが、これほどまでに疲労を感じたのは初めての体験だった。
「けっこう楽しかったな解説。俺わかってますよ感を出しながら、上から目線で好き勝手モノを言えるところとか」
「歪んだ楽しみかたしないでください」
「まあまた呼んでくれ、喜んで手伝ってやるよ」
笑顔でタターニアに告げるトーヤ。
そんな笑顔を見て、タターニアもつられるように笑う。
そうしてタターニアは今までのトーヤの解説を振り返りつつ、笑顔のまま告げた――
「もう絶対に呼びません」
人間一度死んだくらいじゃ変わらなくても、百回近く死にかければいやでも変わる(トーヤ談)